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くにへ かえるんだな

 現場は一触即発であるが私にとってはそれよりも腕だ。

 実際、あの勇者ぱーちーがゴブリン過ぎるのでこの場の多くの人にとってあぁん?案件なのは私ですらわかるし私としても特に面白みは感じられないものの、フィリアやカグラが特異点なだけであってフィリア本人ですらあれが常識で疑うことすらないと言っていたしな。

 東大陸で育ったらまぁあんなもんなのであろう。いやでもそれを他所に押し付けてきて暴れてるのは問題外だな。つまり東大陸全体として他所の人達に殴られても文句は言えない。

 やっぱギルティにしとこ。クーヤ弁護人としても彼らは心神喪失状態ですくらいしか打つ手はない。諦めろ、さらば。

 羊を手招きして私の手をなんとかするのを手伝わせる。なんでそんな不満ですってツラなんだ。

 やっぱりこいつら言うほど私という核に拘ってなくないか?そうに違いない。なにか利があってそうしてるのだ。愛だの信仰だの理解不能な代物よりよほどわかりやすい。


「……また碌でもない考えをお持ちになられているようで。後で反省して頂きマス。

 そもそもこちらの腕は作り物デショ。お忘れのようでございますが治すではなく直すデスヨ」


「……………………はっ」


 針と糸でちくちくと繕いながらぶっすーとしている血だらけ羊の言葉でそういえばと思い出す。そういえば左腕は無くなったのでこれは作り物だった。

 血が出なかったのは別にあのナイフが神剣の類というわけでもなんでもなく単に義手だったかららしい。忘れていた。

 こちらから距離を取った勇者達は警戒したような顔で油断なくそれぞれ武器を構えている。勇者の腕はキリカとかいう精霊術士だったか、治癒しようとしているようだが。その顔が徐々に強張る。


「……発動が遅い、なにか、重い。

 なに……?」


「……っ!ミナギ、頼む!!」


「………………………………」


「ミナギ!!」


「……あ、は、はい!!」


 ミナギやらはフィリアの言うところの貴族が取る手段で聖女になったというが、それはそれとして技量に不足はないらしい。

 慣れた様子で呪文らしきものをぼそぼそと呟いている。その間もちらちらと九龍に視線を向けているのは若干笑うところな気がするが。九龍があれほど恐れていたトゥンク展開が現実になったらしい。

 肝心のオトウサンオニイチャンオジイチャンはくあーと猫みてぇな欠伸をしているだけなのが世の無常である。もう死ぬだろという無関心さがモロに出ている。ちょっとはなんか思え。


「感謝と慈悲の聖天使クロスレリティアよ。我らを善導しくださる救いの御手を、その大いなる一雫をお与えください……」


 僅かな光がその手元に宿る────が、すぐにそれは掻き消えた。これに顔色を変えたのは聖女ミナギ本人である。


「加護が……?

 なんで…………!?」


 そんな姿を見て嫌な予感を覚えたらしくそれぞれ何かを調べるようにしていたが、やがて事態に気付いたのか血の気が引いた顔をしている。

 まぁ私がじろじろ眺めまくってふんづけているので加護も恩寵も無いだろうしな。しかもすっかり私のマイホームと化しているであろうギルドである。

 レガノア本人由来か、あとは精霊さんか。それぐらいしか運用できまい。シルフィードのように直接ご本人が来たらまぁ話は別だが。ここには居ないのであるからして。ふはは。

 それでも治療そのものは出来たらしく腕は元通りになっている。不用意に近寄ろうとはしないのは得体が知れない事態だからだろうか。ちなみに私の腕はプリプリする羊にまだちくちくされている。刺されすぎであった。


「…………何をした……。何者だ、答えろ!!」


「あの、お名前を、わたし、私……!」


「ミナギ様!!いけません下がってください!!」


 ふらふらと前に出ようとするミナギをクルギが押さえつける。

 本格的にほの字らしい。マジかよという顔をギルドの連中がしている。それにしても手にそれぞれモップと雑巾とちりとりにスコップを持っているのはこの後の展開を察し過ぎではないだろうか。


「………………」


 するり、となにかが頬を撫でた。

 感じた方向に視線を向ける。ふむ、先程の鑑定石か。キリヤがじっと鑑定石を見ている。

 先程は勇者に刻まれるのが衝撃的すぎて無視したが。こうして表層をなぞられると生徒会長の方が恐らく上だという感触があるな。生徒会長のは言うなれば直接触られる感じでこれは遠くから扇がれているという感じだ。

 そういえば先程から若干気になっていたが、私の名前のイントネーションがアビスクーヤとちょっと変なのは多分正確に名前を把握出来てないからだな。あの鑑定石、恐らく真実の石板の複製か模造だろう。

 だが、私が目的というわけではなかったようで直ぐになぞられる感覚は消えた。鬱陶しいのでぼちぼち払おうかなと思っていたので助かる。


「……………………嘘」


 鑑定石を覗き込んでいたキリヤの目が見開かれ、呆、とした声が発せられる。

 視線の先は九龍、まぁビックリするのはわかるが。そのまま慌てたように再び鑑定石を持ち直し、こちらというか血だらけの羊に視線が向いた。どうやら怪しすぎる羊を見ようとしているらしい。まぁ怪しいしな。

 ……む、よく考えたら真実の石板の模造品というこは東に情報を抜かれるのでは?それは困る。あっちいけという思念を込めつつアスタレルの顔の前でちゃちゃちゃっと手を振っておく。それでキリヤの握る石は灰となって崩れた。これでよし。

 羊がなんでか私をじっと見始めたが。なんだその顔は。悪魔特有の病気か?別にお前を興奮させるようなことはしなかった筈だが。


「それ私の時にもして欲しかったアルが?」


「別にいいじゃん」


 オジイチャンはとっくに情報抜かれてるだろ。数字的にはそこまでではない、というのが異界人の特徴らしく生徒会長も九龍もラムレトですら大したものではない。だからあんな舐められているのだ。

 実際には壁のシミを簡単に増やす大怪獣だとしても真実の石板ではわからないのである。多分だが規格が合わないのだ。

 数字の上ではそこまでではないのに何故か強い、そういう連中なので実際相対したなら兎も角として伝聞だけならバカを言うなという扱いになると。

 見るならちゃんととうに滅んでしまったのであろうこいつらの元世界を同定して滅んだ残滓から世界ルールを計測した後でそれをこの世界に合わせて再計算とかいるだろう。だがそこまでして得られるのはこいつらが大怪獣だという確信だけである。というか生きた異界人というのは次元移動に耐えうる魂というのが前提だ。

 元世界の魔王レベルの大怪獣しか渡れない。つまり必然的にこの世界に居る異界人は魔王みたいなもんである。生徒会長は多分めっちゃ運が良いだけだが。


「感覚の気色悪さは変わらんアル」


「そういうとこだと思う」


 人間の感覚器官で真実の石板の感触を感じ取るな。


「キリヤ、一体どうした……!?鑑定石が壊れた……!?」


「わから、ない。でも、その人、は…………」


「…………ふむ、確かに私ここ20年近くほぼ引退してたアルがなぁ。

 フィリアの話聞くに東は記憶はあっても歴史がないネ。記録に意味がない。

 私姿変わらない昔東連中にも知られていたアルがもうその情報も喪失されてるよろし。

 都合がいいっちゃいいアルが」


 その言葉に反応を示したのは聖女と勇者である。どうやら九龍の口からでたフィリアという名前に煽られたらしい。


「フィリア……!?フィリア様!?

 どうしてここまで来てあの人が……!!」


「彼女がここに居るのか!?

 まさか、クロイツマイン様と同じように……!!」


「ここ居ても居なくてもアナタ達関係ないネ。それと、自分でそこなクーヤにくっついてるだけで本人の自由意志よろし。セイトカイチョーからの知識で手作りのチョコも渡してたアルよ。

 ま、アナタ達よりはよほどマシで付き合いやすい人間アルな。

 クロイツマイン言うたか、馬鹿で阿呆なモヤシと救いようなかたがあれはもう居ないネ。思い上がった性根だけはそこの壁にまだついてるであろ」


 壁は俺達が綺麗にしただろうが、匂いだって残さねぇようにしただろと野次が飛んだ。


「……………………なんだと?」


「……関係ない、だなんて。そんな事ありません。

 あの人さえ居なければ私はギルド総裁と婚姻を結ぶことも無かった。

 今からでも帰らせます。そして本来の役目に戻って貰うのです!!ギルド総裁にはあの人の方が相応しいんです!!

 そうすれば私は解放される、貴方になら私……!お願いです、私と共に東大陸へ参りましょう……!私こそが貴方の美しさに見合うのです。

 貴方ならアーガレストアの家族達だって納得します!自由になった私と結婚して、そして私のものになって……!!

 私だけを見て、私だけを想って、私だけに愛を囁いて……ねぇ……!!」


「哎呀」


 聖女との離婚とフィリアとの結婚ともっかい聖女との結婚の要求を全て同時にされるという器用なことをされた九龍が微妙な顔をしている。離婚するのか結婚するのかどっちかにしろという感じだろう。

 勇者はこんな往来でフラれたことになるが大丈夫なのか?思って見てみたが特に堪えた様子はない。愛人と結婚は違うからだろうか。いやでもこの調子はあの聖女は九龍に対してド本命だぞ。私でもわかるくらいには。

 ……ん、でも九龍の話は一切聞いた様子もなくフィリア様が……と私を睨みつけながら唸りを上げている様子からしてこれなんかちょっと私が余計な恨みを買ってないか?

 というかさっきフィリアは美しいだけだとディスってなかったか?そんなにフィリアのチョコが羨ましかったのか。全部食べてしまった。それにあやつ死ぬほどぶきっちょだぞ。


「フィリア様が居るなら出せ!!

 ふざけるな!!あのクソ女、優しくしてやった俺にはお高く止まって歯牙にも掛けずにいた癖に……!!

 俺が何度も慰めてやったのになんで俺に惚れない!?

 それなのにこんな連中には媚売って仲良しこよししてるってのか!!…………ああ、そうか、咎人の枷で言う事聞かせてんのかそうだよなぁ!?

 ……俺に泣いて縋らせて捨ててやるんだ、ミナギとキリヤを抱く俺を見せつけてやる……!!俺の愛人の1人にならなかったことを後悔させてやる……!!」


「アイヤー」


 わけわからん恨みつらみが何故か私に向けられて私まで微妙な顔になった。なにかと思ったらフィリアにフラれてたのかよ。どうみても幼女の私に言うな。キリヤとクルギが愕然とした顔で2人を見つめている。

 勇者ぱーちーが一瞬で崩壊してしまった。フィリアがサークルクラッシャーすぎる。

 とりあえず羊に繕われ終わった左腕をぶんぶんと振ってみる。まぁ問題ないか。見た目がブサイクだが動けばいいし。よしよし。枝をしっかりと握りしめて本が仕舞われた鞄を見つめる。どうやって取り戻したものか。

 考えていると、ギルドの扉が吹き飛ぶんじゃないかという勢いで開け放たれる。なんじゃい。全員で一斉にそちらに視線をやるとそこに魔王のように立つ痩躯が一つ。


「コンッニッチワーーーーーーー!!!!まだ生きてるぅ!!??」


 野次馬だった。

 これ以上この場を混沌とさせるな。既に手が付けられないのだが。


「メルト……?喋った……?」


 キリヤが驚愕している。今まで喋りもせんかったんかい。


「ん、メルト来たアルか」


「聞いた聞いた聞いた!!ねぇねぇねぇあの子達もう死んじゃうって!?

 水臭いなぁ僕にも観戦させてよ楽しみにしてたんだから!!!まだ生きてる!?息してる!?原型は留めてるかな!?どうどうどう!?

 九龍くんまだ殺してないよね!?ギルドが無事だから悪魔くん達もまだ手は出してないんでしょキタコレ!!!」


「殺してはねーアルがなぁ。

 私今離婚迫られながらフィリアに熨しつけて押し付けられて同時に結婚要求されてるアル」


「いや草。九龍くん顔いいからねぇ。やっぱそうなったかぁ~」


「私なんてあの勇者にフィリアにフラれた腹いせでめっちゃ恨まれてるんだけど!!

 フィリアに姉妹のことを言ってたの慰めて惚れさせるつもりだったらしいぞ!!」


「こっちは完全な予想外で草。生徒会長の頭ポン以下の勘違いモテテク仕草する人間初めて見たよ。コミュ障にしかモテなさそう」


「メルト、なんで喋らなかったの。僕怒ってる。メルトにそんな権利ないから」


「ヤバ~。いやだって僕だってちょっと人を選ぶ権利はあるっていうかキャベツと結婚はしててもゴブリンはちょっとぉ……」


「まぁキャベツは喋らないしな」


 喋らないだけキャベツの方がいいのはちょっと納得感しかなかった。瑞々しいフリルも付いていて女子ぢからだって高そうだ。

 ごしごしとハンカチで血を拭った羊が立ち上がる。ごぎごぎと首を鳴らしながら致命的な一言を放った。


「ようするにモテない連中のコミュ障サークルでショ」


「もう少しこう……手心というか……」


 いやまぁどうにもそこに帰結しそうな空気があるのは確かなのだが……。


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― 新着の感想 ―
こう、パンパンに詰まって破裂する間際のものって見ててワクワクするよね。
そろそろカタルシスが近いと考えるとワクワクしますよ!と思ったけどまあダイジェスト退場だとしても残念と思うほどの奴らでもないな……
バレンタイン的な感じのイベントがあるのかなと思ってたけど生徒会長から聞いたのか。 あんな境遇の話聞くと、慣れないお菓子作りまでして友情の証に友チョコ作るような情緒があることに感動するね
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