異界人とギルドとカルガモ3
声を掛けられたのはクエストボードを眺めていた時だ。
「ここに居たのか」
「あれ?カミナギリヤさんじゃないですか」
目立つなこの人。かなり注目を集めている。当たり前か。
どうしたのであろうか。
「いや、昨夜の事でな」
「あー」
忘れてた。黄金ゲルが居たのだった。
どこに居るんだろうあのゲルは。
「その様子ではそちらにもまだ接触はないか」
「来てないですな」
「ふむ……。こちらから打って出るにしても居場所もわからんか」
「ほっとけばまた向こうから来るんじゃないですか?
クーヤちゃんが目的みたいですし」
しれっとウルトの奴、私を囮にしているな。いいけどさ。
……にしてもカミナギリヤさん、めっちゃこのボード見てるな。
気になるのだろうか?
「見ます?」
謹んで差し出した。
「………………」
興味深そうに見ている。そういや50年前からずっと霊弓にされていたのだし、ギルドが出来たのは40年ほど前と言っていた事を思えば関わりを持つことも出来なかっただろうし、気になってしょうがないのかもしれない。
カミナギリヤさんと一緒に眺めてみる。
ふむ、どれをやろうか。
「よし、これをやろう」
一つの紙切れを高々と掲げた。
「あー。クーヤちゃんっぽいですね」
「そうですけど……これでは私達の出番がありませんわ」
依頼者 ハーミット
内容 安眠枕の製作
依頼者の満足いく品であること
これだ。これぞ私向け。
否、私しかおるまい。
意識を回復しないままのおねーさんはずるずると引き摺られていってしまったので別のむっちんおねーさんに紙切れを差し出した。
「これをやる!」
「はい、それでは……って、これをやるのですか?
今まで受注した方は数知れません、しかし皆さん例外なく失敗しておられますが……もう風物詩となっている依頼なのですが……」
「大丈夫だー!」
ちゃっちゃと手続きを済ませる。
うむ!
商品を出すのはこの場では流石にまずいか。よし、トイレに行こう。
ささっとトイレに駆け込む。うーむ、トイレは初めて入ったが結構綺麗である。
水洗なのか?水洗だ。何故だ。これもまた異界人のこだわりとやらだろうか?
のっしとケツを降ろして本を開いた。
商品名 羊の枕
ふかふかもこもこ低反発枕。
購入。ただの枕なので別に高くも無い。
次。
商品名 コタツに潜む悪魔
夢見る悪魔があなたをお花畑へ誘います。
つけた。トイレから弾丸のように飛び出してやった。
納品。終了。依頼達成かどうかは依頼者に確認を取ってからのようだ。この枕で一生スヤスヤと寝ているがいい。
同じようにふんふんと鼻歌まじりにクエストボードを眺めていたウルトが一つの紙切れを指した。
「これはどうです?」
「ん?」
依頼者 ギルド【常駐クエスト】
内容 竜鱗の納品
竜種、枚数、部位によって報酬変動
受注条件 なし
ほほう、Aランクである。
トイレへ入って直ぐに出てきたウルトが蒼い鱗を三枚納品。
おねーさんが目を剥いて驚いていた。
しかし私が言えた義理ではないが自分の鱗を納品とは卑怯じゃなかろうか。
いや、そんなことは無いか。あるものは使うのだ。使ってナンボ。
「お二人とも卑怯ですわよ!」
「いーじゃん別に」
目的さえ達成できれば手段などどうでもいいのだ!
「あはは、この調子でいきましょうか」
まんまとジャラジャラと音の鳴る小袋を手に入れたウルトもこう言っているのだ。
どんどん行くべき。
「困りました……私に出来るものってこれぐらいしか……」
おじさんが一つ指差した。
どれどれ。
依頼者 ギルド医療部【常駐クエスト】
内容 実験の被験者
副作用、欠損の可能性あり
※ギルドでは一切の責任を負いかねます
「だめ」
即答しておいた。全く、このおじさんときたら困ったもんである。
「うーん……」
「…………」
ふと顔を上げて気付いた。
カミナギリヤさんがそわそわしている。
めっちゃそわそわしている。
ちらちらと周囲の冒険者やクエストボードや受付やらを見ている。
カミナギリヤさんの大きな手に小さな手をそっと重ねる。
はっとこちらを見たカミナギリヤさんにグッと良い笑顔で親指立てた。そのまま返す親指で受付を指す。
さぁ行ってくるが良い。本能のままに。
「ほう、面白いな。これは」
興味深げに真実の石版を眺めるカミナギリヤさんが小さく呟く。
石版を皆で上から覗き込んだ。
名 カミナギリヤ
種族 神霊族
クラス 花の妖精王
性別 女
Lv:1300
耐久力 D
魔法力 C
体 C
魂 C
特 B
炉:
耐:全精霊耐性 状態変化緩和 霊術耐性 環境耐性
炉が凄いことになっている。虹色だ。きらんきらんである。
凄いなカミナギリヤさん。しかしカミナギリヤさん、体のステータスがCって事はまだまだ鍛えられるって事か?
今以上とかどうなってしまうんだ。そのうち大地を素手で割れるようになるかもしれないな。手刀で海を割ったりとか。
恐ろしいことである。
「パーティ申請もしておきますわよ」
ウルトに続き、カミナギリヤさんのステータスを見て泡を吹く二人目の犠牲者となってしまったむっちんおねえさんを放置してフィリアが勝手に手続きをしている。
破壊竜と妖精王の冒険者登録受付だなんて世に二つとない経験であろう。南無阿弥陀仏。おねえさん達の冥福を祈っておいた。
「へぇ……そんな事も出来るんですねー」
「リーダーはクーヤさんでよろしいですわね」
「まてーい!」
何でだよ!
「フィリアでいいじゃん!」
一番ギルドに慣れてそうだし、フィリアが適任の筈だ!
「何を言ってますの。このパーティのトップはクーヤさんではありませんの」
「な、なにぃ!?」
だからいつの間にそんな話になってんだ!
「そうですよねー」
「なんとなく……クーヤさんかと……」
「ああ、私も入れてくれ」
さらっとカミナギリヤさんがメンバーリストに自分の名前を付け足している。カルガモが増えたようだ。
何故だ。
「ていうか私既に他の人のパーティに入ってるわい!」
「大丈夫ですわよ。メンバーの重複も可能ですもの」
そうなのか。むぐぐと口を噤んだ。
なんてこった。浮気推奨とはけしからんギルドだ。
「チーム名を適当で構いませんから考えてくださいまし」
「えー……カルガモ部隊でいいじゃん」
「ではそれにしますわよ」
いいのかよ。誰も文句を言おうとしない。
ぴっと慣れた手つきでフィリアがクエストボードから一枚の紙を抜き取った。
「……合同クエストがありますわね」
「なにそれ」
「大型魔獣の討伐、大規模な迷宮の探索、そういった大掛かりなクエストはギルドから複数の冒険者を募る事があるのですわ。
この場合は迷宮と化したグラブニル鉱山の攻略、解放。迷宮内物資の捜索、確保。
迷宮の難易度は暫定B、まだ出来たばかりですものね。受注条件は……討伐、探索系クエストの一定以上の実績……と、まあ登録したばかりのメンバーを抱える私達では無理ですわね。
それに、個人依頼でも幾つかこの鉱山に関するものがありますわよ。よっぽどですのね」
「ほーん」
グラブニル鉱山……そういや図書委員長が言ってたな。鉱山に住み着いた奴がいるって。
そいつのことだろう。
「その依頼を受けなくちゃその鉱山って行けないんですか?」
ふむ、ウルトは興味津々のようだ。
「行くだけならタダですわよ。
報酬も得られませんけれど、魔石や魔獣の死体ならばギルドに売れますわよ」
「そうなんですかー」
「ウルトディアス、何かあるのか?」
「まぁ、昨夜の事でちょっと気になるんですよねー」
むむ?
何であろうか。ややあっておじさんがあー……、と気の抜けた声を上げた。
「……そういえば、鉱山って……きっと宝石とか……そういうのが取れるんですよね……」
「おじさん、宝石とか好きなの?」
意外である。
「あぁ、いえ、そういうわけじゃないんです。ただ……」
「ただ?」
「昨夜の魔物、宝石をバラバラと落としていたな、と思ったんです」
「……………………」
そういえば。
もしかしたらもしかするかもしれない。
行ってみるか?ぎったんぎったんにしてやるのだ。みんなが。
「あのー」
「お?」
受付から小さくひょこっと顔を覗かせる人物。
「綾音さん?」
「これは総括としてではなくて、個人的なお願いなんですけれど……クーヤさん、ですよね?
少しその事で提案なんですけれど」
吹き抜ける風。グラブニル鉱山とやらはまだ遠いようだ。
「寒いですわ……」
「大変ですねー」
「もう少し、防寒具を持ってきたほうが良かったのでは?特に、その、フィリアフィルさん」
「私にこの服を脱げとおっしゃいますの!?綾音さん!?」
「いっ、いえ!それ以上脱がれると困ります!」
「…………そうですの……」
「何で残念そうなんですか……?」
抱えてきたスライムをたふたふと弄びながら鉱山の方角へと目を細める。
まだ見えて来ないな。随分遠いようだ。
地面を見れば、雪に埋もれてはいるが線路がある。採掘した鉱石を運ぶトロッコだろう。
「態々トロッコで運ぶより、もっと街を近くにすればよかったんじゃないですか?」
振り返ってフィリアと遊んでいる綾音さんに声を掛けた。
「あ、それはですね。私にも良くわからないんですが、住み着くには土が良くないそうなんです」
「そうなの?」
「はい。人を蝕むとか。水場も近くに無いですし、何より工芸の街ですから。交易を優先して海の近くにしたそうです」
「ほほう」
そういうもんか。
きゅっきゅと雪を踏みしめ歩を進める。あとどれぐらい掛かるんだろうか。
厚着しすぎてモコモコの綾音さんは地図を眺めながらうーんと唸り声を上げた。
「まだまだ掛かりますし、そろそろ休憩にしましょうか」
「ふぁーい」
言われた瞬間ひっくり返った。
極楽極楽。
「クーヤさん、そんなところでひっくり返らないでくださいまし!」
「いーじゃん別に」
ひっくり返ったままフィリアにごろりと背を向けて犬の如く片足をみょーんと上に伸ばして適当に返事しておいた。
「あの、クーヤさん。ウルトさんが……その、凄く見てますからそういうポーズはちょっと……」
閉じた。
おじさん有難う。
我らがカルガモ部隊はフィリアにウルトにおじさんにカミナギリヤさんに綾音さんで大所帯である。
何でこうなっているかと言えば語るも涙、聞くも涙の深いわけがあるのだが。
何と、綾音さんは昨夜の神域の内部に取り込まれていたらしいのだ。
彼女の話はこうである。
「クーヤさん、昨夜の事です。あの……何と言いますか。光るスライムの事なんです。昨夜はすみません、何も出来なくて。
それで、私としてはあの光るスライムを何とかしたいんです。皆さんのおっしゃるとおり、恐らくあの光るスライムが鉱山に住み着いたという魔物です。
もし、あの鉱山が閉鎖されたままではこの街の存続に関わります」
「ああ、そうだろうな。
この街はグラブニル鉱山からの採掘でこの街の工芸素材のほぼ全て賄っていたからな」
「はい。それで私もあの迷宮攻略メンバーに加わる予定だったんですけど……皆さんも行かれませんか?
これは私個人からの依頼です。勿論、別途報酬はお出しいたします」
「へぇ、それはまた何故ですか?」
「はい、この迷宮は危険度暫定Bとなっていますが……これは個人的な意見ですが、恐らくA級相当と思われます。
今現在のメンバーでは攻略は不可能かと思っています」
「そんなに危険なの?」
「はい。昨夜の結界を見る限りですけれど……街一つを丸ごと結界に飲み込めるような魔物です。
そうそう居ません。昨夜の皆さんの戦いぶり、遠目からですが拝見いたしました。ギルドからの正式な合同クエストとしては本来ならばこのクエストには討伐、探索系クエストの一定以上の実績が必要です。
ですが、皆さんには必要ないと判断いたしました。ですので、個人的な指名依頼です。皆さんが居る居ないは迷宮の攻略の是非に関わると考えています。あの結界に入り込めるような方々ですから。それを抜いてもフィリアフィルさんも冒険者として確かな方ですし。
依頼の内容はこのギルドからの合同クエスト、その受注メンバーの補助となります。報酬は一人当たり10万シリン。命を捨てるには安いですけれど……すみません。私、ここに来たばかりなので正直言って貯金がですね……。埋め合わせにこれから先、何かあったら皆さんに出来る限りの援助をしますので……あ、内緒ですよ?
…………それに、その、クーヤさん。貴女にとってもそれなりにメリットがあると思うんです。受けてはもらえませんか?このカルガモ部隊のリーダーさんですよね?」
「え?」
「……その、あのお三方とチームを組んでいらっしゃいますよね?その事で……その、かなり苦情が……」
「あー……」
そういやそんな事言ってたなあの親父。
「このクエストは大規模迷宮探索、クエスト難易度中位B級、今回の依頼を達成した暁には勿論、皆さんの実績として登録させていただくつもりです。
えーと……その、かなり苦情が減るのではないかな、と」
「ふーん……」
苦情が減るのか。
私が直接受けているわけではないので実感はないが……減るならいいかもしれない。
「今回、クーヤさんの保護を申し立てるにあたって、あの三人組、ペナルティを受けているんです。
と言っても、本当ならペナルティを受けるような事ではないんです。転移魔法に巻き込まれ逸れたメンバーの保護なんて当たり前の事ですから。
これはギルドの血気盛んな方々に押されるような形と言いますか……付け入る隙が出来たとばかりで……すみません。
冒険者さん達の中にもクーヤさんはどう考えても戦闘タイプではないにも関わらず、ランクやレベルだけを見る方も後を絶たず……探索が得意であり、その本の事も聞いています。ですから、迷宮の探索というのは得意分野じゃないかって思うんです。今回、メインメンバーの補助ではかなりの功績が見込めるんじゃないかな、と」
「!?」
な、なんだってー!?
それはいかん!いかんぞ!!
今すぐ実績を積むべき!黙々と堆くケチのつけようが無いぐらいに積むべき!
「やる!あの金色輝く黄金ゲルをぎったんぎったんに叩きのめすべき!みんなが!」
と、まぁこういう訳である。
「そろそろ行きましょうか」
「あはは、面倒ですから飛んで行きましょうか?」
「嫌ですわ!」
「私が抱えれば落ちる事は無いが……いや、腕が足りんか」
「あとどれくらい掛かるんですかね?」
「そうですね……あと1時間ほど歩けば鉱山の入り口が見えるはずです」
まぁウルトよりは信頼できる数字だろう。
いざ出発!
バインっと跳ね上がるようにして立ち上がる。何故だかスライムも真似して跳ね上がった。
たどたどしく黒縁メガネを押し上げるモコモコ綾音さんが地図から視線を離して空を見上げる。
「鉱山入り口付近に、恐らく他の冒険者の方々が野営をしていると思われます。
そこで合流しましょう。そろそろ日が暮れますから、そこで一晩過ごして夜が明けてから迷宮に入りましょう」
方針も決まったようだ。
しかし一晩野宿か。初めての経験だな。
中々に冒険な雰囲気が出ている。少々楽しみではある。
「しゅっぱーつ!」