アヴェ・マリア
かりこりかりこり。
おやつを齧りながらうっしっしとラムレトのサインを眺める。受領済みの文字が輝かしく光っている。素晴らしい文字列だ。これにて完了、定額働かせ放題というわけにはいかないので程々のところでまた工賃を出さねばならないが。
それでもこの沸き立ち溢れ出て零れ落ちる熱い想いは止められない。今ここに神託が埋まっているヤツが居たら問答無用で引っこ抜いてラムレトに押し付けていただろう。それぐらい心は晴れやかだ。こうでなくてはな。
すっくと立ち上がる。足を踏み鳴らしてバンバン。いい感じに地面も固まっている。島といったらこれは島。
飛竜がざっざと地面を掻いている。……飛竜がちょっと変な色になってるな。だが気にしない。
こちらを放置してお偉いさんの2人は難しい顔をしてアイコンタクトで何か頻りとやりとりしている。口に出せよと叫びたくなるところだが文句しか出てこないのはわかりきっているので言わない。私はかしこいのだ。
「ろくすっぽ生物が生きていけねー島なのはどうにかなるアルか?」
「この呪われ加減もなんとかならないかい?
あとこの外観もちょっと……。もっと言えばこれはちゃんと物質界の島として扱って大丈夫?
後で死んだりしない?」
「ギャボーッ!」
口に出してないのに文句がこじゃんと出てきおった。なんでだ。そんな時だけ空気を読むな。全く、全く!!
本を開く。えーと……コーティングとかあるが。高いな。やだな。引っくり返ってプーンと他所を向いた。
「質量にしか割り振ってないからヘーキヘーキ。残りカスがあっても海に流出するだろうし問題ない!」
「ええ……?」
「まぁ核の無い力場は水と流れに無力で海なんぞあれば即流出するは言われとるがなぁ。
それでもこのまま使うは何が起こるかわからね。………………ふむ」
少しばかり考え込んだ様子になったもののすぐに結論は出たのだろう。いつものにんまり顔に戻るとこちらに歩み寄って来てツチノコのように伸びている暗黒神ちゃんが無造作に持ち上げられた。
そのままぎゅっぎゅとラムレトの背中に取り付けられる。
「んじゃ、メルトはこのままブートキャンプ続行アルな。
百貫ウェイト背負って端から端まで歩いて表層だけでも精算して回るヨ。
外見も繕えて一石二鳥、レッツラゴーね」
「……………………僕だけ酷い目にあってないかい?
気のせいかな?」
「気のせいヨ」
「気のせいだな」
「………………そっ…………かぁ……………………」
全てを諦めたような口調でのそのそと歩いて地面に精算を掛け始めたらしいラムレトにへばりついたまま本をパカリと開く。私は花咲か暗黒神ちゃんであるからして。
ラムレトが砂にした大地に暗黒花を撒き散らしまくりながら、ふと思いついたのでいつかのラブアンドピースのマークのページを開く。
商品説明では瘴気と書いているのでこれの対象は瘴気なのだろうが。魔力的なヤツにも効果があるマークはあるのだろうか?
都市の中ではギルドの庭や路地裏やら人の居ない場所にひっそりと植えることで対処していた。
まぁ牧場に植えた木は横にうどんの木を植えることで相殺したようだが、あれはあの木がやり過ぎてしまっただけであってあんなバカ高いものをバカスカ買ってはいられない。
とにかく、私が植えた植物が撒き散らす魔力は濃度が濃すぎる状態で摂取するとうっかり風邪やらなんやらの病気になる可能性があるらしいのでそろそろそれをなんとかしたいのである。
現状問題が起こっていないのはそれこそ性質として空気のようなもんだからであろう。
酸素や二酸化炭素のように濃度が濃すぎるものを吸引するとアンタッチャブルだが空気中にすぐに拡散して薄まるので花の中に顔面を突っ込むとかでもしない限り危険はないわけだ。もしくは閉じた袋の中に一緒に入るとか。
それにそこまでやっても生物には病気耐性とか免疫とかあるだろうしな。重症にはそうそうならない。
さらに言えば魔族や竜種などを除いても多分悪いことばかりでもない筈なのだ。
私の魔力は病気を招くが、じゃあレガノアの魔力は病気を招かないかと言われればそうではないからである。
ウィルスやら雑菌やらマナやら、何かしら悪玉が入り込んでの病気は文句なしに私の管轄であるが肉体のエラーで起こる不具合はだいたいレガノアの管轄なので。癌だの腫瘍だの肉腫だの、ああいったものはこの世界で言えば光魔力の過剰暴走なわけだ。
ある程度それらを抑制することが考えられるのでちょっとはいいことが……ちょっとは……。ウーン……。まあいいか。あると信じて。
まあ別に私とレガノアの魔力じゃなくても存在するかどうかは置いておいて濃度の濃すぎる何かしらの魔力というのが大体にしてそも人体に害なのだ。見るにつけ赤とか明らかに炎系だ。それの高濃度バージョンとかどう考えてもただの超高温の熱線であろう。
青の祠とかオカルト寺院とかも害を与えてくる場所だったし。つまりは何事もバランスよく均衡を保った状態が良いということだ。
それに酸素だって太古の生物が根性と気合でバタバタ死にながら適応しただけで最初は植物が撒き散らした極悪な毒物である。やはりマリーさんは偉大。
お肉を持った生物の皆様におかれましてはもっと頑張ってくださいますように。バランス悪くても気合で適応してけ。
というわけでささやかな力添えとして商品を探しておく。えーと。
商品名 ラブレボリューション
濃度のありすぎる魔力はなんであってもとっても危険。
でもたまにはそんな危険な香りに甘くとろけてくらくらしてみたい、だって女の子だもん。
そこでこの商品。
「オマエハ……イママデノオンナトハチガウ……」
大人気商品。
※この商品はR15です。
「…………?」
あってる、のか? 説明がなんの説明も出来ていない。んん……だがまぁ、魔力なんとかなーれと思いながら捲ったので間違いない筈だ。
値段も結構なものだがラブアンドピースの魔力バージョンと考えればそこまででもない。セットで設置しておくか。ラブアンドピースはこんなあけっぴろげの何もない場所に設置したところで意味などないが。
ま、2人がちょっぴり大丈夫かこの島という面構えをしているので保険である。感謝すべき。
枝でちょんと買っておく。これで暗黒花程度の花畑なら問題ないだろう。うどんの木を買うより余程安上がりである。それに魔力とだけ書いてあるのでどうやら魔力の質は限定していないようだ。それなら他にもいい感じだろう。
というわけでラブアンドピースの方は見たことがあるのでいいとして。
「………………うーん……」
ラブレボリューションの方、これはかんたん作画であるもののレガノアのマークでは。本人絶対やらんだろという顔できゅるんとしている。いや、存外にやるのか?
もうわからんしな。気にしてもしょうがない。しかしなんでレガノア?
不思議である。
「なぁにそれぇ……?」
「魔力が害にならないように……?」
「ふーん……。これ描かれてるのは誰なんだい?」
「レガノアかな」
「へぇ……これが……。意外だなぁ。ミニキャラ作画だけど」
「存外にまともな姿しとるネ。マスコット化されてるが特徴はそのままであろ」
ラムレトも九龍も興味深げにラブレボを取り囲んで眺めている。なるほど、レガノアを見たことはないのか。まぁそれはそうだな。
九龍が紙を取り出してサラサラとスケッチしている。マメなジジイだな。
ちょっと考える。よし。
がっしとラムレトをホールドしてその葦のような腕に後ろから褐色の腕を添える。光輝く金の髪が零れ落ちるようにして痩身の上を流れ落ちた。
僅かに瞠目した九龍と目が合ったのをそのまま外し、私を背負うラムレトのほうに覗き込むようにして顔を傾ける。小さな光が周囲を漂い、大気の中を水流のように金布が流れてゆく。
「九龍、メルトアルストラムレト。光はここにいる」
───────────瞬間、ラムレトの頭から虹色のわけのわからんものが360度にまんべんなく散布された。
背中から降りて秒で離れる。
「きたねぇ!!」
「……………………っ……おえぇ、ヴォエェェ…………」
「前言撤回するアル。まともな姿じゃなかったよろし。
見目はともかくとして一目で人外とわかるネ。たまげたアルなぁ……。一瞬とはいえ目が持ってかれたネ。
この世で最も眩い光っつーのは誇張じゃねーアルなぁ」
「背中に、背中にぃ…………オヴェエエェ…………」
「何だその反応は。折角親切を働いたというのに!」
見たことないならちょいと見せてスケッチだってばっちり描き上げさせてやろうというこの大いなる親切がわからんとは。
表返るのはたいへんなんだぞ。プンスコ!
「クーヤの親切でそろそろメルト死ぬアルが。
メルト、背中持ってかれてねーアルか?」
「……たぶんだいじょうぶ……。あるよね?……ある?
ぼくのせなかある……?
ひかってたりしない……?」
「一応光ってはねーアルが」
「うでにへんなひかってるうでがそえられた……こわいよぉ……」
「こりゃあ駄目アルなぁ。
今日はもうとっとと寝るヨ。明日からブートキャンプと測量続きするネ」
言いながらラムレトが辛うじて柔らかな砂にした部分にぼふぼふと九龍とラムレトの荷物が放り投げられる。今宵はこれが枕らしい。まぁハンモックを引っ掛けるようなものもないしな。
確かに恐竜も居ないしそれで特に問題はないけど。ごろりと転がった九龍の横にめそめそとしているラムレトが転がる。ギルドのおねーさんたちが喜びそうだ。というわけで写真を撮っておいた。これを高値で売ろう。
しかし私の枕が無いな。ラムレトでも枕にするか。ラムレト腹を枕にしようとしたところで九龍からNGが出されたらしくずるずる引き摺られてラムレトから離された。
「流石にこれ以上はメルト死ぬアルからなぁ。
こっちで大人しくしとくネ」
「ムギーッ!!」
けしかつらん、明日のブートキャンプで鍛えに鍛えてくれる!!
憤慨しながら大の字になった。砂って結構柔らかくていいな。




