そして誰も居なくなった
パチパチと燃える焚き火。寝るにはまだ早いが、あまりやる事がない。
鉱山を出たところ、既に日は落ちていたので明朝に出発する事になったのだ。一晩ここで野宿である。
つんつんと枝で突つく。甘い芋が欲しいな。
ホコホコに焼いたらうまいに違いない。
「ほら、食いな。熱いから気を付けるんだよ」
「わーい!」
ヒノエさんにスープを貰ってしまった。野菜がたっぷり入っている。ウマイウマイ。
ふむ、何やら少し薬の様な味がするな。
「何か薬味みたいなものが入ってるんですか?これ」
「ああ、シルフェの香葉だよ。南で採れる植物だが、身体があったまるからね。この大陸じゃ必須さ」
「ほほー」
南か。どんな所なんだろうか。ちょっと興味があるぞ。
未だに荒野と北大陸の一部しか行っていないからな。天使と勇者の件さえなければぶらりと巡りたい所である。機会があれば行ってみるか。
ハフハフと啜りつつ頷く。プハァ。
「ヒノエさんは南大陸から来たんですか?」
「そうさ。あそこは人間が多かったからねぇ。アタイはもう独りだし、隠れ住んでもしょうがないからね。出てきたのさ。
とは言っても、もう北大陸も潮時さね。
あちこち人間臭いったらないよ」
「ふーん……。次はどこに行くんですか?」
「西にでも行こうかと思ってるよ。あそこは霧に覆われて晴れやしないからあまり好きじゃあないんだが、そうも言ってられないさ」
霧か。北は雪だらけなのに西は霧とは変てこな話である。南はどうなのだろう。
「南大陸ってどんなところなんですか?」
「そうさねぇ……。端から端まで熱帯雨林さ。暑いし、雨が多いよ。年中降ってるのさ。嵐も多いからあまり住み心地は良くないよ。ここもだけどね」
ほーん。聞くだけで暑そうである。
蛙とかが群生しているかもしれないな。ゲコゲコ。
「いざとなったらあの荒野にでも行くさ。
あそこでマリー達と牙を研ぐのも悪くないさね。最後は精々華々しくやるさ」
独り、か。言葉通りの意味なのだろう。彼女の毛皮はとても美しいから。
きっと世界中にヒノエさんのような人が居るのだろう。
人と交われない迫害され虐げられ追いやられ続けた彼女達には既に生存を賭けた戦いなどと言える段階は過ぎた。最早、如何に最後の時を過ごすか、どう生きるかの話なのだろう。
おじさんもそうだ。あそこで私達が買うと言う手段ででも助けなければ、痛みは感じるのに死ぬ事が出来ない奴隷としてずっと人間に生き地獄を味合わされ続けただろう。
それに武器として使われ続けていたカミナギリヤさんに長くあの祠に封じられ続けたウルト。レガノアと人間は強い。世界の全てを完膚なきまでに叩き潰せるほどに。
だが……ふふん、私が居るからにはもう好きにはさせんぞ。多分。あの荒野を私の領土とし、レガノアをとっちめてくれるわ。皆が。
なんだかやる気が出てきた。何かやるか。
地獄のわっかを眺める。先ほど神域で吸い込んだ魂のエネルギー取り出し作業はまだ終わっていない。
しかし、まだまだ余裕はある。さっき武器に炎属性をつけたし……。そういえば街で人魚の涙の加護も付けたな。クエストでは枕を作っている。
ふむ、総評するに私の本で武器を作ってそれに加護を付けることも出来そうだ。
やってみるか。餞別にヒノエさんに差し上げようではないか。そのうち荒野に行くかもみたいな事を言っていたし、いつかまた再会出来るかもしれない。
ペラペラと本を捲る。
「さっきから思ってたけど、その本は何なんだい?」
「魔力と引き換えに何でも出せる不思議な本です。うーん……悪魔の芸術品って奴ですな」
「……………………アンタ、変わってるね。そんなもんがまだこの時代に残ってたのかい?」
「貰ったのです」
「…………世界はまだまだ広いって事かね。トレジャーハンターが泣いて喜ぶだろうさ。大事にしなよ」
そりゃ良かった。
さて、ヒノエさんの武器を眺める。全身縞々模様のへんてこ武器である。
カテゴリ生活セット。
商品名 双頭刃
妖獣族が好んで扱う武器。
幾何学模様を掘り込んだ小型の湾曲両剣。
ふーん。さくっと購入。
黒い霧から形を成して現れたのはヒノエさんものと型は同じだが少し違う複雑怪奇模様の二本の小剣である。地味に端っこに羊の悪魔模様が書いているな。
柄の両端から湾曲した刃物が備え付けられた形状は私が握れば3秒で自爆間違いなしである。
よし、次。
商品名 暁闇の加護
指定したアイテムに暁闇の加護を与えます。
アイテムによって付加効果と魔力消費量が変わります。また、アイテムの質に見合わないあまりに高い効果を付けると破損の可能性があります。
付加できる効果は3つまで。
ざらざらと効果を流し見る。
属性付加、暗黒属性。付加値は3か。まだ数値は上げられるようだがこれ以上は壊れそうだな。先の戦闘でつけた炎の加護の結構な威力を思い出すに3という数字でも馬鹿に出来ない。
うん、これ付けとこう。結構高いし凄そうに見える。後はー、影法師?
ふむ、追加攻撃+1とな。これにしとくか。ますます隙がなくなりそうだ。あと一個か。
何にしよう。
「む?」
何やら特殊効果がある。
付加効果 神の工芸品レベルのアイテムの為、特殊効果の付加が可能です。
舞姫:運命への抗い、別れ人との再会の加護。
…………これにしとくか。彼女がいつか同族に会えるといいのだが。
よしよし、あとは…………こいつだな。うむ。
商品名 星辰の加護
指定アイテムに星辰の加護を与えます。効果は消費魔力量に比例して高くなります。
アイテムによって魔力消費量が変わります。また、アイテムの質に見合わないあまりに高い効果を付けると破損の可能性があります。
暁闇の加護と併用可。
眺める。攻撃力と魔法力となっている。
以前と違うな。多分これが武器だからだろう。宝飾品はステータス補正か。
武器だと武器そのものの性能のようだ。防具はどうなんだろう。まあいい。
枝を握り締めた。
「おりゃあぁぁあぁぁああ!!」
めっちゃ買った。すっからかんになった。こんな物は使ってナンボなのだ。
良い仕事をした。汗を拭う。良い仕事をした後は牛乳が欲しい所だが贅沢は言うまい。街に戻ってから大量に摂取してくれるわ。
引っつかんで唖然とした様子で目を丸くしていたヒノエさんに突き出す。
「あげるー」
「……………………あ、え?なんだって?」
「ヒノエさんに餞別なのです」
「…………アンタ、一体……いや、いいさ。聞かないでおくよ。
…………こいつは弟が使ってた奴にそっくりさね……。…………有難う」
「おー」
ふむ、弟モデルであったらしい。弟さんに会えるように祈っておこう。
時間も良い具合のようだ。そろそろ寝るとするか?いや、でもなあ。まだ眠くないのだ。
ヒノエさんは静かに弟モデルの双頭刃とやらを眺めている。その目は僅かに潤んでいた。
邪魔をしないでおくか。そっとしとこう。
スライムを共にてってけと野営地を歩き回る。綾音さんフィリアと冒険者の皆さんが鉱山の入り口で塚を作っていた。
死体はルイスが絵に吸い込んでしまったからなぁ。ああして塚だけでもと思ったのだろう。
残りの三人はと言えば……ふむ?
何やら話し合いをしているようだ。あっちに行くか。
「混ぜろー!」
「む?クーヤ殿か」
「あれ?クーヤちゃんは夜更かしさんですねー」
「……あ、どうぞ……」
おじさんが身体をずらしてくれたのでどでんとそこに陣取った。
「何話してたのさ」
「ああ、我らの里の移転地についてな」
「僕もアッシュさんもあんまり今の地理って詳しくないんですよね。
クーヤちゃん、何か良い候補地ありません?」
むむ。そういえばカミナギリヤさん達は引越しをするのだった。
今のうちに勧誘しとくか。
「モンスターの街に来ればいいのです。クルコの果物が欲しいのです」
「クルコ?…………ああ、あれか。中々美味だろう。クーヤ殿はあれが好きか?」
「美味しかったのです。モンスターの街の店主にパイにしてもらうのだ!」
「…………パイ、パイか……。ふむ…………悪くなさそうだ…………」
「お二人とも、食べ物で決めてしまっていいんですか……?」
おじさんが突っ込んでいるが食べ物に勝てるものなどないのだ。
そういえばエルフのお姉さんがカミナギリヤさんはグルメと言っていたな。良いことである。
「なに、それを抜いても条件として悪くない。
身も守り易く、人間も少ないからな。あそこならば何とでもなろう。結界の範囲が狭いのが難点だな。
妖精族の魔術を組み込む事を条件とするか……?道具の提供も…………」
カミナギリヤさんはブツブツと呟きつつ考え込んでいる。
この調子ならば誘致に成功しそうである。クルコのパイ……美味いに違いない。ジュルリ。
涎出てきた。
「モンスターの街ですかー。僕も初めてだなー」
「私もです……」
ウルトもおじさんも来た事は無いようだ。そりゃそうか。
先人としてちょっとあの街の雰囲気をば伝えるとしようか。
「そういえば、穴を掘りまくるおじさんと穴に物を詰めまくる女の人が化学反応を起こして色々と凄いことになってるって言ってましたよ」
「「………………」」
全員黙り込んでしまった。
失敗したようだ。しかし、良い所を言えと言われても困るのでしょうがないと言えばしょうがないのだ。
「……だ、大丈夫なんですか……?」
「近寄らなければ大丈夫じゃないかなー。私も見たことないし」
街全体に穴が増えてなければ大丈夫だろう。増えてたらご愁傷様だが。
「マリーベルさんがそんな所に住んでるってすっごく意外ですねー。そういう雑多な所って物凄く嫌ってる人だったのに」
ウルトの言葉におじさんがびっくりしたように顔を上げた。
「……マリーベル?…………マリーベル=ブラッドベリー?」
「おじさん知り合いなの?」
「…………はい。彼女は、吸血鬼でしょう?」
「…………あー」
おじさんは真祖だもんな。そりゃあ知り合いであろう。
世界は広いと言われたばかりだが世間は狭いな。
「…………彼女は、不幸ではありませんか」
「そんな事ないですよ。ブラドさんとクロノア君と結構仲良くやってましたし。いつでも機嫌良さそうですよ」
何があったかマリーさんを吸血鬼にしてしまったのであろうおじさんはきっと思うところがあるのだろう。
けどまぁ、マリーさんは何だかんだとそれなりに楽しくやっているだろう。少なくとも、吸血鬼である自分に引け目など感じては居なかった。それでいいだろう。
私の言葉におじさんは僅かに俯くと、遠い過去を思い出すかのように目を閉じた。
が、今度が信じられない事を聞いたようなツラでウルトがこちらを見ている。何だ。
「何さ」
「えーと、何で世界はまだ滅んでないんだろうって思ったんです」
「は?」
「ブラドさんとクロノア君ってアレでしょう?アレですよね?マリーベルさんが仲良く?クーヤちゃん、冗談じゃないですか?」
「何でそんな冗談を言わなきゃいけないのさ」
わけがわからんペドラゴンである。
信じられないですよ……などとぶつくさ呟くペドラゴンもまた頭を抱え込んでしまった。
かくして私以外が全員黙った。残ったのは私一人のみである。
少し悩んでから―――――どうしようもないので同じように頭を抱えてみた。そのうち寝た。
かくして誰も居なくなったわけである。
スヤスヤ。




