グラブニル鉱山攻略
ガヤガヤとしている。
辿り着いた鉱山の入り口は綾音さんの言うとおり、確かに野営地と化しているようだ。
結構な人数である。十二、十三人ぐらいか?テントも張られて本格的だ。
「変ですね……」
「どうしましたの?」
綾音さんが首を傾げている。
別に異常はなさそうだが。
「人数が少ないんです。二十名の予定でした。既に到着している筈。……もしかしたら、もう入ってしまっている方々が居るのかもしれません。
ここで一旦、攻略の方針の話し合いと準備、メンバーの確認、という予定は伝えたのですが」
「へぇ……」
手が早いな。早い者勝ちでもあるまいに。
そういうもんなのだろうか?
「こう言ってはなんですけれど……綾音さん、貴女……舐められてますわね」
「返す言葉もありません……。そもそも、私は本来のギルドマスターの臨時の代理なので……あまり良い感情を持たれていないんです。
ぽっと出でしたから」
「そうですの。道理で通りすがりと言って良い私達に個人的に声を掛けたわけですわね。
このギルドに属する冒険者達は貴女がこの迷宮は危険だと言っても聞く耳を持たなかった、と。そういう事でございましょう?
けれど、聊か度が過ぎておりますわね。代理とは言え、依頼者たるギルドのマスターの確認を得ず未知の迷宮に数名で突撃など……先走りすぎですわ。
報酬など払わなくていいですわよ」
「それは……」
「構わんだろう。私もギルドのシステムについて詳しいとは言えんが。
命令無視の挙句に勝手に突っ走って動いているのだ。相応のペナルティが無ければ組織たりえんだろう?例え死んでいても本人達の責任だ。」
「……そう、ですが」
ほーん。綾音さんは冒険者達に舐められているのか。
これはどうやらイレギュラーな事態らしい。
入り口を見つめてみるが出てくる様子はない。本格的に攻略に挑んでしまったのだろう。
もし何かあったらばっちり地獄トイレにご招待してやんよ。あ、そうだ。やっとこう。
こっそり隠れて自動洗浄だ。
「うむ?」
MP5/5(+230) 【地獄貯蓄量:90000】
おお、作業終了の文字が点滅している。早い。増やして正解だったようだ。しかもかなりの量がある。
これで楽になるだろう。
うんうんと頷いて自動洗浄のつまみを捻ってその辺の魂を吸い込む。
エネルギー取り出し作業中
推定作業時間5時間
増やしたせいか時間が短縮されているのだろうし、どれだけ吸い込めたのか判断が付かないな。
あとで見とこう。
戻ると、綾音さんが一歩前に出て何か話しているようだった。
「皆さん、今回の依頼を受けてくださって有難うございます。……それで、人数が少ないようですが……」
「どーも、代理ちゃん。
悪ぃな。セルドのメンバーが先走っちまってよ。別にいいだろ?こんな人数いらねえだろうし」
あちこちからあがる同意の声と笑い声。
うーむ、どうやら本当に舐められているようだ。
これじゃ綾音さんも苦労が耐えないな。
それを止めたのは女性だった。
「ちょっと!アンタ達、いい加減にしなよ!
……悪いね、綾音ちゃん。止めたんだが……」
亜人だ。しかし今まで見た人達とは随分と毛色が違う。
随分と獣よりだ。艶々の毛皮に覆われた身体、つんと突き出た先の真っ黒な鼻が良い感じでプッシュしてやりたい。
絶対良い感じに濡れている。間違いない。素晴らしいマズルである。
しなやかなボディラインが大人の色気ムンムンな間違いなく美女である。
「いえ、構いません。有難うございます、ヒノエさん。入ったのは……七名ですか?」
「ああ、そうさ。もう一時間になる。出てきやしないのさ」
「一時間……」
随分と潜っているな。
それとも普通なのか。この場にいる人達はあまり気にしていないようだし、そうでもないのだろうか。
「ふん、別に気にするようなものでもあるまい。
生きているならば出てくるだろう。出てこないならば死んでいるというだけだ」
カミナギリヤさんがばっさり切ってしまった。
でもまあ、既に日は落ち始めている。歩きどおしだったし、今から私達も後を追うというわけにも行かないだろう。
「そうですねー。じゃあ予定通り、ここで野宿でいいでしょう。
カミナギリヤさんの言うとおり、特に気にするほどでもありませんしね」
「い、いいんでしょうか……?」
「アッシュさん、彼らは自らの意思で迷宮に入ったのですわよ?
冒険者たるもの、尻拭いは自分ですべきですわ」
「はぁ……」
……うーん、何となくだが。この会話の流れ、皆さんの中で既に前提となっているようだ。
中に入った人達がどうなっているか。
ちらっと入り口に再び目をやる。一時間、短いような長いような。出てこなくても不思議ではない、が。
私の目にも潜ったであろう彼らの名前は映らない。迷宮の中に居ると見えないのかもしれないが。
けどまあ、何となくそんな気もする。多分、出てこないだろう。どれだけ待っても。
よいしょと腰を下ろす。
ポシェットを漁って取り出したるは街で買ったオヤツである。
ぽりぽりと食べた。甘くて中々。飲み物も買えばよかった。
「綾音さーん。この辺りって水場が無いんでしたっけ?」
「はい、この辺りには無いですよ」
「そっかー」
喉が渇いたような。無いといわれると益々欲しくなってくるものだ。
ポシェットを漁る。ガラクタばかりで特に何も入っていない。ちえっ!
まあいい。
準備だけしとくか。何がいるだろうか。
「準備って何が必要かなー」
「クーヤちゃんだったら特に必要ないんじゃないですかねー」
確かに。飲み物も食べ物もいらないしな。
ウルトとくっちゃべっているとがっしと頭を鷲掴まれた。誰だ!
ミシミシと悲鳴を上げる頭蓋骨。
「うぎー!」
「へっ!何だこのガキンチョは?誰かにお守りして貰ってるんでちゅかー?」
し、失敬なー!!
何だこやつは!人間か?いや、亜人?どっちとも付かない。ハーフか。
暴れるがデカイ手を押し付けられてにっちもさっちもいかない。
結構な力を入れている。いてぇ!
「ブロートさん!やめてください!」
「うっせぇよ!こいつだろ?例の新人ってのは!俺は認めねぇぞ!何でこんなガキがあの三人と組んでんだ!?ふざけやがって……!」
「それは貴方の今の行動の理由にはなりません!」
「……ちっ!お飾りの代理が……!!」
「むぎゃー!」
離せーっ!
おのれ!髪の毛めっちゃ引っ張ってやがる!抜けるだろ!
そもそもお前に認めてもらう必要なんかないわい!
この……っ!
「…………っ!!」
軽くなった。
何だ?振り返ると青い顔でこちらを見ている。
「な、なんだぁ……っ!?」
なんだはこっちの台詞だ。
頭を擦りつつ距離をとる。
「おいおい、ブロート!そんなガキに何怯えてやがるんだ?だっせぇな!ギャハハハ!!」
「う、うるせぇよ!……なんだ、この悪寒……!?」
「…………?」
よくわからんな。まあいい。こんな奴らと一緒にいられるか!私はもっと距離をとらせて貰う!
「クーヤさん、ちょっと待ってください」
止めたのは綾音さんだ。
真っ直ぐにブロートとやらを見つめている。
「やり過ぎです。私だけならまだしも……彼女に謝罪をすべきです」
「誰が」
「……………………」
ん?綾音さんの姿が。妙にノイズ交じりというか、うっすらと二重に見えるその姿。
「ブロート、今すぐに謝るんだね。腕がなくなるよ?」
「何言ってやがる、ヒノエ。何で俺がこんなガキどもに―――――」
鮮血が舞った。
絶叫があがる。ブロートとやらの腕はねじ切れたかのような有様で雪の上を転がっている。
な、なんだ?
「そうですか。ルールに従えないなら、そんな腕はいりませんね。どうしますか?あと四つしかないですよ。全部もがれたいんですか」
「ひっ…………!?わ、わかった!悪かった!俺が悪かったよ!!」
あと四つ、なんともナチュラルな口調で頭まで数えているのにちょっとおしっこちびりそう。
綾音さんが本気であることが分かったのだろう。即効謝ってきた。まぁ、もがれたくはないだろう。既に一本もがれている。
何だこれ?魔法、ではなさそうだったが。異界人の力か。
変な力だな。見ようと思えば見れそうだが。……いいか。不思議力と呼んどこう。
しかし、ヒノエさんはどうやら綾音さんの不思議力について知っていたようだ。
ヒノエさん以外の人達は全員凍りついたように惨劇を見つめている。
「馬鹿だね。見た目で判断して侮るからそうなるんだよ。判り易い現実が目の前にあるってのにそれが目に入らないほど頭の中が天気なのかい。
いい加減に学びな。そのてっぺんに乗っかった大きな頭は飾りなのかい?全く……ザマァないねぇ」
「ぐっ……!くそっ!おい、誰か……!治療してくれ!腕が……!!」
喚きながら仲間の所に走っていってしまった。
ウルトとカミナギリヤさんがその後ろ姿をじーっと剣呑な目で見ている。……月の無い夜に気をつけたほうがいいな。うん。
ぼけーっとしているとおじさんがすりすりと頭を擦ってきた。
フィリアも心持ち心配そうである。
「だ、大丈夫ですか……?」
「大丈夫だー!」
髪の毛も抜けてないようだしな。
問題はないのだ。
「すみません、クーヤさん。不快な思いをさせました」
「アタイからも謝っとくよ。すまなかったね。全く、あの馬鹿は……。あまりに馬鹿すぎるとアタイもチームを考えざるを得ないんだが……。
アンタ、あの三人組が正式にパーティ加入を認めたっていう新入りだね?あの三人が認めるんだ。それだけで十分さ。期待してるよ。特にマリーご推薦って聞いちゃあね。
確か……アヴィスクーヤだったかい?」
「あ、はい。どうもどうも。よろしくおねがいします」
「ヒノエだよ。ああ、宜しく頼むよ」
牙を覗かせて笑うヒノエさんに笑い返して、心から思う。
やはり素晴らしいマズルである、と。