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奴隷の街4

「グロウ様!」


「人間って随分頑丈になりましたねー。首へし折るくらいの加減でやってるんですけどね。

 ショックですよ。ショック!」


 ウルト、首をへし折ったら死ぬから!!

 ナチュラルに何言ってんだ!

 所詮は邪竜であった。うごご。


「おいらはこんなのじゃ死なないよ」


 ……軋むような音を立てて首があらぬ方向に曲がりかけながらもヘラヘラと笑う少年、かなり異様だ。

 痛みすらも感じていなさそうである。

 そもそもフィリアの話からして齢50をとうに超えている筈だが。


「ねぇねぇ、その本をおいらにくれないかい?

 神の工芸品(アーティファクト)の中でも特級だよ、そいつはさ。それこそ何千年前の神話に出てくるような代物すら完全に超えてる。

 凄いよ。それってさ、悪魔の芸術品(オーパーツ)じゃない?世界中探したって無いさ。

 君みたいな子が持ってても仕方ないよ」


「お断りだーい!」


「なんでかなぁ?

 おいらが持ってたほうがいいよ。君よりよっぽど上手く扱えるさ」


 ふんだ。余計なお世話である。


「考えてもみなよ。

 君はその本で何が出来るんだい?扱いきれてないんじゃない?

 おいらだったらもっともっと沢山の事が出来るよ?救世主にさえなってみせるさ。

 その方がその本の為だろ?

 持ち主ぐらい選ばせてやりなよ」


 し、失敬なー!

 ブンスコするが意に介した様子もない。

 おのれー!


「あなた、妖精王の魂を……霊弓をどこに隠しておりますの?」


「ああ、霊弓かい?

 知りたいのかい?」


「お返しください!!」


「うーん、それは出来ないなー。

 おいらにとってまだまだ必要な物さ。

 そうだね、その本と引き換えならいいよ」


「ムギィー!!」


 やるか!

 この野郎なんとしてもこの本が欲しいらしい。


「だってさ、ずるいだろ?

 霊弓とその本、どっちも欲しいだなんてそんなのは理屈が通らないよ。

 流石に強欲すぎるとおいらは思うよ。

 過ぎた欲はいつか身を滅ぼすよ?おいらは君達の為に言ってるんだけどなぁ。

 ちょっと耳に痛いかもしれないけどさ。正しい事は耳に痛いもんだよ。

 霊弓が欲しいならおいらに本を明け渡すべきだし、本が駄目なら霊弓はあげられないよ。

 当たり前の事じゃない?

 権利って公平かつ平等であるべきだよ。おいらには霊弓か本、どちらかの所有権があるよ。

 おいらが言ってる事はおかしいかい?

 けどさ、おかしいっていうのならそれは君達の感性がおかしいんだよ。

 いい機会だし、折角の忠告なんだからこれを機にその傲慢な意識を改めるべきだと思うけどなぁ?」


「……は?」


 おかしい、っていうか何から何までおかしい。おかしすぎて何を言えばいいのかすらわからん。

 開いた口が塞がらないとはこの事だ。

 そも、はなからどちらもお前の物じゃねぇよ!

 何当たり前のように所有権を主張してんだ!

 というか本はともかく、霊弓は物でさえねぇ!


「……貴方、頭がおかしいのではありませんの?信じられませんわ」


 フィリアも呆気に取られた様子だ。

 キャメロットさんも口をぱくぱくと金魚のように動かすばかりである。

 というか私も信じられない。何だこいつ。


「だからおかしいのは君達だって。

 おいらはごく当たり前の権利を主張してるだけさ。

 二つの貴重品があって二組がそれを自分のだって主張してるんだ。

 解決するにはさ、お互い半分個、そうだろ?

 どちらかが本でどちらかが弓、それが普通だよ。

 だっていうのに君達ちょっと頭がおかしいんじゃない?」


「ほげぇ……」


 いかん、話してるとこっちの頭がおかしくなりそうだ。

 だから何で当たり前のように私の本を天秤にかけてるんだ。

 おかしいだろう。


「うーん、煙に巻くつもりなのか本気で言ってるのかわかりませんけど……。

 君が言えた事じゃないと思いますよ。

 両方手に入れたがってるのは君でしょう?」


 グロウの首が更におかしい方向を向いた。

 なんかもう普通に考えて曲がっちゃいけない方向までイってる気がするのだが。

 平気なのか?


「言えた事じゃないって……幾らなんでも失礼じゃない?

 おいらはこれでも譲歩してるよ。

 本来だったらどっちもおいらの物だよ。おいらが持つべき物さ。

 今はその本は君に貸してあげてるだけさ。それを返せって言ってるだけだよ。

 なのに君達がそうやって無理を通そうとするからおいらも譲歩してどっちか譲るって言ってるのにさ。ちょっと図々しいよ?

 流石にそこまで言われるといくらおいらでもそういう気もなくすよ?」


「………………」


 もうぐうの音も出なかった。

 駄目だこいつ。マジで。ぶっちぎりだ。

 あのウルトがこの頭のおかしい人何とかしてくださいよって顔でこっち見てるよ。

 すまない。私達には何も出来そうも無い。

 こりゃもう自力でなんとか霊弓を探すしかないような。

 ウルトも対話するのが嫌になってきたのか、更に首を曲げようとしている。


「グロウ様!……貴様ら、いい加減にグロウ様を放せ!」


「……貴方達は知りませんか?妖精王様の弓を」


「貴様らに答える義理も無いわ!グロウ様をさっさと放せ!」


「……時間の無駄ですわね」


「妖精王様!キャメロットです!いらっしゃいましたら御身体へお戻りください!」


 キャメロットさんの言葉にも反応はない。

 影の薄いおじさんはオロオロするばかりだ。

 じりじりと距離を詰めてくる兵士達。

 ぶっちゃけ人質に人質としての価値があんまり無いので飛び掛ってくるのも時間の問題だ。

 何せこのグロウとかいう人はちっとやそっとじゃ死にそうもない。

 今もニヤニヤとこちらを見ているばかりだ。

 少し後ずさり兵士達と距離を取った。

 うーん、どうしたものか。

 ウルトにはこのままグロウを人質にしてもらって私達でしらみつぶしに探してみるべきだろか。

 考えていると、ピンと電球がついた。

 そうだ、私には心強い神頼みがあるのだ。

 ポシェットに刺していた木の枝を取り出そうとして――――。


「あはははっ!!それそれ!その本を使うのにはその木の枝が必要なんだろ?

 そいつもおいらのものだからさ!いい加減返してくれてもいいんじゃない?

 君はもう十分にその本の恩恵を受けたと思うんだ!本来の持ち主に戻すべきさ!」


「!!」


 ウルトが咄嗟に手を引いた。瞬間、花が部屋中を舞い散ったのだった。

 この花は……!


「あ。……ああー!」


 あわてて叫ぶが勿論遅かった。

 花に浚われるように私の手から木の枝は奪われ、そしてグロウの手にあっさりと収まってしまった。

 なんてこった!

 本を慌てて抱え込む。

 これまで取られたらとんでもない事だ。


「貴方……!その姿を見た時からまさかとは思っていましたけれど……やってくれましたわね!?」


「さっすが!ノーブルガードの秘蔵っ子だ!察しがいいなぁ!

 戻らなくていいのかい?君の叔父さんが寂しがってるよ!」


「私が何れ天国に連れて行って差し上げますとお伝えくださいまし!……出でよ、汝は水面にうつろう囁く者たれば!!」


 フィリアの眼前に現れる輝く水。

 うおお、あれが精霊か。

 フィリアが呼び出した精霊は私達を囲みつつあった兵士達をその水であっという間に部屋の隅まで弾き飛ばしてしまった。


「こりゃまた短い詠唱だね!面白いや!」


「妖精王の魂を解放なさいませ!」


「駄目に決まってるじゃないか!その本と引き換えさ!」


 グロウの身体からもさもさと花びらが生えてくる。

 両手には桃色の光。

 そして額には、妖精王の身体と同じく角が生えている。

 うぬ、これは……。


「……っ!貴方、妖精王様の魂を……!!」


 キャメロットさんが悲鳴にも似た声で叫んだ。


「霊弓だっけ?本当はもう君達にあげる事って出来ないんだ」


 ……このやろー。

 ニヤニヤと笑う顔はなんと言うかもう石を投げたいってレベルじゃない。

 その辺の肥溜めからバケツで中をさらってぶちまけたいね!


「……だって、おいらがもう食っちまったからさァ!!

 こいつ、今でも消化されまいと必死さ!面白いくらいに!さっさと諦めれば楽になれるのにさ!

 ……けどまぁ、こうやってのた打ち回って苦しんでくれれば苦しんでくれる程おいらの力になるからいいんだけどね!」


「この……っ!クソガキですわ……!!」


「うーん、この人間ごと壊します?」


「あんたが何者かは知らないけどさ。

 魔族かなんかだろ?ちょっと時代遅れもいいとこじゃない?

 お前らは今はこの世界でもっとも弱い生き物なんだよ!最底辺なのさ!

 君達が束になったっておいらを殺せやしないよ!今は妖精王の力も取り込んでるんだしさぁ!」


「……生意気だなー。

 君は要らないですね。ちょっと入れ替えようかな。

 次に生まれてくる命に期待します」


「あははは!!………………無理だって言ってるだろォ!?ごちゃごちゃうるせぇえぇええぇえ!!!」


「おっと」


 叫ぶグロウの手の中から現れる光の弓。実体は既に失われているのだろう。

 だが、あれが……!


「霊弓ハーヴェスト・クイーン!こいつらを一人残らず消し飛ばせえぇえぇぇえええぇ!!」


「させるものですか!精霊よ!」


「水よ!集え満たせ震えよ紫苑の鎖となれ!」


 降り注ぐ桃色の光弾。

 視界を埋め尽くすほどに舞い散る花びら。

 咽返るような花の匂い。

 だが、何て凶悪な!

 フィリアの精霊さんとキャメロットさんの魔法で何とか凌いでいるが……。

 ヤバイ。

 床にドカンドカンと穴を穿ち壁をあっさりと貫くその威力。

 最早弓じゃねぇ!

 しかしこいつ、壁に打ち付けられて昏倒している部下を全く気遣っていない。

 酷いぞ!なんて駄目な奴だ!


「……ちょっと凍りますよ」


 渋い顔でウルトが呟く。

 この状況でブレスに意味があるとは思えないが、やらないよりはマシという事だろう。

 刹那の間に凍てついた水。

 だが、やはりグロウには届いていない。


「うわ、ショックだなぁ……。

 悪夢ですよコレ」


「く……っ!支えきれませんわ……!」


「妖精王様……!」


 フィリアとキャメロットさんも限界だ。


「……あの、すみません、本当に、すみません……」


「構いません、マイ・ロード。

 ……光栄です」


 え?


「うわっ!!なん、吸血鬼!?」


 いつの間に。

 グロウに飛び掛かる男。

 光弾の嵐が止まった。

 吸血鬼といえば一人だけだが、問題の人物は私の隣で申し訳なさそーにしている。

 誰だ?

 ……いや、あれは。何でだ?

 さっきまで、確かに。


「お前……っ!?ロダン、何の真似だ!?いや、お前、人間じゃ……!?」


「申し訳ありません、旦那様。

 今の私がお仕えすべき君主はあのお方、お一人でございます」


 あいつ、あの宿屋で襲ってきた口髭!自作自演かよ!

 床に転がった木の枝をばっと回収する。

 これが知られたらアスタレルに頭をぐりぐりされてしまう。

 木の枝を厳重にしまい込んでグロウの方へと視線を戻した。

 ……おかしい、確かに人間だったはずだ。

 いや、あの口髭だけじゃない。


「お前達……!?そんな馬鹿な……!?う、ぎ……ぃ!?」


 ゆらゆらと部屋に立ち上がる幾人もの影。

 その眼光は。

 赤い宝石と見紛う輝き。マリーさんと同じ。

 吸血鬼の目だった。


 見回す。

 全員種族が魔族、クラスが吸血鬼になっている。

 ステータスもまた人間だった頃とは大きく異なっている。

 なんだ?これって変わるなんて事があるのか!?

 つーかさっきのでっぷんでっぷんの脂親父まで吸血鬼になってやがる。

 油塗れの脂ギッシュな吸血鬼、マリーさんと同族だなんてなんて悪夢だ!


「驚きましたねー……。

 それこそ伝説かなんかだと思ってたんですけど」


「な、何ですの……一体?」


 部屋に陽炎のように立つ無数の吸血鬼、普通にホラーだ。


「旦那様、マイ・ロードの御心のままに我々は事を成します」


「なん、だ、お前ら……!!くそっ……あがっ……ハーヴェスト・クイーン!奴らを……グア、ガァッ!!」


 弓を構えるよりも吸血鬼達の方が早かった。

 数多くの吸血鬼に床に叩きつけられるようにして転がったグロウ。

 その手の光が霧散する。

 そういえばフィリアが霊弓を頼りに成り上がった男だといっていた。

 もしかしなくても勇者のような強力な魔法は勿論、武術の心得も無いのだろう。

 幾ら魔族が弱体化しているとはいえ、数が違いすぎるし霊弓が無ければ加護もない人間には勝ち目は薄い筈だ。


「ヒッ!ウグ……!!」


 ……それに、グロウの様子が先ほどからおかしい。


「……すみません……、すみません……」


 まるで王に仕える騎士の如く。

 並び立った吸血鬼達、その中心に立つ相変わらず申し訳なさそうな顔のおじさん。

 その表情は酷く歪んで、今まさに自分がとんでもない罪を犯しているかのように、罪悪感に満ち満ちた顔。


 その赤い目。禍々しい赤の光。

 地獄の入り口が放つ光にも似たその眼光。

 気付くべきだった。

 ただの吸血鬼じゃない。

 目の前に居るのはマリーさんよりも、余程恐ろしい吸血鬼だった。



 それは早計というものですな

 お嬢様

 よくよく目を凝らしてみれば宜しい

 芸術とは表層的な部分を眺めているだけでは見えてこぬものです



 誰だか知らないが、私に忠告していたのだろう。

 目を凝らす。

 もっと深く。魂の奥底まで。深く。深く。

 何故だか酷く、首が苦しい。

 やがて私の目は確かに真実を捉えた。




 名 アルカード=アッシュ


 種族 魔族

 クラス 吸血鬼

 性別 男



 Lv:32

 HP 240/240

 MP 300/300




 どう見たって目を引くステータスではない。

 だがそれはどうでもいい事だったのだ。

 このおじさんの真価はそう、こんな表層に見えるような数字ではないからだ。




 称号:真祖たる吸血鬼


 特殊スキル

 血の贖い 全ての吸血鬼を己の眷属として従える事が出来る。

 血の洗礼 指定した者を己の血族とする。血族となったものは吸血鬼としてのあらゆる能力を備える。

 不老不死 永久に存在が不滅。



 化け物だ。

 弱いなんてとんでもない。

 吸血鬼として恐らく最上級だ。

 吸血鬼の真祖、最も古い原初の吸血鬼。

 吸血鬼という存在をこの世に生み出した男。

 まともに遣り合って勝てる奴って居るのかコレ。

 今の様子を見るに、血族化に何か条件があるわけじゃない。

 気を失っていた全員、彼等だけではない。

 先程から様子のおかしいグロウ、彼もそうだろう。

 抗う術もなく一人残らず吸血鬼にされている。

 無限に湧く主へ絶対的忠誠心を持った吸血鬼の軍団。

 ――――強制的な血族化と従属。

 おじさんにはマリーさんですら従う、そういう事だ。

 なんて恐ろしいおじさんだ。

 半端じゃねぇ。


「……本当はあまり使いたくないんです……。

 吸血鬼の王であるより、何千年に渡る放浪の方がましなんです。

 なのに、すみません、どうしようも無い化け物ですみません……」


 がっくりと項垂れて神に救済でも乞うかのように手を組んで震えるおじさんは、本当にいい人なんだろう。

 多くの眷属に傅かれ、どれ程の時を生きたのかは知る由もないが、その苦痛に歪んだ表情に孤独な真祖の癒しようも無い絶望を見た。

 このおじさん、元は人間だ。それも、恐らくはごく普通の。

 何があったかは知らないが彼は遥か昔に化け物となり今もなお死ねずに彷徨っているのだ。


 な、なんて不幸な。

 ちっとも笑えねぇ。不幸は笑い飛ばせというがそんなレベルじゃない。

 うおおお……。


「うぐ、クソッ!!クソッ!!やめろぉ……あがっ……ギャッ!」


「妖精王の魂と吸血鬼の血が争ってるんですねー。

 諦めたらどうです?その方が楽なんでしょう?

 ……諦めた瞬間、結構な身体のパーツが弾け飛ぶと思いますけど、それもいいでしょう?」


 ウルト、割と根に持っているな。


「……たわんだ!妖精王様!私の声が聞こえますか?どうぞこちらへ!こちらへ参りくださいませ!

 遅くなってしまって、本当に申し訳ありません……!」


 床を転がってのたうつグロウ、その身体から鮮やかな光が溢れ出た。






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