表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/233

神の使徒4

「ぶへっ!」


 こんな時に幾らなんでもお約束すぎる。

 我ながら見事な転がり方だった。

 地面から空へと綺麗に視界が回る。ごろんと美しく華麗に一回転していた。

 にょきりと生えでた小さな木の根っこ、大の大人であれば気にも止めぬであろう障害物。恨むぞこの野郎。

 必死こいて立ち上がるが、遅きに失した。

 顔を上げれば勇者は既に目の前、振り上げられた白刃の煌めきが月光に照らされ輝く。

 こちらに打つ手は既になく、のわーだかぬわーだか間抜けな声を上げるのみである。


「ヒヒッ! ヒ、ひぃ……!! しぃねえぇぇえぇええ!!」


 勇者が泡を吹き出しながら叫ぶ。

 なんという面構え。完全に裏返った目がその精神の壊れっぷりを如実に語っている。

 真っ直ぐに振り下ろされる剣、心臓や頭では無いが十分に致命傷コースの流れだ。

 時間を稼ぐどころじゃなかった。こりゃまずい。

 死の直前には一瞬が永遠に感じられるというアレだろうか。

 随分ゆっくりに見えた。

 だが残念、身体能力スライム以下と太鼓判を押された身体の方は碌な反応すら出来そうもない。

 身体も動かず、出来ることといえば必死に目を閉じるだけ。

 無念。今までの苦労もこれで全て水の泡。

 さようなら世界。そしてこんにちわ悪魔の洞窟。


「……………………?」


 が、いつまで経っても思っていた衝撃が来ない。

 恐る恐ると薄目を開ける。

 何やら液体がびしゃびしゃとこちらの足元に掛かってきている。

 間をおいて暖かいものが勢いよく私の顔に飛んできた。次いでバケツをぶちまけたような水音。


「ぬ…………?」


 何だこれ。

 鼻に突き刺さるようなきつい鉄の臭い。


「て、め」


 声につられてそっと勇者を正面から見上げた。


「………………ヒョ……!」


 まず目に入ったのは黒い異形の腕。

 実体の無い影にしか見えないが如何な力によってか、勇者の胸を抉り貫き、赤黒い何かを握っている。

 ビグ、ビグと規則的に動く肉塊。

 ガボリ、間抜けとさえ言える音を立てて抜け出たそれはその肉塊を持ったまま。

 呆然としていた勇者は、ゴボゴボと血の塊を吐き出しながらもそれを見てふらふらと近寄ってくる。


「かえ、せ……! おれ、の……ォ!!」


 あまりの光景に後ずさる。

 必死にこちらに手を伸ばしてくる勇者、その胸には大きな風穴。

 処々白いものが覗く大穴は素人目にだってどう見ても致命傷。

 今生きて動いている事の方が信じられないくらいだ。

 胸の風穴を塞ごうと左腕がうろうろと胸元を這い回る。引き抜かれたものを返したところで最早どうにもならないだろう。完全に錯乱している。

 が、限界は直ぐだった。

 糸が切れた操り人形のように倒れ込んだその身体から赤いものが広がっていく。

 あっという間に地面は赤に染まり、その中心に伏す勇者はそのままピクリとも動かず。

 誰が見ても事切れているのは明らかだった。

 未だ動き続ける、色々と紐っぽいものを付けたままの心臓を持った怪物の腕を見やる。

 慄きながらもそれを辿れば、――――腕は私のお腹あたりから生えていた。


「な、な、な……」


 あまりのことに引き攣った声しか出ない。

 何だこの怪物。

 何だこれ。

 何だこれ。


「クソ弱ェ」


「ふぎゃっ!」


 喋った。


「暗黒神様、この程度のゴミなぞにいいようにされるんじゃありまセン。吐き気がする程度には不愉快デス」


 この声、まさか。


「ア、ア、アスタレル?」


「そうデスヨ」


 心臓持ったままの腕はひらひらと揺れた。


「全く、こちらはほんの僅かな干渉しか出来ないというのにこれほどあっさり死ぬとはネ」


「うぐ、ぐえ、動くのをやめろぉ……」


 なんだか気分が悪くなってきた。

 お腹から腕が生えていてその腕は勇者の心臓を握り込んでいるのだ。

 気分が悪くなるのも当然であろう。


「境界なんて有って無きもの。

 そのうち慣れますヨ」


「イヤだー!」


 こんなもんに慣れてたまるか。


「それでは、ゴキゲンヨウ」


 ひゅるんと腕は私のお腹へと引っ込んでいった。

 いや出て来いよ。

 しかも心臓まで引き入れやがった。

 気分は急転直下で大下降、これ以上ないぐらいに最悪だ。


「う~」


 イカ腹ぽんぽんを撫で擦った。

 全く。


「……何だね、今のは」


「む」


 そういやこの三人が居るのだった。

 何と説明したものか……。


「……イヤね、わたくしの肌に鳥肌が立ってしまったわ」


 呟いたマリーさんがその腕をすりすりと擦った。

 それは由々しき事態である。


「確実に近隣の魔素に甚大な影響を与えたな……。

 しかし人の一生では見てはならんものを見た気分だよ」


 ブラドさんも口調は軽いが目が笑っていないというか若干汗だくに見える。

 クロノア君は何も言わないが、天使の時と違って動こうとはしなかったな。

 ……アスタレルってそんなにヤバイ奴なのか。

 いやまあ、レベル100万だしな……、何故私はこんなヤツの代わりに働いているのか……?


「レガノアの加護をあっさりとブチ抜いたな。それも一瞬で」


「殆ど防壁が意味を成していなかったわね」


 よくわからないが何気に凄い事をしていったようだ。


「……それで? クーヤ、今の怪物は何かしら。勇者はおろか、天使以上の力を感じたのだけれど」


「えーと……お昼に話したアスタレルって悪魔というか」


「……今のがかね」


「そうなのです」


「……確実に上位悪魔族だったわね。それも最上級。名のある邪神か……七大悪魔王に匹敵するかもしれないわ」


「そんな化け物がなぜおチビの腹から出てくる」


 言われて考える。何故だろう。確かに言われてみれば何故このイカ腹から。

 いやまぁ目とかから出てこられるよりはマシと言われればその通りではあるが。


「うーん……勝手に住まれている……?」


「その腹にかね?」


「まぁ……そうですかね」


 正確には地獄だ。

 この身体はもしかしたら地獄と繋がっているのかもしれない。

 この身体そのものが地獄?

 いやまさかな。


「まさか受肉もせずに物質界に干渉してくるなんて……クーヤ、貴女……凄いものをその身体に飼っているのね」


 飼っている、というには語弊があるような。

 まぁいいけど。

 お腹をポン、と一つ鳴らして返事の変わりにしておいた。

 ……そういや何か忘れているような。

 何だったっけ。


「マリーさん、何か忘れている気がするのですが」


「そう? ……それよりもクーヤ、その傷を何とかしなくてはダメよ」


「そうだな。……しかしこれは魔法でどうにかなるレベルなのかね」


 確かに。

 片腕は無いしあっちこっち切り傷だらけだし。

 困ったな。拾って引っ付けてみようか?

 意外とくっつくかもしれん。


「痛みは無いのかしら?」


 マリーさんのおててがそっと身体を撫でて来る。

 労わるようなその柔らかな動きに何だか喉をゴロゴロと鳴らしたい気分である。

 とろーんとしつつ答える。


「特に痛みはないですし……そのうち治るんじゃないですか?」


 多分。

 腕だってほっとけば生えてきそうだ。

 が、ブラドさんは私の言い分が面白くなかったようだ。


「……もう少し自分の身体に興味を持った方がいいな。

 その傷は下手をすれば死ぬぞ?」


「そうですかね?」


 これでは死ぬ気がしないが。

 HPが5の割に中々しぶとい身体である。

 それにこう言っては何だが死んでも死なないしな。

 世知辛い世の中である。

 何そのでっかいため息。


「クーヤ、その傷は本でどうにかなって?」


「多分なると思いますよ」


「そう、それならいいのだけれど……」


 頬に手を当てて眉を顰めるマリーさん。

 うーむ、マリーさんは本当にいい人だな。

 これはつまり魔力を使って治すべきだと言う事だろう。

 当たり前の様に言っているがマリーさんの願いを叶える日が遠くなるだけだというのに。

 撫で擦られている内に本当にゴロゴロと喉が鳴り始めた。グルルンバルルン。この身体、喉が鳴るのか。まぁ鳴っているから鳴るんだろう。


「………………」


「クロノア、どうした?」


「ん?」


 声につられてクロノア君の方向に頭を向ける。

 いつも通り返事もないが、クロノア君はジーッと森を見つめたまま微動だにしない。

 折れた腕も放置プレイである。

 ブラドさんはクロノア君の心配もした方がいいんじゃないかな。

 確かに平気そうだけど。


「何かあるんですか?」


 その視線の先に目をやる。

 森の奥に白い物がひらひらとしていた。

 やだ、幽霊かしら!

 水洗便所!水洗便所の出番だ!!


「人か?」


「そのようね。……気をつけなさい」


「え?」


 人?

 だが、言われて見れば確かに。森の中で幽霊よろしくひらひらと左右に揺れるものはどうやら服のようだ。

 どうやらこちらにゆっくりとだが歩いてきているらしい。


「………………」


 うっすらと輪郭が浮かび上がり始める。……何事か口元をもにゅもにゅと動かしているようだ。

 何かを喋っている。

 確かめるように目を細めて、すっと頭が冷えた。

 思い出した。完全に忘れていた。その白い手の中には白光の輝き。

 いかーん!


「……勇者であるバーミリオン様を殺すだなんて……貴方達、何者ですの?」


 森の中から静かに歩み出て、恐らくはマリーさん達の間合いの外でピタリと立ち止まる。

 その手の中の光は徐々にその力を増しながら、迷う事なくこちらへと向けられていた。

 何の魔法かは分からないがどうせこちらにとって碌でもないものだろう。


「クロウディア王国の聖女ではなくて? 何の用かしら。わたくし達は忙しいのだけれど」


 マリーさん、図太い。

 しれっとした表情で何の用だと言い切った。

 そう、そこに立っていたのは勇者の連れ。

 例の痛々しい聖女、目に映るその名はフィリアフィル。


「言い逃れなんて聞きませんわ。神の名の下に貴方達を浄化いたします」


 その様子に、少し引っ掛かる。妙だ。

 さっきの勇者と比べて、正気だ。

 結局、勇者が倒されるまで現れることは無かった。だから忘れていたのだ。

 立場を考えれば勇者と同じくレガノアから神託を受けて私を殺しにくる筈だろう。

 ところが、彼女を見るにつけまさに今こちらの騒ぎに気付いて出てきたという感じだ。

 まじまじと見つめて、ふと気付いた。

 まさか、神託を受けていない?

 ……いや、受けていない。

 それも間違いなく。いやまぁ、あれは受けられないだろう。

 彼女が使おうとしている魔法は光魔法であろうか?

 うーむ、使えるのだろうか。


「聖なる光の神術、その目に焼き付けてくださいませ。

 次元の彼方へ消え去るがいいでしょう」


 翳した手の平、その光は徐々に中心へと収束し、周囲に文字が浮かんでくる。

 だが、ゆらゆらと切れかけ電灯みたいに揺らめく光は酷く不安定に見える。

 マリーさんも違和感に気付いたのだろう、ふと怪訝そうに首を傾げた。


「……貴女、その魔法……暴走していてよ?」


「何を言いますの? 魔の眷属の命乞いなんて―――――」


 言いかけた聖女もここに来て漸く気付いたらしい。

 益々不安定にチカチカとする光。

 パシン、とあちこち光が弾ける度に浮かび上がっていた文字も壊れていく。

 うん、どう見ても制御を離れています、本当にありがとうございました。

 聖女は慌てたように手の中の光を安定させようとし始めた。

 だがその努力も虚しく光は益々荒ぶるだけである。

 何の魔法だろう。次元の彼方と言っていた。

 察するに空間的な魔法だろうか。

 まぁ、直ぐにこの身で体験できる事であろう。

 浮遊感についで内臓全体持ち上がるような気持ちの悪い特有の落下感、視界を焼く真白の光、その弾けた向こう、手を伸ばしてきたブラドさんの手を握り返す事は叶わなかったからだ。

 一難去ってまた一難とはよく言ったものである。

 地面にぽっかりと空いた穴、吸い込まれる様にして私は落ちていた。

 落ちる最中、這い上がるひんやりとした冷気だけを覚えている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ