クンツァイト港食い倒れ旅行編~血煙港旅情~
あー、と大口開けてバゲットを頬張る。モギモギモギ。
目の前では糸目の胡散臭い売人が機嫌良さそうに岩塩をがりがり削ってチキンに振り掛けながら通りすがる人々に軽薄な調子で話しかけている。なんだその巨猫被りは。
……しかし妙に視線を感じるな。何やらじろじろと見られているのだが。なんなんだろ。
こちらを、というよりは私を見ている。なんか変なとこあるか?身体を見下ろしてみるが特に変なところはない。はて?
先程注文を取ったカウンターのお姉さんがちらちらと心配そうなのも気になる。
「…………?」
「ふむ」
九龍が顎に指をあてて僅かに考え込んだ様子を見せている事から別にギルドがどうこう、というわけではないのだろう。
つまりこの港特有の事情と考えるのが最も有り得る話となるが。
ラムレトを見てみる。書類の影に隠れて指をさっさと動かすのが見えた。何かしら合図をしてきたようだ。九龍がそれを見て考え込むのを中断し、さっさとチキンを処理した。
バゲットを指差したので私にもはよ食えということらしい。仕方がないな。確かに落ち着かないし。カカカカと音を立てて一気にバゲット処理。
美味いがどうにも集中出来ない。取り敢えず九龍を見習って情報収集だな。と言っても私の場合耳を澄ませる程度だが。
西の方から来るものが、向こうの方は、教団が、ギルドが、取り留めもない話と言えばそうだが。ふーむ。
と、考えているとカウンターのお姉さんがすっと近寄ってきた。ひょいひょいと私達が食べ終わった後のゴミを回収していく。そしてそのまま立ち去ろうという間際に小さな声。
「お父さんか、お兄さんですか?
この子は準人間か、とにかく人間との混血の子供ですよね?貴方も。街の住人達がアイツらに密告した筈です。
逃げた方がいいです」
一方的に告げ、何事も無かったように立ち去っていく。うむ……?
ちらりと九龍を見上げる。糸目の売人は立ち去っていく店員を見ている、見ているのか?糸目だからわからん。まぁ観測している。
周囲をくるりと見回し、徐ろに立ち上がると私の両脇を抱えて持ち上げた。必然的に両腕が前に伸び、びろーんと上に引っ張り上げられるままに全身が縦に伸びる。そのまま膝上にインされた。なんだ。犬猫のように軽率に私を運搬しやがるな。
……ふむ、ははぁん。やけにベタベタしてくるがこれ多分周りに父親か兄と思われるように意図的に振る舞ってるな?
私は何も聞いてないが、多分ラムレトからある程度の話を先に聞いているのであろう。その上でそのように見られるようにしている。
先程のお姉さんの言葉、つまるところ人間の混血の子供というのがヤバいのだ。そして九龍にも声を掛けられたということは混血そのものというのもあまりよろしくない。
自由都市も子供の数は少なかったが、この港町では一切子供の姿を見ていない。それに、ある程度の年齢以下の住人はほぼ混血であったのが伺えた。純正の亜人のほうが寧ろ少なかっただろう。見た限り、年老いた者だけだった。
このギルド内には流石にそんな事もないようで、若い亜人も居るし明らかに混血無理だろうなという姿形の人も多い。唯一の安全圏といったところか。
思えば若い女の人もそうそう出歩いていなかった。言えばカウンターのお姉さんくらいなもので、そのお姉さんもここで暮らしてるんだろうなと伺える。ラムレトのものであろう腕輪を着用しているし。厳重に保護されているようだ。
ピリピリとした肌を舐める感触。真っ白な大地に真っ白な建物。カミナギリヤさんが言っていた、南大陸はガッチガチのレガノア神族の大陸だと。
ここはその中でも突き抜けている。多分だが、神族が居る。とは言っても本人が居るわけじゃあるまい。居れば私がわからん筈もないしな。なんだったか、いつかアスタレルが言っていたな。
────────神社の祠や鳥居、教会の十字架に注連縄に括られた霊山、祭祀場として古くから在る石。千段の階、確かに意識集合体の神が畏れと信仰から魔力を集めるならば─────────。
「………………うーむ」
教団の建物もあちこちにあったし、こりゃあこの港町全体に散らばるようにして神族の神殿と言えるものが造られているのだろう。本人に代わり、御神体とかもいっぱい置いてある筈だ。
自由都市でもああいう祭祀の為の物はいくらでもあったが。多様な部族が住まうにあたってそれぞれの文化やら伝統やらが都市に飲み込まれるようにして存在しているのとこれはわけが違う。
なんせこのギルド内だけでも何かが壊されたような跡がそこらにあるのである。ぶっ壊して上書き、わかりやすいことである。
しかも現状における神族の力関係を考えれば他種族の崇めた神の為の祭祀場など最早無人の家屋と言って良いだろう。壊された跡を見ても何も感じない。無神だ。えーと、なんだっけ。
マリーさんがなんかこの辺に関して言ってたな。思い出そうとしてみるが出てくるのはマリーさんの麗しいお顔だけである。マリーさんの麗しさで記憶が上書きされている。マリーさんの麗しさで記憶がヤバい。
まぁ待て、うーんと。ポクポクと連鎖的に六本足の馬まで出てきたところでようやく思い出す。天使に転生するなど無かった古い精霊は殆ど消えて幽界に残滓があるのみ、だったっけ。
古い精霊だけではなく神々もまたそのような道を辿った存在が居るのであろう。生首ちゃんパターンは例外だろうけども。
あの六本足馬により物質界に穴が開いたからこの場所ならこれからそういう連中に期待ができるとかそういうことを仰っていた。ふむふむ。
つまりここでやっといた方が良いんじゃないかな的な行動はトンネルにラーメンタイマー、そしてあの六本足馬みたいなヤツの蘇生であろう。あと壊されているものの修復か。中身はそのうち戻ることを期待。そうしてぐいぐいと頑張って頂きたいところだ。
よし、やること決まったなら後はもう全部忘れていいな。考えるのはめんどくさいので。ふわー。
しかし座り心地が悪いな。柔らかさ絶無。うごうごと蠢いてみるが益々座り心地が悪くなっただけだった。
「こんにちわ」
「あん?」
蠢いているところに突然の声。蠢くのをやめて声の方向に向き直る。人間、聖人か。付き従っているのは亜人の混血のようだ。1番後ろに居るのは神罰代行執行者。
カウンターのお姉さんを見てみる。青い顔でこちらを見ている辺り、危惧していたのはこいつらのようである。
「何の用でしょー?」
にっぱり笑って元気にお返事をする若者ぶってるジジイがさり気なく私を抱え直した。テーブルの上にある籠からフォークを1本引き抜いてふりふり。
「いえ、幼子が居るようなので。何歳ですか?この街でお生まれに?
神のご加護があらんことを祈って祝福を」
「そりゃどーも。ありがとー」
ぱちぱちと何かが飛んできた。なんだろ。頭を振っておいた。しっしっ!
と、何も言わずに亜人の混血あんちゃんが無遠慮に近寄ってくるのが見えた。なんだ。その手をこちらに伸ばしてきたところでジロリとジジイがあんちゃんの方向を向いた。
「何か?」
「…………………………」
すぐさま手を引っ込めた辺り、あんまり良い用事ではないようだ。
「ああ、失礼。気が逸ってしまったようだ。どうかお目溢しを」
聖人の男が慇懃無礼に謝罪をしてくる。了、相槌のように返事をした九龍が鼻歌歌いながらフォークをくるくると空中で回した。
場はガヤガヤとしているが、こっそりと皆さん青いお顔でこちらを見ているようだ。ふーむ。青い顔は青い顔だがどうやら青い顔にも二通りあるようだ。カウンターのお姉さんのように心配のあまり、という人が大半ではあるが。
数名、ギルドの方のカウンターにいるおばちゃんやクエストを見ていたらしいおじさんなど。あれは心配で、って顔じゃないな。どちらかと言えばそう、バカが寝てる怪獣をぶっ叩いているのを見てしまった一般市民の顔である。
「何かご用事ですー?」
「問うまでもなさそうですが一応お聞きしますね。
神の工芸品はお持ちですか?」
「はて、それがどうかしましたか?」
「見たところ準人間でも無いようですしね。この港町に来たばかりなのでしょう?
ならば知らないのも無理はありません。
皆様はあまり博物誌編纂に対して熱心でないようで、どうにもいけない。消えゆくもの、失われるものは大事にされるべきです。全ては継承されていくべきなのですよ。
ですが、ええ。教団としてもご理解いただけないのならばせめて少しでもご協力頂きたいと思いましてね。
子供1人に付き、神の工芸品が1つ。供出が義務付けられているのですよ。
ああ、義務とは言ってもあまり身構えないで大丈夫です。
私達は神の工芸品の供出が無い時点でご理解頂けたものとちゃんとわかっておりますから。
供出出来ないと言うことはお子さんに東大陸で高等教育を受けさせる事が出来る良い機会だと思っていただけていると思っていいということでしょう。ありがとうございます。それでは次の船でどうでしょうか?
お子さんも東大陸に行きたがっている筈です。なにせこの年齢の子供だ、人間との混血以外あり得ません。つまり第二級人類族への道があるということです。
混血が可能であること、これが満たされることはそう多くはありません。その幸運、神のご加護があったのでしょう。
おめでとうございます。貴方も随分と人間に近いようだ。お子さんが人間の伴侶を得るなり、主人を得るなりすれば未来は明るい。
…………ふむ、額に第三の目。聞かない種族だ。随分と僻地から来られましたか。
どこの部族かはわかりかねますが、教団の聖伐と開拓を受けたのですね。詳細はまた後で聞きましょう」
「開拓ゥ?」
九龍が胡乱な声を上げた。まぁこの場合の開拓というのは言葉通りのものではないだろうからな。
ようするにまぁ、勇者なんかによる侵略強奪強姦の事を指すのであろうし。
もちもちと私の顎をタフつきながら九龍がおもしろそーに問いかける。
「おっと失礼、それは確か部族単位だったと記憶してますがね?
個人で神の工芸品を?
こりゃまた景気の良い、豪気な話ですねぇー」
「ははは、ここでは違います。教団から通達がされた筈ですよ。
住人達もほぼ皆様賛成してくれましたし、子供の姿はこの港町で見かけないでしょう?
皆喜んで東大陸に学びに行きました。
さ、君もお友達を作りたいだろう?」
しゃがみこんだおっさんが私を覗き込む。ヘーゼルの目がにこやかに眇められた。
なんかさっきからぱちぱちとなんか飛んできてるな。ブルルルルンッ。
「にゃはは、うちの子は残念ながらそのつもり無いみたいですねぇ。
まぁそういうこともありますよ、気を落とすことないでーす」
ケラケラ笑いながらぼむんぼむんと頭を押された。むぎゅー。
頭をぼむぼむされながらおっさんが僅かに顔を顰めるのが見える。何故だ、顔にそう書いてある。む、さっきからなんか飛んでるのこのおっさんか。
「にしても、驚きましたよ。ここはギルドの街と認識してましたが。
ちゃんとギルドの許可は取ったので?
ましてやここはギルドの中でしょ。
それに、そこの方達も。ギルドに登録しているように見受けられますがね。ギルドの戒律を守る気も無いと?」
「住人達の皆様から賛同を得たのですよ。ここのギルドマスターからは未だ許諾を得られていませんが……。
まぁ組織とは人が先にあるものです。組織の為に人があってはなりません。ましてや独裁などあってはならない。ギルドというのはどうにも創立メンバーで全てが決まりがちですが。
まずはそこから変わっていかなくては。
ギルドの戒律もこの港町だけでも変えるべきではないか、という話も出てます。署名も既に過半数を越えていますからね。
ギルドマスターの交代も何れ成されるでしょう」
ありゃりゃ。件のギルドマスターであろうラムレトを見てみる。申し訳無さそーに手を擦り合わせている。カミナギリヤさんも言っていた、彼らもその手に抱え込めるものは多くはないと。こういうことなのだろう。
まぁ出来るからと言って住人皆殺しにするわけにもいかんわな。このケースで言えば住人丸ごと敵になったようなもんだ。端から端まで全部管理だって流石にしきれまい。港町という立地を考えればよくもまぁ何十年も抑え込んだなという感想しかない。
混血が可能な種族が大量に流入してきた時点で打てる手は無かったのだろう。なにせ他種族は人間の血を受け入れねば子供が出来ないのである。反逆分子はほっとけば断絶するのだ。40年、短い年月ではない。街1つ塗り替えるには充分な時間だっただろう。
ラムレトは神としてはマジにペラ神だったのだし、二代目神族の領地侵食に関してはまさしく出来ること無しって感じだったろうしな。
自由都市の状況を考えればまぁ、この港町に全てを集約させて抑え込むという手法で停滞を選んだのだろう。教団も自由都市にはまるで手が出ていないようであったし、ラムレト凄いな。
「また面白い話ですねー!
話を詰めさせて頂きたい、どうぞお座りに」
勧められた椅子に複数名が座る。混血のあんちゃんが何やら懐から紙を出してきた。名前……うむ、件の署名とやらのようだ。
「賛同頂けるのですね。それではこちらの署名にお名前を。
お子さんは今はそのつもりが無いようですが、なに。幼子というのはころころと言うことが変わるものです。
すぐに東大陸に行きたいと言うでしょうから準備は進めておきましょう」
「ははは、本当に面白い。まぁ私もクロイツマインを狩った後は姿をくらませるつもりではありましたがね。
どん詰まりもどん詰まり、後はどう死ぬかぐらいしかないのがこの世界です。自由都市というデカい墓標の1つも立ててこの世界の種族に対する慰めにするつもりでしたが。
メルトはああ見えて人寄りの神ですし、最後まで残るとは言っていましたがねぇ。
ああ、そちらの冒険者さん達。君等は除籍だ。
過去も、生まれも思想も問わない。誰だろうが何をしてきたんだろうが拒む事は無い。
ギルドの戒律を守り名を連ね続けるならば、受けいれた仲間の敵は我々全員の敵だ。そしてギルド戒律は幾つかありますがねぇ。ははは、最上位にこれだけは守れとあったでしょー?
守らなかった場合はどうなっても知らぬと言われた筈ですよねぇ。
ギルドはギルド総裁の私物。勝手を許さじ、と。
────────私はお前らに、好きにするのを許した覚えは全く、これっぽっちも。ねーアルが、なぁ!!」
キラキラの目が開かれる。そしてその笑顔、なんら変わる事なく。
鈍く、重い音がギルドに響いた。
「ぽえ」
おっさんから間抜けな声が上がった。
しんと静まり返って少しの間。絶叫が響く。
「ひょ……」
膝上に乗っかったままの私は目の前でおっさんの首が真後ろを向くのを思いっきり見てしまった。夢に出そうなのだが!?
私の情操教育に配慮しろ!!
続いて九龍が握っていたフォークがそのまま署名を机に置いていたあんちゃんの手を机に物理で縫い留める。鮮血が散った。激痛にのたうつあんちゃんの首が回る。
ギルド内は一瞬で緊迫した空気へと変じ、1番後ろに居た神罰代行執行者が何かしら、自らに加護を与える神性に対して呼びかけようとしたのをいつの間にか執行者の真後ろに立っていたラムレトがひょいと口を塞ぐ。
男の目がぎゅるんと真上を向いた。がくがくと震えながら、顔面の穴という穴から砂を吹き溢し始める。残ったのは洗いざらしにされたような人の形をした皮のみだった。
聖人のおっさんに付き従っていたあんちゃん達が悲鳴混じりに許されない、横暴だだのと喚いている。
が、その悲鳴はすぐに静かになった。そっと地獄トイレをしておいた。申し訳ないが私に出来るのはこれぐらいである。これは生存を懸けた戦いなのだ。生ぬるいことは許されない。というわけで成仏して欲しい。
「私が法で私が決めたモンが戒律ヨ。この港もう駄目アルな」
「やっぱり?」
「聞いちゃいたアルがなぁ。別で作り直した方がはえーアル。
ありったけの火薬仕込んで港の爆破でもするアルか。
クンツァイト港のギルドはこれにて店仕舞いよろし」
「あらら、気に入ってたのになぁ」
「移転先に好きなとこ選ぶネ」
「それならタンザナイト塩湖の離れ島がいいかな。あそこ綺麗だよねぇ。
港はもうこりごりだよ」
「まためんどくせーとこ選んだアルなぁ。
ま、離島なら管理もしやすかろ。よろし、好きにするネ」




