水着イベント~幕間2~
かりこりかりこりと与えられたナッツを齧りつつイカ腹を労ることしばし。
糖をまぶされたナッツに塩の効いたナッツ、香ばしくローストされたナッツにシナモンの香るナッツ。よりどりみどりのナッツッツ。
というわけで食べているうちに早送りされた機械のように不気味な速度で作業を続ける悪魔達によりつつがなく内装が仕上がってしまった。
白のスイートルームと対になる形のデザインの室内はあちらが夜明けを拝める部屋ならこちらは夕暮れというわけで窓も真反対向きについている。
インテリアも悪魔連中が用意したものであり私は特に手を出していない。出そうとするとはいだめーと絡みつかれたので諦めた。特に文句のない仕上がりであるのでまぁ許すが……。
これで私が納得いかない出来だったら暴れているところだ。
シルクの灰青色をしたクッションを座りつつ室内を眺めた。
ふむ、私が向こうで設置したものを意識したのか、それぞれ対応すると思しきものも置いている。巻き貝の代わりに蓄音機が設置してあるし、花の代わりにアクアリウムが設置してある。
壁にも異様に綺羅びやかな鏡やアホみたいな繊細さを誇るタペストリーが掛かっているしシリーズものだったらしい変なお宝代わりに変な輝きを放つ小箱に入った多面結晶体やら銀色の鍵、アラビアランプ、宝冠に青銅の鏡の五点セットが小さな棚の上に鎮座していた。
多分だがほぼ全部悪魔の芸術品だな。元々の所持品か自前で作ったかは謎だがわからせルームとしては悪くないだろう。うむうむ。
顎に手を当てて訳知り顔で頷いていると目の前にちょんと変な形した緋色で7つも頭があるとかいう不思議ケモノが飛び出してきて仁王立ちした。胸を反らしてどやっとしてからぴょんぴょこと飛び跳ね始める。なにさ。
「暗黒神たま、こりぇで満足ちたかちら!!
あっちの方のお部屋も終わったから、あたちを抱っこちてほちいの!!
ごほうびがほちいのぉ!!」
「黒杯くんキッツ」
「二つ名大淫婦でありながらパパ棒付けた癖にそのキャラ無理あるっしょ」
「暗黒神ちゃまに近寄らないでくれる? シンプルにイヤ」
「だまらっちゃい!! あたちでドーテー捨てたヤツいるくちぇに!!
暗黒神たまが誤解するでっちょ!
暗黒神たまぁ!」
「黒歴史ほじくり返すのやめてくれる? ていうか誤解もクソもなくない?」
「そんなの黒杯くんがどこぞの聖人が書いた俺TUEEE無双小説に出てくる俺が考えた最強のセクシー女悪魔として有名になったせいじゃん。
地上の王を名乗る者たち全てと姦淫し堕落させた女、全ての淫婦全ての悪霊の母、地獄で淫行に耽る不浄の淫婦とか属性盛りすぎっしょ。
はぁ~、こんな時には邪神属性の連中がちょっと羨ましいよね。俺達しーらないって顔してマジムカつくんですけど」
「堕天使属性だと漏れなく黒杯くんと姦淫したって付くのあまりにも不条理が過ぎる。
ほんっとありえなくない?
ていうか邪神属性連中のあの僕達暗黒神様一筋!! って顔がムカつく。クソビッチしかいないくせに」
「悪魔って時点で清純派とか絶無で全員同じ穴のムジナだったってのに清純派悪魔とかいう矛盾ワードで構成された七大罪が超新星として来たのマジムカ激おこぷんぷん丸ムカ着火ファイアーカム着火インフェルノ激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームなんだけど」
「えぇい、ワケのわからんことをわちゃわちゃ言うんじゃない!」
若い子達の会話についていけずジェンダーギャップを感じる悲しき大人の気分だ。1から10まで意味不明過ぎてまるでわからん。専門用語の羅列をやめて欲しい。その応酬はラムレトと生徒会長くらいしかついていけないだろ。
とりあえずだ。
目の前でぴょこぴょこし続けて暗黒神たまだっこちてーとうるさいのを抱えあげる。それこそ幼女が抱えてそうな人形サイズの割にズッシリしているが持てなくはない。こいつらの重さってどうなってるんだ。
ちょっと気になるがまぁ悪魔であるし姿と同じく可変なのだろう。
そう思えば羊は結構持ちやすい重さをしている。見た目はそれなりにデカい羊だがほぼウールだし、ああ見えてスカスカなのかもしれないな。
こいつらもジオラマ制作から島の整備までとそれなりに働かせたし、後で褒美をやろうとか思ったのは確かではあるので持ち上げるぐらいはしてやろう。小さいからへばりつかれることもないし。
「…………………………………………」
言い出しっぺはコイツの筈なのだが腕の中でカチンコチンに固まってしまった。凍りついたのかってくらいにカッチカチだ。
というか呼吸が怪しい。止まってないか?
喉に穴でも開いたのかと言いたくなるような変な音がしているのだが。そういや地獄でも突撃お前の部屋した連中がこんな感じだったな。変な薬でも飲んでるのだろうか。もしくは暗黒神ちゃんアレルギーなのかもしれない。
アレルギーなら無闇矢鱈と抱っこだの添い寝だのブラッシングだの言い出さないで欲しいものである。
しかしそうなると報酬を与えるという話になった際に尽くそういったものを要求してくるのが全くもって不思議だ。やはり悪魔というものは頭がおかしいのかもしれん。変なサイト作ってたしな。
もしやこう……痛いのが好きとかそういうあれなのだろうか。それなら付き合いを考えるべきかもしれん。暗黒神ちゃんは幼女なのだ。健全に過ごすべきであろう。
そういえば天陽さんが地獄アパートで反動目的で来るかもとかなんとか言っていたな。
こいつらもしかしてもしかしなくてもまさか私をつっついた時に来る反動が好きなのか……? メンディスやアスタレルを見る限り、あれは私が思うよりもだいぶキツイもののようなのであるが。普通に死にそうになってたし。
そう思うとなんかちょっと怖くなってきたような気がする。電気がパチっとするのが好きで毛布に身体を擦り付けているのとか、なんとも言えない痛みが好きだと青痣を強く押すのとかと変わらないのでは? なんならそれを激しくしたような感じだ。
わけがわからん。痛みというものは遍く生命体が避けるものであるはずだが。確かに痛みに伴う脳内麻薬に依存する生物も居るであろうことは否定しないが、そもコイツらは悪魔なので当然ながら脳内麻薬などと持っていない。
まぁ地獄で私をとっ捕まえて聞きたくもないSM系の会話をしていた連中であるし何より悪魔という生物であることを思えば正しく脳内麻薬とは別種で痛みを楽しむ精神構造、生体構造を持っているというのは有り得るところだ。堕落講座でも脳みそになったヤツどうこうと不可逆の自壊について熱く語ってたし。
そう思えば悪魔の死にたがりもその辺も関係あるのか?
痛苦への渇望高じて死にたがりにまでなっているというのはちょっと謎すぎるが。でもあいつらの行動や言動に理屈を付けようとするとそうとしかならないしな。自己快楽という点であればなるほど、悪魔でなくともそれを希求せずにはいられない生命が持つ本能というものであろう。
確かに、よく考えたら悪魔なんてそんなもんか。であればわけわからんし不気味であるが理解は示せる。なるほどなるほど。愛とは快楽を求める本能だ。たいへんわかりやすくまとまった。でもそう思うとやはり私の核に拘る必要などと無い気がするが。核が違ったところで一緒なわけだし。
そもそも嘗ての私が保有していた核というものも独り眠る静謐の夜という名を付けられた特定の振動を続けるだけの1つの最小構成で出来たひずみに過ぎない。霊質、機構、神域、ガワ、残りの全ては引継ぎ可能な代物だ。
手に馴染んだ、使い慣れた道具に拘る心境なのだろうか。でも変質したり混ざるのはナシと言っていた。そういや今の私を対象とした変な小説書いてたんだし、お気に入りの核が纏ったガワも好みだったのか?
よくわからんが、まぁそういうのもなくはないか。歴史に拘るとか言ってたしな。そう言えばなんかそんな話あったな。スワンプマンだかテセウスだったか?
うーむ……。
「あっ。昇天した」
「大淫婦の二つ名返上した方がいい顔だったね」
「ところで暗黒神ちゃま、今の今まで考えてただろう事は全部破却してね」
「ン?」
思考に没頭していたところ、悪魔の声によってはたと我に返る。
腕の中に居た筈の悪魔の姿は無い。何故か地獄に帰ったらしい。
「はいどーぞ」
「こちらも召し上がれ」
「おかわりもありますよぅ」
「むむ!」
茶菓子のおかわりが与えられた。ぽりぽりうまうま。大量のナッツを食べていたので今はこのやたらと甘ったるいお菓子もナカナカである。
柑橘の砂糖漬けに甘い一口羊羹、大きなシュークリームとジャンル問わず用意された菓子はブランド物なのか手作りなのか、その辺は謎だがまさに頭がとろける美味しさを誇っている。
うまうま。
「飲み物もどうぞ!」
「うむ!」
じゅぞぞーと砂糖水を吸い上げる。ハーブであろうか、ただの砂糖水と見せかけて何やら加工しているようで香り高く喉を通っていく。
そして透き通った甘みはこれまたただの砂糖ではあるまい。しかし蜂蜜のような感じもしない。雑味を極限まで抜いた純粋で濃厚な甘さ。これは美味い。VIP用ラウンジで配るか。
「はい忘れてね~。
ささ、暗黒神ちゃま、僕も抱っこして欲しいなぁ!!
お気分が変わらないうちに!!」
「ぼくも!!」
「ん」
いつの間にか列が出来ていた。アニマル姿に戻って律儀に並んでいる。どうやら作業は全て終わったらしい。お前らなんなんだ。やはり謎すぎる生物だな。
些か面倒であるが、全員手伝ったわけだし1匹だけ贔屓するというわけにもいかないだろう。いつかのようにくるりんちょを要求されるわけでもないし許容範囲と言えば許容範囲である。仕方がないな……。
チーム大罪のように物質的な報酬というのが1番助かるのだが。やはりチーム大罪しか勝たん。
並んだ順番のままに流れ作業のように抱える。
……なんで昇天していくんだ?
高らかなラッパの音と共に天に召され、いや地獄に召されるのはいったい何故。そういうシステムなのか?
まぁ確かにこいつらが暗黒神という存在に会えるのは死ぬ瞬間だけだったというし、逆説的に私にこうやって触れると召されるのかもしれん。
黙らせる丁度いい手段が見つかったと喜ぶべきか、召されるのに抱っこだのどうのと言ってくるらしいコイツらがあまりにも不気味と引くべきか。
案外に私が得た魂の命題かもしれない究極の二択である。




