白の聖女
吹きすさぶ風。
視界は白に塗りつぶされ1メートル先すらおぼつかない。
見渡す限りの白。極限の嵐。全てを凍てつかせる氷雪。氷。氷。氷。
どこだ、ここは。どう見たってあの荒地とは程遠い。
あの魔法、まさかテレポートとかそんなのだったのだろうか?
端的に言ってたいへんにまずい。風に持っていかれないように気をつけつつゆっくりと身を起こす。
辺りを見回してみるがいくらなんでも視界が悪すぎる。
天使は、居なさそうだが。天使は居ないが人も居ない。付近にはなんの気配もない。小動物すら存在していない。
何処までも続く吹雪が全てだ。
うーむ……これはかなり困った事態では。
立ち上がるのは無理そうなので這って動くことにする。
身体が埋まるのには気をつけておこう。
恐らく普通なら凍死しかねないレベルの悪天候だが……涼しいなーくらいにしか感じない。
良かった、神様で。神様ボディーのありがたみが染み渡るようである。今だけだが。
しかし視界の悪さに加えて動きにくいのは難点だ。何とかならないだろうか?
本を開いて、気付く。
「あ」
そうだ、リュック。リュックがない。
いかん、詰んだ。
状況が状況だったので当たり前だ。
さっきの戦いで魔んじゅうにして食べていた分の魔力は殆ど使い切っている。
抱え込んでいたのは本と木の枝。
これだけが頼みの綱だというのに肝心要の魔力がない。
もぞもぞと這う。自殺でもしたほうがいっそ早い気もする。ちょっと死んでみるか?
「……ん?」
考えていたところでふとそれに気がつく。
私が居たところから僅か数十センチ離れた場所に不自然な小山。
何だこれ。
腕を伸ばしてぱんぱんと叩く。柔らかいが硬い。不思議な触感。
柔らかいものが雪で凍りつきかけているようだ。
パンパン、パンパンと端から端まで叩く。結構でかいな。
これは……人型のような?
顔らしき部分をばっさばっさと払ってみた。
「む」
先程の聖女。
巻き込まれたのか。いや、巻き込まれたというのも変だが。
9割方この聖女の魔法が失敗したのが原因だ。
顔には血の気というものが一切なく、唇も紫色だ。
今は息があるようだが……ほっとけば普通に死ぬだろう。
さて、どうしようか。
考える。
ここで見捨てるのが暗黒神クオリティではあろうが……それはちょっと気分的に良くない。死んでいるのを発見するのと生きているのを見殺しにしておくでは天と地ほどに差があるのである。死んでいれば地獄トイレしたのだが。
ばばばばっと雪を掘る。腕を引きずり出して脇を持ち上げずるずると引き摺った。
……重い。こりゃいかん。
そもそも片腕では普通にきつい。服を脱いだ。
パンツ一丁である。
見た目はアレだが気にするような奴も居ないのでいいだろう。
寒さは感じないし問題はない。
脱いだ服を捩ってロープ代わりにして、聖女の脇下に通してずりずりとソリのように引っ張る。
雪に突っかかるわ重いわで遅々とした歩みだ。
そのうちにけが人運びではなくマグロ運びになりそうだ。
それは困る。おなかを見やる。
さっきのように自称従僕が出てくる様子はない。
ちえっ! 役に立たない奴である。
まあそれはいい。それにつけてもこの聖女、私のような最弱の、しかも傷だらけに遅いとは言えこの極寒の地の上をちゃんと運べるとは。
思ったよりもこの聖女は軽いのだろうか?
それともこの雪が変なのか。いや、もしかしたらこの聖女の服かも知れない。
あの剣と同じ、妙な空気を感じるのだ。まぁどちらにせよ今は助かるというもの。楽であるぶんには文句はないのである。
木の枝を氷雪の大地にちょんと立てる。バランスは悪いがまぁいいか。
風もなんのその、よろよろと暫く立ったまま揺れてから倒れた木の枝の先に向かって歩き出した。
氷に霞んだ向こうへ。
「お」
霞んだ向こう、洞窟らしきものを発見したのは程なくだった。
「よいしょー!」
思いっきり投げる。
別にいいだろう。酷い目に合わされたし。ちょっとくらい許される。うむ。
マジマジと落とした聖女を眺める。
「……うん」
こうして改めて見るとこの聖女、実に酷いな。
本当に酷い。何が酷いって見ていられない程に格好が酷い。
遠くからパッと見たら確かに聖女なのだが。
真っ白でレースやフリルが沢山ついて金の装飾や宝石らしきものが派手すぎないレベルでついている。
これだけなら完璧な聖女だった。
……が、スケスケのピッチピチ。完全に聖女というより聖女のコスプレしたあっち専門の女優。
透けたレースで全身タイツの様にぴっちりと身体を覆っており、うっすらと全体的に肌色だ。
レースの模様や濃淡で辛うじて大事な所を隠している。大事なところは肌色では無く若干ピンクが透けてる所が笑えない。
シルクのフリルも背中とか腕とか脚とかそんなところより他に隠すところがあるだろうと言いたいところにしかついていない。
ボディラインが完全に出ている。
出ているどころかむしろあからさまに出そうとしている。
布を最初からそういう形に縫っているとしか思えない見事なエロ衣装であった。
股間はもう目も当てられなかった。なんだコレ。ロープか何かか。食い込ませすぎだろう。
痛くないのだろうか?
いや、本人的に逆に気持ちいいのかもしれないな。理解不能だが。これで生まれも育ちも完璧な聖女らしいが……。
本人も至ってまじめに聖女顔していた。本当に酷いが。
そんな感じの隠れた願望があるとしか思えない。いや隠れてはいないか……。
くっころさんと呼ぶか?
エロエロ悪魔をけしかければ即堕ちして悪魔で言うところの美味しい魂になりそうな聖女だ。でも清純な魂が落ちたほうが美味しい言ってたしこの聖女は逆に全く美味しくないのも普通にあり得る。落下エネルギーと思えば落下距離はほぼ0だろう。
いつまでも見ているような人物ではないのでそっと視線を逸らしておいた。
うむ、しかしこれからどうしたものか。
本を開く。勿論買えない。残りの魔力を見ようとしたところで、はたと気付いた。
「増えてる」
残り僅か数百程度しかなかった魔力。
それが増えていた。
MP5/5(+345) 【地獄貯蓄量:14500】
……貯金? 特にそんなものをした覚えはもちろんない。何であろうか。
うーん。地獄、地獄?
「……あー」
ポンと手の平を手で打つ。そうか、魔物だ。
そういえば何かエネルギーを取り出していた。それの分だろう。
なけなしのへそくりと言ったところか。大事に使おう。
痛々しい聖女を見やる。これは流石に今にも死にそうだ。何か防寒具が必要だろう。
折角引き摺ってきたのに死んでしまっては困る。取り敢えずロープにしていた服を元に戻して引っ掛けてみた。
……私の服を引っ掛けただけじゃ足りないな。面積的に。
仕方が無い、本で何か出そう。けど服は勿体無いし高い。サイズもないし。なんでか私サイズしかないのだ。
地面に本を置いてパラパラとページを捲り、防寒具代わりになりそうなものを探す。
……ん、これでいいだろう。
安いしあったかそうだ。別に服である必要はないしな。
商品名 毛皮
バフォーの毛皮。
北の豪雪地帯に生息する動物で、その分厚い毛皮は非常に暖かい。
ぼふんと出てきた獣臭い、なめしただけの毛皮を聖女にブッかける。
物質界で普通に取れるアイテムのようだ。おかげで安上がりでよろしい。
何やら付近の邪気とやらを下取りできたのでかなり安く済んだ。
よくわからんが良かった。今は魔力をヘタに使いたくないのである。
「うぅ……」
呻く聖女に圧し掛かるようにして毛皮で隙間無くくるみまくる。
おっぱいはくるみきれないな。出してていいか。
これでこの部分だけ寒さで取れてしまえば言う事なしである。軽くなるし。
ここには風も入って来ないし、これで多分命的には大丈夫だろう。
後は火と食料があれば完璧な気がする。はて、こういうところだと火ってどうやって付けるのだろう?
燃えそうな物は辺りには無い。当然私の手元にも火種になるようなものは無いし。
うーん、なにかあるだろうか?
薄暗い洞窟の奥をみやる。……ふむ、行ってみるか。何か資材になるものを探すのだ。
辺りの住人が迷い込まない為だろう。三本の赤い紐で入り口は塞がれている。
ペタペタと色々な物がぶら下がっている紐だ。まぁ横に張っているだけなので跨げばいいだけなのだが。
危険だという信号みたいなものだろう。ひょいと跨ごうとして、足が短くまるで跨げないので大人しく下を潜って奥へと進んだ。