斯くて日常、地獄では戦争中
それではちょっと行ってきますネとご機嫌に地獄に帰った羊を見送ってから天井を見上げる。うーん、大惨事。言葉もない。
朝の爽やかさは完全に消え失せ、鼻を刺す異臭と朝日に光るモツとドロドロとした肉片が自己主張激しく鎮座しているのみ。
しかも天井だけではなく周囲のテーブルや椅子も大変なことになってしまっている。勿論テーブルと床と壁ももみじおろしにより悲惨極まりない。こいつぁひでぇや。
一つ、頷いて本を捲る。焚き付けたのと製造……と言っていいのかは謎であるがまぁそういう責任ということで。アスタレルが破壊した部分を修繕、これでよし。
「それじゃ。私はどぶさらいに行く」
「僕も仕事戻るねー。後はシクヨロ!」
「私もちょいと出かけるネ。とっととあのシミを片付けとくヨ」
マジかよ……という無力感がいっぱいの呟きに沈んだ空気が流れたが気合で頑張ってほしい。
じっと絶望的な顔で私を見詰めてくるのはなんだろう。天井を見上げて膝から崩れ落ちる野郎も居る。受付のお姉さん達は泡を吹きそうな勢いだ。
不思議だなぁ。
「あらあらまぁまぁ……。可哀想に……お姉さんが受付ちゃん達と冒険者ちゃん達のお手伝いをしましょうねぇ~」
「女神……?いや天使……?」
む、アンジェラさんがやる気みなぎりんぐのようだ。戦闘でやることが無かったからだろうか。
展開していた刃物を収納しつつモップを握っている。よし任せよう。いや出かける前にちょっと地獄トイレを……。
「あれ?」
吸い込めるものが無い。
つまり居ない。なんでだ。勇者と聖騎士はまぁ地獄に行ったので兎も角として残りの2人が居ない。
首を傾げているとラムレトがああと納得したようにちょいと赤い床を指差した。
「あ、わかる?まぁ当たり前か。
不思議だよね。居なくなっちゃうんだよ。魂が消えちゃうの。東大陸の子はここで結構精算されたけど幽霊も残らないよ。
クーヤくんはこの世界の住人は結構前世の記憶とか持ってるって多分知ってるよね?
生徒会長が気にしてね。この都市で聞き取り調査をしたことがあるんだけど。
東大陸の記憶を持っている住人は存在しなかった。1人もね。
東大陸では流石に調査は出来てないけどね。僕らとしては恐らく他種族の人生を生きた記憶を持つ人間は存在しないと推測してるよ。
東大陸は閉じてるんじゃないか、世界線が異なるのではないか、というのが今のところの仮説だね」
「ほーん」
あー、でも言われてみれば確かにそういえば東大陸の人間の魂って吸い込んだことないな。最初の勇者はアスタレルがムシャついたし、その後のグロウは特に何もせずに放置した。
花人さんのところのはなんか星になったらしいし。クロイツマインとやらはこの都市で初めての地獄トイレだったので当然色々な魂が場に混在していたので吸い込めたかどうかはわからんままだ。
居るだろう、と思って吸い込もうとしたのは今のが初めてなのである。
それに他種族の記憶持ち、人間の記憶持ちが互いに居るならばこんなんなってないだろう。次の人生で虐げられる側に回るという可能性があるのならば生命というのものはもっと保身に走る。
死んだ後は人生に基づいて地獄に行くとか天国に行くとか決められるなんてのはまぁよくある宗教観であろう。
それを思えば確かに。人間は人間種で閉じていると考えるのが自然であろう。
「そういやフィリアがなんか白の子供は神の炉にしかいけないとかなんとか言ってたような」
「へぇ、今度もっとゆっくり話を聞いてみたいなぁ。でも安易に聞くと闇が出るから怖いんだよねぇ」
「ちくちくするしな」
「そーそー」
うむうむと頷き合ってから地獄を仕舞う。ならば用は無いのである。それじゃと腕を振って弾丸のように真っ赤で大惨事のギルドを飛び出してやった。私は風になる!
空は曇ってはいるが午前中はいっぱいは持ちそうだ。猫のヒゲを使えばもっと詳しくわかるが部屋に置きっぱなしだし掃除を手伝わされそうなので戻りたくない。
そういえば猫のヒゲを使って各区の予報を調べて貰う依頼を出して日々天気予報を出したりしたら一儲け出来そうだなぁ。めんどいのでしないが。
なんとなく顎に手を当てて道を歩きつつ考える。多分だが白炉にマーキングでもしているのだろう。白炉持ちが死ねばどこに居ても回収している。
人間は生まれ変わっても生まれ変わっても生まれ変わっても人間なのだ。なるほどなぁ。となるともしかしたら生まれ変わる先もある程度固定されてるのかもしれないな。
前世の記憶持ちが生まれる事があるというのが向こうでも存在し、そして知られているのならばフィリアみたいな立場に生まれ変わったらワンチャン来世に賭ける人間も居るだろう。
だがそういう訳では無いようだ。つまりランダムではない。多分ここらへんにも序列とか神民とか天族とかやらでえげつない格差とかがあるんだろう。恐ろしいな。
さて、今日も今日とてどぶさらい。てくてくとごみ焼却場に寄ってからトングとスコップなどの道具を借りて都市の地図も貰う。来るのが遅かったせいかギルド周辺エリアは既に人が入ったらしく取られてしまったようだ。
いつもならどぶさらいなんて幾らでも空いてるのだがあの勇者ぱーちーの影響で常駐依頼くらいしか無かったからだろう。なので一時的に高騰しているのだ。後はもう遠くの場所ばかりしか残っていない。
仕方がないな。そろそろこの都市におけるマイ冒険エリアを増やすべきであるということであろう。都市の内部はそんなに出歩いてもないし丁度いい機会かもしらん。
タクシーは公共物らしいので1日自由に借りるということは出来ないし、貸し切りにすると高いしあとめんどい。となればタクシーよりも自前での移動がマスト。
本をぺろりんと開く。カテゴリ生活セット。
商品名 そらとぶおおめだま
上に乗って移動する不思議な乗り物。
撃ち落とし注意。
「めだま……?」
よくわからん。まぁいいか。安いし。よし購入。
ボウンと音を立てて商品が現れる。
「目玉だなぁ……」
でけぇ目玉の化け物だった。コウモリの羽が付いているし変な触手も生えている。ギョロギョロと目玉が周囲を見回して瞬きしてからこちらを見た。
これはもうゲイザーとかデビルアイとかそういう名前でフィールドを徘徊してるモンスターだろ。
見た目がヤバすぎる。まぁ勿体ないので使うけども……。
カラバリオプションで目玉の色を変えられるらしい。何か意味があるのかその機能は。
いやでも紫の毒々しい皮色に悪魔の真っ黒な白目に真っ赤な虹彩、金の輪がある縦瞳孔のそらとぶおおめだまの姿は世界を滅ぼそうとするモンスターすぎて確かに撃ち落とされても文句は言えない。
えーと、ラメ入り、オーロラピンク、スター、グラデーション、オーナメント、付けられるオプションを全て選択しキラキラな感じのものを選んでいく。いや、まつ毛エクステは流石にやめとこう。逆に気持ち悪さが上がるのは疑いない。
これでどうだ。取り敢えず反映させてみる。
「うーん……」
ギャルみが感じられる仕上がりだ。緑と青のグラデーションがうっすら入ったラメ入りオーロラピンクが照り光り輝く。星柄があちこちに散りばめられており下には触手と共にド派手なクリスマス的なオーナメントがいくつもぶらぶらと吊り下がっている。
明らかに人の手が入っているので取り敢えず撃ち落とされる事は無さそうな見た目ではあるが……都市からデザインが完全に浮いてるな。
もう一度本に目を落とす。えーと、デフォルト悪魔風、レガノア風、近未来風、地雷風、洋風、アラビアン、和風、中華風……中華風に再設定してから再びデザイン反映させる。
色は変えていないのでギャルみは変わらないがモンスターのデザインは確かに変化した。妙な派手羽にわけのわからん羽衣が不思議だ。ふむふむ。オーナメントは玉に細かな花の模様が入った房飾り付きのものにすげ代わっている。
まぁこの都市らしいと言えばらしい派手なデザインではあるが。目玉の虹彩と瞳孔デザインも変えられるらしい。今の悪魔な目は邪悪が過ぎる、九龍の目玉色にしてやろ。この都市なら手を出すやつが皆無になりそうだ。取り敢えずこれでいいか。
カラバリ変更を終えて決定。瞬きした目玉はぐるぐると飛び回ってから私の前でぶもんと地面に潰れた。乗れということだろう。持っている物をリュックに仕舞って準備万端。
「よっと」
よじ登って上にのしりと座る。大きなバランスボールに座るように足で挟むようにしてバランスを取って尻のすわりを調整。手を付いてちょいと前のめりになれば落ちる事もなさそうだ。よしよし。
私を乗せてぷかぷかと浮き上がった目玉はラムレトの頭上を少し越えたくらいの高さで静止した。羽ばたいているが別に羽で飛んでいるわけではないらしい。
恐ろしすぎることもなくぶつかる心配もない、絶妙な高さである。ちらりと視線を向けた方向にそのまますいーっと進む。おお、これはいいな。
通りすがりの住人がほぼ三度見してくるのはちょっと気になるが。気にしないで欲しいものだ。こんな混沌とした都市に変なものが1つや2つや3つ増えたところで大した違いは無いだろう。
地図だけリュックから取り出して今回のどぶさらいエリアを目指す。かなり遠いが進む速度は私の足などより余程速いし何より障害物をほぼ無視出来るのであまり時間は掛かるまい。しかしちょっと小腹が空いたな。
朝ご飯の途中で勇者ぱーちーが来てしまったし。なんか食うか。
「あっちの屋台通りに行くのだ!」
指示を出せば目玉がぎょろりとあちこち見比べてからすいーっと簡単な朝ご飯を出しているらしい屋台に近寄る。うーむ、この目玉は生活セットだったが怪しいな。リュックと同じく実は生きてそうである。
ギョッとされたが私とおおめだまの目玉の色を見てああ、クソジジイ関連か……となったらしくへいらっしゃーと声を上げて私の注文を待ち始めた。
気にしないで欲しいとは思ったが諦めるの早すぎないか?慣れたというより諦めたって感じなのがなんとも言えない。暗黒街の住人とは別の意味で擦れきってるな。ジジイどものせいであろう。
いや暗黒街にもジジイは居たのだからこれはもう創立メンバーのクソジジイが居る場所の住人は擦れていると考えて相違あるまい。クンツァイト港とやらも絶対に住人が擦れている。違いない。
ま、クソジジイはいいとしてそれよりも朝ご飯だ。クレープのようなものに惣菜を包んでいるようだ。なんて美味そうな。デッカイソーセージにチーズとベーコン、卵と野菜の炒め物にと種類も豊富である。
「これとこれとそれとあれとあっちとこっちとそれこれそれあれくれ!!」
「全種類2個ずつでいいのかい?」
「そうともいいます」
「……どうやって持つんで……?」
「む」
確かに。ちょいと考える。リュックには流石に入れられない。うーん……両手に持てる量以外はこの場で全部食べてしまおうそうしよう。
「食べるから大丈夫だー!!」
「えぇ……?」
お金を渡してしまえば半信半疑の様子ながらクレープを焼き上げ始めた。うほほーい。1つ焼き上がったのが手渡される。ペロリと食べた。2つ目が焼き上がる。ペロリと食べた。
1つ渡される度にペロリペロリとしていく。店員のおっさんは大道芸でも見ているようなツラをしている。残り2つとなったところでその場で食べるのをやめて両手に持って飛び立った。なかなか美味であった。
「ふんふーん」
足でリズムを取りながら眼下を見下ろす。惣菜クレープうめぇ。頭上をすーっと進んでいく私の姿はだいぶ目立つようだが目玉を見て納得されている。この色にカラー変更しておいて正解だったようだ。
しかし時折私の姿を見て納得した様子の住人が居るのはどういうわけだろう。まあいい。
それにしてもこうやって見ていると本当に色々な種族が雑多に混じって暮らしているようだ。下半身が馬だったり全身鱗だったりとんがり耳だったり小さな二足歩行の動物だったりと見ていて飽きない。
とは言っても勇者ぱーちーが訪れたせいで人通りは減っているらしく住人とすれ違う事がそも少ないが。まぁ壁のシミになった事が知れ渡れば元に戻るだろう。
さてと、本日のどぶさらいポイントに到着。目玉に指示をして地上に降り立つ。結構な距離であったがかなり早めに着いた。いい感じだ。
スコップとトングを出してガチガチガチ。目玉はどうしようかと思ったが私の後ろを付いてくる仕様のようで私の頭の斜め後ろを一定距離でずっと飛んでいる。なら放置でいいか。
ガッガッと鋤簾で泥と苔をこそぎ落としながら詰まった落ち葉ごとぐいぐいと押していく。住人達はその辺の意識は徹底しているらしく人工ゴミは皆無なのだが如何せん自然溢れまくりな南大陸だ。都市には土がむき出しの部分も多いし雨はほぼ年中無休とくればまぁすぐこうもなろう。
ふむ、今日は雨も降ってないし水が欲しいな。というか前々から思っていたがホースが欲しい。考えたところで思いつく。そういや魔物を進化させたな。
というわけで地獄の輪っかを設置してバブリーなモンスターを呼びつけることとする。あいつにホースをやらせよう。
「水運搬魔物になったやつ来るのだ!」
少し待てばゲゲゲと不気味な笑い声を上げながらバブリーモンスターが這い出てきた。しかし私を見て笑うのはなんなんだ。バカにしてるだろ。おのれ、可愛くない奴らである。
「水をぶっかけて掃除を手伝うように」
言いつけて再びどぶさらいに戻る。魔物も尻尾をすぼめてジョバーッと威力を高めた放水で泥を洗い流していく。よしよし。
その間にもどぶさらいに精を出す私を見上げて時折放水に巻き込んではイッヒッヒと笑い声を上げているが。ぬぐぐ。しかし魔物のほうが強いので大人しくしておく。どうでもいいがその水はユグドラシルのヤツだろうか。
大きな詰まりをぎゅーっと押して押して、ごぼんと抜けた。すかさず魔物が塊に向かって放水すれば詰まっていたらしい塊は何やら蠢いてから崩れて流されていった。
「うーん」
なんか偶に見かけるな、ああいう魂の無い生き物。処理すると何故か九龍が金をくれるのでいいけど。不思議である。