クンツァイト港食い倒れ旅行編
「おうちかえりたい」
呻く。なんでこんな事に。いや、考えるまでもないことだ。私が海産物に釣られてしまったのが悪かったのだ。
散々に聞いていたではないか。ここはクンツァイト港、神魔の最前線である、と。
手綱を繰る九龍の腕を両手で掴みながらおんもを見下ろし、吹き付けてくる風に向かって威嚇をしては通りすがる鳥にも威嚇をする。
それにも飽きてきた頃合いに地平線に朝日を受けてゆらゆらと光輝くものが見えだしたのは飛竜に乗ってほぼ丸一日掛けた頃合いの話であった。
ウルトのようなスピードでもないし、昼にも何度か降りて休憩はしたし夜も野営であったがそれでもかなりの長距離移動だ。うーん、すっかりお腹も減ってしまった。九龍のバッグを勝手に漁って高カロリー食らしきものを掘り出す。
うまうまと食べているとトンと頭を軽く指で突かれた。なんじゃいと後ろを見やれば九龍がこちらを見ながら口を開ける。腹減ったらしい。仕方がないな。
ナッツやらドライフルーツやらを砂糖をたんと混ぜ込んだ小麦か何かで練り固めて焼いたのであろう棒状の食べ物をぽくりと折って半分を九龍に与えておく。
あっという間に食べ切って行儀悪くぺろりと舌で唇を舐めてからキラキラの目がすいとその視線を地上へと向けた。既に港町は私の目にも見えている。程なく到着するであろう。
ばふりと羽ばたきながら隣につけたスフィンクスに騎乗しているラムレトが手信号で何やら合図をしてきた。
それに対して九龍も指でぱっぱと何やら返事をしたらしく、それを受けてラムレトが進路を大きく変える。
ほけーっと見送っているとその最中にポイと2つ何かが投げられてきた。なんだ?
危なげなくそれをキャッチした九龍が片方を私にそのまま横流ししてくる。改めて渡されたものを見てみれば、それは分解作業を終えたらしい神託スラグであった。そういえば一昨日の時点で明日には内職が終わると言っていたな。
「ヤッター!!」
両手で掲げて大喜びである。これで食券も補填ができるというものだ。空中ではまぁ1個の受け渡しが精々と思ったのか、あるいは単に取り敢えず1個で投げてきただけなのか。
どちらにしても有り難いというものである。いそいそと取り出した板にわっかを設置し放り込んでおく。よしよし。リュックに仕舞ってバンバンと叩いた。
姿勢を直したところでふいに大きく手綱が引かれる。下知に従い、飛竜がぐるりと身体を傾けて高度を下げ始めた。風が顔面に音を立ててぶつかってくるので目をぱちぱちとさせておく。
「うおー」
「降りる。掴まってるアルよ」
どうやら二手に分かれるらしい。別々の方向から港へ入るようだ。ラムレトの姿は既に遠く、先に港へ入るつもりなのだろう。港町の中央辺りに行ったようだ。多分ギルドだな。
こちらは港町の少し外れた場所にある大きな建物郡へ向かうようだ。あれは恐らく飛竜の竜舎的な場所だろう。ぐんぐんと高度を下げていく飛竜は位置を調整しつつ滑走路と言っていいのかは謎だが大きな広場に向かって降りていく。
旗を振っているおっさんが数名、どうやら誘導しているらしい。ここまで距離が近くなれば竜舎に居るのであろう飛竜達の鳴き声も聞こえてきている。グギャーだかゲヒャーだかと凄まじいうるささだ。
そういやあの六本足の馬はどうしたのだろうか。気が向いたら勝手に自由都市の竜舎にいれとこ。
ばっふばっふと羽ばたきつつ徐々に地面に近づいていく。人の高さまで来たところであんちゃん達が飛竜の首にがちゃがちゃと革紐をくっつけたり簡単な身体検査をしたりと忙しくし始めた。
何やら涙目の爺さんに風除けマントと手綱を預けた九龍が私を抱えてぴょいと飛び降りる。くんくん、潮の匂いに砂の匂い、そして自由都市とも違う植物や住人達の匂い。だいぶ文化も違うようだ。竜舎ひとつ取っても建築様式からして異なるのが見て取れる。
植生している植物もさも南国といった感じである。地続きの大陸間で、しかもあの程度の距離で自然にここまで植生が変わるとも思えないので多分次元断裂でどっか行ってるな。
ヤシの木とソテツがゆらゆらと揺れていた。ソテツのトゲトゲをぐいぐいと引っ張って私の腕の長さぐらいにぶちりと千切る。
「その竜は適当に世話焼いとくよろし。戻る時に使うネ。
で、名乗りは必要アルか?」
「いえ……、いえ……!!
こうして再びお目にかかれたこと、望外の極みです……!!」
「あ、あの……?」
「わからんなら後で教えてやるから静かにしてろ!」
折り取った部分から1番近い葉っぱを上にひん曲げて、その2本の葉っぱに差し込むようにして互い違い順々に残りの葉っぱを折り込みながら上に上に編み上げる。
立派にムカデみてぇな虫籠が出来た。遠目から見たら完全にクソデカいキショキショ虫だ。量産してあちこちに置き散らしてやった。
「よろし。私普通に街に入る。
ここだけで黙っとくネ」
「わかりました!!」
あのヤシの実は食えるのだろうか。うーむ、流石にあんな場所には手が届かない。ワンチャンかけてジャンプしてみるが当然届かない。むむむ。
思いっきり石を投げてみるが遥か下を弧を描いて落ちていった。むむむむむ……!!
ヤシの木の癖に生意気な!!ゆらゆらと揺れる動きに私を小馬鹿にする意思が感じられる。
ヤッシッシッ、鏡で見てみろよその必死な姿をよォ~!これが欲しいのんか?えぇ?欲しいんなら相応の誠意ってもんがいるよなァ~!
そのような幻聴がなんとなく聞こえてきた。
「ムギィィィイィィ!!」
許せん、そのぶら下がった実を捥いで目の前で啜ってわからせてくれる!!この溢れんばかりの怒りのままにゆっさゆっさと揺さぶってやるがヤシの実は頑固にぶら下がり続けている。
こんにゃろー!!
「何してるネ」
私の後ろまで歩いてきた九龍が言いながら指で弾き出した石礫が私が狙っていたヤシの実に直撃した。
バツンと音を立てて落下したヤシの実をナイスキャッチして何の事もないような軽さで手刀だけでくそかってぇ外皮をスライスする。バカンと開かれたヤシの実が私に与えられた。やったー!!
ぐびりと飲んでみる。うーん……。
「青臭くて酸っぱくて生ぬるい水だ」
「こんなとこに生えてる野生の物が美味いわけねーであろ」
そりゃそうだ。人通りの多い場所で沢山の実をつけた果樹があっても美味いわけがないの理屈である。美味しくないから誰も取らないのだ。そういえば飛竜達だって見向きもしていない。なんなら私が量産した虫籠の方が人気がある。ちえっ。
折角なので全部飲んでから殻を不法投棄しておいた。
「もういいアルか?
ぼちぼち行くよろし」
「はーい」
てってこ後を付いて走る。竜牧場を離れて街へ近づくにつれて人と荷も増えてきた。グアーグアーと変な鳥みたいな奴が鳴き声を上げている。
時間は早いが物のやり取りも多いのが伺えるデカい港町だ、朝も昼も夜も変わらず誰かしら動いているのであろう。
ある程度顔を隠す為か、九龍がパーカーのフードをがもりと被って私にもぼふんと帽子を被せてきた。ヌワーッ!
……九龍のフードに猫耳が付いている。マジか。生徒会長すごい趣味だな。しかし本当に人が多いな。とっとこ走って九龍の空いている方の手を掴んでおく。はぐれたらめんどくさそうだ。
自由都市と違って人の行き来はさほど制限はしていないようで、門番らしきおっさんがじろりと睨みを効かせているものの特に確認なども無く人が流れ込んでいく。
「…………………………」
なんというかこう、じわじわと込み上げてくるものがあった。行き交う人が増え、街の中が見えてくると共にこのミニマム心臓がどきんこどきんこと脈打ち始める。
視線が泳ぐ。右、左、下、上。じっとりと汗が出てきた。私はそう、考えていなかったのだ。この可能性を。いや、話をちゃんと聞いていればそれに思い至った筈だ。
海産物に釣られて何も考えずに来てしまった。今にしては思えばこのジジイ共、わかっていて私を海産物で釣り上げやがった。
悪魔を呼び出してなんとか、いやダメだ。そういえば悪魔たちは静かなもので一切その気配を漂わせる事もしない。私が最初に提示した条件が達成されなくなるからだろう。
今や顔が引くほど青いのが自分でもわかる。
握った手をそっと引き抜こうとしたところで、ぎゅむりと思いっきり握り返された。逃さん、鋼の意思が感じられた。
恐る恐ると見上げる。
にんまりした顔がこちらを見下ろしていた。
「………………………………おうちかえる………………」
「諦めるヨ。ここまで来たら一緒ネ」
「エーン……」
神魔の最前線、考えるまでもなく勇者聖人聖女精霊使い異端審問官よりどりみどりで人間だらけの街であった。あちこちに教団のものであろう建物が見える。
肌を何かがしきりと撫でていく。私が弾いてしまっているようだが間違いなく真実の石板ほどの物ではないにせよとも何かしら行き交う人々の情報を検分している奴があちこちに居る。恐怖しかなかった。おうちかえりたい。
九龍がラムレトから受け取っていたもの、小さな銀片をポケットから取り出して少し眺めた後にふむと頷いて再びポケットに仕舞った。
「なぁにそれぇ……」
「ま、鑑定弾きアルな。交信球と同じくそれなりに広まってるものヨ。
真実の石板の原版みてーなものは無理アルが複製程度の目だったら欺ける代物ネ」
「準備万端じゃん……」
ちくしょう、やはり敢えて黙ってやがった。ラムレトと九龍居るし何かあれば悪魔呼び出せばいいだろとか思ってたのに。
この街で悪魔を出せばあいつらは身分詐称が嫌いということでどう足掻いてもその存在が露見するし人多すぎで処理しきれず確実に教団の中枢に情報が流れる。ルイスだって悪魔の力は特異なものだからバレると言っていた。それを防ぐには神託のことも考えて一気に街ごと全てを壊滅させるとかバカみたいな話になってくる。どっちにしたって神族や天使が来る。
そうなれば全てが最早手が付けられない事態にまで悪化するだろう。
私は最初にこの世界をどうにかするという条件を悪魔達に付けている。ここで悪魔の存在がバレたらそれが破綻するのだ。だからあいつらも静かにしているのである。
悪魔な綾音さんは大丈夫だろうか?
いや、恐らくだがチーム大罪は肉の器を自前で持っているのでそっちを使えばいいのだろう。メロウダリアもあの鬼ヶ島でそんな事を言ってたし。私の横にくるりんちょと同じく悪魔成分を引っ込めることが多分出来る。
そうなると元の人間程度になって悪魔の力が使えないだろうが綾音さんのあの嘘発見器みてぇな力は自前なのでそこは問題がない。
こうなればとっとと仕事を終わらせてすぐに帰るのである。それしかねぇ。
燦々と照りつける太陽を睨みつける。仕事を速攻終わらせて飯食って帰る!!
九龍に手を引かれるまま、到着した場所はギルドである。扉を開くとしゃらんしゃらんとサンキャッチャーが音を立てた。オシャンだな。この街は建物も街路も全て真っ白だし、光を大きく取り入れるように建物そのものも大きく開けている。
ギルドも壁が西側のまるまる一面がくり抜かれており、シェードや植物が日除けとして広がっているだけだ。どうやらそのままテラスって感じらしい。
ギルドのカウンターの奥の方にはラムレトが座っていた。何やら書類を見ているようだ。こちらには反応しないようにしている。
フードを取った九龍がギルド内を見回し、取り敢えず腹ごしらえするかとなったらしく食事処のカウンターに歩いていく。
自由都市と違ってファストフード形式のようだ。オーダーして受け取って適当に座って食う、うーん実に南国。冒険者達を見るにつけ取り扱いは軽食のみのようである。
しかしいつになったら私の手は解放されるんだ。
糸目になってるのは目立つ目玉を隠すためだろう。益々胡散臭い商人みてぇになっている。片手を上げてカウンターのお嬢さんに声を掛けた、のだが。
「ニーハオ~!注文よろしく~!」
二度見どころか三度見した。おまけにもう一回見ておいた。けらけらと調子よく雑談しながら幾つか注文して精算。渡された番号札を持って空いている席を見繕い、私の脇辺りを両手で持って抱えると椅子に乗せた。
そのまま前の席に自分もイン。
ギルドの奥のほうで座っているラムレトの肩が若干震えているのが見えた。あの野郎笑ってやがる!
というか猫かぶりすぎだろ!これはマジで新入りと思われておうおうあんちゃんツラ貸せや待ちだぞ!!
「監査するなら隠してナンボであろ?」
糸目のまま機嫌よく小声で言ってくる。それはそうかもしれないが。
こっそり周囲を見回してみる。うーん、結構な人間の数だ。恐ろしい。やがて出てきたサーモンバゲットをかじる。飲み物は……なんだろ、チャイってヤツか?
ぐびぐび。美味いけども落ち着かない。肌の上を何やら滑るような感触は消えないし、この港町のギルド内とかよく考えたら最前線も最前線である。
はやく帰りてぇ……。




