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医は仁術也3

 やっぱりというかなんというか、ビーカーで茶が出された。期待を裏切らないな。

 食事は簡素な病院食の余りらしい。あからさまに医者が治療の時に使うような銀のトレイで出てきた。なんてヤブ医者だ。


「それで?君達は何の為にこんな辺境くんだりまで来たのだね」


「あ、そうだった」


 ウルトの里帰りだった。がさがさと地図を出す。

 テーブルに広げて治療の甲斐あって人化しても平気になったらしく、人間形態でテーブルに着くウルトに見せる。


「ウルトの言ってた巣って何処にあるのさ」


「えーと…………何ですかこれ?変な模様ですねー」


 竜には地図は理解できなかったようだ。まぁ必要ないわな。

 皆で覗き込む。


「ここはどの辺りなんですか?」


「明確なところは分からんが……ここらだろう」


 とんとんとイースさんが地図の一点を指し示す。ぐりぐりと診療所と書き込んでおいた。

 それを見たカミナギリヤさんが一つ頷いた。


「ふむ、コンポート大森林の一角だな。ウルトディアス、巣の近くに何か目印になるようなものはなかったか?」


「そうですねー……。大きな窪地に横穴を掘って住んでたんですよ。あ、真ん中にやたらと大きな変な樹がありましたよ。珍しい匂いがするんで気に入ってたんです」


「…………これも神の思し召しとでも言うのかもしれんな。

 窪地に特殊な匂いの巨木。その条件ならばル・ミエルの樹だろう。壁面は氷に覆われている。君の邪気の名残だろう。

 数千年前に崩落したと見られる巨大な窪地だ。窪地というよりもほぼ穴だが。

 深さは数十メートル以上、底には水が溜まってル・ミエルの匂いに釣られたキャラメリゼの水花が群生している。

 最近になって人間が押し寄せているのだが」


「ウルトディアスの財宝は盗られたか。残念だったな」


「えー!?」


「元気を出してください、ウルトディアスさん。また集めればいいですよ」


「折角集めたのになー。氷漬けにしようかな」


 むぅ、一歩遅く無駄足になってしまったようだ。

 ウルトの財宝って凄そうだし一度見てみたかったのだが。まぁ仕方がない。

 残念な事だ。西の情報をもう少し手に入れてから帰ろうかな。それぐらいせねば割に合わないし。

 それに否を唱えたのはイースさんだった。


「いや、財宝が見つかったなどとは聞いていない。氷に埋まっているのだろう。あそこには花人が住んでいた。それでだろう。

 そのおかげでこちらにまで来ないのだが」


「…………花人か。とうに滅んだものと思っていたが。末裔が居たか」


「花人ですか?えーと…………?」


「綾音殿が知らぬのも無理はない。見た目は神霊族と変わらんようだが、魔族の一種だ。…………かなりの希少種だ。

 私も実物は見たことがない」


「何でそんなのが僕の巣に住んでるんですか」


「知らぬ。気に入ったのではないか」


 ふーん。花人か。ゴージャスそうな種族名である。神霊族のドライアドとは違うのだろうか?

 どんな人達なのだろうか。気になるぞ。

 カミナギリヤさんが思い出すようにこめかみを揉みながら唸るように説明してくれた。…………本当に希少な種なんだろうな。しかもとっくに滅んだ扱いである。

 多分覚えているカミナギリヤさんが凄いのだろう。


「見た目は美しい女性の姿を取っている事が多いようだ。両性であり、男は居ない。

 どのような条件かは分からんが、百年の眠りと呼ばれる状態になる事があると聞く。確か……別名は荊姫だったか。

 私も詳しくは知らんが……異常な程に人間に執着されていた種でな。その身体に何かあるらしい。数年で狩り尽くされたと聞いていた」


 数年か。どれ程の数が居たのかはわからんが、かなり早い気がする。

 何があったのだろうか。ビーカーの茶を啜る。ウマイ。

 茨姫か。ふーむ。なんとなくマリーさんっぽい響きだ。

 イースさんが淡々とした口調でその花人について説明してくれた。


「身体のどこかに魔石をつけて産まれて来る種だ。小生も治療で訪れていた。見たところ、最上級に近い等級の魔石だ。条件というのはこの石の破損、紛失、汚染。この石を彼女達は緋石と呼んでいる。

 彼女達の身体は石を生み出す。緋石を剥がされ眠った状態に陥った身体に刺激を与えるとその身体が石を作りだすのだ。電気を流すなり、身体を開くなりすれば身体の何処かに石が作られる。刺激を強くするか、長時間与え続ける事で石は巨大化し、純度の高いものになっていく。一番効率の良いものは痛みだろう。個人差はあるが、ある程度の石を生み出すとその後は一切の石を生まなくなり、数時間後、長くても1日、肉体の末端部から徐々に石化し始め最終的には残された肉体全てが石へと変じる。そしてその性質と生み出される石の貴重さを人間は知っている。人間が彼女達に執着する理由だ。

 緋石というのはその別名を賢者の石。そして緋石を剥がされた身体はオリハルコン、ヒヒイロカネと呼ばれる石となる。聞いたことぐらいはあるのではないかね。

 それが目的だ。神話上に存在する金属だ。彼女達は神話にある石を得る唯一の手段だ。

 ル・ミエルの樹に住んでいる集落の者達も聞けば子供を人間に攫われ、死に物狂いで助けたものの原型を留めぬ姿で全身石化した状態だった、という事もあったようだ。

 彼女達は眠る事を恐れていた。眠っている間にも意識も感覚もあるのだ。

 故に恐れる。見た目には眠っているようにしか見えんほどに身体は動かせんが、意識はあるのだ。だからこそ彼女達は何らかの事故などで眠りに陥った同胞を手厚く保護している。一晩だけ眠りにつかせ、祈りを捧げてその後で一息に首を落とすようだ。放って置いてもそのうちに飢餓と恐怖で発狂し石化するからだ。

 緋石は産まれながらの場所から動かす事は出来ん。足や腕など破損や汚染する可能性があまりに高い部位にあった場合はその場で安楽死させる。

 恐らくだが彼女たちはメドゥーサと呼ばれた石化の魔眼を持つとされる怪物の原型となった種ではないかと小生は考える。彼女達の力は他人ではなく自分を対象とし制御が出来ないなどと完全に暴走しているが石化の魂源魔法だ。

 緋石は恐らく制御石なのだろう。それも後付されたものだ。暴走した石化の魔力を緋石で抑えていると見る。これも仮説に過ぎんが、暴走の原因は魂と精神と肉体の分離。本来ならばそれぞれが相互方向に繋がっていねばならんものを一方通行でしか繋がっていない。緋石はこれを繋ぐ事で制御をしていると思われる。緋石を失う事で繋がりが失われ、精神から肉体へと干渉できなくなり見た目には眠っているような状態になるのだろう。

 刺激で肉体が石を作り出すというのも、正確には肉体ではなく魂に刺激を与える事だろう。近くで仲間が殺されたりすればその悲鳴で石を作り出すという事もそれで説明がつく。武具に魂を込めるのと同じ方法だな。強い感情を力へと変換する。残されている肉体は変換機とも言える。魂の巨大な力を肉体という変換機を通す事で神話級の石へと変化させる。

 精神が破壊され、魂の力を使いきる事で変換機たる肉体は臨海に達し崩れて魂を消滅させそのエネルギーを以って対象範囲である自分の肉体全てを石化させる」


 うへぇ。そりゃ凄い性質だ。完全に呪いだろう。滅んだと言われていたのも、隠れ住んでいるというのも納得である。

 にしても凄いな。どれも聞いたことのある名前だ。

 そんな人達なら確かに人間だって放って置かないだろう。


「賢者の石にオリハルコン、ヒヒイロカネか。…………伝説の展覧会だな。凄まじい種族が居たものだ。人間に狩られもしよう。

 その花人の住む場所にそれを知る人間が殺到しているか。…………今まさにどれ程の地獄が繰り広げられているものか。花人というのはどうやって子を産む?

 その集落に人はどれ程居るのだ」


「繁殖の仕方については知りかねる。いつの間にか増えている。ただ、爆発的に増えるという事はない。

 集落には二十人ほど居た。今はわからんな。人間も何とか繁殖の方法を聞きだそうとしてはいるだろう」


 というかイースさん、淡々とし過ぎである。とてもさらっと流していい話じゃないぞそれは。

 そういえば綾音さんもこういうところがあるが……異界人って皆こんなか?


「何か失礼な事を考えていないかね。小生は人を救う事、医学の発展と人類の幸福を至上の願いとしている。

 今回の花人の集落にも治療で訪れていたと言っただろう。小生の目的は花人の魔力暴走の停止と制御だ。

 この件に関し何も感じていないなどと言う事はない。近い内に集落へと向かうつもりだった」


 へぇ。…………ホントか?怪しいな。

 顔の筋肉がピクリとも動いていないのだが。

 胡散臭そうに見ているとこそっと綾音さんが耳打ちしてきた。


「クーヤさん、騙されては駄目です。あの人はああ言っていますが心の病を治すなんて言って心を物理的に修理する為に魂の在処を探して生きたまま人を解剖していた人です。ありとあらゆる人体実験を千年近くもやってた人ですよ」


「ひぃっ!?」


 仰け反って綾音さんの後ろに隠れる。


「…………つくづく失礼だな。検体をそのまま死なせて終わらせるのは勿体無いだろう。命は一つきり、生きている内に使い切らねばならん。医学の発展とはそのようにして行われてきたのだ。同意も得ていた。

 それに、心の病を治したかったというのも本心からだよ。小生の種は長命すぎると言っただろう。寿命で死ぬ個体など居ない。大体が精神に変調を来たし、自ら死を選ぶ。

 小生は何とかしたかった。小生達の種の病を。少しずつ壊れゆく人々を救いたかっただけだ。…………それに、君に言われたくはない。クーヤ君、騙されない事だ。その娘は虫も殺さん顔だがその能力で何百人も縊り殺しているぞ」


「ひぎぃ!!」


 全力で綾音さんから距離を取ってカミナギリヤさんの足に引っ付いた。ウルトが両手を広げてカモンしているが無視である。


「失礼な事を言わないでください。私が殺していたのは人じゃないです」


「……………………」


 微妙に恐ろしい二人である。あまり近寄らないでおこう。

 ささっと二人から目を逸らしてカミナギリヤさんにぴょんと飛びついた。コアラである。


「あはは、それでクーヤちゃん。僕の巣に行くんですよね?

 明日出ます?」


「え?」


 行くの?

 考える。うーん、でもまぁ……何とかした方がいいか。どうにか人間を追っ払うなり、連れ出すなりしたいところだ。

 その呪いじみた魂源魔法もどうにか出来ればいいのだが……本でどうにかするか?

 あ、でもこういう変質系はたっけぇ上にめっちゃ危なそうだった覚えがある。イースさんが魂の力と言っているし、石化の魔眼か。これをどうにかするのは難しそうだ。

 暴走だけだったらおじさんみたいに何か道具でも持たせて効果を付ければどうにかなるだろうか。いや、それじゃあ緋石と変わらない。しょうがない。何か考えておくか。

 カミナギリヤさんは暗黒神というコアラを気にした様子もなく腕組したまま頷いた。


「行くのならば注意した方がいいだろう。

 イースと言ったか。人間が花人の集落へ来たのはいつ頃だ?」


 綾音さんと言い合いを続けていたイースさんがメガネを押し上げながらこちら向いて考えるように少し間をおいてから答えた。


「二週間ほど前だ」


「それならば何人かは最早完全に石化させられているだろう。

 賢者の石、ヒヒイロカネにオリハルコン、神話級武具の材料足りえる。既に何か作っていてもおかしくはない。

 教団でもかなりの地位に居るものが守備に就いている可能性が高い。あるいは神族すら居るかもしれん」


「むぅ」


 神族ってあれか。シルフィードみたいな奴が居るかもしれないって事か。

 それは困る。花人さん達を守りながらだとルイス一人でどうにかなるのか?

 不安である。


「戦力が一人でも欲しいところだな。フィリアとアッシュを置いてきたのは不味かったか」


「困っちゃいましたねー」


 フィリアはともかく、おじさんはどうにもならないのでは。私と同じカルガモ部隊後方応援班である。


「その二人がどれ程のものかは知らんが。一人分は小生でも替わりぐらいにはなるだろう」


「え?」


 イースさんの言葉に目を丸くしながら問い返す。替わり?

 怪しい医者は白衣を脱いで適当に椅子に引っ掛け、テーブルの上にメスだの何だのとバラバラと広げて一本一本を検分するかの様に眺めている。


「神の思し召しと言っただろう。小生も同行しよう。

 花人達は小生に救いを求めてきた小生の患者だ。治療は未だ終わっていない。連中に好きになどさせん」


 おお、医者の鑑であった。謝っとこう。ごめんなさい。

 イースさんが押し上げたメガネが光を反射し不気味な光を放った。


「ここに来てからあまり人体を弄っていない。魔力炉なるものを見たい。

 検体に丁度いい。彼女達の治療に役に立つよう少し解体させて貰おう。勿体無いからな」


 うむ、謝罪を取り消しておこう。

 マッドなサイエンティストだこの人。


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