神に挑む者たち3
ウルトの攻撃により、建物には既に大穴が開いている。
波紋が広がる。やはりまともな手段で造った建造物ではないようだ。自己修復機能があるらしい。とっとと脱出である。
なんとなくだが…………ウルトだからこそ穴を開ける事が出来た気がする。外から見るよりよほど広い。どう見たって空間が歪んでいる。この自己修復機能もどこか可笑しい。
ただ壁を塞いでいる、というわけではない。塞がりつつある壁の向こう、無限に続く回廊。当たり前だがそんなものは無かった。飛び散った窓ガラスも消え、何事も無かったかのようにフレスコ画が描かれる壁へと変質しつつある。
教団が掲げる空中庭園の攻略、不可能だ。勇者でも、だ。
魔物も居ないし、トラップもない。ただ広い。たとえ死ぬまで歩き回ったって攻略は無理だ。私の本と同じだ。無限に広がり続ける迷宮。それがここ、ヴァステトの空中庭園。
ここを造った奴はよほどの力を持った化け物だったに違いない。教団はこの迷宮の性質を知っているのだろうか?…………知っているのかもしれないな。知ってて行けと言っていてもおかしくは無い。
この最深部にあるという武具、どれほどのものかは知らないが。この迷宮の凄まじさからしてとんでもない物に違いない。
…………不用意に飛び込んでいい場所じゃないな。逃げよう。
「逃げるぞー!」
再び竜の姿へと戻ったウルトの背中に乗っかる。血だらけだが大丈夫だろうか?場合によっては街へと戻ってフィリアに見てもらった方がいいな。
「じゃ、行きますよー」
氷雪王は未だルイスに遊ばれている。
ふーむ。彼女は…………多分この迷宮の壁を抜けない。そんな気がする。
よし。
「ルイス!」
「承知致しておりますよ。お嬢様」
空中に幾つもの絵画が浮かぶ。滝のように黒い物が湧き出てくる。
それらはとぐろを巻いて持ち上がり、その顎を開いた。
紅玉が二つ。ぱちぱちと瞬きしている様はちょっと可愛い。
「おー」
蛇だ。巨大な蛇。ウサギが蛇なんてちょっと食物連鎖に喧嘩売ってんじゃないかと思うが、まあいいだろう。
鎌首もたげた蛇は、黒い影達に相手取る氷雪王をじっと凝視しながらちらちらと舌を出した。
「そこで永遠に遊んでいれば宜しい」
「待て……!貴様らぁ!!」
「待つもんかーい!」
「ウルトディアス!行けっ!!」
カミナギリヤさんの声に答え、ウルトの巨体が持ち上がる。
ついでとばかりに馬鹿にしたように尻尾を振ってウルトは壁に開いた穴より空へと飛んだ。
その後ろ、氷雪王がその神器をこちらへと向ける。
「逃がすかァ!!」
神の力に満ちた白い光、塞がりつつある壁も間に合わない。
おのれ、神の癖に最後っ屁をかますつもりか!悪魔バリア!悪魔バリアが必要だ!!
ウサギ悪魔を探して後ろを振り返ろうとして、ガッシと襟首掴まれた。
「ぬぬ!」
なんというジャストポイント。後ろ首摘まれて持ち上げられる。その絶妙な位置を押さえる手。抗えよう筈も無い。けだものの本能に従い、私は両手両足を丸めるしかない。
尻尾があったら間違いなく尻尾も腹につけていただろう。見事。御見事。
考える。
「…………けだものじゃねえよ!」
暴れた。誰がけだものだ!!
「流石はお嬢様。私どもにはその御心は理解しがたいで御座いますな」
ぐいっと高々と持ち上げられる。突き出された。煌々たる光をかざすシルフィードに向けて。
悪魔の所業であった。何をしやがる!
「な、何をするー!」
ウサギ悪魔はふむ、と一つ頷いてから起伏の無い平坦な声で言った。
「お嬢様バリアー」
「なっ、なにいぃいぃぃい!!」
閃光が視界を焼いた。
「……………………」
四肢を前に突っ張ったポーズでぷるぷるとしながらそろーっと目を開けた。
「…………ん?大丈夫だな」
特に何も異常はない。
シルフィードが居た辺りを見れば既に壁が塞がっており、彼女の姿は見えない。
「さて、どれほど閉じ込めておけるものか」
「あの迷宮は時空が歪んでおりますからな。自力での脱出には時が掛かりましょう。
一度、依代を捨て天界へと呼び戻される事になるでしょうな。そちらの方がまだ早い」
「ふん……依代を捨てるのならば死んだも同然だな。あれ程に神の力に耐えられる依代もそうそうあるまい。魂を幾つつぎ込んだ肉体だったか。あの白竜も捨てるか」
「えーと、ルイスさん。貴方でも彼女を消滅させるのは難しかったんですか?」
「私は武闘派ではございません故に。悪魔の芸術品の創作者としては一流を自負しておりますが、力の強さでいえば中の下と言ったところでございます。
そうですな……力の強さで言えば、黒貌か、金狐か。黒曜石の鏡、神雷。奴らのような脳筋であれば神をも消滅させましょうが」
「七大悪魔王はどうした?」
「今はおりませんので。居るといえば居ますが。彼らは特殊ですからな」
「そういうものか」
肩を竦めたカミナギリヤさんはどっかと座り込んで疲れたように首筋を揉んでいる。
うん、確かに疲れた。つーかいつまで持ち上げているのだ。そろそろ降ろして欲しい。
思って暴れていると察したのかどうなのか、ポンと放られた。受け止めてくれたのは綾音さんである。ぐぬぬ。なんだか扱いが悪いぞ。
しかし、シルフィードの最後の攻撃、そのタイミング。あれは絶対に当たったと思ったのだが。全員怪我らしい怪我も無い。
「さっきの攻撃大丈夫だったの?」
一応尋ねておく。何かあったら大変だ。
「ああ、大丈夫だ。クーヤ殿のおかげでな」
「あはは、クーヤちゃんは凄いですねー」
「お嬢様バリアを舐めてもらっては困りますな」
「バリアーにすんな!」
うぎーっと暴れる。
というか、私をバリアにして防げたのかあれが。
意外だ。身体を見下ろしてみるが、特に問題はない。
怪我の一つもない健康的なむちむち幼児ボディである。ダイエットが必要であろうか。まあいい。
「魂源魔法などお嬢様には通用いたしませんからな。
あれは魂の力、霊格の強さがものを言う世界。それで言えばあの状況ならば神器などより投石の方がマシでございます。
神や眷属はどうしても己の魂源や神器に頼る傾向にありますが。魂源魔法と神器でお嬢様に傷を付けたいのならばレガノアでも連れて来いという話。
精霊魔法、文字魔法に結界術、身体術、音魔術、総じて媒介魔術、種族能力。何れもお嬢様ならば掠っただけでぽっくり逝けますが。魂源魔法だけは話が別ですな。
例えば…………そこな娘。その娘が持つ力。第六感、超感覚的知覚……一般には超能力と呼ばれるもので悪魔も持つ能力の一つですが。
その力でお嬢様に干渉するのは不可能なのですよ。意思の力、魂の力であるが故に」
「へー……」
凄いぞ私。神様相手なら無敵ではないか。そうか、痛かったり痛くなかったりするのはこれか。
胸を張ってえばりくさってやった。威張っていいはずだ。褒めろ!
「まぁ念力で石をぶつけられれば死にますが」
「な、なにぃ!?」
全然駄目じゃないか!!
というかそれってつまりさっきの攻撃も飛んできた瓦礫にあたってればナミアミダブツだったって事だ。
危ねえ!むしろそっちの方が確率高かっただろ!
まったく!まったく!!
地団駄を踏むのは危ないので、普通にカミナギリヤさんの横に陣取った。
ふぃーとひとつ息をついて思い返す。
なんだか気になる事を言っていたな。
「七大悪魔王なんて居るの?」
なんだかかっこよさげである。生意気な。
「居ますとも。悪魔の中でもポピュラーでございましょう。既に傲慢と暴食、強欲。それに憤怒と嫉妬が物質界に居るようでございます。
居らぬは怠惰と色欲のみですな」
「…………え!?もう居るの!?」
「左様で御座います」
マジか。何で来ないんだ。私が最弱すぎて仕えんのヤダとか?…………有り得る。ぐぬぬ。
クソッ!いつか見返してやる!
ボンッと音を立ててウサギ悪魔がウサギ化する。省エネモードに入ったらしい。
もにもにとウサギハンドでウサ耳を曲げたりと愛想の振りまきに余念がない。おのれ。可愛いからよせ。綾音さんがじーっとケダモノの目でルイスを見ている。女の子はああいうものに弱いものなのだ。仕方が無い。
「あの迷宮は結局なんだったんでしょうかねー」
「……うーん」
ウルトの疑問に唸る。確かに。結局何がなんだか分からなかった。
シルフィードを閉じ込めたが…………大丈夫だろうか?
そもそも私の勘だ。彼女が出て来れないというのは。ウルトのように壁を破壊できたらどうしよう。
「氷雪王、閉じ込めておけるのかなー。壁に穴開けたりしないかな」
「問題などないでしょう。ああ見えて巨大な力を持っている生物ですからな。
その竜はあの生物と属性を同じくするからこそ脱出できましたが。
氷雪王の力では無理でございますよ」
「ふーん…………生物か…………生物………………生き物!?」
目を剥いた。マジか。
「…………あの迷宮そのものが生きている、という事か?」
「アレは生き物でございますよ。お嬢様はお気付きになりませんで?」
「知るか!!」
「肉体、周りの建造物こそこちらの世界で作り出したものですが。母体は八隻ある神舟、その一つでございます。
その最深部にあるのはアレの制御核。ふむ、そうですな。あれもまた異界人、と呼ばれるものでございますよ。
本来は核のみで流れてきたものが神舟という肉体を得たものです」
「えぇー……」
あれで舟なのか。なんてデタラメな。というか教団が欲しがっているものってそれか。
「神舟か……。道理で凄まじい力を持っているわけだな」
「それも嘗て時渡りの舟と呼ばれたものですからな。制御核を押さえれば時間跳躍すら可能になりましょう」
すげぇ。そんなものがあるのか。
「主を喜んで迎えたものを。不憫ですな。あぁ、お嬢様。西に行かれるのでしたらカゲイラの街に寄られる事をお勧めいたします」
「カゲイラ?」
「医者がおりますよ。竜でも診そうな変わり者の医者が」
「お」
それは重要だ。
背中を占領する竜を見つめる。相変わらず傷だらけだ。何とかするべきだ。
「えー、医者ですか?嫌です。薬臭いし銀臭いし」
「我が儘言うなーい!」
子供かよ!
「とにかく行くぞー!」
「えー」
ぶーぶーと嫌がるウルトを無理やり軌道修正させる。
医者はどこだ!




