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青の祠2

「もう少しだからきりきり歩けー!」


「無茶をおっしゃいますわね……。貴女、何故こんな寒さの中でそこまで動けますの? 寒さを感じていらっしゃらないの?」


「うん。別に寒くないけど」


「卑怯ですわ……」


 言われて考える。そりゃそうか。確かにここはかなりの気温の低さだ。氷点下二桁でもおかしくはない。

 キシキシと氷が軋む音が反響する洞窟には下の方にうっすらと白いものが煙っている。

 完全に冷凍庫状態だ。確かに寒かろう。


「何かこう…………炎の精霊とか居ないの?」


「炎精霊とは契約しておりませんわね…………。しておけばよかったですわ」


 仕方ないなー。

 しゃがみこんで本を開く。カテゴリは人への干渉と加護。



 商品名 オフトンの誘惑

 特定の衣服にあったか効果を付与します。

 効果は一日。



「パンツでいいよね」


「よく分からないですけれど、嫌ですわ!」


「なにー!」


 なんてわがままな!

 仕方ないのでスケスケ服に効果をつける。

 全く、無駄な出費だ!


「…………貴女、今何かしまして?」


「その服にあったか効果つけたから。さー行くぞー!」


「はぁ!? この服は教会で大司教様が直々に祈り、大精霊の加護を授かった服ですのよ!?

 それに干渉したと言いますの!?」


「え? 簡単じゃん。ワンプッシュだし。

 …………いや、それよりその服、大司教様に祈らせたんだ……」


 なんてシュールな。


「何か問題がありまして? …………それに、大司教様がお祈りになられた際にはまだ布の状態でしたわ」


「あ、そうなの? …………じゃあそのデザインって誰が起こしたのさ」


「私ですけど」


 ですよね。聞くまでもなし、わかりきった返事であった。


「お」


 もう少しで例の大広間だ。何せさっき捨てた虫がいる。


「おりゃー!」


 ふんづかまえた。


「何ですの、その虫は」


「西東」


 今名付けた。私の手の中でビチビチしている。相変わらず中々に将来性がある。

 投げた。さらば。

 さ、進むか。


「ついたぞー!」


「……凄まじい冷気ですわね。

 恐らく、私達が生きたままここに辿り着いた最初の人間ですわ……」


 親指を立てた。


「やったね!」


「よくありませんわ!」


 世界初だというのに何が不満だ。

 わがままな!


「まあいいや。何かわかる?」


「…………はっきり申し上げますけど。さっぱり分かりませんわ」


「………………役に立たないなー。助けるんじゃなかった」


「ですから! 無茶をおっしゃらないで! これほど堅牢な封印、どう考えても人間の領分ではありませんわ! 氷雪王シルフィード、武神の神力による大封印ですわよ!?」


「…………あー、そうなのか…………」


 やっぱり人間の範疇を越えているらしい。神様の封印では確かに今のフィリアにどうこうできる筈もない。

 それならまぁ仕方がないだろう。向こう側に声を掛ける。


「ねぇねぇ、やっぱり無理だってさー」


「…………例の、竜がおりますの?」


「居るよー。聖女はケツと乳がでかいから通れないと思うけど」


「失礼ですわね! パーフェクトワガママダイナマイトボディとおっしゃってくださいまし!」


 自分で言ってりゃ世話ないが。

 そして向こうの竜もがっかりしているようだ。


「でもそのうちこの封印って解けるんじゃないの?」


「無理ですわ。こうして見るとやはり古くなっているなんてありえませんもの。

 辺りの霊脈から精霊を吸い上げ力に変換し、隅から隅まで魔力が漲るような輝き。

 ほぼ永久に時間による解除は見込めませんわ」


 えー。


「じゃーあの入り口は何で通れたのさ」


「そんなの私が聞きたいですわ。

 ここの封印だってそうですもの。何故これほどに内部に入り込めるのか…………。

 何も分からない、としか言い様がありません。

 お手上げですわ」


 どっちにせよ無理、ということか。

 残念だ。

 うん、せめて謝っておこう。


「ちょっと行って来るー」


「…………? どこにですの?」


「奥ー」


「………………は?」


 ひょいひょいと氷を抜けて迷路の中に入り込む。


「は? え? ちょ、貴女、えぇ!?」


 何だろう? 何か慌てている。

 もしや魔物!? やだこわい!

 隙間に顔を突っ込んで聖女を見て叫ぶ。


「何!? 魔物!? 逃げる!」


「違いますわ! 貴女、今どうやって封印を抜けましたの!?」


「え? 別に。普通に」


 ていうか封印なんてあったか?

 覚えが無いが。


「普通に!? 既に普通じゃありませんわ! どうなっていますの!?」


「えー…………」


 普通じゃないか。

 変な聖女である。


「別にフィリアも抜けられるんじゃないかなー」


「む、無理に決まっているでしょう! 神に近しい力による封印ですのよ!?

 今の私に抜けられるものではありませんわ!」


「大丈夫だってー」


 来い来いと手招きする。

 フィリアは顔を歪めながら恐る恐ると模様の中に入り込んだ。


「う、嘘でございましょう…………?」


「ほら、抜けられたじゃん!」


 やっぱり封印とやらがぶっ壊れているのだ!


「おかしいですわね…………。一体何が起こっていますの…………?」


 フィリアは不思議そうな顔をしながら付いてくる。

 考えても仕方がないと思うのだが。抜けられるならいいではないか。

 細かい聖女である。


「お、居た居た。おーい!」


「そんなナチュラルに声を掛けないでくださいまし! もう少し心の準備を…………!」


「もう掛けちゃったけど」


「ええ、ええ! そうですわね!! 貴女に付き合っていたら私の心臓がどうにかなりそうですわ!」


「あー、大丈夫じゃないかな。その格好で歩き回れる心臓の持ち主だし」


 ストレスとは無縁だろう。

 心臓にも毛が生えているに違いない。もっふもふであっても驚かない。

 ブツブツと文句を言うフィリアの乳を枝で引っ叩いて黙らせてから竜に向き直った。

 フィリアが通れないので氷越しだが。


「ねーねー、無理だってさー」


 うーん、それでも何とかしてくれ、だろうか。

 そうは言っても無理なものは無理だ。

 フィリアに無理なら私にも無理の無理無理アッチョンブリケ。

 じーっと目を合わせる。

 …………此処にずっと閉じ込められるのは嫌、だろうか?

 まあ気持ちは分かるが。

 何? 独りは寂しい? 竜の癖に変な奴だ。

 まあいい。

 そう言われてしまえば何とかしてやりたいなーという気持ちが何だかムクムクと湧いてきた。

 ちょっと可哀想に思えてきたのである。こんな氷しかないような場所で独りぼっちは嫌だろう。

 それにフィリアもここに来た初めての人間じゃないかと言っていた。

 ここを訪れる人は少ないのだろう。

 少し真面目に考えようではないか。


「うむむむ。…………何とかならないのフィリア」


 二秒で匙を投げてそのまま他人に押し付けた。

 だって思い浮かばないし。


「…………そ、そんな事を言われましても…………」


 赤い顔で座り込んでいるフィリアも考え込んでしまった。

 頑張れ私の知恵袋!


「こんな封印を解くには…………異界人か、神の一柱か…………神霊族の王クラス。後はそれこそ悪魔にでも頼むしかありませんわ…………」


 …………お?


「それでいこう!」


「え? 何がですの?」


「キリキリ吐きやがるのだ! 悪魔召喚の奥義を!」


「はぁ!? 悪魔だ何て眉唾な…………! それこそ藁にも縋り過ぎですわ!

 大体、悪魔召喚の法なんて知るわけありませんわ!」


「嘘付け」


 即答した。


「何故ですの!?」


「どうせその変態性癖を満たす為に悪魔召喚しようとした事の一回や二回や三回くらいあるだろ!

 隠しても分かるぞ!」


「失礼ですわね! たった18回ですわ!!」


「そんなに!?」


 予想以上の数だった。

 駄目だコイツ、マジで何とかしないと。


「人間の中で私程悪魔召喚について研究している者はおりませんことよ!!」


「自慢すんな!」


 どんな聖女だ! 無駄にでかい乳を張んな!

 まあいい。

 詳しそうで何よりである。


「では吐くのだ!」


「ぐ……っ! 貴女、私を口車でハメましたわね! 誘導尋問なんて卑怯ですわ!!」


「勝手に暴露したんじゃないか!」


 人のせいにすんな!

 軽くボカスカとしてから召喚方法を聞き出す。必要なものは悪魔にもよるが必要最低限なものは地面に書くもののみ。では始めよう。


「………………そこに、そうですわ。こういう形の、少し曲がっていますわ」


「…………めんどくさーい」


 広い場所に戻って本で出したペンを握り締め、書き書きと複雑怪奇の巨大な魔法陣を書く。もう心が折れそうだった。


「まだ書くのー?」


「まだまだですわよ」


「ていうかコレ成功すんの?」


「したことはありませんわ」


「ないのかよ!」


「貴女が教えろと言ったのでしょう!?」


「確かに!!」


 ということでこの魔術はどうやらフィリアのオリジナルらしい。

 フィリアが言うには残っているオカルト書は誰が書いたかも分からない贋作やら途中がすっぽ抜けているものやらばかりで魔術としては完成していないものばかり。

 それで自分で研究し理論を構築し作ってしまったらしい。

 マジかよ。

 その情熱をもっと違うことに生かせばよかったのに…………。

 心底から残念な聖女である。


「これってどの悪魔召喚するの?」


「特に指定はしていませんわ。

 特定の悪魔を示すものは資料も何も残ってませんでしたもの。

 これは大雑把な範囲を指定しているだけですわ」


「どんな?」


「淫魔」


「よし、その部分を教えるのだ。消すから」


「私の苦労の結晶を消す気ですの!?」


「当たり前じゃんか!!」


 そんな悪魔いらんわ!


「封印を解くのに必要な悪魔なんだから淫魔なんているか!」


「…………ぐ、仕方ありませんわね…………ここの記述ですわ」


 めっちゃ、めっちゃくっちゃ渋々としながら指でその記述とやらを差した。

 かなりの渋々感。

 うーん、何て書いてあるんだ?

 わからん。けどまあフィリア好みの事が書いてあるんだろう。

 まとめてバババッと手で掃って消した。


「あああ…………」


「………………そんな絶望的な声を出さなくても…………」


 聞いているこっちが絶望したくなるような声だった。

 そんなにか…………。


「えーと、ここで召喚する悪魔を指定するの?」


「……………………そうですわ…………」


 暗い…………。捨てられた子犬のような哀れな姿よ…………。


「わかった、わかった。成功したら書き換えて淫魔でも何でも召喚すればいいじゃん」


「本当ですの!?」


 ぱっと顔を輝かせて元気を取り戻した。

 マジで犬か。


「成功すればだけどさ」


「そうですわね…………。何としても成功させてくださいまし!」


「いや、これ考えたのフィリアじゃん!」


 失敗しても私のせいじゃないだろう。


「えーと…………」


 何を書こうか。


「とにかく強い悪魔とか」


「流石に大雑把すぎますわね。

 今の私達からすれば恐らくどの悪魔も天上の強さですわ。

 あまりに適当ですと失敗しますわよ?」


「そういやそうか…………」


 こっちが強い奴を要求してもこっちからすりゃ全員強いのだ。

 そりゃ大雑把だ。封印に詳しい悪魔?

 それも大雑把か。ふと思いついた。


「名前とか」


「確実ですけれど、その悪魔が召喚に応じるかどうかですわね。

 下手に悪魔を名指しで指定などしてその悪魔に召喚主に相応しくないと判断されれば反動でこちらが八つ裂きにされますわ。名を呼ばれるのを嫌う悪魔も居るらしいですし」


 うーん、多分大丈夫だろう。多分。

 そこまで心狭くないよなアイツ。…………多分。


「それに、悪魔個人を現す言葉など知っていますの?

 私が調べた限りですけれどありとあらゆる資料が教会により検閲、削除されていて全く悪魔そのものについては調べられなかったのですけど。

 もし、二つ名であれば恐らく姿も指定した方がいいですわ」


「んー、個人名を一個だけ知ってるな」


 一個だけだが。

 手に持ったペンをぎゅぎゅっと握り締める。

 何だっけ?

 何とか思い出さねば。頭を捻る。叩いて揺らしてみた。

 うーん。あぐり、あぐりー…………。

 パンデモニウム? いや違った。でもパはいい線いってる気がする。

 ぱ、ぱ、ば?いや、バな気もする。

 バーバー……ババア!

 考えていると頭をはたかれた。


「聞いていますの?」


「いてー!」


「大げさですわね! 大した事ではありませんわ!」


「何をー! 防御力1舐めんな!」


「何ですのその数字!? スライム以下ではありませんの!」


「うるさーい!」


「それより、血ですわ。

 召喚の貢物として魔法陣の中心に血を垂らしてくださいまし」


「ん?」


 血か。出るのか?

 その辺の氷でちょんと指をつついて見ると、剣で斬られても別になんとも無かったくせにぷくーっと血が出た。

 …………何でだ? 違いが分からない。剣だと駄目なのだろうか?

 でもまあ出るならいいや。

 1、2滴ほど垂らしておいた。えーと、後は名前だ。

 考えて気づいた。


「…………おお!!」


「何ですの?」


「思い出した!」


 頭をはたかれた衝撃で何だか湧いてきた!

 忘れないうちに書こう。

 ささっと空白の記述箇所に戻って名前をぐりぐりと書く。

 魔法陣に書きたるは無論の事、私が唯一知る悪魔の名である。



 パンディルガーヤ=アグリデウス=アンタレス=カードラヤーディヤ。




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