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医は仁術也2

「竜は頑丈と聞いたが。本当のようだな。鱗は貫かれているものの、筋肉や神経は無事だ。深く入り込んでいるものはない。

 大したものだ」


「えー。チクチクするからもっとソフトに扱ってくださいよ。

 竜って繊細なんです」


 ピンセットでボロボロの鱗を毟られているウルトはクアーとでかい欠伸を一つ。何が繊細だって?

 ま、空耳だろう。

 イースさんがほじくり返している部位からぽろっと何やら零れ落ちた。即、飛びついた。何か視界の隅でそういう動きをされると飛びつかずにはおれない。仕方がないのだ。


「何だこりゃ」


 ウルトの血に塗れるそれは小さな丸い石だった。半透明でうっすらと光を放っている。


「神気にあてられた魔石だ。

 シルフィードだったか。それが弾丸替わりに使っていたものだろう」


「おー……」


 何だか分解できそうな見た目だ。地獄に放り込んでおいた。

 いかにも染みそうな薬品で傷口を消毒されてうわーっと悶える竜を尻目に、イースさんに聞いてみた。


「イースさんって悪魔と何処で知り合ったんですか?」


「君にそれを聞かれるというのも可笑しな話だ」


「?」


「小生が知り合いなのではなく、君が知り合いなのだ。順序が逆だよ」


 さっぱりわからん。

 まぁ確かに私の知り合いではあるが。


「何れ分かるだろう。小生が言うべき事ではない」


 しかしイースさんは詳しく言う気はなさそうだ。

 しょうがない。気にはなるが無理に聞き出すほどでもないしな。適当に納得しとこう、私は世渡り上手なのだ。

 こつんと頭に先ほどの石の第二弾が降ってくる。拾って地獄流しである。

 ごろんとうつ伏せに転がりなおして枕替わりに抱え込んでいた本を開く。


「ふんふーん」


 セレブだ。実にセレブだ。

 魔力は充実、今ならば一軒家も買えよう。マリーさんに早く会いたいな。この魔力と荒野に置いてきた魔水晶、合わせればいける筈だ。マリーさんの封印解除。ふふふ。きっとびっくりするに違いない。

 この人間の赤ん坊以下と言われまくった私がこうして何だかんだ魔力を溜め込んでいるのだ。ブラドさんだって文句は言えまい。再び降ってきた石を地獄に放り込む。

 パラパラとページを捲りながら足をぶらぶら。

 そろそろ新しい服が欲しいところだ。色々とあったからな。結構ボロボロだ。…………しかし相変わらず趣味が悪いな。何だこの服。縦縞の禍々しい服を見て顔を顰める。普通の服が欲しいのだが。…………スクール水着?着るかアホか。


「君はその本の機能について何処まで知っている?」


「え?…………単に魔力で色々買えるってだけじゃないんですか?」


「…………それだけしか聞いていないというなら小生も何も言わんが」


「え!?いや、気になります!何ですか!?」


「役に立つような機能というわけでもない。知らないのならば問題はない」


「益々気になるじゃないですか!!」


「言わなかったという事は言う気が無かったと言うことだろう。

 小生もこれ以上アレに恨まれたくは無い。ただでさえ我々は恨まれている」


 何だ!?めっちゃ気になるぞ!?

 悪魔の人間関係の裏側がチラチラしている。気になるに決まってる。

 だがやはり言う気はないらしい。うぬぬ。ぶすくれて本に顔を埋めてじたばたした。涎が垂れた。何の機能があるって言うんだ。

 ぬぐってから掲げて見る。やはり何も無い。いや、確かに色々機能はあるが。どれが特殊でどれが普通の機能なのかも分からないような代物である。何だと言うのか。

 ぶんぶん振ってみたり逆さにしてみるが、そんな事をしても分かるわけが無い。…………そのうちアスタレルをとっちめて吐かせてくれる。いつか。そのうち。やれたらいいな。


「イースさん、クーヤさん」


「お」


 綾音さんだった。


「治療にはまだ掛かりそうですか?」


「この巨体だ。簡単な治療だが時間は掛かる」


 カミナギリヤさんを探せば、ふむ。魔族の皆さんに話を聞いて回っているようだ。カミナギリヤさんのでかさに皆さん慄いている。そりゃそうだ。

 ぼけーっとしているとウルトの方向からスピースピーと寝息が聞こえ始めた。…………どんな神経しているんだ?

 ウルトが寝たので遠慮が無くなったのかどうなのか、イースさんがピンセットで容赦なく傷口周りの鱗を毟り始めた。いてぇ。見てるだけでいてぇ。

 ピンピン、ピンピンと蚤か何かのように鱗が飛んでくる。非常に嫌だ。しかし本人は呑気なもの、ぐーすかと完全に寝入っている。信じられない。綾音さんも若干嫌そうな顔である。ピンピン飛んでくる鱗から逃げるように足早に立ち去っていった。逃げるようにっていうか逃げたな。いいけどさ。

 ピンセットの動きを見ているうちにふと気になった。


「魔族や竜に薬とかって効くんですか?」


 軟膏とかあんまり意味がなさそうなのだが。


「君もそう思うか。小生も来た当初、疑問に思った。

 例えばこの液体。小生の世界では消毒液と呼んでいたものだが。この世界の流儀に従って作ったものの、果たしてまともな肉体と呼べるものを持っていない精霊や魔族に効果があるのか。

 結論から言えば効果はあった。小生の認識している医薬品というものはこの世界においても問題なく通用するのだ。

 小生の世界には風邪症候群という病気がある。そしてこの世界にも。

 だが原因は異なる。小生の世界においてはそれはウィルス感染によるものだった。この世界では病原菌、ウィルスなどではなく呪いや魔力の暴走、青系のマナと黒のマナの混合物の体内への過剰侵入。

 引き起こす症状も治療法も同じだが別の物なのだ。それと同じだ。この消毒液は菌を殺す、というものだが。この世界においては霊素やマナの流出を防ぎ、雑素の侵入を防ぐという効果がある。

 これも得られる結果は同じだ。

 科学による生成と魔法による生成、方向性、アプローチ方法は違うが同じことだったのだろう。

 秩序と調和の属性を持ったならば科学。混沌と狂乱の属性を持ったならば魔術。

 どちらにせよ、世界の構成要素が違うとも、孕むエネルギー総量に差こそあれど総合的な質と言うものには変化が無い。

 文明とは発達すればするほどに秩序へと振り切れていく。神の奇跡も精神の力も失われていく。禁断の果実とはよく言ったものだ。知識を繋ぎ、世界を数値化し理を解すると共に人類の平均化と平等化が行われる。知恵を得た人類は世界を光と法で照らし、その替わりに混沌の闇を忘れるのだ。物質としての進化、それはつまりこの世界で言うところの霊的な退化に他ならない。

 事象とは何かしら対応するものを持っているものだ。男と女、高温と低温、科学と魔法、成長と停滞、欲望と節制、生と死。光と闇。相反するそれらはどちらか一つしか手には取れない。これは全ての事に適応される。…………だが、相反している、と言うのはつまるところ、即ち同じ属性だという事だ。内包するエネルギーの方向性が違うだけだ。快楽と悲しみ、怒りと喜び、それぞれ相反するものだが大元は同じだろう。そういう事だ。個人というミクロであろうとも宇宙というマクロであろうともこれは変わらん。

 つまり、どの世界も方向性も属性も違うが、物質界という同じ世界線にあるのだ。小生に言わせればこの世界の有り様は狂気としか言いようがないが。

 数多く存在する世界、何れもバラバラに見えてその実、根本的なところで違いが無い。君は多元宇宙理論と言うものを知っているかね。

 この場合は可能性の数だけ宇宙が存在するという話だ。隣り合う宇宙、古い枝より分岐した遥か遠い宇宙。宇宙とは枝だ。根源から伸びる枝、世界樹だよ。可能性を切り替えるごとに分岐し永遠に成長し続ける枝葉だ。

 どの世界も同じとはそういう事だ。遡り続ければ何れその分岐にたどり着く。宇宙のミトコンドリア・イブだ。煩雑に見える物質界、だが、根は同じであるが為にこの樹が内包する事象より外側に出る事がない。

 どんな神話でも始まりは基本的に混沌から始まるだろう。どの世界でも始めは混沌なのだ。五十億年前、人々はどのように暮らしていた?分かりはしない。過去はいつでも闇の中だ。小生の世界にも嘗て神霊族や魔族のような霊的な生命体が居たかもしれん。彼らは死体が残らない。居たとしても証明は出来ん。実際には今も霊魂や精霊とて居るかもしれん。だが、霊的に退化し続けた人々に魂の力はない。認識など出来ない。突然変異でそういったものが見える人間が居たとして、いくら声高に居ると叫んでも妄想としか見られない。調和とはそういうものだ。大衆の同一価値観、魂の並列化だ。

 知恵を蓄え、世代を重ね、命を繋ぐ事は光で世界を照らす事だ。炎を手に入れた。人の始まりはいつでもそれだ。未来は光だ。文明が発達するごとに秩序へと向かうとはそういう事だ。長く時間を重ねる事は光に向かう事だよ」


「へぇ……」


 ううむ、何だか面白い話が聞けてしまった。面白かった気がする。多分。

 しかしマナ、マナか。なんだそりゃ。したり顔で頷いてはいるものの、謎である。


「…………魔力の事だ。魔力と言えば個人の能力値をさす事が多い。世界に満ちた魔力の事をマナと呼ぶ事で便宜上使い分けている。

 この世界にはこのマナを生み出す存在が居る。魔法学では樹と呼ばれている。レガノアや精霊王のことだ。それぞれ一色ずつのマナを作り出している。肉の器を持つ人間や亜人にとってはそうでもないが、精霊や魔族、魔物などの霊的生命体にとっては必須とも言える。

 魔族や竜が弱体化しているのは彼らにとっての酸素であり、エネルギー源でもある黒のマナが無いからだ。黒のマナを生み出す樹は宵闇の樹と呼ばれている。今はこれの生成量が圧倒的に低い。

 黒のマナはマイナスの属性だ。他色のマナと交わり、肉の器に悪影響を及ぼす事が多い。先ほども言ったが。風邪の原因となるマナだ。逆を言えば肉の器を持たない者は病気と言うものに掛かる事がほぼ無い。

 このマナがないおかげで今は風邪などの病気が無いとも言える」


「…………プシュー」


 頭から煙が出てきた。発電できそうだ。既に半分は頭から流れていった。アレだ。長い蛇の頭を見て尻尾を見る頃にはもう頭がどんな形だったか覚えていないみたいな。

 アホ口あけて呻くしかない。半分も理解出来なかったが目の前に居る人物の頭がいいのは実によく分かった。なのでもういい。


「物質界では肉の呪いに縛られながらもその自由意思において全ての選択が許される。そのように創造されたのだろう。この宇宙の現状がそれを示唆している。

 枝分かれする事であらゆる可能性を認めている。人々は精神に果てはなく、原罪に罰はなく。無限に近い多様性、無制限の未来。この宇宙は神々の揺り篭から外へと放たれた世界。

 そして物質界で生きて死ぬ我々は時間とは連続性のある事象であるという前提からは逃れられぬが故に、横の時間軸しか認識出来ない。世界は枝ではなく、水面に浮かんだ泡としか感じる事が出来ない。

 発達した自我と引き換えにした失われた力だな。知恵を手に入れる前の赤ん坊のような人間だった頃はもっと広い視界を持っていたかもしれん。これが神の罰とでも言うのかもしれんな。

 そういう意味ではこの枝は宇宙で最も罪深い枝だろう。多としての物質的進化、個としての霊的進化の両立。魂は肉体を凌駕する。霊素で構成された元素。顕現する神々。空想の中に住まう種。既に物質という枷を外しつつある。

 他の枝とは真逆の成長を続ける枝だ。振り切れていると言っていい。恐らくは唯一だ。カオスの収束点。秩序に向かい続ける他の枝に対し、この枝一つで均衡を保っている。このたった一振りの枝が今、どれほどの重さか分かるかね?

 秩序と混沌、正と負、矛盾した要素を抱える魂、感情と欲望と願いと祈り、全ては奇跡へと変換され、因果は絡まり、相転移する。人の業とは時に造物主たる神々の思惑を超えてあるものだ。

 …………悪魔もだが。既に手に負えなくなっていると見える。自業自得であるが故に同情はせんが」


「ヌ?」


 何やら呆れられている。


「何の話でしたっけ?」


 さっぱりわからなくなってしまった。

 イースさんはメガネを押し上げながら、エリート商社マンのような口調で言った。


「ミクロ視点で言えばかつて放任主義極まりない母親が居たが野生に育った子達に手痛いしっぺ返しをくらったという話だ。

 君もそうならない様に気をつけたまえ」


「はぁ…………」


 子供なんて居ないので気をつけようがないが。

 いや、いつか必ず大きくなって結婚して家庭を築くという大いなる野望を秘めているのだ。

 覚えておこう。私が子供を産んだら構いに構いとおすぞ。見ているがいい。

 ウルトの皮を容赦なく縫い合わせていたイースさんはぷちっとその糸を切った。


「術式を終了する。

 今日は診療所に泊まっていきたまえ。

 じきに日も暮れる」


「はーい」


 その方がいいか。さて、では時間が余ってしまった。何をするか。

 ウルトはぐーすか寝ている。

 ふむ、少し気になったのでやってみるか。ぱらぱらと本を捲る。そう、マナだ。マナなのだ。一応神様なのだし、私にも出せるんじゃないのか。レガノアだってマナを作っていると言っていた。

 私も……こう、出せるかもしらん。気になるじゃないか。金銀煌くオーラを纏えるかもしれないのだ。是非ともやるべき。


「お」


 新しいカテゴリだった。マナと開拓。



 商品名 闇夜花

 暗黒神のマナを生成し物質界に少しずつ振りまく花。

 世話をしなくても枯れる事はないが、暗黒神が死ぬと一緒に枯れてしまう。



 ほほう。

 …………私が出せるわけじゃないのかよ。ちえっ!オーラという野望が潰えてしまった。

 でもまあ、この花はあっちこっちに植えるべきかもしれない。

 そのうちきっと為になるだろう。何せ開拓カテゴリである。よし。種を購入。目の前にころりと小さな種が転がった。

 診療所の庭の隅。花壇らしき場所がある。多分薬草とかハーブとかが植えてあるのだろうが。ちょっとだけ間借りである。

 ぷすっと柔らかい地面に穴を開けて種を放り込む。さて、どれぐらいで成長するのだろう。花壇の隣にある園芸道具の中から如雨露を引っ張り出し、水をたっぷりかけてやった。どんどん育つのだ。

 どれどれ、様子を伺うかとしゃがみこんだ瞬間であった。

 ピョコッ、芽が生えた。

 ピロリン、大振りの葉っぱが二枚生えてくる。

 ポロン、あからさまに茎じゃ支えきれていない、巨大なつぼみをつける。無論垂れ下がった。

 パッ!釣鐘型の花が咲いた。

 僅か一分の出来事である。


「……………………」


 まぁ、いいか。気にしない。しかし植物を育てる喜びもクソもないな。

 ふむ、葉や茎は黒っぽい緑色だ。花びらはうっすら半透明、紺色である。花粉を蓄えるべき場所にはぼんやりとした光。ちらちらと紫の光を放つ黒い粒を散らしている。マナって奴だろうか。

 光に透けた花びらが全体的に青色に光を放ち輝き、花の周囲を月明かりのように薄く照らしている。

 しかしファンタジーだな。夜になればそれは綺麗だろう。

 本で再び種を量産。ポシェットに仕舞い込む。自動洗浄と一緒に行く先々で植えてやろう。うっかり死んで枯らさないように気をつけなくては。世界を暗黒神のマナだらけにしてくれるわ。

 決意も新たに暗黒神、神様生活一ヶ月目の夜である。


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