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チビな暗黒神様と嗤う悪魔3

「ていうか死んでも復活できるんだ。神様だから?」


 問いかけると悪魔は顎に手をあて、ふむと頷いた。


「復活とは少々違いマスネ。神とて死にマスし」


 違うのか。

 神様でも死ぬらしい。

 となれば神様として死んだら暗黒神というクラスから解放されるのだろうか?

 よし、やるか。


「暗黒神様の素晴らしいステータスをご確認になられてみればいいデスヨ」


 ふむ、考える。ステータスってあれか?

 筋力知力敏捷もろもろであろうか?

 私の知識にはそれしか無い。そんなもんがあるとかゲームかこの世界。


「言い得て妙ですネ。その通りで御座いますヨ。これはゲームデス。

 神々の盤上遊戯。ステータスなどと、嘗てはなかった。世界のバランスが崩れている事の証左の一つで御座いますヨ。

 人の数値化など碌な事にならないものデス。差別と序列、それしか招かない、そうでございまショウ?」


「まぁ、そうだけど」


 悪魔がもっともな事を言い出しやがった。

 しかし否定は出来ない話だ。


「魂の数値化、何故そのようなものがこの世界に出来たか。

 簡単な事デス。魂の選別デスヨ。一定以下の数値であれば切る、魂の剪定の効率化デス。魂を数値化し、選別し、序列を組んで並べ替えて使う。

 ゲームで御座いますヨ。仰るとおりネ。例えばコンピュータゲーム。ユニットを配置するとき何を見て選びマス?

 これ以上無くわかりやすいではありまセンカ。

 顔、能力、スキル、属性。あらゆる情報を元に並べ替えて選びとる。

 神が魂を選ぶのに効率が良い、それだけデス。

 チェスの駒もそうですヨ。それぞれ出来る事が異なるとも全て同じ見た目の駒ではどうすることも出来ない。能力の色付けと名付け、良い駒に当たるまでランダムに花を摘み取るなどより余程いい。ひと目でわかる。役に立つか、立たないか。そういう事デス。

 ま、レガノアを消し飛ばせばこれも消えるでショウ。世界は混沌に満ち満ちて全ては闇に沈んで何も見えなくなる。悪魔である私にとって実に素晴らしき世界デス」


「ふーん」


 レガノアが創りだした新たな世界の理と言うことだ。

 魂の選別か。大仰な事だ。別にどれでもいいじゃん。どれも一緒だ。

 まあいい。とりあえず叫んだ。


「えーとえーと、開けステータスウィンドウ!タブ!タスク!!」


 何も起こらなかった。

 無言。長い沈黙。

 互いに何も言わない。目の前の悪魔の年貢逃れに田んぼを分ける農民を見るが如き眼よ。

 そんな顔で見ないで欲しい。

 私がアホになったみたいじゃないか。たわけってか。

 負けてられない。

 引っくり返ってみる。逆さになってみた。ごろりと一回転、世界は回るが私は回らない。

 もちろんウィンドウもタブもタスクも開けなかった。

 当たり前である。


「……どうやってそれ調べるのさ?」


 癪だがしぶしぶと声を出した。

 仕方が無いのだ。どうにもアホを晒すだけな気がするので。


「外面ではなく存在を見るのデス。目を凝らせばいいって物ではないのデス。ちなみに暗黒神様のステータスは本当に素晴らしいですよ。いやホント。私長いこと悪魔をやってますがこんなステータスを見たのは初めてデスネ。

 いやはや本当に素晴らしい。信じられねぇ。ほんとに、ククッ……ぶはっ!!ヒャハハハハ!!」


 我慢できなくなったらしくギャハハハハとものすごい笑い転げている。

 子供が見たらトラウマになりそうなヤバイ笑顔だ。

 ……なんだというのだ、どういうことだ!?

 なんか分かりやすく嫌な予感がするぞ。

 何か、何かヤバイ。

 何か分からないけど、ヤバイ。

 なんだか見える気がしてきた。する。見える。

 私は見えるぞ。何故なら神様だからだ。神様であるからして見えるのだ。

 くわっと目を見開く。

 やがて私はごくごく簡単なその事実を認識した。



 名 アヴィスクーヤ


 種族 神性

 クラス 暗黒神

 性別 女


 Lv:1

 HP 5/5

 MP 5/5


 攻 1

 防 1

 知 2

 速 2

 魔 3

 運 1



 あかんわコレ。

 かぱ、と口が開いた。

 蹲って震え続けるアスタレルを見つめる。

 辺りを時間を掛けてゆっくりと見渡し―――、上を向き下を向いて前を向く。

 そっと両手で口元を覆い、思わず呟いた。


「―――うわっ……私のステータス……、低すぎ……?」


 なんてこった。

 これは酷い。低いってレベルじゃねーぞ!


「なんじゃこりゃー!!

 始まりの村のチュートリアルのスライムレベルじゃんか!!

 やり直しを要求するぞーっ!!」


 錯乱する私を誰が責められようか。いやいまい。

 酷い。あまりにも酷い。こんなのあんまりではないか。

 1と2と3しかねぇ!!ひどすぎる!!

 じたじたと暴れる私に向かい、アスタレルは一転して真剣な表情を作るとゆっくりと頭を振った。


「んなわきゃないでショウ」


「む」


「スライムの方がマシに決まってマス」


 言い終えると再び大爆笑し始めた。

 奴が笑い終えるまで私はプルプルと歯を食いしばって屈辱に打ち震えていたのだった。

 やはりスライム以下だった。

 暗黒神なんてどう考えても強くなきゃおかしいじゃん。ラスボスでもおかしくないはずだ。


「……なんでこんなに弱いのさ?」


 未だ肩が震えているアスタレルをギリギリとねめつけながら尋ねれば、悪魔はさも愉快そうに答えた。

 クッソー……。


「特殊項目に全能力をつぎ込んでしまってますカラネ」


 特殊項目……なんだろうか。かっこよさそうだ。


「ふむ、特殊スキルや特殊魔法適性なんかの事デスヨ。

 基本は選べませんが成長値や適性の削除を行う事で何とか選べるようになるのデス。と、いうよりも手に入れると引き換えに力の全てを失うと言った表現のほうが近いですケドネ。これもまた少し差異がありますガ。

 順序が逆なのでネ。

 ステータスだの能力値だのと言っても本人の能力があればこそ、本人の力量が上がれば数字が上がるというだけのこと。

 スキルもそうデス。本人が持っている技術、特性をわかりやすく文字にしただけのもの、後付で能力値で記載しきれぬ特性に適当に名前を振っているだけなのデスヨ。

 特に特殊項目、ユニーク特性とは五感の何れかを失えば他の感覚が研ぎ澄まされる、それと同じくそういった方法で得られるものデス。

 体系化された学術や魔術のようなレガノアに属する並列スキルとはその根本が違う。暗黒神様寄りの項目デスネ。生命が抱える魂の業デス。

 ……ま、そのようなまだるっこしい言葉よりはこっちの方がわかりやすいでショウ?

 暗黒神様は神としての全ての成長値と適性を削りその特殊スキルの習得に全てをぶち込んでいる、と言った方が」


 それだ!

 それが強力ならなんとかなるんじゃないのか?

 よくある話ではないか、最弱だけど使い方によっては実は最強のスキルとか。

 全部無効化とかなんかそんなの。あるじゃないか。漫画で読んだことあるぞ。

 がばっと起き上がって確認を急ぐ。

 神としての全能力を引き換えに手に入れた力、尋常ならざるものに違いあるまい。

 なんだかワクワクしてきた。目の前の悪魔の禄でもなさは私のすかすかの頭からは見事に消し飛んでいた。

 よく考えればわかることではあった。


 [特殊スキル:ウロボロスの輪]輪廻から外れ対象の存在が不滅となる。死亡しても種族、クラス、記憶を保持したまま生まれ変わる。


 無言のままに膝から崩れ落ちた。夢も希望もありゃしない。お先真っ暗とはまさにこの事。

 凄いのであろう、確かに。だが無意味だ。死ななきゃ発動しない能力、意味などあるものか。

 最弱で最強系のロマンすらありはしなかった。

 ぐぬぬ、唸っても答えは変わらない。つまりは死んでも暗黒神のまま。

 喚こうが死のうが最弱の暗黒神なのだ。

 先の疑問も氷解した。

 暗黒魔天様に会って死んだ後、私は暗黒神として輪廻に乗る事も無く暗黒神として再び生まれなおしたのだ。

 実に笑えない現実であった。

 頬を摘むが夢ではないということがわかっただけだ。


「良かったデスネー。悪魔の神、全ての悪魔が傅く至高の存在デスヨ。どの宇宙、どの次元、どの時間軸でもなれることは無いクラスデスヨ。

 しかも死んでも暗黒神様デス。何処で死んでもこの空間で生まれなおしデス」


 欲しければくれてやるわ。

 死ぬというある意味最後の逃げ道さえ封じられている。

 どう見たって割にあわないすぎるぞ。

 暗黒神として不滅である、その為にその他全てのステータスが犠牲になっているのだ。

 おかげでスライム以下。

 物質界に行って悪いことして生き物に干渉するなんて夢のまた夢。儚き夢であった。ナムサン。

 これは無理。無理すぎるので既に諦めの境地である。

 他に何か手立ては無いのだろうか。魔法はなし。耐性で闇属性吸収に全属性耐性、状態異常無効……。

 耐性は聞くだけなら凄いが、物理のげんこつで死ぬであろう今の私には全く効果が無い。

 これで神域を広げて悪魔共を養うとか。

 どう考えても無理じゃないのか?

 こんなんでどうするというのだ。……いや待てよ。

 ふと閃いた。ピコンときた。電球が頭の上で点灯した。流石は私だ。頭が冴え渡っている。

 レベル。そうだレベルなのだ。何故かレベルがある。人は成長する、つまりはそういう事だ。


「この世界ってレベルアップってあるんだよね!?」


「ありますヨ」


「強くなれるってことだ!!」


「魂によっては定められた限界値はありますがなれますネ。

 暗黒神様には無いでしょうガ」


「つまり、私もレベルアップしていけば強くなれるってことだよね!?」


「無理デスヨ」


 即答であった。


「なんでさ!!」


「レベルとはステータスの総合値と魂の限界値から算出されマス。そして神性は成長できませんカラネ。幾ら暗黒神様が筋トレに励もうとも筋肉は付きまセン。

 通常は神として完成した能力で生まれてくるものなのでそのままデス。時間の概念がありませんノデ」


「最悪だよ!」


 つまりは一生レベル1のこのままということだ。

 ウロボロスの輪とかいう死んでも大丈夫というスキルの使い道は一瞬で潰えた。

 強くなるまでやり直し続けることも出来ない。

 なんてこった。

 こうなるともはや嫌がらせに近い。人生は嫌がらせ、残念。

 唸る。


「この強さだと物質界に干渉するって難しくね?」


「そうデスネ。今の状態では暗黒神様に物質界に降りて頂き直接的に干渉するほか手立てがありまセン。

 が、今の強さでは天使に即殺されマス。

 ちなみに今のところまともに魂溢れる星はひとつだけデス」


 言いながらアスタレルがステッキで空中に何やら描く。

 光の軌跡で描かれた四角形はやがて全体が薄い光を放ち始めた。

 むむ、何か模様が描いてある。


「……地図?」


「そうデスヨ」


 四つくらいの大陸が主として小さな島々が幾つか。なんだか意図的な形だな。へほーん。


「大小様々な国がありますガネ」


 カツ、カツ、ステッキで大陸をつつく。


「その殆どがクソ忌々しい光明神の領域デス。この領域での魂の回収は無理デス。

 領域を奪っていただくかせねばネ」


 光明神……名前からして私の正反対の神だろうな。

 そっちがよかったなぁ……。


「ていうか干渉ってどうやるのさ?

 領域を奪う?

 よくわからないんだけど」


「でしょうネ。暗黒神様はお可哀想に頭が足りてらっしゃらない様子デスシ。まさか理解出来ないとは私も思いませんデ」


「うぐ……」


「……神への講釈などとはネ。

 まあ良いでしょう。神性領域、神性呪力圏。神の名が通用する圏域デス。

 この星においての神話はいくつか有りますガ、その中で最も広く浸透しているのが光明神を唯一神とするレガノア教の神話。

 内容としては実に下らないものデスガ、簡単に言えば悪魔と契約し神に仇なす魔なる生物と神の民が長らく争い続けていた。

 それを憂いた光明神レガノアは、一人の勇者に大いなる光の加護を与え、これが聖なる力を以って魔を打ち滅ぼし悪魔は逃げ去り、

 深い闇が払われた後に、勇者は天上の光満ちた世界に神の民を集め、永遠なる楽園を築いた……と、これが大まかな流れデスネ。

 国によって差異はありますが大したものではありマセン」


「……私、話の中に居なくない?」


 悪魔は居たけど暗黒神なんてさっぱり出てこないじゃないか。


「居ませんヨ。話からは消されましたので。実際にあった事とも大分違いますシネ」


「実際あったことなの!?」


 びっくりだ。神話じゃないのか?

 ……よく考えたら暗黒神もいるし、光明神もいるなら神話の世界が史実でもおかしくないのか。


「そうデス。これが物質界への干渉で御座いますヨ。

 救世主、魔王、勇者、言い方はなんでも構いまセン。

 代理人を立てて世界へと干渉する。奇蹟を齎し信仰を集める。

 もっと極端な話を言えば自然現象。雷、炎、海、嵐、そういったものの神格化。

 此処から全ては始まる。意識集合体の発生デスヨ。神と呼ばれるものデス。

 ついでに言うならば今もこの世界には何人か勇者なる生物が居るのデス。光明神の趣味により基本は人間デス。光明神の他、あらゆる神の加護バリバリの卑怯な生物デス。

 光明神は眷属も多く力の強い神。はっきり言って次元が違いマス。

 他神を無理に己の従属神扱いとする、そんな事もお茶の子サイサイなのデス。

 そしてその勇者がばっさばっさと光明神の定めるところの悪の魔王を切り殺し、魔の国を滅ぼすわけデス。

 それが出来ずとも物質界に天使を顕現させて粛清するという直接的な干渉も十分に可能でしょうシ。

 ……そもそもレガノアのクソッタレは意識集合体ではありませんしネ。本物の神ですノデ。

 元来は物質界への干渉なぞせずとも、認識すらされておらずとも何の問題もない。文明の発展により天使も悪魔も架空の存在となったとしても神としての在り様に何の影響もない。神という概念は人によって作りだされた。デスガ、宇宙は外なる神が創りだした。そういう神格なのデス。

 逆に言えばそれほどの格の神ともなれば本来は低次元の現世に直接の干渉など出来ないのですが……今は違う。

 そしてそれは暗黒神様も同じこと。例えウロボロスの輪によって本物の神としての能力が失われこのような手を使うしかないとしても。ですので、暗黒神様があれこれと策を巡らす必要はぶっちゃけありません。

 最早これらは一切合切問題ではないのデス。ククク」


「ふーん」


 よくわからんが気の長い話だな。


「えーと、うむむ、つまり私が勇者を倒したりすごい事をしたり世界征服したりとかそういうわけじゃない?」


「んなわきゃないでしょウ。暗黒神様にそれなりの力があればそれも可能だったでしょうケド。今のへっぽこ暗黒神様では無理デスネ」


 その蔑む目はやめろ!!

 仕方ないじゃないか!そんなもんわかるかーい!


「……私なりにそのー……うぬ、光明神にとっての悪の魔王に加護を与えて逆に勇者に勝ってもらうとか?そういう事すれば領域が大きくなるの?」


 よくわからんが。


「出来ればそうするのが一番手っ取り早いし、暗黒神さまの力でも可能といえば可能デスネ。大きく信仰が揺らぐ。

 ついでに天使共も鏖にしてやれば最高デスネ。

 千年後ぐらいに残る神話としては暗黒神様の力を与えられた魔王は勇者を逆に打ち倒し魔の王国を築いた…とかその辺りに落ち着くでショウ。それなりに大きな神性呪力圏の拡大が見込める干渉デスネ。

 問題は色々ありますが……例えば悪の魔王とやらに加護を与えるのが物理的に難しい所とかデスネ。暗黒神様一人で会いに行くのは不可能ですカラネ。

 あとはまぁ、会えばわかりますヨ」


 うーん……。

 それも難しいのか……。


「頑張ってくださいネ」


 他人事かよ。

 アスタレルはニコニコとご機嫌だ。

 余程私があばばばとしているのが楽しいらしい。

 酷すぎる自称従僕であった。

 ぐぬぬと唸る。

 ちくしょう。コイツだってホントは弱いんじゃないの?

 そうに違いない。そうに決まってる。

 私がこんなに弱いのに自称眷族のあいつだけ強いなんて卑怯だもんね。

 目をぎゅーっと凝らしてうっすらと見えてくる文字。

 そのステータスは―――――。



 名 アスタレル


 種族 悪魔

 クラス 暗黒神の眷属

 性別 男


 Lv:100万

 HP 900000000/900000000

 MP 900000000/900000000


 攻 999999999

 防 999999999

 知 999999999

 速 999999999

 魔 999999999

 運 999999999




「ファッ!?」


 目を剥いた。

 カン、カンスト!?

 なんですと!?

 そんなヴァカな!?ずるいぞ!?

 私の100万倍強いじゃねぇか!!許さん!!

 ていうか―――。


「お前がどうにかしてこーい!強いじゃん!!」


 そっちの方がどう考えても早いわーい!

 私の眷属というならそれくらいしてくれてもいいじゃないか。

 アスタレルが物質界とやらで私の名の下に悪い事をする、イコール私の神域が広がって悪魔達も飯が美味い。

 そうじゃないのか?


「そうデスネー。私がこの星の生物をぶち殺しまくって世界を崩壊させてありとあらゆる悪逆を行い家畜を作りまくり魂を根こそぎ掻っ攫えば確かに暗黒神様の神域は広がりマスネ」


「だったら……」


「よろしいのですか?」


「え?」


「よろしいのですか?」


「……………やめておきます」


 なんかヤバイ気がした。

 アスタレルの話の内容もさることながらなんか私の存在的にヤバイことになる気がする。

 なんか片言じゃなかったし、白目が真っ黒だし、目が爛々としている。

 これはいけない、禁断の方法として封印せねばなるまい。

 アスタレルは実に残念そうな顔である。

 パンドラの箱を開くところであったらしい。

 気をつけねば。


「カンストだなんて卑怯な奴め……」


「カンスト?そんな気はしませんがネ」


「全桁が9じゃんか。何食ったらそうなるのさ」


 意味不明な奴め。うまいものを食ったんだろう。寄越せ。

 が、私の言葉に目の前の悪魔はさも面白いことを聞いたとばかりに片眉をあげて首をすくめて見せた。よくわからんが馬鹿にされた気がするのでムカついた。


「おや、魂の能力値を数字で認識していらっしゃる。

 流石は我々の暗黒神様。混沌らしく限界値を定める気がないようだ。

 カンストなどとご冗談を。どうせめんどくせェから情報を切り捨ててらっしゃるだけでショ。

 ……まぁどちらにせよ、暗黒神様には物質界で暫くお一人で頑張ってもらう事になりますガ」


「え!?」


 ちょっとまてい!

 一人で!?死ぬぞ!!


「しょうがないのデス。先も言いましたが悪魔達の命は風前の灯、吹けば飛んで消える儚い蝋燭デス。

 暗黒神様がこうして産まれましたので私も何とかアストラル界には力ずくで出てこれますが物質界となると無理の無理無理アッチョンブリケなのデス。

 受肉に必要な要素が一つも満たされてまセン。他の上位悪魔も未だ下の階層で卵のような状態で休眠中デス。

 神域が無い以上、もちろん魂の一つもありまセン。なのでこれを今の状態で孵す事は不可能デス。ですから暗黒神には物質界でお一人で頑張って貰うしか有りまセン」


「そ、そんな……!ただでさえ無理ゲーなのに酷い!」


「我慢して下サイ。上位悪魔を顕現させる事さえ出来ればもう暗黒神様がいくらダメダメでもなんとかなりマス」


「どうすれば呼び出せるの!?」


 喰らい付く。そこは大事だ。

 もういっそこの際人間の魂をご飯にしようがこの暗黒神、一向に構わぬ!


「まずは神域、地獄を作るのデス。そして魂を取り込むのデス。具体的に言えばとれとれの魂を片っ端から地獄に叩き込むのデス。

 先も言いましたが闇に属する者の魂は現状消滅するだけ。それを回収するのデス。この際清浄な魂を堕とすとか悪魔の契約に持ち込むとか贅沢は言いまセン。

 物質界に瘴気を溜めるとそこから勝手に魔物が生まれマス。ですのでぼーっとアホ面晒しておいて下サイ。暗黒神様の力じゃ効率的に精々2畳半デスネ。狭い所で体育座りがお似合いデス。

 暗黒神様が引きこもりで動かずともそいつらが勝手に暗黒神様の力の及ぶ領域を開拓して広げていってくれマス。

 そして地獄に叩き込んだ魂も魔物がひーこらと魔力などに還元してくれマス。

 暗黒神様の活動中に光明神に帰属しない生物が寄ってくればしめたモノ。加護の一つも与えておくのデス。そいつらが活動する事で生命エネルギーや感情エネルギー、色々得られるものがありマス。

 間違っても勇者なんぞに討伐されるんじゃありマセン。瘴気を失った魔物など裸同然、奴らに慈悲なんて精神はありまセン。根絶やしにされて家捜しされて終わりデス。タンスを漁られてしまいマス。

 今の暗黒神様なら死んでも問題はないデスガ、物質界での活動がパーになりマス」


「……魔物……」


 瘴気を溜めれば魔物が生まれる……?

 わからん、何を言っているのだコヤツは。まるでわからん。

 カツンとアスタレルがステッキを地面につけた。

 地面とステッキの触れた部分がぼんやりと光っている。


「例えばこうデス」


 そのままぐるっと円を描いてみせた。

 まん丸の見事な円である。

 そして中心にステッキをつける。


「おー……」


 じわじわとそのステッキから緑の光。


「この緑の光が瘴気なの?」


「そうデスヨ。溜まった瘴気が辺りの魔素と反応し濃縮され固形化する、そしてそこに魂核が宿り魔物が生まれるのデス。

 命とは澱み。個とは境界。生物とは世界デス。

 生命が生命足りうる為に必要とする最小構成は澱みと魂核。

 即ち細胞、瘴気、邪気、霊力、魔力、神気、水、大気、炎、鉱石、空間。何かが澱み、凝固し、個を持ち、境界を得た時に生命は生まれる。

 魔物とはこのうち瘴気の濁りに魂核が宿ったものを指します」


 緑の光は小さな円の中で少しずつその濃度を濃くし始めた。

 やがてポツポツと黒い粒が生まれる。


「見ての通り、これが魔物デス。魔物でも魑魅魍魎でも何でも言い方はどうでもいいですケドネ」


「ふーん……この粒粒が……埃みたいだな」


 特に生き物には見えないのだが。

 ただのゴミみたいだ。


「そうデスネ。まあゴミみたいなものデス。精々が吸い込むと感染率の高い全身から血を噴出して99%死ぬ病気になるぐらいデス。

 この世界が有する魂核の数は既に限られてはいますが、暗黒神様こそは無から有を生み出すカオス。

 これこの通り、暗黒神様のお膝元であれば魂核も生成される。終焉と再生は表裏一体。再生することで終焉の芽は育ち終焉こそが生命の種を生み出す。暗黒神様の領域を広げる事は即ち新世界の始まりに等しい。ひーこらと種をばら撒くのですヨ。

 それと、クソ光明神に気をつけるのデス。間違いなく邪魔してきマス。暗黒神様では天使になぞ抗いようがありまセン」


 言いながら、ぽんと一冊の本を投げて寄こした。


「何危険なゴミを産み出してんの!?……何コレ」


「悪魔の初心者用ガイドアイテムデス。暗黒神様はほとんど神としての力を使えないようデスから」


 失礼な、と思ったけど事実なのでありがたく使う事にする。

 パラリ、と捲ってみて驚く。


「……むむ、商品カタログ……?」


 本屋とかスーパーにタダで置いてある系のカタログだ。


「私にはそうは見えませんガネ」


「そうなの?」


「見る者によってその形を変えますノデ」


 ガッキィン、ほーんと頷く私の頭にアスタレルの手が容赦なく食い込む。


「痛い痛い痛い痛い!!」


 ビリビリビリと電気でも流されたようなピリピリとした痛み。

 少しは敬え!!

 暫くビリビリされていたがやっとこさ解放される。

 ダッシュで距離を取った。


「何をするのだー!」


 ぶーぶーと吠える私の抗議は完全スルーを決め込みマジマジと私の手のカタログを見ている。


「なるほど、本デスカ。まあ使いやすそうデスシ、いいでショウ」


「あれ?見えるの?」


「暗黒神様の貧相な頭の情報を読み取って同調しまシタ」


 なんかやだな……。

 覗きっぽいじゃんか。変態さんめ。


「神器で欲しいものを指定すればいいのデス」


「いたたたたたたごめんなさーい!」


 頭部にぐりぐりと食い込む指に二秒でごめんなさいする事になった。

 涙目で頭を庇いながら必死に問う。

 話を反らさねばまた死んでしまう。


「神器って何!これ以上はやめてー!」


 やれやれ、とばかりに首を竦めるアスタレル、実に憎たらしい。


「生まれた時に何か持っていませんでしたカ?それデス」


 持っていたもの……。

 思い出した。


「これ?」


 青々とした葉っぱが一枚だけついた木の枝を突き出した。


「ブフォッ!!」


 全力で吹き出された。

 てめぇ!!

 ギャハハハハと笑い転げる男に殺意が湧く。

 クッソー……。


「失礼、あまりのみすぼらしさに笑いが抑えきれませんデシタ」


「謝ってないわ!!」


 たっぷり笑いまくっておいてなにが失礼、だ。

 叫び返してからカタログをペラペラと捲る。

 ……色々あるなー……。

 写真とサイズや商品説明が書かれているようだ。

 何だろう、この辺りは家具コーナーかな?

 きのこランプ、フラワーテーブル、水玉ソファ。

 変な商品だな。

 しかも文字が何故だか真っ赤だ。


「作れないものが赤い文字のようデスネ」


 私の上からカタログを覗き込んでいたアスタレルが呟いた。


「え、作れないの?なんで?」


「魔力が足りまセン。暗黒神様の魔力じゃ5円チョコがいいところなのデス」


 言われてパラパラと捲る。

 商品説明の下にある数字。


 19800/5


 …まさかこれが値段だというのか?

 5ってもしかしなくとも私の魔力量のことか?

 私の魔力はカタログ換算で5円しかないというのか!不服を申し立てる!!

 慌ててばらばらと捲る。

 食品コーナーにある5円チョコが確かに作れそうだった。

 神器でガリガリと地面に5円チョコと書いてみた。

 目の前に小さな黒の光。

 手の平に落ちてきたのは確かに5円チョコ。

 そして私のMPはそれだけで0になった。

 ……なんてこった。とても悲しい……。


「仕方ありまセン。少しばかりズルをするのデス。これでは暗黒神様には逆立ちして裸踊りしても無理デス」


「ホント?」


 ズルが出来るのか。

 それはいい。

 裸踊り云々は無視だ。

 手招かれるままにアスタレルが新しく作った扉を潜った。


「ぶぎっ!」


 落ちた上に眩しい。

 鈴の様な音が煩くはない程度に鳴り響いて美しい音色を醸し出す。


「おー」


 所狭しと並んだ空に浮かぶ水晶の山。

 七色の煌き、辺り一体に虹色の光を撒き散らし水晶自体も揺らめくような怪しい光を放っている。


「魔水晶デス。アストラル界に存在する高純度の魔力の塊。稀に物質界に落ちることが有りますガ、一欠片で法外な値が付きまスヨ。

 これから零れる魔力を団子にでもして食べるのデス。食べた分だけ魔力を溜める事が可能デス。使ったらなくなりますケドネ」


 団子……?

 どうやって?

 とりあえず手を伸ばして炎の様に揺れる光に触れようとして、―――普通に触れた。


「あれ?」


 ぐいぐい引っ張る。

 ぎゅーっと引っ張ってみた。

 ぶちっと千切れて勢いのままに後ろにひっくり返った。

 えー……何かやだな……。

 手の中でわかめみたいに萎びている光。

 イヤイヤながら捏ねてぐりぐりしているうちに固まり、やがて小さなお団子になった。


「……これでいいの?」


「よく出来マシタ」


 口の中にいれてあむあむと咀嚼。

 若干甘い気がする。

 よかった。これで無味だったらキツイ。

 飲み込んで再びカタログへ。


「おおお……」


 黒い。黒いぞ私!!

 これなら色々作れそうだ。

 取り合えずさっき見たきのこランプを作った。

 がりがりと神器できのこランプと書く。

 5円チョコと同じような光。

 気付けば目の前にはきのこの形をしたランプがあった。

 笠の部分がうっすらと光っている。

 すごい!私すごい!!褒めろ!!


「すごいのは魔水晶デスヨ。暗黒神様の貧相な魔力を其処まで鯖読みしてくれるんデスから」


 うるさーい!

 やる気をなくした私はふて寝を決め込むことにした。




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