奴隷の街3
私にはとんとわからないが人が何人か来ているようだ。
それも気配を殺して。
うむ、絶対に碌な用じゃないな。
「しくじりましたわね。
選ぶ宿を間違えましたわ」
「どうしましょうか……」
うーむ、もっしゃもっしゃとルームサービスは離さずに考える。
「ところでクーヤちゃん。
さっきからすっごい食べてますけど大丈夫ですか?
それ毒が入ってるみたいですけど」
「ブフゥッ!!」
先に言え!!
フィリアがテーブルから飛び退った。
クソッ!!この抑えきれない並々ならぬ悪魔の食欲がまさか仇になろうとは……!
全部綺麗に一人で食べてしまった。
フィリアにも分ければよかった!
「まあ平気そうだし、大丈夫ですね」
「あの、クーヤさん、大丈夫ですか?その、吐きますか?
台所はあっちにあるみたいですし……」
おじさんありがとう。
でも大丈夫だ。
何せこう見えても神様、毒は効かないのだ!
いや、今知ったけど。
そういや状態異常無効とかあったな。これか。
「そちらの皆さん、僕らに何か御用ですか?」
ウルトが扉の向こうへと声を投げた。
辺りは静まり返っている。
不自然なほどに。
人の気配がしない。
さっきまでは確かにそれなりに騒がしかったのだが。
キャメロットさんと二人でいそいそと帽子を被る。
なんでだろ。いいけどさ。
「いやいやいや、失敬失敬。
少々驚かせたみたいですな」
鍵を掛けていた筈の扉が開く。
現れたのは複数の兵士と、見た目は上品な口ひげ蓄えた男。
この宿の店主は鍵まで渡したらしい。
二度とつかわねぇ。
「どなたでございましょう?」
「いやいや、レディの部屋に乗り込むなど礼儀がなっていなくて申し訳ない。
貴女は、間違っていたら失礼。
もしやアーガレストア家の聖女様では?
確か……フィリアフィル、と言ったかね?
ああ、申し訳ない。アーガレストアではなくノーブルガードの方でしたかな」
「その無礼な口を今すぐお閉じなさいまし。
空になっても嫌だと泣いても精魂尽き果て老人と見紛うばかりになってもカスまで搾り出させますわよ」
男の顔が引き攣った。
そりゃそうだわな。
聖女の口から出ていい言葉じゃない。
「で、何の用ですか?」
「ああ、……いや、なに。ゴホン!
……失礼、そちらのお嬢様が持っている本。
それをお譲り頂きたい。
勿論、タダとは言いませんよ」
……この本か。
渡せるわけないな。
「これはダメー」
がっしと抱え込んだ。
「そう言わずに。
一生遊んで暮らせるだけの対価は支払います。
その本にはそれだけの価値がある」
「だーめー」
「はは、本だけ買っても仕方ないでしょうけど。
……それで?用件はそれだけですか?」
「いいからとっとと寄越せ。
下手に出てるうちに」
む、本性が出たな。
「おや、僕らとやる気ですか?」
「………………おい、さっさと身包み剥いでやれ」
がちゃがちゃと鎧を着込んだ兵士達が部屋に入ってくる。
うーむ。
どうしたものか。
キョロキョロと部屋を見渡す。
「えーと、そのー……どうしましょう……」
おじさんもキョロキョロと挙動不審である。
フィリアもキャメロットさんも考えあぐねているようだ。
「仕方ないなー」
空気を読まない事に掛けては超一流の竜様ははぁーと息をついた。
白い息を。
……ん?
「ちょっと凍りますよ」
ちらちらと煌く光の粒がウルトの口元に漂っている。
いや、光ではない。氷だ。氷の粒が光を反射している。
……え?屋内で?
止める間も無い。
僅か数秒で部屋の中は極寒の凍土と化した。
「うおっ!?」
「ひいっ……!」
「なん……」
「あれ?防がれてる。
厄介だなー。やっぱり青炉は色を混ぜるぐらいにしか使えないですね」
「なんっだ……!貴様!」
「いえー、大した者ではないので気にしなくていいですよ」
「今ですわ!逃げますわよ!」
フィリアが窓ガラスを叩き割った。
差し込む光。
呻いたのはおじさんだった。
光の当たる部位が見る間に焼け爛れていく。
ぬあっ!そういや日はちょっと……って言ってた!
いや、でもこれはちょっとで収まるレベルじゃないぞおじさん!
炭化してる!炭化してるぞ!
「……大丈夫です。
何とか我慢しますから……」
「だ、だめぇー!」
許容できるかそんなもん!
あわててベッドのシーツを引っぺがしておじさんに掛ける。
でも多分これだけじゃ足りないな。
本を開いた。
カテゴリは干渉と加護。
商品名 暗闇の憂鬱
特定の物体に光を完全に遮る効果を付けます。
暗闇で膝を抱えたいセンチな気分のあなたに。
即購入。
問答無用でシーツに効果を付けた。
「おじさん、大丈夫ー?」
「あ、はい。すみません。大丈夫そうです……有難うございます……」
そういう意味ではこのおじさんは信頼できない。
覗き込む。焼けていない。
うむ、確かに大丈夫そうなのを確認してから窓から身を躍らせる。
「おりゃー!」
「くそっ!待て!」
ふふん、馬鹿め!
氷にヘバる愚かな人間共め!
そこで大人しく見ているがいい!
「へーんだ!待つもんかー!」
舌を出した。
「ホーホッホ!ご覧遊ばせ!お尻ぺんぺんですわ!」
尻を叩いた。
「その、ついて来ないでください!!」
水をぶっかけた。
「あ、いい具合に濡れてますね。ちょっと凍りますよ」
もひとつブレス。
「えー、その、皆さん、すみません。失礼します……」
最後にお辞儀。
見事なチームワークであった。
さて、どこに逃げようか。
「どこに行きます?」
「困りましたわ……!」
てってけてってけと大通りを走る。
道行く人がかなり不審げな目を向けてくるが構ってはいられない。
「皆、こっちだ!」
ん?
誰だ?
建物の隙間から顔を覗かせ手招きする少年。
「はやく!」
まあいい。
ついて行こう。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
薄暗い路地裏をグネグネと右に曲がり左に曲がり駆けぬける。
後ろからついて来ていた足音もいつしか聞こえなくなっていた。
「ハァ、ハァ……ここまでくれば……もう大丈夫だよ」
「はひー、はひー……疲れましたわ……」
ウルトもキャメロットさんも存外に平気そうだがフィリアとおじさんは今にも死にそうな顔だ。
「大変ですねー。
すみません、助けて貰ってなんですが、どこか休める場所はありませんか?」
「あ、うん。
この先にお屋敷があるんだ。
おいらはそこで働いてるんだけど……ちょっとなら休めるよ」
「そ、そうですの?」
………………。
まあいいか。
「うむ、感謝するぞ少年よ!
でさ、名前は何ていうの?」
「おいら、ガデルって言うんだ」
「あの、何故私達を助けてくれたんですか?」
「へへ、人を助けるのに理由なんて要らない、ってね。
まぁ、あいつらがおいら達の商売仇だからなんだけどさ」
そう言ってガデルは照れくさそうにはにかんだ。
「へぇ……そうなんですかー」
てくてくとガデル少年の後に続く。
追っ手がくる様子はない。完全に撒いたらしい。
「もう少しでお屋敷につくよ。
まぁ、お屋敷って言っても下働きが住んでるとこだけどさ」
そうして案内された先はまぁ、なんともはや。
よく出来たものである。
「……グロウ=デラの元で働いておりますの?」
「ああ、そうだよ。
旦那はおいらみたいなガキでも雇ってくれるからさ。
裏口から入るからこっちだよ」
手招かれるままにちょこちょこと着いて行く。
さて、これは千載一遇のチャンスと言っていいだろう。
霊弓ハーヴェスト・クイーン。
どこにあるのやら。
「ここで休んでくれよ。
ちょっと話も聞きたいんだ」
……どっちかっていうとこれが本題だろうなー。
「あんた達、何でシャンボール商会に追われてたんだ?」
「そうですねー。
いや、僕らは何もしてないんですけどね」
「……さっきの競りさ、おいらも聞いたよ。
お屋敷でも騒ぎになってるんだ。
3000なんてポンと出していい額じゃないよ。
しかもこんな奴にさ」
ちらりとおじさんを見やるその目に宿るは侮蔑の光。
「はぁ……すみません」
おじさん、否定していいんだぞ。
「そんな額を出すんだったらもっといい奴も買えるよ。
良かったらだけどさ、おいらが旦那に口利きしようか?
良かったら、だけど。旦那の紹介する奴隷だったら間違いないよ。
シャンボール商会よりよっぽどさ」
「奴隷商は奴隷商ではありませんの?」
「一緒にしないでくれよ。
奴隷にだって色々あるんだよ。
人間はご法度だからナシとしてもさ。
奴隷だってタダじゃないし、若いとか美人とか頭がいいとか力があるとかさ、そういう所を損なったら大損じゃないか。
シャンボール商会はそういうところ全く頓着しないんだよ。
畑から希少種が取れるわけでもないのにあの扱いったら。あいつらの取り扱ってる奴隷の酷さったらないよ。
普通はよっぽどの訳ありでもなければ丁寧に扱うよ。
言っちゃ何だけどその死なない男は例外中の例外だよ」
「グロウ=デラさんは違うんですか?」
「そうだよ。
旦那が直接紹介する奴隷はすごいよ。
中には英才教育受けてる奴もいるし。
礼儀作法、マナー、戦闘技術、見た目も全部一級品さ」
「へぇ……」
そうじゃない訳ありとやらの奴隷はどういう扱いなんですかね。ちょっと思った。
聞かない方がいいだろう。薮を突く事もあるまい。
「では口利きをお願いできます?
お会いしたいですわ」
「うん、いいよ。
すぐに戻るから待っててくれよ」
手を振ってガデルは屋敷の奥へと走っていった。
どれくらい待たされるかなー。
「あ、そうそう」
とりあえず話しておこう。後が楽だからな。
適当に会話しつつ足をぶらぶらとさせながら少年が戻ってくるのを待ったのだった。
「お待たせ!
旦那が会ってくれるってさ」
「おー」
「早かったですねー」
「3000をその場で出すような客だよ。
そりゃ旦那もすぐに会うさ」
よし、いざゆかん!
各々ガタガタと椅子から立ち上がる。
「あ、武器は持たないでくれよ。
流石にちょっとさ」
「それもそうですわね」
「えーと……私、何も持ってないんですけど……」
うん、全員武器ってほどのものは持ってないけど。
それらしくすべきだろう。
ざらざらと差し出された籠に適当に道具を詰める。
誰だよお菓子入れた奴。私か。
下着は……フィリアだな。
いいけど。今穿いてないのか?
「帽子は取らないのかい?」
「二目と見られないほどに醜女なんですよね」
ウルト、その言い訳はよせ!
ポシェットを抱え直してよし、と頷いた。
なんだか物言いたげだな。
「その本は置かないのかい?重そうだけど」
「これはいいのだ」
「本なんて置いておけばいいのにさ。
何かの貴重品かい?」
「うむ。私の恥ずかしい写真が収められているアルバムなのだ」
「マジですかクーヤちゃん!?」
「黙れペド!!」
一喝してから少年に向き直った。
「よし、行こう!」
顔がひくひくと引き攣っているのは見ない振りをしておいてやる。
「旦那、お客さんに来てもらったよ」
「ああ、入りなさい」
ダンディーな声だな。
だがダンディーな声とは裏腹にでっぷり腹の脂ぎった親父だった。
イヤだな。近寄らないでほしい。
虹色になりそうだ。
しかし成金な部屋だな。
フィリアの話では霊弓を手に成り上がったと言っていた。
確かにそういう人はこういうごてごての高級品を好みそうだしな。
見回していると脂親父がでっぷんでっぷんと腹を揺らしながら歩み寄って来る。
いや、近寄らないで欲しいのだが。
「世界的に貴重な品々が置いてありますからな。
壮観でございましょう?
こちらにあるものは売り物ではありませんが……お望みとあらばお売りしますよ」
じゃあ霊弓くれ。
流石に正面切りすぎなので言わないけども。
うろちょろと壷やらなんやらを見て回る。
なんだこの黄金の土偶。
高いのかこれ。
「おー……」
「さて、話は聞きました。
皆さんどのような奴隷をお求めで?
可能な限り融通いたしますよ。
今後ともご贔屓にしていただきたいですからな」
「そうですわね……」
フィリアがちらりとこちらを見た。
うん、そろそろ頃合かもしれないな。
キャメロットさんも首を振っている。
そう、ここには霊弓がない。
価値は無い。
肌身離さず持っているのだろう。
ウルトに目配せした。
「あ、やります?」
「やるのだー!」
「はーい」
元気で宜しい。
ウルトはさっくりと後ろに立っていた少年の首を掴んで締め上げた。
「で、そんなものはどうでもいいんですよ。
必要なのは霊弓なんです。
どこにあります?
グロウ=デラさん。
あ、部屋の外に居る方々も動かないでくださいね。
今度は軽度の凍傷ではすみませんから」
脂親父の顔が面白いぐらいに青くなった。
ざまぁ。
脂親父にべーと舌を出してから少年を見やる。
名 グロウ=デラ
種族 人間
クラス ロウディジット宗主
性別 男
神を欺こうとは片腹痛いわ。
この本も上げないからな。