ドラゴンとゾンビとタニシ2
よし、そうと決まれば話は早い。ひとまず必要なのは生首ちゃん事件の首謀者であろう。
事前に声は掛けていないが許していただきたいものだ。
これが正規の悪魔共なら一切気にしないが。悪魔に人権はないのだ。私にも与えられていないというのだ、贅沢は許さん。
「イースさーん!」
地獄の穴を乗せたお手製の板を持ってその名を叫ぶ。
やがてもそりと出てきたのはメガネをつけた狐姿、うーん。イースさんの省エネ姿は狐らしい。ぽいな。すっげぇぽい。
「呼んだかね?
生活力という点において小生に出来ることは限られている。可能な限り手は尽くすつもりだが結果に関して保障はしない。
留意してくれたまえ」
どうやらイースさんも生活力0らしい。まあビーカーで茶が出てくるくらいだしな。いや今の用件はそうではないのだが。
眼下を指差す。
「あれをタニシにしたいのです」
「そうかね。であればまずはタニシの定義のすり合わせから始めたほうがいいだろう。
君にとってのタニシか、小生にとってのタニシか。小生の認識するタニシと君が認識するタニシが同一とは限らないからだ。
君にとってのタニシというのであれば考えられるのは間違いなく君の本を使った手法になるだろう。その場合は小生を呼び出したことにあまり意義があるとは思えんがね。出来ることは精々が魔力の収集となる。
小生にとってのタニシというのであれば小生は生命が定義された生命たりうる定めを見目や組成、歴史や遺伝子ではなくその行い、その有り様としている。
精神が崩壊した人間は人間か?では植物人間はどうか。もし動物と人間の魂が入れ替わったのならばどちらが正しく人間と言えるのか。
綾音の世界では世界を守らせる為にその命も人格も全てを無視しても良い存在として人の遺伝子を元に人造生命体を作り、それに人類が持ち得ぬ特徴を持たせる遺伝子加工を施す事で法として人ではない存在と定めた。肌の色、目の色、わかりやすい部位へ人類として自然に存在しない特徴を持たせたのだ。
小生に言わせればそれは人間なのだよ。小生が定義する生命の分類としてそれは人間なのだ。何故なら人間だと彼女達自身が定め、生きていたからに他ならない。
綾音は元の世界の人間達を人間ではない、人でなしと結論付けたようだが、小生からすればどちらも人間だ。彼女は不満だろうがね。
彼女の世界で唯一侵食してくる天使に抵抗できたのは超能力者のみであったとはいえ、それを人為的に生み出すにあたって重度の精神疾患を伴うことが避けられない脳改造が必須であったが故に生み出した苦肉の策であったのであろうとは小生も認めるところだが。
まぁ綾音がそういった結論になるというのも彼女の世界の人間達の自業自得というのも否定はしない。如何な理由であろうとも加害された側がそれを許容するかどうかは別の問題であることは疑いないからだ。献身の搾取は褒められたことではないというシンプルな理由でもある。
そして今、我々は紛うこと無く自らが悪魔であると認識している。それは君に再会するまで、肉体的にはなんら変化が無かった頃から変わらないであろう事は語り合わずとも理解をしている。
即ち、知的生命体でありながらタニシたらしめるものは自己認識であると小生は信ずる」
「つまり?」
「時間を稼いでくれたまえ。肉体的にも悪魔となった今、小生の能力が竜に通じるかは実地となるがそれでも時間を掛ければ可能であるとは思っている。
あの竜の精神は元より完全に崩壊している。素材とするのに問題は無いだろう。命は尊いもの、あのまま死なせるのは忍びない。
自らがタニシであると確信させるせんの、治療を施す。術式後は問題なくタニシとなって生まれ変わるだろう」
「今洗脳って言いました?」
「言っていない。問題はない」
ほんとか?いや絶対言った。このタニシミニを賭けてもいい。
いや、というか自分をタニシと思い込んで過ごすドラゴンゾンビはちょっと。道徳と倫理に喧嘩を売りすぎている。もっとこう……、私が求めているのはそうではないのだ。
もっと密な意思疎通をすべきかもしれないな。タニシといえばタニシとしか伝わらないのである。いやタニシにしたいのは間違いないのであるが。
イメージするのは疲れきった人が私は今赤ちゃんですバブー!してるアレなのだ。
「タニシにしたいけどこう……、タニシもどきと言いますか……」
「ふむ……。タニシに近いものにしたいだけであって別段タニシにしたいわけではない、そう言いたいのかね」
「まぁそうですな」
「タニシのような状態にしておきつつもペットにしたいという認識をすればいいのかね?」
「タニシにしたいよりも悪化したアルな」
「いや草」
「風評被害だ!!不服を申し立てる!!」
「風評部分一切見当たらねーアルが」
「実際はもっと酷いしね」
「ウギーーーーーッ!!!」
「ん、こりゃあ活きの良い神アルなぁ」
両手両足を振り回そうとしたが後ろの中華マフィアによって抑えられた。ガルルルッ!!
唸れ!私のビッグボディ!!ここが地上十数メートルであることは瑣末事であるからして私は暴れに暴れてやるのだ!!
タニシにしたいだけであってペットにしたいとは言ってねぇ!!
「もういいかね?
では術式を始めよう。患者を抑えることに協力してもらっても?
あの肉体に痛覚など備わっているとは思えん。
麻酔など意味を成さないだろう。つまりは力で押し留めることになる。残念ながら小生には出来かねる」
「よろし。メルト、クーヤ頼むアル」
「はいはーい。まぁ腕力仕事だしねぇ」
ラムレトの飛竜に輸出された。ぐえー。
体勢を整えて落ち着いてから視線を上げれば、丁度2人が地上へと飛び降りていくのが見えた。
残されて無人となった飛竜は飛び去っていくということもなく大人しくその場に滞空している。眼下のドラゴンゾンビは地上に降り立った2人に気付いた様子もなく這い回っているだけだ。
しかし、あんなもんを2人でどうするのだろうか。
ラムレトが手を出すこともなく平然としているので竜とはいえどあのくらいの敵に慣れているのではあろうとは思うが。
九龍が袂から何やらきらきらと光る物を取り出す。あれは……鋼線だろうか。先端に金属の重りがある辺り、錘や鏢に近いもののようだ。
ラムレトを見習って大人しく観戦に回ってはいるものの、ちょっと心配である。
「どれほど抑えておけるかね?」
「いくらでも。日を跨ぐようなら上の2人にメシ持ってこさせるネ」
「日は跨がぬように努力はしよう。医者として断言はできんがね」
そのような呑気な会話が聞こえてきた。
「飯用意しろだってさ」
「まあクーヤくんの本でいいっしょ。問題ないからヘーキヘーキ。
地上に降りるのは九龍くんからダメ出し来そうだしね」
「じゃあ本でいいな」
だるいし。上から食料を落とそう、うむ。
頷いたところで地上で動きがあった。鋼線が煌めく。その光に気を取られたのも一瞬。重い音が空気を揺らした。
九龍の足が地面に埋まっている。鋼線がドラゴンゾンビを巻き取り、ぎしりと締め上げる。締め上げられたままに形を変えた肉塊から空気を引き裂く凄まじい甲高い音が鳴り響く。
暴れ、のたうつ心臓が藻掻いて逃れようとするが、九龍はその両手に巻き取った鋼線を以てドラゴンゾンビを抑え込みながらその綱引きを膂力のみでねじ伏せていく。
ずり、ずりと引きずられていくドラゴンゾンビはその重量は言うに及ばず巻き込んでいく岩やなんやらをへし折り岩盤を捲り上げながら引きずられていくのだから恐らくその力だってとんでもないのは見て取れるというのに。
なんだありゃほんとに人間か?
大型の巻取り機かなんかでは。こりゃあ1人で大型船でも係留させられるぞ。
「九龍って実はロボットだったりしない?」
「火の鳥の血を飲んでても驚かないよね」
「好き放題いうてるアルが私人間、お前ら人外ネ」
地面に片足をめり込ませ、もう片足でドラゴンゾンビをふんづけて両手に握り込んだ鋼線でぎゅうぎゅうに締め上げて抑え込みながら汗一つかかずにこちらに突っ込みをいれる余裕すらある九龍がまるで説得力のない事を言ってきた。
確かに種族的にはそうかもしれないが今の状態を見てその言い分に是を返すヤツがどこにいるというのだ。
「ふむ、まあ小生の認識としては君が人間であることに疑いはないが」
ここにいたらしい。クソッ、イースさんに裏切られた。納得いかねぇ。
「では執刀を開始する。術式内容は魂の再構築、及び肉体再構成となるがこの肉体は流石に使い物にならん。
主よ、ここは君にとってタニシというに相応しい肉体を用意して貰えれば小生としてもありがたいのだが」
「むむ!」
言われてみればまぁ確かにあのドラゴンゾンビの肉体は何をどうやろうが無理みが感じられるな。
腐敗とか通り越した状態ですらある。ゾンビにありがちな腐敗攻撃とかもしてこないし。瘴気は放出してても匂いだって最早生物的なものは一切ない。
リレイディアと違ってあの肉体の再利用は出来そうにないのは確かである。となれば確かに別で用意したほうが良いだろう。
流石に本物のタニシを投下したり異次元袋の中に大量に眠っている生肉を投下してはいけないのはわかりきっているので本で出さねば駄目か?
仕方がないな。
「うーんと……」
ペラペラと本を捲る。カテゴリは何故か召喚と降臨。あらゆる貝っぽいものが並ぶページを後ろから覗き込むラムレトがひょいと指さした。
「これはどう?」
「カタツムリじゃん」
「これとか」
「それはアオイガイだろ」
「じゃあこれはどうだい?」
「それはオウムガイ」
「難しいなぁ……」
ラムレトが首を傾げた。ふむ、こういった事例でこうして色々選択肢が並ぶ場合は大体にして他にこれだといういい選択肢がある場合が大半だ。
つまりここでは運を天に任せた一撃が必要なのである。目を閉じてべろっと適当に捲る。
商品名 タニシ(仮)
紫のタニシです。
「投下!!!」
「ガチのタニシでウケる」
さっと買って投入。値段がうっすら高かったような気がしたがまあいい。
ジャンボタニシと言うべき一抱えほどもある紫の貝殻が落下していくのを見送ってから再びドラゴンゾンビの方に視線を戻す。
そちらでは先程と変わらず九龍がドラゴンゾンビを腕力で抑えているままだ。イースさんがぶすぶすとなにか刃物やら針やらを刺しているので準備は万端と言ったところ。
「結構掛かりそうかな?」
「どうだろうねぇ……。僕もちょっと予想はつかないかな。
この間に恐竜の駆除でもしておいた方がいいかな?
……九龍くんどうだーい!」
「そこ動くないね。大人しくしとくよろし」
「ウーン、クーヤくんいるしやっぱりお許しが出なかったかー。遊覧するにしてもあちこちにプテラノドン居るしねぇ。
しょうがない、クーヤくん釣りでもしようか」
「仕方がないな」
飛竜に乗ったまま釣りとはどうかと思うが。暇つぶしとしては確かにそれくらいしかないしな。
釣り竿を出して小さくした生肉を括り付けた。これで恐竜以外に釣れるのかは謎だが。




