チビな暗黒神様と嗤う悪魔2
まことの地獄とは神が不在である事。
祈りと願いと愛が天に届かぬ事。
あなたを信じているのです。
あなたが光なのです。
それなのにあなたはもう何処にも居ない。
嘆きと絶望が天を覆い照らしてくれる光も無く世界は何処までも暗く何も見えないのです。
星の光を縁に彷徨い歩き幾星霜、歩き疲れた私をどうしてあなたがお見捨てになりましょうか。
誰よりもあなたを信じているのです。
天よ、主よ、世界が終わるその瞬間にはどうか私を抱き締めていて下さい。
うむむむ。
唸る。
唸ったところで現実は変わらない。
この空間、この男、この身体。
否定する要素は現状何一つとして無く、呻くようにしながらもその事実を事実として認識するしかない。
「えー……。マジっすか」
「マジですヨ。何度でも申し上げますが貴女は暗黒神様として生を受けマシタ。というわけで悪魔の為に身を粉にしてキリキリ働けや」
ほんとに口が悪いなこの悪魔。本人曰く悪魔である。そうと言われれば確かにそうとしか思えないが。
いや悪魔だから別に口が悪くてもいいのか。まあいい。
「ていうかさ、アスタレル?……は何なのさ?……何なのでショウカ。悪魔?なんで悪魔」
喋ってる途中でアスタレルの目が据わってきたので思わず敬語になった。
負けた。
「暗黒神様の忠実なる従僕デスヨ。以後よろしくお願いしますネ」
じゅーぼく?
墨汁か。
なるほど黒いもんね。全身真っ黒な私でも負ける真っ黒さだ。
「おやおや、面白いことをお考えで」
「従僕ちゃいますやん!」
頭を鷲掴まれて凄まれた。
酷すぎる。
じゅうぼくて!どの面さげて言うてますのん!
メリメリと食い込む爪がめちゃくちゃ痛い。
「やーめぇーろーぉ~」
高くなったり低くなったりの妙な悲鳴が出た。
「おや、よい楽器デスネ」
この悪魔野郎!!
暫くギリギリされたところで漸く解放された。
爪の跡絶対ついてるぞコレ……。
「わかったわかった……わかりましたよ……もういいよ……。……で、暗黒神って何するのさ?」
「話が早いデスネ。やる事と言ったら……そうデスネ、暗黒神様の神域を作り休眠している悪魔を孵して汎ゆる命を蹂躙し略奪し人間も魔族も精霊も亜人も全員ぶち殺して内臓引きずり出してミンチにして世界中にバラ撒いてついでに塩まで撒いてこの世全てを血と肉と憎悪で満たし悪魔の楽園とする事デス。
早い話が世界規模の陣取りゲームデスネ。楽しいデスヨ」
「嘘つけえぇえぇぇぇぇぇえい!陣取り要素なんかどこにもないわい!!何から何まで真っ黒じゃん!!」
思わず全力でつっこんだ。
冗談では無かった。
そんな串刺し公とか青髭ばりの悪の帝王みたいな趣味はないのだ。スプラッターは人を選ぶものだとご理解ください。
「そんなの嫌だもんね!しないもんね!」
「おやおや」
困ったものデス、まるで幼い子供のわがままに困っちゃうみたいな表情と声を出されても嫌だったら嫌なのだ。
断固拒否、それ以外にない。転がってジタバタと手足を振り回した。
全身全霊ストライキである。
「絶対嫌じゃわーい!私以外の人にやって貰って!」
きょとん、とアスタレルは首を傾げ。
「これは異なことを。暗黒神様以外の誰がやるというのデス?」
本気で不思議そうだ。
「そんなことしたくないわーい!」
「暗黒神様は慕ってくれる悪魔達が可愛くないとおっしゃられる。嘆かわしい事デス」
アスタレルはどこから取り出したのか真っ白なハンケチーフで目元をそっと拭った。
う、胡散臭ぇ……。
というか何故そういう話になるのだ。
さっぱり繋がりがわからないのだが。何がどうしてそうなる。
「今も寒さとひもじさに震える悪魔達に温かい食事と居心地の良い家を用意しようとは思わないのデスか。鬼デスネ」
「な、なにぃ!?」
「アー、ヒドイヒドイ」
鼻までかみ始めた。
馬鹿にしてないか!?それぐらいわかるぞ!
「なんでそういう悪徳を尽くす事が悪魔のおうちと食事になるのさ」
「マイナスのエネルギーこそが悪魔の食事であり暗黒神様の神域こそが悪魔の住処デスヨ」
「マイナスのエネルギー……」
「過ぎた欲望を抱えたり恨み辛みを抱えたような堕ちた魂は美味しい栄養デスネー。
ですがまぁ贅沢はいいまセン。ですので単純に憎悪と苦痛で我慢致しマス」
あー……確かに悪魔ってソレっぽいな。
人を堕落させるっていうもんね。まあそういう負の感情が餌ということだろう。
「特に清純な魂が欲望に染まり己の飢えを満たさんが為に悪に染まり悪逆を尽くすというのはエネルギー的に美味しいデスネ」
小難しいな。
もっと分かりやすくして欲しい。
「貴族の初心な箱入り生娘が男を知って肉欲の虜となり皺くちゃなババアになってもなお美しい男を集めたハーレムに向けて股をかっ開いて腰をぐいんぐいん振りたくって更なる快楽の為に道具でも何でもあらゆる手を尽くすようになると美味しい魂って事デス」
最悪な例えだった。
無視した。
「神域って何さ?」
さっきからさっぱりわからん。
何がなんだ。わかりやすく頼む。スプラッタな事をすればそれが悪魔の餌になるのは理解したがおうちとやらは結局なんだ。
神域と言うくらいだし神社とかそういうのか?悪魔崇拝の秘密組織でも作れというのだろうか。
「ふむ、そのまま神の領域でデスネ。神のおわす座。神の存在に満たされた空間。神が治める眷族の住まう場所。高霊層にある神の支配空間で御座いますヨ。
神社の祠や鳥居、教会の十字架に注連縄に括られた霊山、祭祀場として古くから在る石。千段の階、確かに意識集合体の神が畏れと信仰から魔力を集めるならばそういったものをちまちまと作るのも一つの手ではありますがネ。
暗黒神様が意識集合体の雑神のように信仰を集めても仕方がありまセン。意味がない。
暗黒神様が神域を作る方法は唯一つ、魂の回収と解体、そしてそれによって作り出した魔力による編纂です。
というわけで今の暗黒神様は宿無しの助六。養わなければならぬ子供達がたんと居るというのに住所不定の無職の職歴なし。その程度の存在デス。ニートにも劣りマス。
なので眷属たる私達悪魔も哀れ家なき子デス。
物質界に干渉し立派な神域を作って貰わなければ困るのデス」
いくらか聞き逃せない言葉があったが。
ここはスルーが利口だろう。
ふむ、何となくわかったような。わからないような。
「ちなみに悪魔神様の神域は地獄とも言いマス」
「うおぉい!?」
流石にスルーは無理だった。
わたしゃ地獄の首領って事かい!
でも確かに悪魔の住処って地獄じゃチクショー!
嘆かわしいのはこっちだろう。酷い話だった。
「はぁ……」
考え込む。
……つまり私が神様として人に悪い事をさせたりすることが悪魔達の食事となり住処が広がっていく、と。
やりたくないな。うむ。業務拒否しよう。
「それってやらなくちゃいけないの?」
「ふむ?」
「別にやらなくたっていいじゃんか。私は悪魔なんか知らないし。悪い事する悪魔なんて居なくなったっていいじゃん。めんどくさいし。
……何さその目は。脅しなんか、き、効かないぞ!」
カエルのように踏ん張って冷え切った視線に耐える。
「……別に数ある神の眷属中、悪魔だけ悪事を働くわけじゃありませんヨ。
むしろ悪魔は情がとーっても深くて一途で健気ないじましい生き物デス。聖神の子なんて碌でもないデスヨ?」
嘘こけ。
何が情が深くて一途で健気でいじましいだ。一つも合ってないじゃないか。
「天使なんかその筆頭デスネ。己が正義と信じているが故にタチが悪い。暗黒神様だって自分が正義だなどとほざく輩が碌でも無いこと位分かるデショウ?」
うぬ……、確かに。
自称正義野郎なんてお近づきになりたくない。
「力も強いですからネ。神に尽くす事が幸福であり正義、他者にとってもそれが幸福だと信じている。おかげで不幸な戦争があとを絶ちまセン。
悪も善も世の中はバランスが重要、そうだと思いまセン?地獄の無い今、闇に属する魂は行き場もなく消滅するばかり。それはまずいのデス。
死があるからこそ生が尊いのデス。死が穢れであるからと忌避するのは愚か者のする事。
光に属する者たちが神の名の下に虐殺と享楽の限りを尽くす裏側で闇に属するものが踏み台にされているのデスよ?
愛と憎悪は紙一重、喜びの影に悲しみがある。愛は容易く憎しみへと変じ、悲しみがなくば喜びなど感じようもない。どちらか一方のみが在る世界なぞ、それは世界として不完全なのですヨ」
ぐぬぬ…。悪魔の誘惑恐るべし。
そう言われるとそんな気がしてくるのだから恐ろしい。
この悪魔の言うとおりの現状ならむしろ何とかしたほうがいいとさえ思えてくる。
いやでも……、どう言い繕ったところで暗黒神じゃないか。いやだー。
「……私じゃなきゃダメ?」
「駄目デス」
「そこを何とか!」
「却下デス」
「お願い!」
「嫌デス」
「私以外の人で何とか!」
「不愉快デス」
にべもない。
「……ていうかその話が本当なら別に其処まで酷い悪事働かなくたっていいじゃん!!程よくバランスが取れればいいってことじゃんか!!」
「チッ」
「舌打ちすんな!」
「……確かに暗黒神様が其処までやる必要はありまセンネ。私達が勝手にやりマス」
「こ、この……っ!!」
人類の敵だ!いや人類ならぬ生き物全ての敵だコイツ!
「いいじゃないデスカ。悪魔はもう一歩遅ければ消滅していマシタ。ちょっとくらいのヤンチャは許されてしかるべきデス。
全員灰も残さずぶち殺してやりたいのデス。というかソレぐらいしなければ天界にほぼ全ての魂を奪われ、傾きすぎた天秤は戻りませんヨ。
ちっとやそっとじゃもどりゃしまセン」
む、そんなにか。
思ったよりも酷い答えが返ってきた。
「……もしかしてすっごい酷い状態だったりする?」
「それなりにネ」
言いながら肩をすくめて見せるアスタレル、もう一歩遅ければ消滅していたという割に元気に見えるけども……。
ホントか?怪しいな。
「暗黒神様が生まれたからこそ何とかなりそうなのデス。神が不在というのはそれ程の事なのデス。
暗黒神様がおらずこのまま悪魔が消滅していたらどうなってたと思いマス?」
「……む、よくなるわけじゃないのはなんとなく察するけどさ」
「当然デス。どこぞの宗教家が配る人間がライオンをイイ子イイ子しながら果物毟りまくるチラシ絵の鼻でも付けたくなるようなクソッタレな世界になってマシタ。
老いも死も病も飢えも無い人間だけが頂点の世界デス。ディストピアもいいとこ。
それに、突き詰めれば行き着く先は見えている、そうでございましょう?
幸福とは個々によって変わるもの、食と平和を幸福と感ずる者も居れば他者の肉体を破壊する事で幸福を感ずる者も居る。
全員の恒久なる安寧と幸福、叶える方法は一つしかない」
「……それは……ヤだな……」
うん、それは嫌だ。
私が植物や動物だったら反逆するところだ。
輪廻に乗ってしまえば魂なんかどれも一緒である。
たまたま人間に生まれついた、それだけじゃないか。
それで未来が決まっていては世話がない。私は自由が好きなのだ。
でも暗黒神も嫌だ。
「まぁ、必要な存在なのはわかったけどやっぱり他の人にしといてよ。私じゃ無理っぽいぞ。
どうすればいいのかもわからんぞ」
「ふむ……そこまで言うなら仕方がありまセン。暗黒魔天様にお願いしてみマス?」
「暗黒魔天様?」
「ハイ、負のエネルギー体そのもの、常人には認識さえ出来ませんが死も病も老いも欲望も元を辿ればそれは暗黒魔天様なのデス。
生物が住まう星もまた生物であり宇宙もまた生物。万物は全て等しく生あるものなのデス」
「……うむ、兎に角偉い人なのはわかった。その人なら何とかしてくれる?」
「聞き入れて貰えればネ。暗黒神とは言わば役職。暗黒神様以外の魂を暗黒神様にしてくれるデショウ」
「ほほう……。そんな事出来るの?」
「暗黒魔天様ほどのお力があればあるいはネ」
おお。よく判らないがそれなら多分出来るのだろう。
よし、やってみよう。
「何処に居るの?」
「幽界よりも何次元か上の階層にいらっしゃいます。扉でも作りまショウ」
アスタレルが手をぱっと翻すとそこには扉が出来ていた。
何コレすごい。
黒のゴージャスな扉。
この先にきっと暗黒魔天様が居るのだろう。
パン、頬を叩いて気合を入れる。
暗黒魔天様との初邂逅、最初が肝心というし、ここは強気でイケイケで押すべきだ。
ドアノブに手を掛け、いざ鎌倉。
まずはたのもー、そしてびしっとポーズを決めつつ上から目線でやぁやぁ我こそは暗黒神、遠からんものは音に聞け 、近くば寄って目にも見よと叫ぶこれね!
「たの――――――――」
もー、と続く筈の私の言葉が紡がれることは無かった。
じゅわっと音を立てて蒸発する光。
「はうぁっ!」
ビクッと起きた。汗びっしょりで非常に気持ち悪い。
何があったんだっけ?
「オハヨウゴザイマス」
「うわっ!」
見ればアスタレルが傍に立っていた。
見下ろすない!
「ぬぬ……?
私気を失ってた?どれくらい?」
ふむ、とアスタレルが思案したのは数秒だった。
「一ヶ月ほどデスネ」
なげぇ。
そんなに。
いやしかし、あれは確かにソレほどの衝撃だった。
大きくたわんで震える空気。直ぐ近くで落雷があったってあれほどの衝撃は受けないだろう。
というかどう考えても私はさっきので死んだ。間違いなく。
一ヶ月昏倒してたというか復活するのに一ヶ月かかったのだ。
死んだけど復活してよかった。というか復活するらしい。
あの時は本気で死を覚悟した。
暗黒魔天様は恐らく攻撃してきたわけじゃないだろう。
きっと身じろぎしたとかちょっと吠えたとかちょっとこっちに注視したとかそんなレベルだったに違いなかった。
それだけであの衝撃。
「で、どうシマス?もう一度暗黒魔天様の元へ行って陳情してミマス?
――――――――それとも諦めますカ?」
其の問いに。
私が答えるべき言葉は決まっていた。
「馬鹿にすんなー!
……私にだってプライドとかあるのだ」
ふふふと不適に笑って見せた私に悪魔は心底面白い事をいう、といわんばかりの顔であった。
ともすればその笑顔を貼り付けたままに私の首を掻き切らんとする、そんな空気がある。
いや、首を掻き切るというよりもなんか腹あたりを刺してきそうな感じだな。ブルル。
「――――ほう?」
ニヤニヤと笑う悪魔をふっと鼻で笑って、私はゆっくりと腰を屈める。
「不精この暗黒神、誠心誠意このお役目を務めさせていただきます」
華麗なる土下座であった。
二度と会いたくなかった。恐ろしい目にあった。