神域-月花-
「ふぃー」
ベッドに腰掛けて伸びを一つ。
今日は良く働いた。
エネルギーにもまだまだ分解作業に時間がかかりそうだ。
朝になる頃には自動洗浄で吸い込んだ分は無理だろうがゴミの分ぐらいは終わるだろうか?
量によっては魔物を増やすか。
そしてギルドに行ってみよう。
今日はついつい屋台に負けてしまったがマリーさん達と連絡を取ってもらうのだ。
まぁ、キャメロットさんがカナリーさんと連絡を取ったのだろうし、そこから話はいっているかもしれないが。
取り合えず風呂に入るか。入って寝よう。
そうと決まれば話は早い。
バッと服を脱ぐ。脱いだ拍子に胸元からなにやら転げ落ちた。
「…………ん?」
何だ?
転がったものを拾い上げる。
石だ。何だっけ。
「あー」
思い出す。ウサギの石だ。そういえばカミナギリヤさんから貰ったのだ。
嘘か真か悪魔が封じられていると言っていた。
本当だろうか?
特にそんな感じはしないが……。
ベッドに置いて鶏の如く覆いかぶさってみる。
あっためたら孵るかもしらん。
「………………」
5分で飽きた。
というか良く考えたら卵じゃないしあっためたってしょうがない。
光に翳してみたり思いっきり振ってみたり転がしてみたり舐めて齧ってみたり。
色々やってみるが反応は無い。
いいや、風呂はいろ。
裸のままはよろしくないのだ。
入ってから考えよう。
椅子にどでんと陣取りスライムを膝の上に乗せたふたふと揺らしながら、まったりと暖炉を眺める。
これはいい。
さて、ほかほかとした身体は睡眠を欲している。
よし、寝るか。
ウサギの石は……うーん。この石が偽者という可能性も十分にあるが。
悪魔というし、地獄に放り込んでおけば何とかなる気もする。
というわけで地獄に放り込んでおいた。
魔力も少ないし、あとは取り出し作業の終了を待つことにするか。
いそいそとベッドに潜り込んで3秒で寝た。
ひんやりとした空気に目が覚める。
「…………ん?」
変だな。
窓が開いている。
スライムか?……いや、スライムは私のベッドの隅っこで寝ている、のか?兎に角大人しくしている。
窓を覗き込んだ。
何もない。
街があるだけだ。
真夜中の街はしんと静まりかえって音の一つもしない。
「………………変なの」
特に異常は無い。
空を見上げてみる。煌々と輝く満月。
しかし、何で窓が開いているのだ。
閉めておいた筈だが。
……にしても、静かだ。
街には人影は無く、ただただ静かに雪が降っている。
真夜中だから、で済むだろうか。
「………………!!」
心臓が飛び上がった。
こつこつ、小さくドアを叩く音。
こんな真夜中に誰だ?
恐る恐るとベッドから降りる。取り合えず護衛にスライムを抱えた。
そろりそろりと歩み寄る。どくどくと脈打つ心臓。
開けた瞬間ウギャーとかならないよな?
開けるべきか、やめておくべきか。
「クーヤちゃん、起きてます?」
「…………ウルト?」
意外な人物であった。
「何その姿」
部屋に招き入れてみたはいいが。
なんだか変だな。
姿がやけにドラゴンっぽい事になっている。
竜人みたいな。
「あ、これは幽体ですから。アストラル体っていうか、精神体っていうか。
それで物質界とはちょっと違う姿なんですよ。クーヤちゃんは変わらないですねー」
「へぇ……。まあいいや。どしたの?」
「いえ、これはクーヤちゃんかな、と思ったんですけど。
その様子だと違うみたいですねー」
「何が?」
「取り込まれました」
「…………?」
「ここは神域内ですよ。
物質界とは一次元上の世界、精神世界って言うんですかね?
何者かはわかりませんが、誰かの領域内に引き込まれたんですよ」
「神域……」
私で言うところの地獄か。
誰かの神域、兎に角そいつの世界に引きずりこまれたらしい。
「何か異常はありませんでしたか?」
「え?……うーん……」
考える。
そういえば。
「窓が開いてたな」
「……寝ているクーヤちゃんに会いに来たけど眷属に弾き出されたってとこですかねー。
今は出てこない、となるとあんまりいい感じしないですけど」
「ええー……」
この世界を作ったのは私に用事がある奴って事か?
いやだな。面倒くさそうだ。
「困りましたねー。探すにしても神域内で僕とクーヤちゃんだけだと……。
フィリアさんは居ませんでしたし……ああ、アッシュさんはまだ会ってないな。魔族ですし、こっちに来ている可能性ありますね。
行ってみましょうか」
「う、うん」
ウルトが真面目だ。
真面目に危険、って事じゃないのかこれは。ちょっと怖くなってきた。
スライムの他に本と枝を抱えた。魔力は無いが何かあったら必要だろう。
廊下の先、おじさんの部屋のドアをこんこんと叩く。
「おじさーん……」
居るか?
「居ない、ですかねー。一人でも戦力が欲しいんですけどね」
何となく小声で話していると、小さな音と共にドアが開いた。
「……あの、どうかされましたか……?」
「………………」
「………………」
「すいません、部屋を間違えました」
「……はぁ……」
出てきた男の人は訝しげな顔をしながらもドアを閉めた。
ウルトと二人で部屋番号を見る。
「あれ?覚え違いかな?」
「変ですねー」
102、間違いない筈だが。
「103とかだっけ?」
「うーん、端の部屋ですから102の筈ですけどねー」
一応103をノックしてみる。
やはり誰も出ない。
「階を間違えたかな?」
「いやー、幾らなんでもそれはないでしょう」
そりゃそうだ。
おかしいな。
キィ、と再びさっきの部屋のドアが開かれた。
「……あの、その、お二人共どうされたんですか……?
何か手伝える事が有ればお手伝いいたしますけど……」
「え、いや。うん。
えーと、アルカード=アッシュっておじさんを探しているのですが」
「はぁ……?……どうしたんでしょう?
話が見えないんですが……」
「あー、もしかしてアッシュさんですか?」
「そうですけど……」
「え?」
何だって?
どうみたっておじさんじゃないだろ。
上から下までじっくりと眺める。
精神体だから物質界とは違った姿、とは言っていたが……限度があるだろ。
言われてみれば黒い髪に暗闇の中でぼんやりと輝く赤い目は確かにおじさんだが。
若い。それも幾つかと聞かれれば答えられない、そんな年齢不詳の若さだ。しかもなんか髪の毛長いし。
いや、というか……かなり化け物じみた感じだ。
姿はただの青年なのだが……なんというか雰囲気が。
普段と違ってなにやらぞわぞわする感じがある。
「真祖としての部分に引き摺られている、ってところですかねー。
こうなるとフィリアさんが居なくて良かったですね。
人間にはきつそうです」
あー、そういえばそういう人だった。
それでか。
「あの……?どうされました……?」
「あー、気にしないでいいよ。
おじさんの姿があんまりにも違うもんだからわからなかっただけだし」
「はぁ……」
よくわかっていなさそうだ。
そりゃそうだが。私もわからんしな。
さくっと説明しておこう。
あまりのんびりもしていられないだろう。
「……というわけなんですよ」
「……そう、なんですか……。神域……ここから出るにはどうしたらいいんでしょう……?」
「本人を探してここから出して貰うのが一番早いですねー。
ここのルールはわからないですけど、多分出口とか無いでしょうから」
「どこに居るのかなー」
「取り合えず宿の外に出てみます?」
そうするか。
階下に降りてみるが誰も居ない。
パチパチと暖炉の火が燃えているが……それだけだ。
人の気配は全く無い。
三人連れ立って軋むドアを開け、外へと出る。
「………………どうかな」
「うーん。従属する眷属も魔物も居ないようですし……作れるほど強くないのかもしれないですね。
となると、クーヤちゃんを乗っ取ろうとしたんですかねー」
「えぇー!」
それは困る。乗っ取りて!
助かってよかった。本当に良かった。
「あの……」
「ん?」
「妖精王さんはどうでしょうか……。ここに居るのでは……」
「その可能性は高いですねー。探してみます?」
「その必要はない。やはり貴方達ではないようだな」
噂をすればなんとやら。
妙にパステルカラーなカミナギリヤさんであった。
歩くたびに花びらが舞っている。
しかも何かいい匂いまでする。
「ははは、どうも、カミナギリヤさん。
何か見つけました?」
「いや。笑い声はするが、肝心の本体が見つからん」
カミナギリヤさんもこの世界を作った奴を探していたようだ。
「皆でばらばらに探す?」
「クーヤ殿、それはやめておいた方がいい。
戦力の分散は奴にとって望む所だろう」
「そうですね。従属者も居ないと見せかけて実は居るなんて事もありそうです。
それに、ここはこの人が作り出したこの人の支配する世界ですから。僕らは異物です。ルールに従うしかありません。
地の利は俄然、向こうにありますよ」
「むぅ……」
辺りを見回すがそれらしいものは見つからない。
どこに居るんだ?
ぼいんぼいんとスライムも揺れるばかりだ。
いつもより激しいな。
「目的は何だと思う?」
「クーヤちゃんの部屋の窓が開いていたそうですから、クーヤちゃんでしょうねー。寝てましたし」
「ふん、なるほど。寝ていたならばどうとでもなると思ったか。
万事上手くいったとしても後でどうなるか知らんが。眷属に八つ裂きで済めばいいがな」
「そんなのわかんないんじゃないですか?わかってればハナからしてないでしょうし。……あの建物がいいですね」
「そうだな」
さっぱりわからん。私とおじさんを置いてけぼりにしたまま会話は続く。
建物?
確かに建物は沢山あるが。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
んん?
風が吹いた。
全てを凍て付かせる魔物のような冷気を含んだ凶風。
ぽかん、とした顔でおじさんはその威容を見上げている。
そういや初めて見るのか。
いや、私もそうそう見ているわけではないが。
「じゃ、乗ってください」
何を考えたのやら、凶悪極まりない面構えの竜はそんな事を言った。
え、嫌なんですけど。




