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街と瘴気と男と女4

 遥か先を思ってうんざりして頭がふわーとしてきたところでパン! とマリーさんが手を打った。

 むむ、強制的に頭を目覚めさせられてしまった。


「さ、クーヤ。ここまではいいかしら?」


「……まだお勉強は続くんですか?」


「ここからが本番よ。ギルドの話なんて何もしていないでしょう?」


 あー……そういえばしてないな。

 ため息が出てきた。頭から湯気も出てきた。疲れたのだが。


「このモンスター外認定を受けていない者の死体を教団へ持っていって討伐証明を行えば報酬が得られるわ。

 ただ、このモンスター討伐という仕事は教団からライセンスが発行された者しか行ってはいけないとされているの。

 一般人がモンスターを殺して持っていっても何にもならないわ。

 これはモンスターの為、というよりは教団の為」


 頬杖を付いたままのブラドさんが後を続けた。


「戦力の確保と権力の分散を防ぐ事、情報保有が目的だ。

 教団の認知しない者がモンスターを討伐する事を認めても教団にうま味はない。 

 教団が認めた神の使徒が倒してこそ教団の威光が高まる。

 教団で洗礼を受け、聖者から法術や魔術を学び、天使から相応しい称号を賜り神託を受けた者にライセンスは発行される。

 勇者や聖女、聖者や賢者、法術師だな。そして異端審問官や神罰代行執行者あたりか。

 ライセンスを発行されて初めて教団を出てモンスターや異端者の討伐が行えるようになる。

 独断で罪人を粛清する事も許可される。

 他にも色々とメリットがある。レガノアの従属神達の加護に聖都魔道学院への入学に貴族以上の身分と権力。大司教に直接師事も出来る。

 人間で上を目指すならまず此処だろうな。

 神の敵を倒す事で階位が上がり、最終的には聖人や神人として人間より一段上階層の存在となり天界にある楽園への永遠の移住が許される……らしいな。

 実際に天界へ昇った人間はそれなりに居るが戻って来た者は居ないのでね」


「まぁな。

 情報収集は一般人から行ってるがな。密告だ。

 教団の懺悔室で身分も種族も問わずモンスターの巣の場所、危険思想の持ち主、悪魔憑きなんかの情報を提供する事で教団から色んな褒章が出る。

 そいつで寄せられた情報を元にダンジョンやらモンスターの巣やらを書き込んだ地図を定期的に発行してそれを使って勇者達は行動してるわけだな。

 地図にさえ載せときゃ勝手に教団の討伐組が動くからな。今の地図ででかいダンジョンといやぁ、魔王の城が有名どころだな」


「へぇ……」


 実に上手いことやっているなという印象だ。

 妬みと不信の種を植え付け、疑心暗鬼に陥らせて内部から瓦解させる。

 集団を取り込むのならば価値観を変えるのが一番良いということだろう。


「んで、異界人だ。これが困ったもんでな」


「はぁ……」


 もう殆ど右から左に流れていっているが、なんとか左耳を塞いでおく。がんばえ。


「牛乳娘もそうだが異界人は人間の形をしてない事が多い。

 この世界とは全く違う世界からの住人だ。人間だのレガノアだのなんとも思っちゃいねぇ。

 まともな知能を持ってねぇとか珍しくもないんだ。

 ……の、割には力が馬鹿みたいに強い。この世界とは全く違う魔術も使うしな。牛乳娘なんかは例外中の例外だな。

 ま、そんな訳で昔っから悪魔の使徒って言われててな。見かけたら殺すってスタンスだったわけだ。他はまだしも東に落ちたらまず助からねぇ。嬲り殺しだ。

 もちろん異界人にとっちゃ迷惑極まりない話だ。

 次元の裂け目に落ちて変な世界に出たと思ったら目を血走らせた狂信者共が寄って集って自分を殺そうとするわけだからな。

 つーわけで東以外に落ちる事が出来た幸運な奴らが幸運にも出会って自警団を作った。…これが40年前。ギルドの母体となった組織だ」


「40年前」


 驚いてすっきりしてしまった。

 最近にもほどがある。


「ああ。本当にごく最近の話なんだよ。世界を周って同じ異界人の保護を行って……この世界に思うこともあったんだろうな。モンスターの保護も行ったんだ。

 もちろん教団からは大反発だったが」


「……頭と口の回りが良かったのだろうな。

 北南西のあらゆる集落を巡って技術でも知識でも金でも物品でも何でもいいから報酬さえ払えるならどんな仕事でもすると言って回った。

 報酬さえ払えば依頼者が誰であろうがどんな依頼だろうがどんな相手だろうがやる、とな。

 と言っても最初はほぼボランティアに近い報酬でやっていたようだ。信用を得るのが目的だったのだろうな。

 それこそモンスター討伐を行う勇者の脅威に晒されている集落の正面に立って勇者相手に真っ向から戦闘を仕掛ける事もあったようだ。

 異界人の集団だからな。

 個人で神の加護持ちだろうがお構いなしに渡り合える集団だ。今までは流れてきて直ぐ、一人の所を襲っていたから何とかなっていたようなものでね。

 この世界の知識をある程度得る事に成功した集団ともなれば勇者とてひとたまりも無い。

 そうしながらも人材確保も行った。

 モンスター外認定の受けられないもの。レガノア教や人間を憎悪するもの。何でもお構いなしだ。

 流れ者の集団ゆえに誰も拒まず、何であっても受け入れると言ってね。そして受けいれた仲間の敵は我々全員の敵だとな。

 自警団から身分と種族と思想に捕らわれない自由の狼、ギルドを名乗り始めたのもその頃だな」


「そこからはあっという間ね。

 亜人や魔族、神霊族を狩る人間の討伐、希少種の保護にトレジャーハントに技術発展に魔法研究にとあらゆる事に手を出し瞬く間に巨大化していった。

 彼らから得られた恩恵は大きいわ。食文化がいい例ね。異界人が流れてくるとギルド幹部が会いに来るというのもそこが理由よ。

 保護の見返りに異界人が持つ知識や力の提供を求めてくるの。

 その辺りで漸く教団も異界人が金の卵を産む鶏であり、放置出来る存在ではないと認識したようね。ギルドに接触を図ってきたの。

 誰の依頼でも受けるのだもの。各地に住む人間達からも依頼は受けていたし、保護や援助もしていたのもあったでしょう。

 東に流れてきた異界人の保護と情報交換、ギルド擁するモンスターへのある程度の容認、仕事の斡旋、人材の短期派遣を打診してきたのよ。

 ギルドはそれを受け入れたわ」


「あー……なるほど。それで異界人としてここに来た私に会いに来るって話なんですね。

 っていっても私特別な知識とか技術とか持ってないんですけど」


「そんなわけないでしょう? 貴女の目と本、今まで見たことも無いわ。総裁が直々に会いに来るというのも貴女の持つ力の話を聞いてだもの」


「そうなんですか……」


 ドキドキしてきた。大丈夫だろうか?

 嘘ついてすみません。洗いざらいぶちまけるべきかもしれない。

 いやでもなぁ……ちまちま出てくる悪魔というワードを見る限り危険な気もする。

 異界人を送り込むのは悪魔と私じゃありません!

 私ではないのです信じてください! ……教団が勝手に言っているだけだと信じとこ。

 私はアスタレル達の潔白を申し訳程度に信じておいた。

 異界人達にこんな世界に送り込んだ奴とか思われてたらヤだな。


「仲間の為になるなら屈辱も飲む。

 ……そんなわけで、ギルドと教団は必要と有らば共同戦線も張る。

 技術交換にも積極的だ。

 レガノア教団からの依頼とて受ける。教団のやってきた事を非難もせん。

 総裁は教団の打診を受け入れ、手を取り合い、協力体制を敷く事を宣言したよ。

 おかげでギルドに登録していれば理不尽に殺される事もそうそうないというわけだ」


「おー……!」


 思わず拍手した。

 素晴らしい。

 仲間の為に全てを水に流すつもりなのか。

 他の誰かの為に憎い敵にすら頭を下げる、その輝ける崇高な精神力。

 人間は見習って欲しい。


「――――――――表向きの話だがね」


「……え?」


 なんですと?


「互いに表面だけ仲良くして裏では真っ黒だよ。今のところ冷戦状態と言える。

 教団もギルドの事を面白く思って無いのは明白だ。

 ギルド登録者はそれだけで東への渡航が一切認められん。教団が送りつけてきた人間だけだ。

 教団の力が強い街へギルド支部を作る事もできん。

 それに、あくまで自由を謳うギルドだからな。

 教団もだったらいいだろうと何人か勇者などの息の掛かった人間を登録させているし、何かしら依頼も積極的に出してくる。

 内部から食うつもりなのだろうな。

 ギルドも裏で色々としているので文句はないが。この街などがいい例だな」


「は?」


「牛乳娘、言っただろう? ここは教団にも情報を出してねぇってな。

 つーか世界の発展とか助け合いとかそんなもんを本気でやろうとしてんならこんな街にギルドがあるわけねぇだろ」


「……そりゃそうですな」


「天使はこれんし神の監視もない。

 更に言えばこの街を多く利用するのは一般人ではないのでね。人間の権力側に立つ者が殆どだ。

 おかげでいい隠れ蓑が出来ている。東大陸に居る人間達自らがこの街の存在をひた隠しにしてくれるからな。

 この辺りに街があるとは噂ぐらいはあるかもしれんが。

 まさかこの死の荒野に本当に結界なぞ作って住み着いているなどとは思うまいよ。

 というわけでギルドも極秘裏に支部を出している」


「ここに来るのは背教者であり裏社会に繋がりのある者だけ。

 さっきの勇者も誰かの仲介で来たのでしょうね。

 乗ってきたという馬車を見ればはっきりするのだけど」


「あの勇者がこの場所を教団に伝えるって事は……?」


「無いではないけれど。その時は結界ごと別の島に拠点を構え直すだけよ。ここは広いもの。

 結界が無ければ踏み込む事も探索も出来ないわ。

 その勇者の始末は仲介者が自分で付けるでしょう」


 うわー。

 この街に相応しく皆様ワルワルのようである。


「ここでは暗黒魔法や黒魔術の研究もやり放題だ。禁書指定魔道書の宝庫なのでね。あげくに教団指定の特定討伐対象すら住んでいる程だ。

 今は表立って教団に敵対は出来ん。勝てんからな。人魔大戦の再来だ。なら裏で全力で爪を研ぐ。

 というわけでお互いに腹の探りあい、隙の狙いあいといったところだ。

 盤面を引っ繰り返す一手、それを探っている最中だ」


「クーヤ、ギルド登録さえすればモンスターが容認されると言っても教団がモンスター外認定をする、というわけではないの。

 グランが忠告したように、あの勇者も人目がなければわたくし達がギルド登録者であろうと躊躇しないでしょうし、あの通り天使にもそんな地上の事情なんて通用しないわ。

 どこまでいっても彼らにとってわたくし達は忌むべき魔の軍勢という認識は変わらない。

 それに東に流れ着いた異界人とて保護しているかもこちらへ情報提供しているかも怪しいものよ。

 だからと言ってそれを表立って聞く事さえ今は出来ない。

 40年前よりも巨大化したとは言っても異界人だってそう来るものではないもの。

 異界人以外はわたくし達と同じように天使はおろかあのレベルの勇者にさえ碌な傷も付けられないわ。フィンバリット商会の魔術師達が居たでしょう? わたくし達であればあの程度の魔術師であればわたくし達が上よ。それにしてもこの大地や一部地域における神性領域外でのみでの話でしかないわ。

 ここでないのならばわたくし達だって何も出来ずに終わるでしょう。

 この世界の住人ほぼ全員が異界人数人に頼りきり、というのが実情。

 このギルドでそれをどうにかする為に色々と研究している真っ最中よ。

 元々は人間はこれほど強くなかったと話したでしょう? そしてわたくし達の弱体化。

 ギルドもこれについては研究しているし、わたくし達もそう。

 今はまだ従うフリをしている、といったところね」


「はえー……」


 もう何と言っていいのかすらわからん。


「それにレガノア教と手と手を取るなど土台無理な話だ。

 出生率は下がり、種族全体が弱体化するばかりでその上に死ぬ事さえ制限されたのではな。

 なんとか人間の血を入れようと躍起になる種も多い。

 これでは人間や天使の手で直接的に根絶やしにされるという状況から時間を掛けて勝手に滅びるにシフトしただけだ。

 あのふざけた神をどうにかせねば話にならん」


 そういやそうか。

 譲歩するもクソもこれ以上下がりようは無いほどに追い詰められているのだ。

 他の誰かの為に憎い敵にすら頭を下げる、ではなく剣を抜くいつかの為に今は屈辱に耐えるの精神だったようだ。

 下げ続けたって全てを奪われる事には変わりが無い。 

 とっくに臨界点は超えているのだ。


「……が、はっきり言って行き詰っている状況だったのだがね。

 異界人は一世代限りで子を残せんし、寿命もそう長いわけではない。

 創始者のうち、二人が死に、正直ここまでだろうと思っていたが。

 ごく最近、少しばかり風向きが変わった」


「何でだろうなアレ。天使もここに来やがったし、世界の転換期って奴か?」


「ふふ、創始者の言葉だったかしら? そういう流れが出来る事があるって言ってたわね。運命だったかしら?

 ロマンチックな話ね。

 ……異界人って本当に不思議ね。停滞し滅びさるだけのこの世界にふと現れて異界の風を吹き込む」


 ぐ……良心がずっきんずっきんしてきた。

 やめてくださいマリーさん!

 そんな笑顔で私を見ないでください!!

 この良心の呵責に耐え切れそうにない。

 もうゲロってしまおう。

 なんとかなるだろう。むしろ私より数倍うまい手を伝授してくれるかもしれない。

 なるようになってしまえ!

 そう思って口を開いた。


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