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スピードスター

「クソッ!クソッ!クソッ!!」


 じくじくと疼く腕。その痛みに後押しされるように手にした剣。

 やるのではなかった。やるのでは。

 だが、もう遅い。

 無用の長物と化した根元から捻り折られた自慢であった長剣を投げ捨てる。

 音も無く雪に埋もれた剣を一瞥する事も無く逃げる。

 この港から南か、西に逃げるか。人間とのハーフである自分なら南が良いだろう。

 船はいつだったか。思い出す。確か……三日後に一本あった筈だ。運がいい。

 その間を何とか凌ぎ、その船に乗り込む。それしかない。

 走りながら肩越しに振り返る。追ってきている様子は無い。あの娘は身体能力はそう無い。警戒すべきはあの力のみ。

 何とかなる。なる、筈だった。

 おかしいだろう、何故追いつく?

 雪に投げ出された己の右腕を呆然と眺める。


「あと三本しかないですよ」


「ひぃっ……!悪かった!!俺が悪かった、謝るよ!もう二度とやらねぇ、本当だ!!」


 月が照らしだすその娘。

 煌々と輝く両目は魔族や亜人、神霊族にも目にした事が無いような尋常ならざる色。

 目にも鮮やか、虹彩どころか瞳孔までも不気味なパステルピンクという狂った色の瞳は最早悪魔か何かにしか見えない。

 手に持った刃渡り20センチ程の短い片刃の短刀はとても戦う為の得物には見えないが。酷く、不気味だった。


「それが?」


「ひぎっ……」


 ブチブチと肉の繊維が引き千切られる音がする。それが自分の身体から聞こえてくるなど悪夢だった。

 首が回る。首が。

 気道が塞がれ悲鳴すら上げられない。触れられもしないのに勝手に回る首は、まるで自分の意思で後ろを向こうとしているかのようだった。

 血が吹き出るのが霞みつつある視界の隅に映る。

 悟った。受け入れられなかったのは、異界からの異邦人だからではない。異物だ。この世界に落とされた異物。稀に居るのだ。こんなアウトサイダーが。

 実のところ―――――異界人には三種類居るのだ。東での研究結果としてそうなっている。

 一つはギルド総裁のような、道端歩いていたら落っこちただとか抜かすような異界人。

 二つ目が、今はもう失伝したが、召喚の儀式を経てこちらから呼び出した口。

 もう一つは。

 目の前に居る。何かやって落とされた口だ。人を殺しすぎただとか、神に叛逆しただとか、何かしらやらかした連中だ。

 異界人の中でも、滅多に居るものではない。何かやって、死んで、誰が拾い上げて導くのか。その後にここに来るのだ。それこそ冗談でも何でもなく悪魔の使徒というのも在りうる話だ。

 教団で一人、同じような奴が捕らえられていると聞いたが。まさか、こんな近くに異物が居るなどと思わなかった。

 男は、ブロートは東へ情報を流す役目を負っていた。故に、彼女のことは苦々しく思っていたのだ。

 このギルドを総括するギルドマスター、ブロートは長年取り入ろうとしていたのだが。何を思ったかこんな娘を代理に立てて自らはクエストに出るとは。次期ブルードラゴン支部ギルドマスターと指名したも同然の行為だった。

 ブロートは荒れた。準人間への道、東への永住。あと少しでそれが切り開かれるというのに。

 その上に、これである。もがれた腕は切断面が酷く潰れていて回復は不可能だった。

 高位光魔法でなくては無理だ。そしてこんな場所にそんな魔法を使えるような人間が居るわけも無く。

 この街の医者では東とは比べ物にもならないような原始的な方法で以って傷を塞ぐしかなかった。

 おかげで碌な回復も出来ず縫い合わされ、痛みと熱に疼く腕を抱え込む羽目になったのだ。そして剣を取った。結果はご覧の有様。

 やるのではなかった。最後にもう一度思った。



 空を見上げる。

 転がる死体はいつもどおりだ。

 埋めるよりも、海が近いならば流せばいい。いつもと変わらない。ここに来てからも。そして来る前も。

 別に放置してもいいが。ここでは隠す必要があまりない。

 彼の思考のノイズ、それを言えば殺した事を咎められはしないだろう。

 大した情報は流せていないだろうが、やった事は変わらない。


「あの子は私の事、覚えていないんでしょうか」


 呟きは雪に埋もれるように消えた。










「ちょっと巣に戻りたいんですよねー」


 ウルトがそんな事を言い出したのはお昼を食べ終わってお茶を飲んでのまったりタイムの事だった。ちなみに私が腰掛ける椅子は私専用である。お子様用椅子とも言うが。

 マジックペンででかでかとあんこくしんちゃんと書いたのでもう私のもんだ。

 マリーさん達に連絡を取ってから二日。未だお迎えとやらは来ないのでクエストを皆で黙々とこなしている真っ最中である。

 とはいっても、このメンバー勢ぞろいでやるような依頼がそうそうあるわけもなく。

 フィリアもウルトもおじさんもカミナギリヤさんも好き勝手自分好みのクエストを受けているらしい。

 私は地道にゴミ掃除や採取をしている。

 後は前に作った安眠枕が大絶賛だったらしく、ちまちまと追加注文が来ている。

 どうにもどんな不眠野郎でもたちどころに眠りへと誘う、それも一度寝たら永遠に起きれないんじゃないかと言うスリルを味わえる悪魔のような枕という事で人気が出てきているらしい。

 というか安眠枕の製作を皮切りに、何故だか奇妙な依頼はまず私という謎の不文律が出来上がりつつあるらしいこのギルドは変な依頼が来ると大体私に回そうとしてくるのは納得いかねぇ。

 なんだよ全自動自慰マシーン製作て。文字通り天に帰れよ。昇天しろ。オナホール職人の朝は早いってやかましいわ。

 まあいい、それよりウルトである。


「巣ってあの青の祠?」


「いえ、違いますよ。西にあるんですよね。ここから結構近い場所なんですけど。

 ちょっと気になってるんです」


「何か置いてるとか?」


「そうなんですよ。無いなら無いで別に構わないんですけど。僕が巣に溜め込んでいた財宝ですよ」


「財宝……」


 ドラゴンと言ったら穴倉で財宝集めてぐうたら生活ってイメージがあるもんな。

 ウルトも御多分に洩れずトカゲらしくお宝が好きなようだ。そういや展覧会で光物に飛びついてたな。

 しかしウルトが掻き集めてきた財宝か。凄そうだ。


「この街って職人が多いじゃないですか。ああいうのを見てて思い出したんですよね。どうなってるかなーって」


「ふーん……」


 西の大陸か。

 ここから近いというと……地図を思い出す。

 遥か昔は繋がっていたのだろうかと思わせるような形で西大陸の上の方に北大陸に引っ張られるかのように出っ張って伸びている箇所があったな。あの辺りだろうか。


「行けばいいんじゃないかなー」


 別に止める理由はないしな。

 かなりの速度で空を飛べるウルトならば日帰りとは言わないが、二日、三日で帰ってくるだろう。

 夕飯前には帰ってくるのよってなもんである。


「あ、そうですか?じゃあ、いつ出発します?

 僕は今からでもいいですけど」


「え?」


 何言ってるんだ。好きに出発すればいいだろう。別に頼むような用事もないし。


「私は行きませんわよ。この後はアッシュさんとクエストを受けていますの」


「あの、すみません、ご一緒できなくて……」


「ふむ、では私が行こう。暇だからな。それに西には随分と行っていない。様子も見たいからな」


「え?」


 話の流れがおかしい気がする。

 ちょっと待って欲しい。

 どこと無く嬉しそうにカミナギリヤさんは顎に手を当て頷いた。


「我らカルガモ部隊、部隊資金としてウルトディアスの財宝を接収しようではないか」


 気に入ったんだろうか。カルガモ部隊。

 しかし我ら?何故に複数形?


「西に行くんですか?あの、差し支えなければご一緒させて貰えませんか?

 気になることがあるんです」


「え?」


 話を聞いていたらしい綾音さんがちょこちょことカウンターから出てきた。


「どうしましたの?」


「西の様子がおかしいんです。ここ最近、交易の便も少なくなってきていて調べてはいたんですが。

 今朝の事なんです。海に人が打ち上げられていて。魔族の方だったんですが…………先ほど意識が戻りまして、話を伺ったところ、どうにも様子が…………」


「ただの遭難者ではない、ということか?」


「はい。酷く錯乱していて…………。

 彼はリグシリアに住んでいたそうなんですけど。教団が統治している区域の隣にある国なんですが。

 西の大聖卿が二年前に変わったのは知っていますか?」


「確か…………ラクルド大聖卿でしたわね」


「かなり、大混乱しているらしくて。私も半信半疑で…………西のギルドに連絡を取ろうとしたんですが、繋がらないんです。

 確かに状況が状況なので西にはギルドは少ないんですけど…………全部です。あまりギルド同士で連絡を取り合ったりしない事が仇になってしまいました。

 いつ頃から繋がらないのか全く分からない状況です。情報が完全に遮断されています」


「それは…………確かに、おかしいですわね」


「へー、大変そうですね。西に行った人って居るんですか?」


「いえ、西に行く人は滅多にいません。出る人は多いんですけど。ただでさえあそこは酷いので…………」


「先の大戦の敵種族ですものね。まるで憎悪の嵐が吹き荒れているかのような大陸ですわ」


 ふーん。西で何やらあったらしい。というかなんか酷そうだ。余程の扱いをされているのだろう。

 カミナギリヤさんがふーむと太ましい腕を組んで唸った。


「その魔族に詳しく話は聞けんのか?」


「すみません、不可能です。声帯が潰されていて衰弱も激しく…………。私も思念会話で話を聞いただけなんです」


 …………そりゃ凄い。命からがら逃げてきたのだろう。

 おじさんが言い難そうに呟いた。


「…………それは、その。西の方で、今までの比ではない人間による魔族の弾圧が行われている、と、そういう事でしょうか…………」


「…………その可能性が高い、という事です。ギルドも潰されているかもしれません」


「南は様子はどうなのだ?

 亜人の扱いも魔族程ではないがそれよりはマシという程度だろう?」


「後でヒノエさんに話を伺いましょう。

 その後に西への同行をさせてくださいませんか?」


 全員がこっち見た。


「ヌ」


 …………仕方が無い。


「カルガモ部隊、発進準備ー!!」


 腕を高々と掲げて宣言した。


「お気をつけくださいまし。神降しの儀が近いですから、ヴァルキリーや天女などが巡回している可能性が高いですわ。

 それに、この辺りには竜種が多いですし」


「あの、皆さん……気をつけてください」


「うむ!」


 力強くお留守番の二人に頷く。


「リーダー、いつ出発するんですか?」


「え?えーと、ヒノエさんのところに行ってから一時間後だー!」


「荷物はどれ程持ち込めるんでしょうか?」


「え?え?えーと、手荷物一つとするー!」


「バナナはおやつに入るのか」


「入らないわーい!」


 途中でからかわれた気がする。

 お茶目な妖精さんである。



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