碧落の異界2
フィリアと二人、絶叫を上げる。竜の背中に乗って空を飛ぶなど勿論初めての経験である。
はっきり言おう。
最悪である。
翼をはためかせる度に凄まじいほどに上下に揺れる。揺れる視界に段々と気持ち悪くなってきた。
つるんつるんとした鱗に捕まる場所など勿論無い。落ちる、もう落ちる。絶対落ちる。今すぐ落ちる。だが既に高度はかなり高いところである。
先ほどの怪物たちなど最早視界にすら映らない。落ちたら衝撃で肉体が水になるレベルで死ぬ。
これこそが火事場のクソ力、全力で腕が痺れる程にしがみ付く。
が、今にも滑りそうだ。
未だどちらも落下していないのは一重に運による所が大きいだろう。それにフィリアの精霊さんとやらが何かしているのかもしれない。あるいは奇跡か何かだ。
顔面にぶち当たる風。横でフィリアが何事か叫んでいるが風の音に遮られ全く聞こえやしない。
おまけに風がかなり冷たい気がする。私が冷たいと思うくらいだ。少々フィリアが心配だ。
……もしかしたら寒いとか叫んでるのかもしれない。
流石に可哀想になってきた。心に決めた。もう絶対に乗らねぇ。
遠くに見えてきたのは真っ白な雲だ。このまま行けばあの恐ろしい碧落の異界を抜けられそうだった。
早く着いて欲しい。本当に。
「………………………………」
二人で無言で地面に突っ伏す。もう動けそうもない。
全身ビキビキと筋肉が引きつりまくっている。
うごご……。
「あれ?すみません。人間乗せたのって初めてなんですよね。僕」
涼しい顔で恐ろしい事を言いやがった。
無免許運転かよ!
「……もう、動きたくありませんわ……」
「……違いない」
「でもホラ、近くに街がありましたから。この辺りなら珍しい神霊族とか住んでると思いますよ。
少しは休めますよ。きっと」
―――――マジか。
珍しい神霊族、エルフとか小人とか妖精とか人魚とかが住む街!?
人類の夢とロマンと希望ではないか!! それを早く言えというのだ!!
フィリアもやはり乙女なのか、キラキラと目を輝かせている。
「あれなら多分2時間ぐらい歩けば着くと思うんですよね」
揃って地面に突っ伏した。
というわけで出発したのは1時間後である。
当たり前だ。あんなドラゴン旅行の直後で2時間も休み無く歩けるか。
「うぅぅ……咽喉が渇きましたわ……疲れましたわ……お腹が空きましたわ……」
「………………確かに……」
「氷なら出せますけど、食べますか?」
「……氷を食べても体温が下がってエネルギーを消耗するだけで咽喉は潤わないのだ」
「え、そうなんですか?」
それは知りませんでしたね、言い切る爽やかな笑顔が逆にムカついてきた。
クッソー。
「あぁ、そういえばさっきのプロポーズのお返事を頂いてないですけど。
美しいお嬢さん、僕とお付き合いしてくれませんか?」
「お断りだ!!」
もうムカつきしかない。
何だこの竜。
「フィリアにしなよ。フィリア」
「……いや、すみません。それはちょっと、年が」
「……ババア、とでも言いたいんですの?破壊竜様?」
とってもドスの効いた声だ。
元聖女でその顔と身体でそんな声出すのはやめたほうがいいと思うのだが。
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。
ただ……」
「ただ?」
「……竜って美女に弱いんですよ。本能なんですけど」
「……確かにそう言われておりますけれど」
「そうなの?」
あー、でも確かにそんな話はいっぱいあるな。
お宝とか美女に弱いってさ。
「そうなんですよ。
そんな風に誰でも知ってる有名な特性なんですけど。
……それで、何度も騙され裏切られ、本当に散々酷い目にあったので……トラウマというか……。
それで昔、たまたま会った一角獣と話してたら意気投合したんですよ。
究極の処女とは、美女とは、大人の汚さを知らない、無垢で、純真で、完璧。
つまり幼女だと。
子供っていいですよね……いきなり豹変して発狂しないし、刃物振り回さないし、軍隊呼び入れたりしないし、美人局じゃないし……。
女性って生まれた時が一番完璧なんです。
年を重ねれば重ねるほど駄目になるんです。
成長するってプラスじゃないんですよ、マイナスなんです。減るんです」
「うわぁ……」
「……なんて夢の無い……」
カウンセリング受けたほうがいいんじゃないかな……。
かなり根深そうだ。
余程の目にあってきたのだろう。涙なくして語れない竜生である。
そういや一角獣も処女が好きっていうな。処女の振りして近づくと八つ裂きにするとかなんとか。
彼らもあまりにも処女好きのエピソードが有名過ぎてきっと酷い目にあってきたのだろう。
有名というのも困りもののようだ。
「まぁ、どこかにいい人が居るに違いない。うむ」
適当に答えておいた。
このやたらとキラキラしい勇者ヅラなら騙される生粋の乙女的な女性も居そうだ。
一角獣と竜、彼らのトラウマを癒してやって欲しいものである。
私にはそんなの無理なので。何せ無垢でも純真でも完璧でもないしな。
確かに身体はペシャンコボディのミニマムボディで毛も生えていないがそこはそれである。
彼的には中身も重要なのだろうしな。というか中身のほうが重要だろう。ついでに無理じゃなくてもやる気がない。
「そうだといいんですけど……」
がっくりと項垂れる姿はとてもじゃないがレベル1500の封印されていた竜には見えない。
しかも神竜種とかめっちゃ偉そうな種族なのに……。あの三人より高いのに……。
残念すぎるだろう。つーか何でこんなに強いんだ。竜という種族がそもつよつよなのか?
謎である。
いや、でもマリーさん達の話によれば魔族と竜は弱体化しているとの事だった。本来はもっと強いのだろうか。マリーさんは嘗て魔王だったとおっしゃっていたしその頃と今ではお話にならないとのことだった。あの三人がほぼ同レベル帯だったと思えば……魔王だとレベル1万とかになるのだろうか。その辺はよくわからん。ステータス補正がどうこうとかいう話もあったし。謎だ。まぁでも糸を引いた飯を食べたチンピラが翌日デバフ状態でステータスオール10になって動かなくなっていたのでステータス補正というのはああいうものの事だろう。体調やらなんやらで数値は日々変動するのだ。どちらにせよあの三人は別格だったし魔族の方も見かけたがあんなトンチキ数字ではなかった。つまり目の前のこのペドラゴンがやはりおかしい。
「ウルトディアス……長いな。
ウルトでいいよね」
「女性名じゃないですか、それ?」
「いいじゃん別に」
気にするな。そういう名前の人だっているさ。
「はぁ……」
「んでさ、ウルトはなんか凄く強く見えるけど、魔族と竜って今は弱体化してるんじゃないの?
なんでそんなに強いのさ」
「いえ、かなり弱くなってるんですよね、これ」
「ええー……?」
嘘だー。
「……彼の言う事は本当ですわよ。伝説に名高い竜ですもの。
かつては一晩で国一つ氷付けにして滅ぼしたそうですわ」
「うえっ!?」
なんて凶悪な!!
「そんな事しませんよ。
邪竜と呼ばれていた昔は命ってよくわからなかったんですけど……今は違いますから」
「ふーん……」
「命は無限に湧き出てくるものだと思ってたんです。
特に僕は生まれながらに邪竜でしたから。
けど、ある人に会って人生観が変わったんですよね。
僕なんかあの人にとって意思があるかどうかも分からないくらいに小さな存在だったんでしょうけど。
あの人からすれば僕の命も人間の命も等しく砂粒だったんです。
それから人間の姿を真似て、魔族や亜人、人間と神霊族と関わるようになったんですけど……。
驚いたんですよ、本当に。
あんまりにも弱くて、僕が本気で暴れたらきっと皆直ぐ死ぬだろうなって。
そんなの寂しいじゃないですか。
もっと増えろって思ったんです。
一人は嫌になったんです。
だからもうやらない」
「そういうもんなの?」
「そうですよ」
変な奴である。
一人が嫌だからやらないとは。
しかしどうでもいいのだが一つ気になった。
「増えすぎたらどうすんの?」
「それは邪魔だなぁ。寂しくならない程度に少しぐらい食べますね。
出来れば美しい女性がいいですね」
「じゃ、邪竜ですわ!!」
違いない。
このズレた思考回路、まさに竜である。
いや、あの悪魔よりはマシか。あの左腕は本当にどうしよう。最低限何とかするまでは視線を合わせられないぞ。
私の左腕がうまいこといけばいいのだが。
「それにしても本当に身体が重いですね。
これじゃあ確かに魔族もきつそうです」
「……そんなに? でもレベル高いじゃん」
「レベルがよくわかりませんが……確かに魔力炉はそのままですけどね。
世界にそもそも闇の魔力が無いんですよ。大きな炉が幾らあってもそれを稼働させる手段がないんです。
使えないんです。全然。燃料がない。
それに僕らは身体の大部分が闇属性の霊質で構成されている闇に属する生物ですから、竜としての特性も全部死んでますし。無理に肉体を使えばそのまま消えそうなくらいですよ」
初めて聞く話だな。
「そうなの?」
「そうなんですよね。
魔力の強さってつまり炉の大きさと数なんです。
炉が大きければ大きいほど魔力を沢山持てるし、一度に取り出せる量も多いし、それに炉が多くあればあるほど早く魔力を取り込めるんです。
でも魔族や竜って持ってる魔力の回路も炉も基本的に闇属性ですから、そういう黒炉って闇の魔力しか使えないんです。
そりゃあ黒炉ばっかり持ってるってわけじゃないですけど、僕だって半霊体の純粋なドラゴンですし、かなり純色に近い青炉持ってますから。でもこんなのって基本的にサブとしか使わないですし。黒炉が全部使えないのってかなり弱くなってますよ。
これが使えれば態々使いにくくて何をどうしたって威力がある程度までしかないような魔力に頼らなくていいんですから」
……うーん?
よくわからんのがいっぱい出てきた。
……まあ、分かったつもりになっとこう。
「まあ純粋な色の炉を持ってるのって魔族とか竜ぐらいで、後は純精霊ぐらいなんですよね。
人間や亜人や神霊族は割と混ざった色が多いんです。
いや、これはちょっと違うんですけど。
黒って何色混ぜてもわからないじゃないですか。つまり、全部混ぜたら黒っていうか。
だからどんな魔法でも使えるんですよね。どんな色混ぜても平気なんですよ。
逆に融通の利かない炉は白炉なんです。今なら人間が沢山持ってるんですけど」
「といっても私達人間が白炉を多く持っているのは絶対神の力によるところが大きいのですけれど……」
「へぇ……」
これはわかる。
つまりは鯖読みか。
「魔族と竜、次に炉が大きくて多いのが純精霊なんですけど、あんまり強くはないんですよね。
僕らに比べたらですけど。
四元の大精霊王がそもそもそこまで強くないんですよ。強くないのに力に制限を掛けてるんですよね。
小さい魔力を扱うのに一々詠唱とか魔道具とか媒介とか居るし、炉の制限も多いし。
その点、僕らは自由で良かったです。
何を好き勝手しても大丈夫でしたからね。
大きすぎて反動とか暴走とか、他の属性と違ってこうすれば絶対にこうなるって無いので総じて扱いは難しいんですけど」
「……………………はぁ……」
全然分からん。
まあいいか。数字にして魔力3、MP5の私には悲しいくらいに全く関係の無い話である。
どっちかといえば精霊さんとの契約を聞きたい。
「精霊の契約ってどうすればいいの?
精霊と契約すれば私みたいな魔力ナシでも魔法使えると聞いたぞ」
「契約すれば魔力が無くても使えるのが精霊魔法ですけど、いやー、幾ら美しくとも貴女には無理じゃないかなー」
「ホーホッホ! 貴女みたいなへんちくりん魔族には精霊との契約なんて無理に決まっているでしょう!」
「なんだとー!!」
この野郎共!!
見てろよ!
魔導研究機関だかギルドだかで契約の儀とやらをやってものすごい奴と契約してやる!!
「まぁ、彼女の言う事はともかく、普通に無理だと思いますよ。
やってみればわかると思いますけど」
「……なんでさ。なんか問題あるのか」
「問題っていうか、まあ問題ですけど。
多分かなり嫌がるんじゃないかな」
「精霊さんが?」
嫌われているのか!?
あ、でも最初カナリーさんもめっちゃ怯えてた。暗黒神とかいうわけのわからん職業させられてるからか?
「いえ、貴女にくっついている方たちが。
近寄ってくる精霊を嫌がって全部殺しちゃうんじゃないかな」
「なんだとぅ!?」
悪霊でもついてんのかわたしは!!