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神に挑む者たち2

 強い。

 その一言に尽きた。

 カミナギリヤさんの矢も魔法もまるで届かず。ウルトのブレスも肉体言語も意味を成さない。

 両手に持った武器は射出系の武器なのだろう。

 氷雪王シルフィード、彼女は言葉通り、先ほどまで子供を相手にするかの如く手を抜いていたと言わざるを得ない。

 飛来した奇妙な文様を纏う弾丸にウルトの鱗が弾けとぶ。既に蒼い巨体は血に塗れ、赤と蒼の斑と言っていい。


「痛いなー。シルフィードが厄介ですね。セロスレイドは弱いんですけど」


「ちっ!これでは結界も抜けぬか!」


「…………その程度か!?花吹雪く妖精王、世界を喰らう邪竜よ!ぬるいわァ!届かん!私には届かんぞ!少しは抗えぃ!!」


 浮かび上がる魔法陣。青の祠、ウルトを封じていた結界と同じだ。

 雨あられと降り注ぐ光、その威力は冗談にもならない。これ以上はウルトが危険だ。本人はのほーんとしているが、限界に近いだろう。


「邪竜よ!貴様を永い時間封じ続けた力の根源たる私が目の前に居るのだ!報復するにまたと無い好機であろうが!

 …………混沌を褥に蠢く常闇の神、貴様もその程度か!?その様で我らが主に挑むとは片腹痛いわ!」


 おのれ!好き勝手いいくさってからにー!

 ええい、しがみつくのに精一杯だが……黙ってられるかーい!

 落ちるも覚悟だ。何とか必死こいて本を開く。ざらざらと捲れるがままに適当なページを開く。今にも風にぶっとばされそうである。



 商品名 控えおろう


 指定した相手の防呪圏の破壊、神器の一定時間の封印。

 封印できるのは神器のみなので注意が必要。



 即購入。値段なんか見ちゃいない。よくもやってくれたものだ。

 くらうがいー!

 ばぎゃん、粉々に結界が粉砕される。

 シルフィードの持つ両手に持った白い塊、あれが神器なのだろう。それを黒のぐちゃぐちゃとした子供の落書きじみた模様が埋め尽くす。

 どれだけの時間封じていられるかは謎だが、この隙に何とか立て直すしかない。


「ざまーみろー!」


「ぬ……っ!…………ならば!!」


 その手に光が集まる。魔法だろう。神器が使えないならば魔法というわけか。

 この傷だ。ウルトもそうそう無茶な動きは最早出来まい、避けきれるか?


「…………ちょっと無理かなー。困っちゃいましたね」


「ウルト!」


 その名を叫ぶが血だらけの翼にあの力強さはもう無い。

 光が視界を焼いた。

 風が吸い込まれるかのように吹き抜ける。

 駄目だ、当たる。

 ふと、黒い影が視界の隅に映る。それは異様な速度を以ってその範囲を広げていく。

 それはあまりにも唐突だった。何の前触れも無く、太陽が遮られ周囲に巨大な影が落ちる。

 地鳴りのような破壊音が響いたのはその直後の事だ。

 何だ?見上げて、固まった。


「…………はへ?」


 あんぐりと口を開ける。間抜けな声も出ると言うもの。

 頭上に光を遮る巨大な影。冗談じゃない。それは塔だった。空中庭園に幾つも乱立するうちの一つ。それが崩れて落ちる。


「な…………っ」


 さしものシルフィードも呆然とするばかりである。

 誰かが投げ飛ばしたかのように。根元から捻じ折られた塔はそのままシルフィードへと叩き付けられた。

 迫りつつあった魔法ごと押し潰し、凄まじい土煙が舞い上がる。実に煙い。目がちくちくする。額もちくちくする。


「今のうちに!ウルトさん、迷宮に入ってください!」


 綾音さん。輝くその瞳にどこかおじさんと同じような光を見た。どこかで見た気がする。気のせいだろうか。


「サイコキネシス……!?馬鹿な、質量もサイズも完全に無視している……、貴様、本当に人か!?」


 超能力、そうか、これが綾音さんの力の正体。彼女の魂の力、魂源魔法。

 …………いや、それにしては規格外に見えるが。

 スプーン曲げどころじゃない。異界人だからか?それにしては……。

 何かに気付いたかのように、シルフィードの顔が歪む。


「…………そうか、貴様……。この罪人共めが……!地獄の釜の底で悶えていればいいものを……!」


「ウルトディアス!構うな!迷宮に入れ!」


「仕方ないですねー」


 翼を翻し、その虚ろな顎を開く迷宮、ヴァステトの空中庭園内部へと飛び込んだ。

 柱の隙間を潜り、回廊を抜け、塔の上へと飛ぶ。広い。見た目以上だろうとカミナギリヤさんが言ってはいたが。

 予想以上だ。とても小さいとは言えないウルトが建物内を縦横無尽に飛べる程である。


「この辺ですかねー」


 どれほど飛んだだろうか。かなり奥まった場所まで来ただろう。

 ウルトがそんな事を呟いた。


「ギャーッ!」


 いきなり地面が消えた。そのまま慣性に従い投げ出されるところをがしっとカミナギリヤさんが掴んでくれたので危機一髪。危ない危ない。死ぬところであった。ウルトが飛びながら人化したらしい。

 後ろ首からぶら下がる猫か何かのような摘み方だがジャストポイントを微妙に外したいまいちな部位を摘まみ上げられたので両手両足をジャキーンと伸ばしきった馬鹿猫ポーズになってしまった。だがまぁ文句は言うまい。

 人の姿をとったウルトはやはり血だらけだ。ペドラゴンとは言え、流石に心配である。その手には竜槍アブソリュートゼロ。それだけで白い冷気があたりに漂う。


「よっと」


 地面に突き立て、土をほじくるかのように上へと切り上げると、その軌跡を追うかのように地面から氷塊がせり上がった。次に両サイドの壁、最後に天井。

 あっという間に通路は氷に埋められちっとやそっとじゃ通れそうも無い。残念ながら彼女にはなんら意味を成さぬだろうが……足止めにはなるだろう。

 通路が完全に埋まったのを確認し、全員踵を返して走りだす。私はのたのた遅いので途中でカミナギリヤさんに抱えられたが。綾音さんが普通に着いて来ている事実に正直驚きである。

 ウルトは走りざま、あちこちの壁を槍で削り、私たちが駆け抜けた後を氷で埋めていく。

 だが、いつまでもこうしては居られない。時間はあまり無いだろう。結界を破壊し、あのトンデモ神器を封じている今しかないのだ。

 奴の足たる白い竜、あいつを何とか行動不能に追い込みこの場から全力で逃亡、その為には今、此処しかない。


「うぬぬ、行くぞ者どもー!」


 号令一つ。通路を抜けた先、

 カミナギリヤさんの太ましい腕から引っこ抜ける。吹き抜けの大広間。果てが霞んで見えるほどの広さ。地獄のわっかを地面に設置。全員、分かったものだったのだろう。

 すぐさまカミナギリヤさんはハーベスト・クイーンをつがえて無数の矢を未だ見えぬシルフィードへと向けて放った。

 光は通路の先へと消える。遥か遠くで弾ける光。――――来る。


 通路の向こう、氷をものともせずに打ち砕きながら迫り来る雪の如く白い竜に跨る青銀色の女神。氷雪王シルフィード、その力はまさに神と呼ぶに相応しい。


 ウルトが竜槍を上段に構える。突くでも斬るでもない。投擲の構えだ。青い光が集い、竜槍がその姿を変じていく。

 そのウルトの姿を認めたのであろうシルフィードは酷く蠱惑的な表情を浮かべてみせた。目の前にある物全てを喰らい尽くす強者の微笑み。どこか感嘆するかのような、呆れるような。嬉しくて楽しくて仕方が無い。そんな顔だった。


「…………クッ、フ、ハハハ!私の前に立ち、奥義を以って迎えるか!!………………よかろう、汝らが全身全霊を賭けたその一撃、受けて立とうぞ!踏み潰し、蹂躙し、粉砕し、蹴散らしてくれるわぁ!!」


 いつもの様な呑気な微笑みからは想像すらつかない。真っ直ぐにシルフィードを見つめる眼差しはそれこそ氷の様に凍て付き、縦に伸びた瞳孔は凶悪なドラゴンのそれだ。

 びきびきと筋肉の軋む音。槍を掴むその腕が不自然に脈動する。

 魔を孕んだ風を巻き込み、蒼い魔力を迸らせる竜槍は最早視界に収められぬ眩さ。広大な部屋は極寒の凍土と化し、竜槍の周囲などあまりの気温の低さに空気すらも凍り、細氷となって光を反射し屈折させ、竜槍の周囲に幻光の輪を浮かび上がらせている。

 破壊竜ウルトディアス、嘗て国を一晩で氷漬けにしたという竜。こうしていると、とてもじゃないが弱体化しているなどと信じられない。

 魔王と呼ばれた者達。本来であれば、どれほどの力を持っていたものか。

 めぎり、槍を握る手から音が聞こえた。




「――――実は、僕は嫌いなんですよ。弱い生き物に負けるのが」



 音が消えた。風が吹く。幾重もの光輪を残し、蒼の槍は床を削り、壁を削り、ガラスを粉砕し、瓦礫を撒き散らしながら氷雪王シルフィードを正面に捕らえた。ぶつかった瞬間のその衝撃たるや。

 相対する両者、神と竜の力の鬩ぎ合い、余波で周囲の壁どころか、通路そのものが崩落する。

 空気の上げる悲鳴が聞こえてきたのはその後だ。

 数秒か、数分か、時間の感覚など分かりはしないが、拮抗していた力はやがてその均衡を崩し始める。結果は火を見るより明らかである。始めから分かっていたことだ。

 蒼い光が散った。霧散する力。


 彼女が蒼の光の残滓を吹き飛ばし、特攻を仕掛けて来たのはその直後の事である。

 無傷。

 邪竜の力は神に届かず。

 目前まで迫った彼女は獲物を甚振る残忍さを奥に含んだ、鈴が転がるような声音で口を開いた。


「中々楽しませてくれた。礼を言おう。せめて一撃で葬ってやる」


 勝利を確信した傲慢極まる笑み。その手に握られた神器も既に封印は解かれている。

 彼女にとってそれは当たり前の事実なのだろう。

 神への挑戦、それは人には過ぎた夢である、と。

 初めに鴨撃ちと言い切った彼女、そもそもが最初から彼女の気紛れでしかないのだ。

 儚い力で神に抗う者達に気紛れで応えたに過ぎない。彼女にとってこの結末は当然の帰結だったのだろう。

 ウルトの最大攻撃が届かなかった今、最早氷雪王に抗える者など居ない。なるほど、それはある意味で正しい。

 が、それは今この瞬間、この場所においては間違いだ。

 何故ならば。


「――――っ!!」


 横合いから氷雪王に圧し掛かる影。彼女はその攻撃に対応しきれず、押されるがままに地に膝を突いた。

 蠢くそれらは実体無き絵である。

 ウサ耳はやした初老のおっさんが優雅に一礼。その手に一枚の絵画。

 其処から湧き出る異形の怪物達。

 彼女の思っていたであろう通り、人に抗う手段は無いが。

 残念ながらここには悪魔の神様という人様にはとても言えない実に恥ずかしい役職の私が居るのである。

 悪魔は光を蝕むもの、そうだろう?


「ほう、誰に向かって口を聞いているのですかな?

 少々頭が高い。神の御前なれば、跪くが道理でございます」


 絵画の悪魔、ルイスがパイプを吹かしながら周囲に絵の具を撒き散らす。

 それらはもぞもぞと立ち上がり、ゲタゲタと笑った。


「その様で神に挑もうとは。実に。片腹痛いですな」


 ぴょんとカミナギリヤさんに飛びつく。

 やる事はやった。この迷宮は多少気になるが。今は放置しかあるまい。


「即時撤退、すたこら逃げるぞー!!」


「はーい」


「氷雪王、この場は我らの勝ちだな。勝利とは倒すばかりではない」


「いつかその身体、六つに捻じ切りますから」


 馬鹿め!端から彼女をやれるとは思っていない。

 ウルト達の狙いは最初から一匹だけなのだから。

 通路には白い竜が倒れ伏している。力に耐え切れず、ウルトの竜槍に貫かれた身体、息があったとしても動くのは不可能だろう。

 当初の目的通り、足は奪った。

 すたこらさっさ、逃げるが勝ちである。試合に負けて勝負で勝つとはこの事よ!フハハー!





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