荒野の三人組3
ルナドの店から酒場へと戻る途中。
「あら」
路地裏。
「むぐぐぐぐ」
ヒャッハーされているらしいのは先の酒場であった三つ目の少女だった。
「100シリンだ」
私は決めた。服を買うのだ。
という訳で店主に牛乳代を支払い店を出る。
舐められない為に護衛は服を着てから探そう。
店はどこか分からないが歩いていればそのうち見つかるだろう。
パンツ一丁マントはいただけないのだ。
カランカラン、古典的な音に送られつ出たはいいが。
数人の男に囲まれたのは店を出て僅か10メートル程歩いてからであった。
「珍種だな。いい値段で売れそうだ」
「見た目も悪くねぇ」
「おまけに幼児だしな。変態なら幾らでも金出すだろ。こりゃいい拾い物だ」
猟師にとっ捕まった哀れな鴨の様に足をバタつかせて暴れる。
七面鳥にされるのはゴメンである。
「離せーっ!」
推定体重20キロが暴れたって痛くも痒くも無いらしい。
私の首根っこを掴む男は鬱陶しそうな顔をしただけで腕は離さない。
おのれー……。
乱暴に掴まれた襟首、何をするかと思えば力任せに布を剥ぎ取られた。
「ぎえええぇえぇぇぇえ!!おまわりさーーーん!!」
「あん?何でこのガキ、パンツだけなんだ?変態にでも飼われてたのか?」
「知るかよ」
「はなせー!ろりこーん!!」
ジタバタ。
「ちっ……うるせぇよ!誰がロリコンだ!!」
口を押さえられてしまった。
いや服を剥ぎ取る時点で十分にロリコンだと思うのだが。
「むぐぐぐぐ」
路地裏に連れ込まれてしまった。
絶体絶命の大ピンチである。
いざとなればその辺の石に頭でも打ち付ければぽっくりいって元の空間で生まれなおしでもすればいいだろうがそれは最後の手段だ。
助けてイケメンヒーロー!
心の中で叫んだのと涼やかな声が掛けられたのはほぼ同時だった。
「貴女、とてもお約束な子ね」
その声に人攫いのロリコンは気色ばんで振り返った。
「あぁん!?」
そこに凛として立っていたのはさっきの美少女吸血鬼。
赤いドレスを翻す。
黄金のコウモリがバタバタと辺りを飛び回る。
暗い路地の中、赤い目を輝かせてこちらを眺めるその人。
そのタイミング、その立ち姿。余裕のある気品のある声。
完璧だった。ぐうの音も出ない。
これがイケメン王子だったらそこから始まるラブストーリーだった。間違いない。
マリーさんかっこいい。
「確かにわたくしは下着を差し上げたけど、何も下着一丁にならなくてもいいのではなくて?それともやっぱりそういう趣味だったのかしら」
「むぎーっ!」
違います、という言葉は人攫いロリコンの手に阻まれて声にならない。おのれロリコン。
「へっ、ツイてるな。変態が好きそうなガキが増えやがった。セットで売れば値段が跳ね上がらぁ」
鴨にネギを背負わせるつもりのようだ。
その言葉にマリーさんは面白く無さそうに頬に手をあてて顔を顰めた。
実に上品だ。
「あら、わたくしを売り飛ばすですって?ご冗談がすぎるわ。
貴方、この街の新参者ね。よりにもよってわたくしにそんな言葉を」
……有名な人なのだろうか?
「身の程を弁えない者は嫌いよ」
優雅な飛翔と共に赤い靴が宙を蹴る。
カッポォン!
いい音だった。なんと素晴らしいキック。
顔面を押さえてもんどりうって倒れ込むロリコン。
駆け寄ってカウントを取るまでもない。
一発KO、ざまあみろって話である。
地獄が出来たらお前を地獄に落としてくれるわ。ロリコンに人権はない。
覚えてろ、月並みな台詞を吐きながら逃げていくロリコン共には目もくれず、パンパン、と優雅にドレスの裾をはらう姿も様になっている。
うん、決めた。
この人はイイ人だ。この人が一緒に行動しているなら残りの二人もイイ人だろう。
私はこの人に頼み込むことにした。
服を着て誰かに護衛を頼むつもりが服を脱いでパンツ一丁で護衛を頼む事になってしまった。
まあいいだろう。
「あの、マリーさん。貴女のヒーローっぷりを見込んでお願いがあるのです」
マリーさんと連れ立って歩いた先、居たのはさっきの二人だった。
マリーさんと私を見て犬耳のおっさんは顔を渋くする。
なんだろうか。
「マリー、君は分裂でもしたのかね?君のような幼児体系のおこちゃまが増えても嬉しくないのだが」
「あらそう?わたくしが分裂して困るのはあなたでしょう?」
「…………」
これだけで力関係がわかった。
マリーさんを味方につければなんとかなりそうだった。
話を聞けば、この三人はチームを組んでギルドから依頼を受けてお金を得る仕事をしているらしい。
それは具合がいい。
名前だけ名乗って身振り手振りを交えつつ話をする。
腕を組んで見下ろしてくる犬耳おっさんはしかめっ面である。
「君のようなおこちゃまの護衛?何が悲しくて保護者などしなくてはならんのかね。マリーだけで手一杯だよ。
美女なら喜んでするのだが。10年経ったら考えてもいいがね」
分かりやすいおっさんである。
しかしここで引くわけにはいかないのだ。
私の未来の為にこのおっさんには犠牲になってもらう。
懐から小袋を取り出す。ひっくり返した。
チャリンチャリンと転がる世界共通賄賂。もちろん黄金色の菓子である。
「有り金全部でお願いします!」
犬耳おっさんの目がキラリと光った。
「……ほう、いやなに、君の様な幼い子供を守るのも男の役目だ。話だけでも聞こうじゃないか」
現金なおっさんのようだ。ま、扱いやすくてよろしい。
異を唱えたのはマリーさんだった。
「……いいえ、わたくしはお金よりもそのリュックの中身が良いわ。何が入っているのかしら?
魔石?呪具かしら?それとも霊水?何でもいいわ。今は少しでも魔力が欲しいの。試したい事があるのよ」
「ふむ?持っているのかね?確かに今はそちらの方が必要だがね」
む、どうやら二人の要求はリュックの魔水晶に決まったようだ。
マリーさんの嗅覚は中々のようだった。
お金のほうがいいのだが。
ツギハギ青年は特に意見はないらしくぼーっとしている。
……しかしあのでかでかと慇懃無礼と書かれたシャツ、作るほうも作るほうだが着るほうも着るほうだ。
どんな趣味だ。
まあそれはいい。人の趣味はそれぞれなのだ。
うーん……魔水晶か……アスタレルが貴重品だって言ってたし。
この二人が欲しがるのも分かるのだがいかんせん私の大事な鯖読みエネルギー源なのだ。
天秤にかける。ぐらぐらと絶妙なバランスで揺れる。
だってこの三人、すんごい強いようなのだ。
この世界の相場はわからないが。それでもこの街の住人達と比べると一際抜きん出ている。
悩むとみせかけてちらっと指の隙間から覗き見る。
金髪ロリなマリーさん、やはり名前もマリーらしい。種族は魔族。クラスは吸血鬼(封印状態)……封印ってなんだろうか。わからんけど。レベルは1200。
犬耳おっさんはブラド。種族は亜人。クラスは人狼。みたまんまだな。レベルは1100である。
ネジ頭のクロノア君。種族は魔族でクラスは人造人間。人間なのか魔族なのかはっきりして欲しい。どっちだ。
レベルが1000。
……と、そんな感じで脅威の四桁がデフォルトというレベル構成でそれぞれマリーさんが真っ赤だけども魔法一覧がギッシリ詰まった魔力特化、ブラドさんが攻撃力はそこそこ、防御力は紙の敏捷特化、クロノア君が防御力と攻撃力に全てを振った腕力特化。
各個撃破ならともかくこの三人でチームを組んでいるのだ。
それぞれの弱点を互いが補い合い長所を伸ばしあうのだろう。ちなみにこの街のざっと見た平均はレベル40前後。
この三人、異様である。しかもマリーさんは何やら封印されているようだ。二人と比べて数値が少ないのはそれでだろう。
なんだこりゃなんかのラスボスか。
そしてアスタレルの化け物ぶりと私の最弱ぶりもはっきりしてしまった。悲しい。
悩む、悩みすぎて頭から湯気が出てきた。
……しかし先ほどの事といい、これから先の事を思えば……必要な投資かもしれないな。
天秤がかたんと傾いた。
よし、決めた。そうと決まれば話は早い。いそいそとリュックを開いて中身を見せる。
「た、足りますかね……」
「……驚いたわ」
クロノア君は分からないがマリーさんとブラドさんはどうにも呆気に取られているようだ。
「……これは、本物の魔水晶かね?」
どうやらご満足いただけそうだ。
「クーヤ、貴女中々すごいものを持っているのね。報酬としては十分よ。その……お団子?魔力の塊のようね。
どうやって作ったのかしら。それが良いわ。期間はどれほどかしら?」
いつの間にか名前が略されていた。
まあそっちの方が呼びやすいだろう。
「えーと……」
期間。全然わからん。
地獄が出来て上位悪魔が出てこれるようになるまで?
……どれくらいかかるのだろう。
「決まっていないの?そうね、それならまずはこのお団子を三つほどいただける?
期間に対して報酬として不十分になれば追加をお願いするわ」
「はい、それでいいデス」
思わずアスタレル口調になってしまった。
魔んじゅう三つ。でこの三人。
桃太郎状態だ。
結構いい投資なのではと思う。
「どうでもいいが君のようなおこちゃまが特殊性癖に目覚めるのはまだ早いと思うのだがね。服くらい着たまえ」
忘れてた。
クロノア君の慇懃無礼シャツを借りた。
裸マントがパンツ一丁マントになりマントが失われパンツ一丁になりついにパンツ一丁だぼだぼシャツに進化した。
本で服を出せばよかったと気付いたのは普通に服を購入してからのことだった。