神域-宝玉石-
黄金ゲル、もとい黄金女は採掘場をも震わせるほどの甲高い絶叫を上げた。
ぼたぼたと宝石に紛れて降ってくる黄金のミニゲル。
迷宮に取り込まれた冒険者達も生前の能力はそのままなのか、武器を手に構えている。
先制はカミナギリヤさんのハーヴェスト・クイーンから放たれる光弾の雨とウルトのブレスだった。
花と氷の弾幕、その間に魔法を使える方々が詠唱に入る。フィリアも精霊を召喚したようだ。今回は……土だろうか?土の精霊に見える。
綾音さんや前衛の三人もさっきから這いよってくるミニゲルをちぎっては投げちぎっては投げである。
私?
おじさんと二人で見てるだけだが。
何しに来たのかと言われれば返す言葉もない。
「お嬢様、アレを絵画に収めとうございます」
「好きにすればいいんじゃないかなー」
私の言葉を受けて、ルイスもどこから取り出したのか、機嫌よくキャンバスにせっせと絵を描き始めた。
ウサギの手で器用な事である。
「ど、どうしましょう……」
おじさんは落ち着かなさそうにオロオロとしている。しかし何の武器も持っていないしどうしようもないと思うのだが。
私はとりあえず地獄を設置しておいた。
わらわらと魔物が出てくる。随分と数も増えたものだが、やはり役には立ちそうもない。スライムを苛める気配があったのでスライムは没収である。
キーキーと喚いているが知ったことではないのだ。
ふむ、自動洗浄が使えるようだ。使っとこう。ズゴゴと吸引。
成仏してくれ。吸い込むと同時に魔物が列を成して全員地獄に戻ってった。解体作業が優先らしい。戦闘じゃ全く役に立たないな。
「おわっと!」
のんびり構えていたらミニゲルがこっちにも振って来た。
べちゃっと張り付いてくるゲルは非常に気持ち悪い。引き剥がそうとするがぬるぬるすべるばかりで効果は無い。
そうこうしているうちにボタボタと次々と振って来る。
「…………あわわ……」
おじさんも黄金塗れである。
「ムギーッ!!」
駄目だ全く離れない。それどころか益々絡み付いてきた。しかも口の中に入ってきた。
キモイ。普通にキモイ。なんともいえぬこの感触。味はしないがしても困る。
この野郎!ブンブン腕を振り回してみた。糸引く黄金ゲルは納豆の如く絡みついてくるばかりである。
パンプキンハートもぼよよんと揺れるだけだ。
前線にいらっしゃる皆さんに助けを求めることは出来ない。となると、そこで呑気に絵を描いている悪魔だが。
「ふむ、お嬢様、新手の春画モデルとなられるおつもりでございますかな?処女作がスライムによる口淫とはレベルが高い。
私には聊か荷が重いですな」
「ぺっ!ぺっ!ちげぇよ!」
さっさと助けろーい!
言った瞬間、じゅっとスライムが燃え上がる。
キィキィとのたうつようにミニゲル達は離れていく。身体に付着する残りのゲルカスもカピカピに乾いて手で払うと簡単に取れた。
見た目は熱そうな炎だがミニゲルを焼くばかりで私達に害はないようだ。
「ふぃー……とうっ!」
ダッシュでルイスに近寄って引っ付く。
びっしりと艶やかな毛が生え詰まった身体は弾力ばっちりふかふかである。
「おじさんも来るのだー!」
ちょいちょいと同じく脱出成功したおじさんを手招く。
我々カルガモ部隊後方応援班に戦闘能力はない。悪魔バリアーに限る。
「…………は、はい…………!」
おずおずと遠慮がちに近寄ってくるおじさんは私の後ろにそっと控えた。
もうちょっとルイスに寄ったほうが良いと思うのだが……奥ゆかしい人である。
単純に位置からして私の背中をかばっているのかもしれないが。
「吸血鬼の王よ。貴方の眷属化の力は中々のもの。
真名を奪い、魂を奪い、肉体を奪う簒奪の力。これらの魔物に眷属化は効果が無いと思われておりますかな?
試してみればよろしい。何事も挑戦でございます」
「…………はっ、はい!」
言われるままにおじさんが周囲を見回す。その目が輝く。全ての吸血鬼を屈服せしめる王の目だった。
ミニゲル達が悲鳴を上げる。じゅうじゅうとあがる煙。その黄金の輝きは徐々に奪われるように消えうせ、やがて縮みきって真っ黒なカスだけが残った。
なんてこった。カルガモ応援班の数が減った。
きょろきょろと目を紅く光らせたままのおじさんが気味悪そうに縮んだ黒いカスを見ている。
カスはちょっとクネクネ動いている。不気味な。
「おー……塩でも掛けたみたいですな」
「……そ、そうですね……」
ルイスを盾にしつつ二人でカスを見ていると、前線から駆け寄ってきたのはヒノエさんだった。
「大丈夫かい!?アンタ達!!」
「あ、はい」
「だ、大丈夫です……」
「すまないね!数が多すぎる!」
言いながら手に持った奇妙な刃先から柄まで縞模様の武器をくるくると回して降りかかってくるミニゲルを打ち払った。
見ているとなんだか目が回ってくる武器である。まぁそういう武器なのだろうが。
「困りましたねー。氷も土も風もあまり効果がないみたいですよ。弱いとは言え、眷属は居ないですけど魔物は大量に作ってますし……時間を掛ければ周辺からも魔物が集まってくるでしょう。
負ける事はないですけど鬱陶しいですねー」
「炎ならば多少は通るが……火力が足りんな。炎を専門で扱う者がおらん。下手に冒険者を連れてきたのは失敗だったな。餌をくれてやっただけか」
むむ、二人が一時撤退なのかどうなのか戻ってきた。
あまり攻撃力は無いらしく傷らしい傷もない。いや、この二人が異常なだけか。
カミナギリヤさんが卓越した速度で少し大きなゲル達を続けざまに射抜く。
おお、早撃ちだ。
「しかも柔らかいですわ!物理攻撃も通らないですわね……!
取り込まれた彼らも肉体を傷つけても効果がないですわ!」
土の精霊と奴隷の街で見た水の精霊を召喚しているフィリアもどろどろの粘液塗れである。多分わざと突っ込んだんだろう。
柔らかい事にご立腹のようだ。理由は聞かない。
他の五名もゲルを払いつつめいめい戻ってきているようだ。
「皆さん!無事ですか!?」
「ふぁーい!」
最後まで前線に残っていた綾音さんも戻ってきた。
全員大集合である。
ふむ、どうしようか。
「お嬢様、彼らの武具に炎の属性を付加しては如何ですかな。直に私の絵も完成致しましょう」
「む」
そういや本があった。
ぱらっと開く。
カテゴリは干渉と加護。
商品名 貴方と過ごす熱い夜
家来達の武具に炎属性を付加します。
継続時間は一戦闘のみ。付加値は3。
よし、これでいこう。さくっと購入。人数が多いせいか少し高いが……問題ない。何せ今の私はちょっぴりリッチ。所謂セレブである。
3と言う数字が大きいのか小さいのは分からないが、足りなさそうだったらもう一度重ね買いすればいいだろう。一先ず物は試しである。
瞬間、各々の武器が炎を吹く。舞い上がる火の粉。あれ、思ったよりも凄そうだ。やりすぎたか?いいか。
「なっ……!?なんだい!?」
「炎の加護だー!」
ヒノエさんに元気に返事しておいた。
褒めろ!具体的に言えばそのマズルでぐりぐりしろ!
「私の神器にすら干渉するか。恐ろしい方だ」
朱に染まった花弓に炎と化した矢をつがえカミナギリヤさんが遠く、操り人形と化していた冒険者達を正確に撃ち抜く。
効果は覿面である。炎を吹き上げ燃え尽きた身体、起き上がる様子はない。
「へぇー。これなら何とかなりそうですねー」
ウルトがブォンと振り回しつつ取り出したるは水晶のように結晶化した炎を頂く蒼い槍である。どっから出てきたのだろう。
「ウルトって武器持ってたっけ?」
「滅多に使わないんですけどね。僕の神器ですよ。竜槍アブソリュートゼロって言うんです。
人間形態で使うのは初めてですね。ちょっと使い辛いなー」
「へぇ……」
絶対零度の氷の槍なのに炎とはこれ如何に。しかし槍か。勇者面に勇者武器、お前ほんとに元魔王か。
フィリアと綾音さんが残念そうに呟く。
「…………私には効果が得られそうもありません…………」
「私もですわ……」
「よくわかんないけどねぇ……いいさ。仕切り直しだ!行くよ!」
「「応!」」
ヒノエさんの鬨の声に答え、皆さん声を上げて再び前線へと突っ込んでいく。
てんでバラバラに動いているようにしか見えないが、ウルトの長槍もカミナギリヤさんの矢も互いにぶち当たることが無い、どころか自分に襲い掛かってくるゲルを焼き払うついでの如く互いの死角から迫ったゲルを互いに己の射線上に何気なく入れている。
すげぇ。
何だあの二人。ウルトの奴どこが使い辛いだ。吹かしやがって。
炎の属性を付けたのが効いたのか、着実に敵のゲル達はその数を減らしている。
フィリアと綾音さんは今一歩攻撃が届かないが……それはそれでサポートに徹する事に決めたのだろう。実に上手いこと立ち回っている。
おじさんは流石にあんな乱戦に突撃できるような技量が自分に無く邪魔にしかならない事が分かっているのだろう。大人しく私の傍で近寄ってくるゲル達に塩を掛けているが。
魔物が一匹、また一匹と姿を減らしていく。操られていた冒険者達は全員既に焼かれて地に伏している。
奥に突っ立ったままの黄金女の顔が憤怒の表情に歪んでいく。真っ直ぐに私を見つめている。目玉も口も黄金の顔は実に不気味だ。そろそろ本体が来るかもしれない。
「魔物も打ち止めのようですし……そろそろ来ますね。神域の本領発揮でしょう。気をつけてくださいねー」
「クーヤ殿、アレは貴女の身体を狙っているようだ。絵画の悪魔から離れない事だ」
「もう!この空間はよくわかりませんわね!」
再び世界が塗り変わる。黄金に照らされ踊る影絵。
宝石の中に居るかのような万華鏡の世界。
誰ともなく叫んだ。
「何だこりゃぁ……!?」
あちこちの合わせ鏡により広いのだか狭いのだかわかりゃしない。下手に武器を振り回すと危なそうである。
慎重に動かねば。
「ひっ……、身体が……」
「こいつは……、厄介だね!」
声に振り返れば、蹄人族のおっさんが蹄をかっぽかっぽと鳴らしながら腕を振り回している。
あれは……石?いや、宝石か?身体が宝石化している。
「どこまで宝石が好きなのか。
石化の効果だな。取り込んだ魂は魔物以外には全てこれにつぎ込んだか。が、効果の程は然程高くはない。我々に干渉できるようなレベルではないな。
彼らが石化しきる前に片を付けるぞ」
「皆さん、こちらへいらっしゃいまし!精霊陣を引きますわ!少しは進行を抑えられるはずですわよ!」
フィリアが地面になにやら模様を描く。
結界に似ている。というか結界だろう。防御系の。
慌てふためいてウルトとカミナギリヤさん、おじさん以外の全員がその結界の中へ逃げ込む。きつきつで狭そうである。
フィリアの胸をぎゅうぎゅうに押し付けられまくっている有角族が複雑そうな顔だ。嬉しさ半分、狭くて嫌なのが半々なのだろう。
「戦力が減っちゃいましたねー」
「ふん、何の問題がある。一点突破、ただ攻撃あるのみ」
「…………いや、もうちょっと……その、考えたほうが……」
黄金女は目の前に居る、が。実際の距離感が全く分からない。踊り続ける影絵、くるくると回る万華鏡。
なんだか酔ってきそうだ。
「それじゃあ、カミナギリヤさん、ちょっとアレを射ってみてください。それから考えましょう」
「わか――――」
「その必要はありませんな。描き上がりました故に」
「お?」
キャンバス抱えて立ち上がったルイス。
絵?真っ白に見えるが。
「お嬢様の認可が頂けましたからな。彼の者にはこの絵画の中、私の作品となって頂きましょう」
とん、置かれたキャンバスが渦を巻く。
「作品名は、そうですな。女の宝飾と飽食、と致しましょう」
世界が絵画へと吸い込まれる。吹きすさぶ凄まじい風。嵐の中なんてもんじゃない。竜巻の中だ。何だこりゃ!
あえて言うなら地獄の自動洗浄に近い。巨大自動洗浄である。
悲鳴を上げる黄金女の身体が溶け崩れていく。必死になって地面にへばり付いているが、その地面すら吸い込まれてしまいそうだ。
「あわわわ……!」
どうやら私達が吸い込まれる事はなさそうだが危ない事は危ないのだ。
必死にしゃがみこんでバランスを取る。
ルイスはキャンバスに肘を掛けて優雅にパイプを吹かして時折詰まるらしいキャンバスをトントンと叩いてはゲルの神域を流し込んでいる。
どれほど耐えただろうか。
気付けば辺りは静まり返っていた。恐る恐ると辺りを見回す。何の変哲も無い採掘場だ。魔物も居ないし黄金女も居ない。どうやら神域は無くなってしまったらしい。
呻くように周囲に転がる皆さんはボロボロである。つーかゲルよりルイスの方が被害がでかいぞ。
クソッ!やっぱり悪魔だ!
地面には一枚の絵が落ちている。
それをウサギ悪魔は手に取り、ふーむと出来栄えを確認しているようだ。
「終わったのか……?」
「ひぃ……ひぃ……なんてクエストだ……報酬が割りに合わねぇよ……」
転がったまま蜂の巣になってしまった髪の毛を何とか整えながら、綾音さんがメガネをかちゃかちゃとずり上げながら疲れきった声でぼやいた。
「そうですね……これは……クエスト難易度と報酬の見直しが必要ですね……。死者は14名、クエスト難易度を上位A級とし、ギルドからの報酬をそれぞれ倍額に致します……。皆さんの実績にも加え、うぅ……」
力尽きたらしくぱたりと倒れて動かなくなった。
ウルトとカミナギリヤさんは元気いっぱいのようだが……羨ましい事である。
フィリアとおじさんはさっきから突っ伏したまま動かない。
「お嬢様、ではこちらをお納めください」
丁寧に額縁に入れた絵画を傷を付けないよう軽く布に包み捧げ持つかのように差し出された。
「うごごご……」
いらねぇ……。渋々受け取った。ばさばさと布を払って出来上がった絵画を眺める。
女の宝飾と飽食、その名に相応しく宝石と黄金の山にしどけなく横たわった女性。ヌードかよ。まぁいい。
じろじろと眺める。
ふむ?中々良い絵じゃあるまいか。ゴシック調の実に写実的で芸術的な一品だ。
金銀輝く宝飾品に彩られた女性、そのモチーフの奥、漆黒の背景がなんとも破滅的な深みを以ってこの女性の未来を予感させる。
ぱっと見ると手前のモチーフに目が行くのだが……その華やかさよりもなお存在感がある。スペースは小さいのだが、妙に目が行く闇だ。そこに誰か立っているんじゃないかと思わせる。
「おー」
一頻り観察してから布にしまった。
これはいい。気に入った。部屋に飾っとくか。
「それではお嬢様、私はこれにて。必要とあらばいつでもお呼びください。不肖ルイス、すぐさま馳せ参じましょう」
「うん」
一礼すると、ウサギは出てきた時と同じように地獄の穴へと戻っていった。
地獄の腕輪を回収し、絵画を抱え直す。
ちょっとでかいな。誰かに持ってもらうか。
よいしょと座り込んで本を開く。これにて一件落着、疲れた皆さんのため、何か美味しいご飯でも出そうではないか。