ドラゴンとゾンビとタニシ3
ちょい、ちょいと釣り竿を揺らして生肉を動かし恐竜をからかいながらちらりと空を見る。
日はだいぶ傾いておりそろそろ時間が気になってくる頃合いであるが。
「よっと……ほっ、ウーン難しい」
頭上から降ってくる声は口調こそ適当ながら割合真剣らしく、吊り下がる釣り糸が眼下でうろうろと動き回る恐竜を狙っている。釣り上げてもどうしようもないのでリリースしてしまうのではあるが。
しかしこのチャイルドシート的体勢は互いの糸がもつれやすいのでやめてほしいところ。まぁスフィンクスはさほど乗車席が広くないので仕方がないものの。
「あれまだ掛かりそうかなぁ」
「僕らじゃ作業の進捗状況が全くわからないからねぇ。そろそろ日も落ちそうだし、どうしよっか。
今何をしているのかもわからないし。随分解体はされたようだけどあそこからどうするんだろうね?」
「さぁ……?」
見る限り魂と精神はもうネムネムのようでピクリとも心臓は動かない。抑える必要も無くなったのか九龍もさほど力は入れている様子もなく一応、といった感じで鋼線を握ってイースさんの指示のままに心臓をひっくり返したりしている。
何やら紙に書きつけながら作業を進めるイースさんは私が投下したタニシを時折眺めたり心臓を眺めたりしているが作業そのものは淀みなく進めているので手術工程も既に頭の中で組み上げているのであろう。
2人を置いて帰投、というわけにもいかないしな。うーむむ。暇なのでこっそりご飯を食べるにしても九龍が心臓放りだしてすっ飛んできそうだし。
「なんか良い暇つぶしをよこすのだ」
「なんにもないかなぁ……生徒会長の黒歴史でも言おうか?」
「可哀想だからやめてあげたほうがいいんじゃないかな……」
話の肴として他人の恥をナチュラルに提供してくるな。しかしラムレトは生徒会長お気に入り過ぎるだろ。生徒会長を引き合いに出してくる頻度が高すぎる。私も特に意味もなく飛竜小屋の緑のおっさんがお気に入りなので人のことは言えないのはおいておく。
多分あのつついた反応がめちゃくちゃ面白くて適度なお友達な接し方がペラ神様的にいい感じなのだろうとは思うが。私も生徒会長のあの打てば響く感じはナカナカに面白い。
生徒会長は恐らく神様というか、上位生命ホイホイなのであろう。
精霊にこいつには自分が居なければ駄目だと思わせるのが気に入られるコツとマリーさんがおっしゃっていた。対神様でも似たようなコツがあるのだろう。
多分人間ってオモシロと思わせるタイプがそれだ。それでいえば生徒会長のこいつおもしれーな感は異常である。ダメダメすぎる童貞処女のクソおもしれー黒歴史おっさんとかどう考えても面白い。
要するに恥の多い生涯を送って来ましたな生物を見るのがめちゃ面白いという上位生命ムーブなので生徒会長としてはそれも含めてやめてぇと叫びたくなる案件だろうとは思うが。ごしゅーしょーさま。
しかしこんなだからギルド嬢達の薄い本で覇権を取るのだ。ちなみについで人気なのは魔人の人らしい。
30年前の故人である。受付嬢達も実際に会ったことがある人はほぼ居ないようなのでそんなんで人気なのかと思っていたが思っているのは私だけではなかったらしくこの顔カプが!!同じメンバーに居た!!とペンギンかなにかのような感じでよく罵りあいしている。
暗黒神ちゃんとしては暗黒神ちゃんハウスが荒れているのは困るので是非とも平和になって欲しいものだ。
悪魔共曰くの限界雑食とかいう生き物らしいメンディスを投入したら平和になるのだろうか。全てを跨いであらゆる場所で活動する地獄界きっての命知らずあーちすとと言っていた。今度試してみるか。
そういや受付嬢達と数少ないながら存在している冒険者嬢達も仲が悪いな。彼女達は扱っているジャンルが根本的に違うらしい。そういうもんか。私にはよくわからない世界である。
しかしこうして考えるとしみじみとあの都市は汚染度が酷いな。これは間違いなく生徒会長とひいてはそのスマホのせいである。責任を持ってイケニエをやっていて欲しい。
女性陣のこの始末に負えない有り様を肝心のギルド総裁はノーコメントあると完全に見ないふりをしている。触れたくないらしい。それはそう。
冒険者のおっさん達も自分が犠牲にならないならと知らんぷりしている。まぁおっさん達もこっそり犠牲になっているのは私の胸に秘めておこう。
私もノーコメントなのでアル。
「おっ、すごいのが掛かったよクーヤくん」
「ん」
言われて見下ろしてみる。釣り糸に括り付けた生肉をひまそーに手にした松明で炙っているのが1人。
「九龍じゃん」
「ギルド総裁が釣れたね。このまま釣り上げてみるかい?」
「リリースだな」
ちょきんと釣り糸をちょんぎった。眼下では落ちてきた釣り糸を使って肉を縛り上げて本格的に美味しく焼き始めている。腹減ったらしい。
まぁ時間も時間だしな。無理もない。イースさんの方に視線を向けてみるが、相変わらず作業は進んでるのか進んでないのかわからん。流石に聞いてみるか。
スフィンクスの頭の羽を無造作に引っ張ろうとしたところでラムレトが手綱を引く。そのようなお野蛮は見過ごせませんことよと言うことらしい。
ラムレトの動きに従って下降を始めたスフィンクスが私に向かってイーッとしている。おのれ、ナマイキな。イーッとしかえしておいた。想定していなかったのかスフィンクスは目を見開いてちょっと引いたって顔をしている。お前が始めた戦争だろうが。許せん。
なんとか一泡吹かせてくれようとしゃっしゃと手刀をかますがラムレトがひょいひょいと邪魔をしてくる。おのれ。そのヒゲ毟ってくれる!!
ボルゾイ顔もコーギー顔もやめて黒柴顔のヒゲを引っ張ろうと試みるべくスフィンクスに乗るラムレトにがしがしと更によじ登ってやった。
「すっごい暴れるね!?落ちるぅー!!」
「こんにゃろー!!」
「あっ、九龍くんが真顔で見てる怖い!!真顔で見てないで助けてぇー!!」
「おりゃー!!」
掴みかかったところで犬シリーズをやめればいいと気付いたのかぶるんと犬ドリルをしてただの鉄球になった。
「むむ!!」
「ふぅ、ふぅ……。九龍くん酷くない!?
クーヤくんもこんな場所で暴れるんじゃありません!!」
「ぐぬぬ……」
「知らんアルなぁ」
「まったく!!んまったく!!
なんなんだいこの人でなし親子!!鬼!!畜生!!おたんちん!!」
「はよイースさんのところに行くのだ」
「嘘でしょ……」
全く信じらんない!と甲高い声で叫びながらもラムレトはちゃんと指示をしたらしくスフィンクスはイースさんの方へ降りていく。よしよし。
「イースさーん!」
「ふむ、何か用かね?」
手を伸ばせば届く程度の高度を維持して羽ばたくスフィンクスの上からイースさんに向かって声を掛ける。
先程と変わらず紙束を持ってペラペラと捲りながらシャカシャカと何かを書き進めている様子のイースさんの足元には投下したタニシがウゴウゴとしているが心臓の方は既に綺麗に解体されて番号が振られており、どれが本体的なものかもわからない。
筋やら血管らしきものやら繊維やらとどれがどれやらである。もう本人にしか作業内容わからなさそうだ。
「進捗どうですか?」
「とうに終わっているが」
しれっとした調子で返答があった。…………なんですと!?
私が何か言う前にラムレトが叫ぶ。
「ほう!!れん!!そう!!
報!!!連!!!相!!!
ナンデ!?ぼかぁただ無意味に人でなし2人に虐められただけじゃないか!!」
「貴重且つ有用な症例だ。医者として記録を取るのは当たり前の事だと思うがね」
「うんそうだね!?でも一声掛けてから記録して欲しかったな!?
僕がツッコミ役だなんて全くどうかしてるよ!!」
よほど納得いかないのかフィリアや九龍もかくやの勢いで猛烈にプリプリしている。鉄球から湯気が出るくらいである。焼き上げた肉に齧り付きながら歩み寄ってきた九龍がケケケと妖怪みたいな声で笑った。
「こちらだけ仕事をさせておいて2人で呑気に楽しく釣りなんぞしてるからヨ」
言いながらひょいと紫タニシを持ち上げて投げてくる。
ボムンと音を立ててスフィンクスの尻で跳ね返ったクソデカ巻き貝をそのままイースさんが受け取った。
「患者をあまり粗雑に扱ってくれるな。まだ魂と精神の定着は甘いだろう。一週間は絶対安静と思いたまえ。
食事は本タニシが何を好むかにもよるが刺激物は暫く避けた方がいいだろう。水は清水が好ましい。
その内に殻などは魔石化が進むと思われるが金銭目的で頻繁に削るのは勧められん。大きくなり過ぎた場合にのみ整える程度にしておきたまえ。
であれば無論、勇者や聖者などに見つかるのは極力避けたほうがいい。容赦なく削るのは目に見ている。管理は気を付けておくようにしたほうがいいだろう。
意思疎通は現状不可能と見ていいがリレイディア程度の知能はある筈だ。ただ、知能があるからと言って積極的な行動を見せるかはわからんがね。
以上、術式を終了する。お大事に」
注意事項を説明しながら手早く殻の出入口にエリザベスカラーが取り付けられぐるぐると身の部分に包帯が巻かれ固定し終えるとそれで手術は完全に終わったらしく、イースさんにより改めてこちらに手渡しされたクソデカタニシは大人しいもので、どことなく哀愁漂うしょぼくれたカタツムリのようになっている。
可哀想なのでラムレトの鉄球頭にくっつけておいた。鉄球具合が気に入ったのかタニシちゃんは落ちることもなくへばりついたままゆっくりと移動している。
これでよし。
「ウーン、リレイディアくんといいレイラクロイズくんといいキャベツといい僕ってなんかこのサイズ感にずっと囲まれて生きるのかなぁ。
これがキャベツハーレムってワケ」
なんか余裕そうだな。でもこのタニシって雄ではなかろうか。まあいいけど。




