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異界人とギルドとカルガモ

 子供の頃からそうだった。


 例えばふと見上げたビルによって切り取られた小さな空に浮く月。

 彼女はどこまで行っても私に付いてくる。

 例えば影。

 彼女はぴったりと私に寄り添いどこまでも付いてくる。

 例えば夜。

 彼女は何度振り払っても私の傍に歩み寄ってくる。

 例えばすれ違う人々。

 彼女は世界中どこにでも居る。

 例えば視線。

 彼女は何時でも私を見つめている。

 それに気付いた時、私は確かに世界に一人ぼっちの孤独から救われたのだ。

 神様、貴女は確かに此処に居てそして私の傍に居てくださったのですね。












「げふっ」


 ベッドから転げ落ちた。

 チュンチュンとチュンチュン鳥が鳴いている。

 朝。見事な快晴である。

 ごろごろと転がり回りその勢いを利用し飛び跳ねようとしてしくじりケツを強打する。

 強打したケツを押さえつつもんどりうってひっくり返ってベッドの下に潜り込んだ。

 ベッドの下からしゃっしゃっと部屋を警戒する。異常は無い。

 うむ!


「おりゃー!」


 飛び出した。


 ぼよよん、スライムが揺れた。

 チュンチュン。

 朝。勿論突っ込みを入れる者など居やしない。

 すごすごとベッドに座った。


「どれどれ」


 ぱかりと本を開く。

 さて、魔力はどうであろう。



 MP5/5(+284) 【地獄貯蓄量:72000】



「おお!」


 呪物の消化が無事に終わったようだ。しかも結構あった。うまいうまい。

 しかし自動洗浄で吸い込んだ分に関してはまだまだ取り出し作業続行中だ。

 ふむ。やはりここはやるべきかもしれない。

 作業効率をアップさせる、その為にこの魔力は使うべきであろう。

 ペラリと目的のものを探してページを捲る。



 商品名 魔物数+1

 神殿内に設置する事で作成できる魔物の数を1匹増やします。

 現在の最大数は5匹。



 よし、購入。

 さて、何匹増やすか。

 魔力の効率化を考えてもここは先行投資として悪くない。それなりに増やすべきであろう。

 魔物レベルは……いいか。今はいらないだろう。高いし。

 いずれは魔物ツリーも弄ってみたいものだが。

 ひとまず数の暴力だ。設置場所を指定してボタン連打である。正確には書くだがそんな事は瑣末な事である。購入、購入、購入。

 ええい、数の指定は出来んのか!一匹ずつはないだろう!

 まあいい。数としてはこんなものだろう。魔力も少しは残さねば。ページを捲った。



 商品名 魔物数+5

 神殿内に設置する事で作成できる魔物の数を5匹増やします。



 商品名 魔物数+10

 神殿内に設置する事で作成できる魔物の数を10匹増やします。



「何だよ!!」


 クソッ!もっと早く言え!

 ぶつぶつと文句を言いつつ神殿の状況を眺めておく。

 戦力の把握は重要なのだ。と言っても神殿と言えば暗黒神ちゃんマークをつけている荒野の私の部屋だけだが。

 これだけ動き回っていれば他の場所に瘴気なんか溜まっていないだろう。



 神殿【ギルド宿舎新人部屋】

 属性:邪

 5/15


 LV1作業用魔物  5/15  生産必要瘴気濃度 3


 現在の瘴気濃度 6

 魔物増殖時間サイクル 180秒

 125/180



「ふむ」


 3分に一匹か。インスタントな事である。と言っても進み続けるタイマーを見る限りあと1分ほどで生まれるようだが。

 あと、えーと……ひーふーみー、30分もしない内に15匹になるのか。

 朝ごはんを食べていれば直ぐだな。よし、ご飯を食べに行こう。

 階下から中々良い匂いがしている。焼きたてパンだな。私の鼻を誤魔化そうったってそうはいかんぞ。

 朝食はパンに違いない。ひとっ走り行って打ち負かしてくれるわ。


 ザクザクザク。

 素晴らしい歯ごたえ。外はこんがり、中しっとりを地でいきおるわ。

 バターがいい味を出している。乗せられた半熟卵ったらない。パンとバターと卵、その三つのハーモニーを塩という名の魔法調味料がジューシーに引き締めている。


「あら、クーヤさん、今朝は早いですわね」


「クーヤちゃん、おはようございます。朝から良い食べっぷりですねー。

 あまり大きくならないでくださいね」


「おー」


 適当に返事をしておいた。おじさんは来ないな。

 寝ているのだろうか?…………よく考えたら吸血鬼だし、朝はきついのかもしれないな。特におじさんは日光とか洒落にならないレベルで駄目みたいだったし。

 うーむ、本で何とかできないだろうか?幾らなんでも不便だろう。

 後で見てみよう。


「クーヤちゃん、今日はどうするんですか?」


「ギルドに行くのだ」


「昨日来れば良かったではないですの」


「食欲に勝るものはないのだ」


「…………そのようですわね」


 ザクザクザク。

 三人並んでトーストにかぶりつく。

 ふと、フィリアが訝しげに出入り口の方へ視線を流し呟いた。


「騒がしいですわね……。何かありましたの?」


 …………そういや騒がしいな。

 いや、ちらちらと漏れ聞こえる内容から察するに昨夜のウルトとカミナギリヤさんのお前らどこの役者だと言いたくなるような一幕が原因で間違いないのだが。

 そりゃまあ騒ぎにもなるというものであろう。


「何があったんでしょうねー」


「ウルトのせいじゃん」


「…………何がありましたの?」


 言われて気づく。昨夜の一件はフィリアは知らないのだ。

 神域というものがどういったものなのか、持っていて何だが私にもよくわからないのだが。

 どうにもあそこに入れる人は少ないようだったし。

 フィリアも居なかったとウルトが言っていた。

 説明しておくか。またあの黄金ゲルがくるかもしれないしな。

 フィリアは神域に入れないようだが、知っていた方が良い筈だ。人生何があるか分からないからな。



 説明を終えた後、フィリアはなんとも変な顔をしていた。


「はぁ……私は昨夜は普通に過ごしておりましたし……なんだか現実感の無い話ですわね……。

 その様な騒ぎがありましたの?全く気付きませんでしたわ……」


「そうなんですよねー。

 まあ神域に入れるのって僕らみたいな霊的に高位の生物とか後は招かれた人だけですから。フィリアさんは人間ですし。

 神域の性質によっては人間でも偶に迷い込む人も居るみたいですけど。

 それに神域って構築者の限界までなら時間の流れも思うが侭ですからね。よくあるじゃないですか。何処かの異界へ行って戻ったら数百年経ってたみたいなお話。

 実際、僕らが取り込まれていた時間も物質界だと短時間だったみたいですし」


「そうなの?」


「そうなんです。

 構築者によっては広さも従属者の数もどんな出鱈目なルールでもいけるそうですよ」


「へー……。ウルトも作れんの?」


「僕は無理ですねー。迷宮なら何とか作れますけどね。

 ドラゴンってなんて言ったらいいのかな。物質界での肉体的な強さに主眼をおいた種族っていうか、ああいう結界の構築って苦手なんです」


「ふーん」


 わかったようなわからないような。

 ていうか迷宮と神域の違いがわからない。

 持っといてもわからんものはわからんのだ。


「迷宮と神域ってどう違うのさ」


「うーん……迷宮は、そうだなー。物質界の地形、僕が居た洞窟とかですね。ああいった所に神気や瘴気、魔力に邪気とか。人によって違うんでしょうけどそういう力が溜まって魔物が氾濫して空間が歪んでいる状態、ですかね。身を守る為の要塞を物質界に作ってるみたいなものですよ。

 あくまで物質界の中にある異空間なので誰でも入れるし神域特有の出鱈目ルールもないですし。

 神域は物質界にある……そうですねー、精霊門が近いですね。ああいう入り口から入れたりする構築者の中にある精神世界ですよ。物質界でもない幽界でもない次元っていうか。一つの小さな世界ですね。

 昨夜みたいに物質界に被せるって使い方も出来るんですけどね。僕が居た時代だと彷徨いの森っていうのが有名でした。入ったら二度と出て来れないって。

 神や神霊族の王なんかの霊格が高い人達や……後は人間。ああいう精神力の高い生き物も得意とする分野ですね。まぁ人間が作る神域って大体ちょっとアレなんですけど。偏った精神状態じゃないと無理ですから。ちょっと気が違ってるっていうか。

 神霊族はそこまでじゃないですけど、神と呼ばれるような存在だと少ないでしょうけど神域を作れるような力の強い眷属も居たりしますから場合によっては主の神域の中に更に眷族の神域があるなんてわけのからない状態になってる事もあるそうですよ。蜂の巣みたいですよね」


「ほほー」


 顎に手を当てつつしたり顔で頷いておいた。

 まぁ、つまりは何だ。

 神殿が迷宮で地獄が神域だろう。そういう認識でいい筈、だ。多分。

 駄目だ。わけがわからなくなってきた。


「あ、ちなみに魔物と眷属の違いはですね、例えばそのスライムは魔物です。眷属は違います。

 神霊族が自然物の持つエネルギーから生まれたなら魔物は力と感情の澱みから生まれます。さっきも言ったと思いますけど瘴気とかあの辺ですよ。強い感情とか。

 大体は勝手に産まれて勝手に生きるんですけど、支配領域内の力場だと最初から従属魔物として生み出すことも可能ですよ。逆に言えば領域とか迷宮や神域とか結界とか。そういう場所で生まれる魔物は全部が従属魔物って事です。

 野良魔物と家魔物って事ですね。支配者によってはユニーク種になるそうです。独自の能力も持ってるとか。凄いですよね。ユニーク種だと繁殖もしないし色々制限があるみたいですけど。それこそ支配者によりけりですね。

 そうやって従属魔物が増えると野良の魔物も集まって、空間を広げて獲物を誘い込んでエネルギーにして迷宮って大きくなるんですよ。

 僕が居た洞窟は僕が支配していたとは言い難いのであそこの魔物は僕の従属者ってわけじゃなかったんですけどね。

 そうだなー。そういう例外を除いてですね、魔物は力場から勝手に産まれてくる真名を掴めば家来にも出来るというだけの魔物という生き物ですよ。そういう生態を見ればある意味神霊族ですよね。ちょっと産まれ方が違うだけです。神霊族より凶暴ですけど。

 そして眷属は独自の系統を持った別種の生物なんです。何というかもうその人の子供と言っていいですね。親によって色々と違う生態系を持ってるらしいです。僕も眷属はそこまで詳しくないんですけど。創世級の神であれば生物を自分の眷属として生まれ変わらせる事も可能とか聞きますよ。怖いですねー。

 ああ…………そうだ、そういった形で産まれた人達って神霊族でも魔物でも繁殖もするんですよ。ユニーク種はしないって言いましたっけ?

 眷属はちょっと分からないですけど。というか魔物も神霊族も後で繁殖で増えた方が圧倒的に多いんですよ。

 そういうエネルギーから直接産まれるって逆に珍しいくらいでそういう場合は特に純種っていうのになるんです。王様になれますよ。竜族の中では僕も同じような感じですけど。だから竜種じゃなくて神竜種なんですよね。ていうか僕、竜種と一緒にされるの嫌いなんですよね。あんなのただのトカゲじゃないですか。あはは、信じられないですよ。

 あ、クーヤちゃん、聞いてますか?」


「ヤ、ヤメロー!」


 氾濫する情報をシャットアウトせんが為に耳を塞いだ。

 これ以上は聞きたくない。

 頭は既に容量をオーバーしている。これ以上は入らないのだ。

 ウルト先生はさらっと分からない単語を分からない単語で説明するので長く聞いているとこんがらがって来るのだ。

 私の眉毛がコイルになったところで打ち切るに限る。

 要するにあの狭い部屋が私の要塞であり、地獄トイレが蜂の巣。そして魔物がトカゲで神霊族が凶暴で眷属が子供で王様になれるのだ。

 一気に言われたのでそれぞれの情報が混ざりに混ざって思い出してもわけがわからない。

 聞くんじゃなかった。

 もういい。おじさんに声をかけてからギルドに行こう。


「もう聞きたくないわーい!ギルドに行く!」


「あら?もう行きますの?」


「クーヤちゃんって行動派ですよねー」


 着いてくる気満々らしくガタガタと立ち上がる面々に思う。

 どうあってもカルガモに徹するつもりかお前ら。


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