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妖精王3

 というわけで連れ立って辿り着いた大樹の根。根本には光り輝くウロがあり如何にもな見た目をしている。

 扉というのはアレだろうか?


「精霊門ですね」


「ええ、そうですわ」


 へぇ。

 扉というか、穴だな。どこに繋がっているのだろう。

 その妖精王のクソガキの部屋なのだろうが、少し心配だ。


「行きたくないですわね……」


「え? 何で?」


 問いかけるとフィリアはいやそーにふくれっ面になった。なんというフグ。


「会いたくありませんわ。

 散々に馬鹿にされて最後はオモチャにされるところでしたもの」


「オモチャ?」


「言葉通りですわよ。

 人の事を玩具か何かのように思っているのですわ。

 それに、精霊門も潜るのにそれなりの危険を伴うのです」


「ああ、そうかもしれないですね。

 神に近い存在ですし、この門も神域の入り口と言っていいでしょうから」


「え!?」


 何だか思ったより危険じゃないのか!?


「あー、私は残るので。フィリアとウルト、頑張れ」


「クーヤちゃん、酷いなぁ。

 一緒に行きましょうよ。大丈夫ですよ」


「この期に及んで何を言っていますの。

 行きますわよ! 道連れは多いほうがいいのですわ!」


 何だと!?

 道連れと言い切りやがった!


「僕と貴女だと妖精王の門ぐらいじゃ何ともなりませんよ。

 フィリアさんも大丈夫でしょう」


「そうなの?」


「そうですよ。さ、行きましょう」


「ええー……」


「駄々を捏ねないでくださいまし!」


 いきたくねぇー。

 二人に宇宙人のように両サイドから抱えられて引き摺られたのだった。

 いやだいやだ、駄々捏ねを華麗に無視され抱えられたままぴょんと穴に飛び込まされるときゅぅん、と妙な音がした。

 空間が捻じ曲がった音、だろうか。

 三人で光を潜った先、そこにあったのは。


「すごいですわね」


「お花畑や!」


「うーん、これは……魂鎮め、ですかね。

 何があったんでしょう」


 一面の花畑。

 先は霞んで見えないほどだ。


「精霊門もやはり問題ありませんでしたか」


「以前は苦労した覚えがあるのですけれど……」


「そうなの?」


「三日三晩精霊門の前で粘りましたわよ」


 すげぇ。

 何が凄いってフィリアの根性が凄い。

 よっぽど妖精王とやらに期待していたのだろう。


「妖精王ってどこに居るのかなー」


 入ってしまったものは仕方がない。こうなればさっさと用事を済ませて帰るのだ。しかしこれではどこに行けばいいのかも分かりはしない。

 よいせと片手に本と木の枝を抱え直す。……鞄でも作ろうかな。

 邪魔になってきた。次は肩掛けにしよう。


「フィリアさん、以前はどのように探されたんですか?」


「端から端までしらみつぶしですわ。

 ここは時間が歪んでいるようですので正確なところはわかりませんけど体感では一週間程掛かったかと」


「……この広さをですか。すごいなぁ」


 流石にそれはしんどい。根性論と精神論の塊か? 聖女ってこんなんじゃないと務まらないのだろうか。

 ……うむ、これは私の出番だな。


「パンパカパーン」


 本を花畑において木の枝を掲げた。


「何ですの?」


「……それも凄いなあ」


 花畑に木の枝を立てる。

 パタンと倒れた先を指差して高らかに宣言した。


「向こうに目指す敵大将が居る! 行くぞー!」


「本当ですの?」


「本当でしょうね」


 枝と本を回収してよいしょと抱える。


「持ちましょうか? 片腕で大変そうですけど」


 ありがたい申し出である。ペドラゴンなのに気が利いているな。

 うーん、でもまあ……いいか。


「自分で持つー」


「そうですか? まあそうでしょうね」


 変な事をいわれてしまった。

 ガサガサと花を掻き分けながら三人でえんやこらと進む。


「妖精王さーん」


「どこですのー」


「出てこないと氷漬けにしますよー」


「うおおい!?」


 やめろ!


「大丈夫ですよ。普通の氷を使いますので妖精王なら簡単に溶かせますから」


「そういう問題じゃねーから!」


「……何よ、生意気なトカゲね。

 あたしのおうちに何の用よ」


「おうちに用事はないけど妖精王にはありますな」


「そうですわね。

 こんな何も無いところに用事はありませんわ。

 体格のよい殿方もおりませんもの」


「ていうかちょっと邪魔ですよね。歩き難いです。

 いつまで経っても人間形態って慣れないなあ。

 ここには美しい女性も居ませんし」


「……なんなのよ! なんなのよあなたたち!!

 あたしが誰だかわかってるの!?」


「え?」


 いつの間にか知らない声が紛れ込んでいた。

 振り返ると、クソガキが居た。見た目からしてあからさまなクソガキだった。頭にはにょきりと二本の角が生えていおり、耳も花びらのようなものがわさわさと生えている。人外感も溢れているがクソガキ感が凄いのでそちらに全てが持っていかれている。

 そしてなんともまぁ生意気そうな釣り目である。ついでに甲高いキンキンとした声も生意気そうだ。

 しかも空中に漂って上から見下ろされているときた。頭から尻までクソガキみが溢れすぎだった。


「妖精王様?」


 え?

 このクソガキが?


「そうよ! そうなのよ!

 ここはこの妖精王たるあたしの領域よ!

 誰が来たかと思えば、何よ! おばさんにトカゲにガキじゃない!!」


「なんだとー!」


「……相変わらずクソガキですのね」


「トカゲなんかと一緒にしないで欲しいなあ」


 三人揃ってぶーぶー言うが妖精王とやらは耳に痛い声でキャラキャラと笑っているだけだ。

 それどころか空中でくるくると回って指を差しておばさんトカゲガキと繰り返してくる始末である。


「怒った? ねぇねぇ怒ったの? プッ……!! ホントのことじゃない!

 おばさんにトカゲにガキだわ! キャハハハハハ!!

 あ、図星だから怒ってるの? やだーこわーい!! キャーハハハ!!」


 うわ、これはうざい。こりゃフィリアも会いたくないわけだ。こんな調子の妖精と一対一で会話し続けるのはそれだけで精神力がガリガリと持っていかれるに違いない。

 ……しかし、妙だな。この妖精、こうやって喋っているとなんだか違和感が。

 まるで、そう、人形のような。うーん……不思議に思いながら見ているとふと目があった。


「……うん? なにあなた。

 変なの。変なのー。

 ねぇねぇ、あなた……あたし達みたいな霊的生命体よねぇ? うふふ……いいなあ、いいなあ」


「何がさ」


 クネクネとしなを作ってニヤニヤしながらこちらを見ている。

 うーん……?

 中身と外見が一致していないような違和感が拭えない。


「くすくす……あなたってさ、真名、もってるんでしょ? 大事にしてるんでしょ? そうだよね?」


「真名?」


 なんだっけ。どっかで聞いたな。はて……?


「うふふ……あなた、とーってもいいオモチャになりそう。

 ……きーめた。あなたはあたしのオモチャ」


「はあ?」


「あなたはあたしのオモチャになるの。

 なんだか変わったペットも沢山持ってるみたいだし……それもぜんぶぜーんぶ頂戴?

 いいよね?

 うふふ。あなたの真名……あたしがもーらった!」


「………………?」


 真名?

 そんなものに覚えは無いが。いやでも、そういやマリーさんがそんな事を言ってたな。精神生命体的なものが持ってるヤツとかなんとか。

 確かに、今の私は神様的な生物だ。私にもあるのだろうか。アヴィスクーヤが真名になるのか?

 でもこの名前はさんざっぱら名乗ってるしな。そもそも知られたら大変な事になるヤツだった筈だ。それにペット?

 何のこっちゃ。


「キャハハハハ!!」


「わぁ!」


 甲高い笑い声と共に舞い散る花吹雪。

 なにやらぐるぐると私の回って纏わりついてきた。何じゃこりゃ。

 私を中心にして地面に輝く、花のような模様を描く桃色の魔法陣が現れる。


「むむむむ!」


 魔法陣から発せられる光まで絡んできた。

 鬱陶しいぞ!

 蜘蛛の巣に引っかかったような鬱陶しさ。次いで私の身体、胸元やら頭やらをぐいぐいと押される感触。何かを探している、というか何かを握り込もうとされている感じがする。


「クーヤちゃん!」


 慌てたようなウルトの声。


「妖精王様! やめてくださいまし!」


「やーだよー! キャハハハハ!!」


 フィリアもクソガキを止めようとしているがクソガキはお構いなしである。フィリアの方はさりげなくウルトもとどめようとしている辺り、ウルトはほっとくと妖精王の方が危なさそうだ。

 鬱陶しいだけでこちらの身の危険は無さそうなので手を振っておく。しかし本当に鬱陶しいなこの光と花!

 ……うーん、見たところ魔水晶の光に似ているし、私ならば掴めるのでは。

 手を伸ばしてわっしと掴んだ。おお、いけた。となれば話は早い、このまま千切ってしまえ。


「おりゃー!」


 ブチブチと千切って絡み付いていた光を地面にポイポイと捨てた。

 うむ、すっきりした。

 花吹雪も邪魔である。突っ込んでも別に怪我はしないだろう。

 ばちばち当たって痛そうではあるが。


「よいしょ」


 抜けたはいいが花塗れになってしまった。

 頭をぶるんぶるんと振って散らすがあんまり意味は無かった。


「……ッ!! ギャッ……!!」


「うわ、クーヤちゃん、今のは酷いですよ。

 もうちょっとまともに術返しをしてあげればいいのに。

 もろに反動食らってますよアレ。自業自得ですけど……」


「え? 何それ?」


 そんなもんやった覚えはない。


「ぎぎぎ……痛いよう! 痛いよう!! なんでぇ!?

 うわあぁあぁぁあん!! びえええぇぇええぇぇえん!!」


「いっ……!!」


 う、うるせぇー!!

 なんて耳に痛い泣き声だ! 何なんだ!!

 フィリアもウルトも両手で両耳に栓をしている。

 ずるいぞ! 私は片方しか出来ないのに!!


「これは意思の疎通は無理そうだなぁ……。

 挨拶はしたって事で、行きましょうか」


「そ、そうですわね!

 うるさいですわ……!」


「あっ……! ま、待ってえぇぇぇ!!」


 二人とも即効逃げやがった!!

 待て! 置いてくな!!

 ちくしょー!


「………………耳が痛い……」


「耳鳴りどころか頭痛がしますわ……」


 場所は変わって大樹の前。三人で座って耳を労る。耳も頭もくわーんとしている。超音波かアレ。

 待っていたらしいキャメロットさんがおずおずと伺ってきた。


「大丈夫ですか……? その、クソガキだったでしょう?」


「ええ……アレで本当に50年前はまともでしたの?」


「はい。優しく、強く、偉大で。私達の王たるお方でした」


「そんなの信じられないけど……」


 理由は何なのだろうか。

 そんな立派な人があんな事になるなんて。


「何故、なのでしょうか。

 妖精王様……」


 キャメロットさんが俯く。その声音には隠しようも無い悲しみ。

 ……何故なのだろう。

 ここまで慕われているのだ。

 それこそ本当に妖精王と呼ぶに相応しい人だったのだろうに。

 その疑問に答えを出したのは、まさかのウルトだった。


「それなら簡単ですよ。

 会ってはっきりしましたから。彼女には魂が無い。

 ここに居るのは唯の生き人形ですよ。

 それも半ば悪霊に近い」


「え?」


 魂が無い?

 何だそれ。神霊族なのだし、魂はあるんじゃないのか? しかも悪霊?

 キャメロットさんも驚愕の表情である。と、そこでふと違和感の正体に気付く。そうか、彼女はステータスが見れなかった。つまり、魂が無かった。ただ動いて喋る人形のように。


「ええ。何者かが彼女の魂を奪い取ってしまっているんでしょう。

 誰が、何のためにかは僕にはわからないですけど」


 魂を奪い取る……そんな事が出来るのか。しかし妖精王の魂をどうするのだろう?

 どう考えても良い使い方が思い浮かばないしあんまりいい感じはしないのだが。沈黙が少しばかり落ちたところで口を開いたのは話を聞いて何やら考え込んだ様子だったフィリアである。


「……それならば……一つ、心当たりがありますわ。

 バーミリオン様がお持ちになっていた神剣紅薔薇、あれがどうやって作られたかご存知?」


 紅薔薇……アレか。


「なんか魂を溶かした炉で鍛えたって悪趣味な事言ってたけど」


「……そうですわ。

 武具に強い力を持たせるのならば、下手に鍛えるよりも魂を込める方が強力かつ早いのですわ。

 強い武具を作る為に、より強い魂に、より強い感情を与えて封じ込むのです。

 特に、憎悪、苦痛、飢餓、狂気。そういったものが一番手っ取り早いのです。

 花の妖精王の魂。……武具に加工すれば一体どれ程の力になるか」


「成程、そういう事ですか。道理で悪霊一歩手前なわけです。

 あの魂鎮めの数も納得できますよ。

 50年前、といいましたか。

 凄いですね。驚嘆に値しますよ。ド根性ですね。

 魂を奪われながらもそれでもなお崖っぷちのギリギリで抵抗している。

 彼女は未だ囚われきってはいない。

 魂を加工されながらも肉体との繋がりを手放してはいないんですね」


「……そ、そんな……っ!!」


 キャメロットさんは殆ど涙声だった。

 ……酷いな。それは、ちょっと。悪霊一歩手前とは。

 よほどの苦しみなのだろう。流石にあんまりではないだろうか。


「50年程前から、霊弓ハーヴェスト・クイーンという神の加護を持つ武具に勝るとも劣らぬ弓を手に教団で成り上がった者がおりましたわ。

 どこで手に入れた武具かは口にしませんでしたが……。その力は先ほど妖精王が使った魔法、その魔力に酷似していましたわね」


「ふむ、怪しいですね。そのお方はどこに?」


「50年前、この近くに人間の街を作り上げた男、奴隷市場の総締めたるグロウ=デラという男ですわ」


 ……線が見事に繋がってしまったようだ。




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