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夜明けの鳥

 光が消えた。

 辺りに落ちるのは痛いほどの静寂。

 亀裂のあった場所を見つめながら無言で立ち尽くしたままのクロノア。

 ブラドもまた苦々しく空を掴んだ己の手を見つめる。

 暴走した魔力により開いた次元の穴は既に跡形も無く消え去っている。

 小さな新入りを飲み込んだまま。


「………………」


 混乱などしている暇は無い。

 マリーは即座に魔力探知を試みる。

 何が原因かは分からないが……あの聖女は己の魔法をしくじったのだ。

 その結果、一人の仲間が消えた。

 それも聖女本人とともに。

 マリーの見立てでは先の魔法そのものでは命の危険があるとは考えにくい。

 過去に見たことのある魔法だった。

 本来であれば隔絶された神の空間へと対象を封じ込める物。

 空間的封印魔法だ。

 しかし制御に失敗し暴走した結果、デタラメに空間に穴を開ける事になった。

 幸いと言ってよかったのは恐らくはこちらから手の出しようの無い空間に飛ばされたわけでは無いだろうと言う事だ。

 暴走したおかげでまともな術式とは言えぬ代物、次元を隔てた空間の指定など出来ているわけが無い。

 あれでは場所指定の無い劣化した転移魔法も同然だ。

 ……が、それは魔法そのものの話だ。

 聖女と共に消えた以上、場合によっては聖女自身にそのまま殺されかねない。あの肉体強度では碌な抵抗すら叶うまい。

 それで無くとも転移した先の環境によってはあの弱弱しい娘では一日保たないという可能性も十分にある。猶予はない。波紋のように薄く己の魔力を広げ、そこに引っ掛かるものを精査する。


「近くに居そうかね」


 己の手を見つめたまま、人狼は問うた。


「わたくしが認識できる範囲には居ないようね」


 が、ここにあるのはマリーが認識できる範囲、少なくともこの荒野には居ないと言う絶望的な事実だけだった。


「仕方が無いわ。

 ギルドに話を付けておきましょう。出来るだけ優先的な保護が望ましいわ。

 ……そうね、場合によってはギルドからのつまらない依頼も請けましょう。

 高所や海、東大陸に出たのでなければいいけれど……」


「その点に関してはあのおチビの運だろう。

 ……妙に運のいいおチビだ。問題はあるまい」


「そうね」


 手を翳す。

 黒の光がその周囲にひらひらと踊る。

 悪魔、天使、勇者。光の神。

 マリーを激昂させしめた先の勇者の言葉。

 悪魔の神。

 マリーは涼やかな声で男を呼んだ。


「ブラド」


「何かね。ニタニタと……その顔はやめて頂きたいね。昔を思い出すのでね」


「あら、貴方好きでしょう?

 ……ふふ、悪魔の神とあの勇者は言っていたでしょう?

 面白くてよ。こんな気持ちは数百年ぶりなのよ」


「……君がそんな顔をしている時は大抵碌な事にならないのでね。

 そこらの住人から片っ端から血を吸い上げるなどはやめて欲しいのだが」


「大丈夫よ。貴方からは飲まないわ。不味そうだもの」


 笑いながらマリーはしゃなりと髪を掻き上げる。

 残された勇者の力なくだらんとした身体を持ち上げた。

 僅かに力を入れて爪を立てその肌を破く。

 加護を失った肉体は酷く脆い。勇者に流れる血脈、胸の風穴、残された魔力残滓、それらを検分するようにしてから最後に血を抜いて瓶へと詰める。貴重な血だ。多少のちょろまかしは許されるだろう。


「それも不味そうに見えるがね」


「死体の血だなんて不味い物を飲むわけ無いでしょう?

 魂の欠片も残ってないもの。

 毒にしかならないわ」


「ふむ?

 魂が既に無いのかね? 欠片も?」


「ええ。あの悪魔に食われてしまったのでしょうね。相応しい最後だこと」


「……些か不憫だな。悪魔に食われるなど」


「それなりに怒っていたのでしょうね」


 言いながら再度、今度は勇者の持ち物の類を検分する。

 いくつか持っているアイテム、特に神剣は放置できる物ではない。

 さっさと取り上げてクロノアに投げた。


「クロノア、処分しておいて頂戴」


「……………………」


「……さて」


 スカートの裾を払う。

 勇者の死体はギルドにでも売り払えばいいだろう。モンスターの死体は余さず利用される。逆も然りであろう。

 後はやるべき事は決まっている。


「さ、二人とも行きましょう。時間は待ってはくれなくてよ」


「やれやれ……」


「………………」


 ギルドマスターとギルド総裁、彼らの協力をもぎ取らねばならないだろう。

 新人冒険者を押し付けられるぐらいはあるだろうが……せいぜいイビればいい。

 ここまで来れば彼女が何者であるかも薄々分かってくると言うものだ。

 初めはあの神に関係している人物、という程度の予想でしかなかったが。

 悪魔が当たり前の様に真名を教え、彼女を助ける為に物質界にさえ干渉してくるのだ。

 悪魔に其処までさせるなど思い当たるのは一人だけだ。

 一人、と数えていいのかは疑問の残る所ではあるが。

 嘗てを思い出す。あの輝かしき瞬間を。この世の全てを溶かした暗闇の、その御姿を。


「それにしても……随分とお姿がお変わりになられた事」


「私は直接会った事は無いのでなんとも言えんね」


 三人連れ立って街へと歩き出した。

 薄らと白み始めた空。

 夜明けは近い。


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