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街と瘴気と男と女6

 もっしゃもっしゃとテーブルの上に並べられた料理に齧り付いていく。

 勉強の時間も終了なのだ。であれば勉強に使われたエネルギーを補充せねばならない。というわけでばりばりむしゃむしゃと食べていくことは生物として当然のことナンタラカンタラ。

 大きなホットドッグを頬張ったところで戻ってきた勉強の時間だけどこぞへ逃亡妖精カナリーさんが騒がしく私の料理を奪わんとしているのが視界の隅に入る。

 生意気である。ギラリ。

 ピーマンを押し付けてやった。

 ぎゃぁああぁぁと白目を剥いて泡を吹いてもんどり打ってテーブルに落ちたがほっといていいだろう。

 好き嫌いはよくねーのである。そのままグリーンピースを供えておいた。しかし妖精なのに野菜が嫌いなのはよくわからん。おまけにアスパラガスも乗せておいて再び食事に戻る。

 フライドチキンを持ったところでふと気になったので聞いてみようという気分になった。もののついでである。


「マリーひゃんはあきゅまひょうかんれきるんれしゅか?」


「せめて飲み込め」


 ごっきゅん。

 口の回りを舐め取って再び問いかけた。


「マリーさんは悪魔召喚できるんですか?」


「ええ。全盛期には悪魔召喚の秘儀を極めようとしたものよ」


「へー……。じゃあ魔王だった頃には上級悪魔にも会ったんですか?」


「そうね……会ったと言えるわ。

 と言っても上級悪魔もピンキリなのよ。わたくしが会った事のある悪魔も全体からすればほんの僅かでしょうね。

 むしろ会った事のない悪魔のほうが多いわ。

 他の魔王も似たりよったりでしょうし……、黒魔術を特に好んでいたクロウディアという魔王も居たけれど……彼女もわたくし達よりは多いというだけでしょう」


 なるほど……。

 思い出す。

 あいつはどうだろう?


「アスタレルって悪魔知ってます?」


「……アスタレル? 聞いた事がないわね」


 あいつ無名か。ざまぁ。ケケケと嘲笑ってから気付く。

 そういやこれはあだ名だった。えーとなんだっけ。確かすっげぇ長い名前だったな。


「違いました。

 えーと、パンディルや……なんとか……あぐり、あぐ、あぐりむっしゅなんちゃらディヤ……?」


 覚えてるわけなかった。

 クソッ、なんて頭だ!

 が、そんなうろ覚えな単語だがマリーさんは思うところがあったらしくその麗しい桃色のお顔を一気に青ざめさせてしまった。


「……クーヤ、貴女がどんな言葉を言おうとしているかは分からないけれど。

 それは口にしては駄目よ。そのうろ覚えな単語でさえ凄まじい言霊を感じるわ」


「コトダマ? 言葉に宿った力とかそういうアレですか?」


「ええ、そうよ。その文字列に恐ろしいほどの力が込められている。口にしたら何が起こるかわからないわ」


「……どこでそんな単語を拾ってきた?」


 ブラドさんがしかめっ面で聞いてきた。

 拾ってきたてなんだその元いた場所に戻してきなさい的なやつは。


「教えて貰ったのです。そのアスタレルっていう悪魔に」


「悪魔に会ったのかね!?」


「そうですな」


 ケチャップまみれになったまま返事をしておく。

 ブラドさんは顔を手で覆ってしまった。会話の内容か私の顔か、どちらに対するものかで好感度が変わるが。


「存在が冗談のような娘だね君は。道理で悪魔などと荒唐無稽な話をイヤにあっさり信じたわけだ。

 まさか会った事があるとはな。

 ……いつの話だ?」


 えーと。


「この街に来るちょっと前ですかね」


「ごく、最近ね。どこで会ったのかしら?」


「うーん……」


 何と言えばいいのか。


「答えにくいなら無理に答えなくてもいいわ。人の魔術の奥義に土足で踏み込む気はないもの」


「いえ、そうではなくて……。なんと言ったらいいのか分からないというか」


「答えにくいというわけではないの?」


「まぁ。別に言ってもいいんですけど」


 何処で会ったかぐらいは別に。

 そんな魔術の奥義とか大仰なものではないのだ。


「うーん。なんか変な空間というか……? 魔水晶もそこからもいできたのです」


「物質的な世界ではない、という事かしら?」


「そうなりますかね」


 ……ん?


「何故に皆さんそのように目を爛々と光らせてわたくしめを見つめるのでせうか」


「いやなに、少し興味がね」


「貴女のその知識は一体何処から来たのかしら。その身体は? 興味深いわね?」


「………………」


「三つ目娘はおばかなのよー」


 ブラドさんとマリーさんに実験動物を眺めるような目で見られた上にカナリーさんに馬鹿にされた。

 クロノア君も心なしか呆れているように見える。

 なぜだ!?


「ただの異界人ではないというより異界人でも無さそうだな」


「そうね。けれど真実の石版を欺いてみせるなんて、余程の力を持っているのでしょう」


「気になるね、実に」


「知的好奇心が疼くわ……」


 怖い!

 やめてくださいしんでしまいます!

 近場にあったスープ鍋の蓋を取って身を守る。


「私はただの弱弱しい異界人であるからしてやめてください! 解剖は非人道的ですよ二人とも!」


「異界人? 設定ぐらい練りたまえ。先ほどの説明で殆ど質問を差し挟む事も無ければ理解が出来ていないでもない。この世界の知識を君は識っている。

 ただの異界人ならばそもそも話が通じんからな。普通であればまずは互いの世界のルールのすり合わせからだ。何がないのか、何があるのか。何がわからんのかすらわからんのがスタートラインだ。

 通常、異界人にしないような話であっても理解し反応している。レガノアや悪魔がいい例だ。であれば何某か、君に対し事前に知識を授けた者が居るのだろう?

 察するにその悪魔かね?」


「ふふ……。言葉も通じているのだもの。文字も書ける。けれど異界人特有のスキルによるものというわけでもない。

 それにこの街に来る直前に霊的世界で悪魔に会うなんて……興味が尽きないわ……」


 若干カマをかけられていたようだ。いやまぁ私がアホすぎると言われればぐぅの音も出ないところではあるが。どういう世界から来ましたとか何も考えてなかったので素直に反応してしまった。異世界なら仮に悪魔とかいう名称のものがあったところでそれが同一かすらわからんのだから私の反応はアホのアホの子であろう。

 やばい。このままでは解剖されそうだ。解剖の後ホルマリン漬けまでありえる。


「お、おたすけーーーー!!」


「……冗談よ」


「解剖などするわけないだろう」


「本当ですか? その割に目が本気ですよ!」


「気のせいね」


「気のせいだろう」


 なんという息の合いっぷりであろうか。


「何れ口は割ってもらうつもりだがね」


「今はいいわ」


「グエー」


 執行猶予が与えられて終わった。何だこのSっ気溢れる人狼吸血タッグ。

 お伽話じゃ犬猿の仲じゃないのか。めちゃ仲が良いぞ。


「ふふ、それで? アスタレルという悪魔に会ったのね?」


「えー、うー。はい」


 誤魔化してもしょうがない。

 既にゲロった後だ。


「さっきの言葉は最初にそいつが名乗った名前というか。

 あんまりに長くて文句を言ったらアスタレルと呼べといわれたのです」


「まさか諱か?」


「の、ようね。信じられないわ。悪魔が真名を名乗るなんて」


「いみな? まな?」


「言葉の通り、真なる名の事よ。諱、あるいは忌み名ね。

 魂の在処を示す真言、存在証明。はじめに神は名を与えられた、そして生命が始まった、と。

 神霊族や眷属などの霊的生命体がそれぞれ魂に刻んだ名前として持っているの。霊的生命体の彼らは彼らの存在を示す名前がなければ存在出来ない。名前があるということは名前を呼ぶことの出来る存在という事なの。けれど、名前を握られる事を良しとはしない。

 彼らにとって真名を教える事は存在全てを捧げるに等しいわ。

 真名を縛られれば意思さえも縛られる事になるのだから。

 真名を記した紙切れ一つでさえ命取りになりかねない」


「ふーん」


 それはすごそうだ。

 カナリーさんも持っているのだろうか?


「あっさりしすぎだ。

 その悪魔から真名を聞いたのだろう?

 それがどういう事か分かっているのかね?」


「え? 別に。覚えてないですし」


どうでもいい。


「これは酷いな……」


「その悪魔も不憫ね」


「なっ……ど、どうして!?」


 驚愕した。

 散々どつかれたのは私のほうだというのに!


「余程の覚悟を持って名乗ったのだろう。

 それを覚えてないとはな。しかもこの軽さ」


「かわいそうに……」


「そ、そんな事ありませんよ! 普通に名乗ってましたもん!」


「普通に名乗られたのかね?」


「そうですよ! 絶対にたいした事じゃない感じじゃわーい!」


「たいした事はあるだろう。普通に真名を名乗られるなどと。何をしたのかね?」


「クーヤに余程ご執心だったのかしら?」


「悪魔がこのちんちくりんに一目惚れか? ギャグにもならんな」


 なんかイヤな話になっとる。

 冗談でもやめて欲しい。

 ブラドさんのほうがましだ。


「気持ち悪い事言わないでください! さんざっぱら馬鹿にされまくったのに!」


「惚気かね? あいにくと今はお腹いっぱいでね」


「ちがうやーーーーーーい!!」


 地団駄を踏みまくった。

 なんてことを!

 冗談でも言っていい事と悪い事があるのだ。

 今からそれを教えてやろう。

 本を開く。



 商品名 ブラドの愛

 魔性の薬。飲ませる事で飲ませた人間に発情させる。

 愛を得られるかは本人のテクニック次第。



 買った。


「店主ーーーーーっ!! この瓶を情報屋のルナドさんへ上げてくださーーーい!!」


「ん? 何だ情報屋に貢ぎもんか?いいけどよ」


「うが……っ! なっ……! な!? 待ちたまえぇ!!」


 無視を決め込んでカウンターの店主に投げた。

 ブラドさんは骨を追いかける犬のように追いかけていった。

 ふんだ!


「あら、いい犬っぷりね」


「そうですな」


 優雅に食後のティータイムといくべきだ。

 紅茶をちゅーっと啜る。

 うまい。


「アスタレル、かしら。聞いた事は無いけれど……。何か二つ名などは聞いていなくて?」


「二つ名ですか?」


「ええ。悪魔は名前を多く持っているもの。そしてこの物質界においては真名や、本人に近い名は滅多に使わないわ。

 貴女に名乗った名は恐らく普段から使っているものでしょうし、こちらではかつて違う名で知られていた可能性が高いわ」


 うーん、そういうのは名乗らなかったなアイツ。


「見た目はどうかしら? 分かりやすい特徴、能力、その辺りからある程度推察もできるわ」


 見た目と能力か……。


「見た目は……詐欺師? きっちりスーツ着て上品な感じでまとめてましたな。人間みたいでした。ステータスだけなら見ましたがあまりにも馬鹿馬鹿しい数字でした」


「………………微妙なところね。態と人の姿を真似ていたのかしら」


「きっと碌でもない悪魔なのよー!」


「それは否定できないな……」


 碌でもないのは確かである。


「人の姿を真似ていたんですかね……」


 確かに作り物みたいな奴だった。

 実際にはこう……すごいかもしらん。

 脚が100本くらいあるかもしれない。

 考えてたら気分が悪くなってきた。

 やめとこう。

 瞬間、テーブルをがたつかせながら真っ黒な物体が乗り上げてきた。


「うわっ」


 ブラドさんだった。

 手にはしっかりと瓶を握っている。

 チッ!

 舌打ちすると恨めしげな目で見上げてきた。

 知るもんか。


「……このおチビめ……!」


「ふーんだ!」


 そっぽを向いてやった。

 後でこっそり別で買って店主に渡してやる!

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