いのちをだいじに
さて、そういうわけで修学旅行も終わって朝ご飯をムシャムシャムシャ。いや一日と晩ごはんか?寝てないとどうなんだろう。まあいいか。
カミナギリヤさんは寝ると行って戻っていってしまい、ラムレトはお仕事してきまーすと行ってどこかへと出かけていった。
基本的にギルドから動きゃしない九龍は同じテーブルで新聞紙代わりなのかどうなのか神の工芸品目録に地図やウォンテッドチラシを見ながら豆乳スープに揚げパンに肉まんにデザートらしき果物ともぎもぎしている。給仕はどうした。朝早いから時間外なのか?
それにしても自称ジジイの癖に死ぬほど食うな。いいけど。さり気なく卵料理を大いにを出して混ぜておく。2000ポイント消費ヨシ。
しかし魔物共が何やらフィリアが必死こいて作っていた女児チョコを私に持ってきたのは何故だろう。いつの間に宅配業を始めたのか。
ヘタクソな文字で犮とか書いてある。いや多分違う文字なのだが。ヘタクソでわからん。料理したこと無い感が溢れすぎているぶきっちょ成分マシマシのチョコはなんとかカバーしようとしたのであろう飾りがズレた跡やチョコを溢した跡が残っている。
もしや失敗作を処理させようというのか。まぁ湯煎して固めただけの代物であろうから味は市販の物であろうし食うけども。ボリボリボリ。
うーむ、今日はどうするか。勇者ぱーちーが居るのであまり動き回りたくはないし部屋に引きこもってもいいかもしれないな。もしくは外の仕事なら被りはしないだろうし1日ジャガラの世話をしてもいい。
それならクルコ果樹園を作るか。苗も貰っておいたし。
「クーヤちゃん~~~~、九龍ちゃん~~~~~~」
「おー?」
後ろから間延びした声が掛けられた。こんなに間延びしたのはアンジェラさんしかいない。口にチョコを詰めながら振り向く。案の定そこに居たのはアンジェラさんであった。
「ど~したんですか~~~」
伝染ってしまった。
「勇者ちゃん達が来るわよ~~~。ここにまっすぐ5分3秒後くらいかしら~~~」
「なんと~~~」
マジか。どうするか。テーブルの上には勿論料理がまだ残っている。うむむ……。
別に5分でも食えなくはない。食うか。
「クーヤちゃんを探してたみたいだから~。今避けてもまた来るわよ~?」
「むむ!」
なんでだ。私は特に用は無い。しかし話を聞くまで後を追いかけられそうだな。それは困る。
今避けて一人の時や外に居る時に遭遇したらあまり面白いことにはならないだろう。どうせ碌でもない用事なのである。
となれば、九龍が目の前に居てアンジェラさんも居る今が最善かもしれないな。ちょっと待ってみるか。
にしてもアンジェラさんもしかしてほぼ一晩勇者ぱーちーに張り付いていたのだろうか。しかも会話内容が聞き取れるであろう距離で気付かれずに。地味にえげつない事してないか?恐ろしいな。
ちらりと九龍の方を伺う。神の工芸品目録を読みふけっており視線は感じただろうが顔は上げずに肉まんを食べ続けている。
普段通りの派手服で晒し顔である。特に顔を隠す様子もない。めんどくさいしもうあいつら死ぬからいいかみたいな無関心さが伺えた。まぁこの場から動かないなら私としても安心である。よしよし。
「アンジェラさんちょっと私の後ろのテーブルに座って他人のふりをしておいて勇者ぱーちーが変なことしたら締め上げてください」
「わかったわ~。命はいるのかしら~?」
「一応……?」
軽くてゆるーい調子でデッドオアアライブが議題に上がった。初手にして必殺とかいきそう。いけるのか……?
いやまぁアンジェラさんはいけそうな気もするが……。あの異界人も一人で押さえていたし。怖くなってきたので考えるのはやめておいた。
チョコも食い終わったのでもぐりと小籠包に齧り付く。齧り付いたところから溢れ出る熱々の肉汁がたいへんに美味である。ウマウマ。
2個目に手を出そうとしたところで出入り口の鈴の音が鳴り響く。そしてロビーやら食堂やらに居た冒険者達が一斉に押し黙った。どうやら来たらしい。
小籠包に忙しいので顔は向けずにしげしげと観測する。昨日とメンバーは変わりない。勇者がぐるりとギルド内を見回して、どうやらこちらに気付いたらしい。
目録を読んでいる九龍が顔は上げないままボソリと呟く。
「真後ろを多角方向から物理で見るのやめるアル」
「むぐ?」
なんか問題あったか?別に目玉を後ろに向けたわけでもあるまいし見た目は特に変化もない筈なので不気味でもなんでもないと思うのだが。
まぁ言われたので後ろを見るのをやめて小籠包に視界を戻しておいた。
「あれじゃないか?
流れてきた情報と合ってる。あの本がカリスだろう。枝も話に聞いていた通りだ」
「…………ん。僕も同意見。
早く済ませよう。お腹すいた」
「すぐに見つかって助かりました。ここは獣臭いですからね。さっさと離れたいものです」
「みなさん、おはようございます。
本日もしっかりと労役に励んでくださいね。神はいつでもみなさんをご覧になっていますよ」
最後に聖女が天上から目線で挨拶をしてから入ってきた。近くの冒険者が舌打ちしたのが聞こえた。まぁわからんでもない。
さて、なにを言いに来たのやら。かつ、こつとブーツが床を叩く音。それが真後ろに来たと思った次の瞬間、さも当たり前、流れるような動きでテーブルの上に置いておいた本が取られていた。しかもそのまま鞄に仕舞われた。
あまりの事に二度見した。嘘やろ……そんなことが許されていいのか!?
近寄ってきて実行に至るまで完全なるノータイム、一切の躊躇無し。
「…………っ!?」
小籠包が詰められた口はパンパンでとっさに言葉が出ない。テーブルに置きっぱなしの私が悪いのか?いやいやいや、そんなわけがない取るほうが悪いに決まっている。
そんなバカなことを考えてしまう程のナチュラルボーン盗難。いやでも仕方がないだろう、誰が想像しただろうかこの無法!
九龍が若干引いた顔をしている。というか周囲の冒険者達もドン引き顔である。九龍だって周りから食料をガメる時は天下無双の天上天下唯我独尊ヅラでノータイムであるが奪い取っているという自覚があることはわかるというのに。
だがしかし今の勇者ぱーちーの行動にはそんなものが一切感じられない。置き忘れていた買った本を回収した程度の温度感。マジか。
RPGゲームでNPCを気にせずボタン連打しながら家を隅から隅まで歩き回り引き出しを開いて壺を割り回収出来るものをしておくが如し。
アンジェラさんも今のが変なことなのかそうでないのかが悩ましかったのかう~んという顔をしている。悪意がなさすぎて判別つかないらしい。思わぬ弱点であった。
続いてこれまた流れ作業で枝を取られそうになったので大慌てで枝を回収する。
「ふぁにふんのは!!かえへーっ!!」
「あれ?言葉は通じるのか。驚いたな。
けど、言葉が通じるなら手っ取り早いな。じゃあこれに名前を書いておいて。枝はどうかしたのか?
東で解析に掛ければよっぽどの不具合でも直せるから問題ないよ。名前を書いてる間に出しておいてくれ。
……しかしテーブルマナーが酷いな。これを躾けるのは苦労するだろうな……。
ま、連れ回すわけでもないし子供を残させるわけでもないし、出自を考えれば最悪零さなければ上等か。
キリヤ、一応これがアビスクーヤなのか確認しておいてくれないか?」
「ん。わかった」
言いながら何やらゴソゴソとして妙な道具を出している。いやそんなもんはどうでもいい。口いっぱいの小籠包をなんとか噛みながらテーブルの上に置かれた紙を思わず見てしまう。
表題は婚姻届となっているが搾取を私は喜んで許容します一生逆らいませんみたいな奴隷契約かよと言いたくなるような事がつらつらと書いていた。
これに名前を書くのは人生捨てがまりの野郎くらいだ。これは酷い。
「なぁにこれぇ……」
九龍がちらりと視線を向けてきた。数行読んで読む価値なしと判断したのかすぐに視線は外された。
「どうした?もしかして文字が書けないのか?
弱ったな。文字から教えるのは流石に……。うん、血判でいいか。
クルギ、ナイフを貸してくれ」
「わかりました」
「ファッ!?」
ナイフを手渡された勇者が先程と温度感の変わらない調子で私の手を取ってざくりと切りつけてきた。こちらもノータイム実行である。
こ、こんなことが許されていいのか!?
神剣の類のようで特に血は出なかったがそんなことはもはや瑣末事であった。それ以前の問題なので。
「血がでないな……?
もっと深く切るか。異界人って身体の作りが違うからなぁ。
ミナギ、見ないほうがいいと思う。見た目は魔族とはいえ子供みたいだし君が傷ついてしまう。
俺は君を些細なことでも傷つけたくない」
「はい。けれど、私は大丈夫です。見た目になど惑わされません」
「うん、そうか。ミナギは強いな。皆はフィリア様の方を愛してたし称賛してたが、俺はフィリア様は美しかっただけだと思う。彼女はクルギのような人達には優しくなかった。
きっといつかミナギならなれるよ、本当の聖女に」
「はい……!!」
そんな茶番をしながら遠慮なく私の手をざくざくしている。私が力では抵抗できないのを向こうも知っているのだろう、ぐいぐいと引っ張ってあちこちを刺してくる。
嘘やん!?
九龍が完全に引いたって顔である。それはそう!
小籠包を慌てて飲み込む。このままではあちこち刻まれてしまう!
「はなせーっ!!」
「…………ん?
アル、その子鑑定するとへん。
アビスクーヤなのは間違いない。でもあちこちに文字化けがある」
「それは妙ですね。ですが、その鑑定石に不具合は有り得ません。
異界人ですし我々の読めない文字が表記されているというだけでしょう。
名前が確認できればいいのでは?」
「ん。それもそう」
「九龍さんが来る前に済ませたいんだが……。本当に血が出ないな。
血が流れない身体なのかもしれない。名前を書かせたほうが時間は取られないか。文字を教えなくても形が合ってればいいんだし」
「いや話聞いてほしいんだけど」
思わず突っ込んでしまった。勿論聞いていないようだ。耳がついてないのか?わからん……人間わからん……。
何やら紙を出してさらさらと文字を書きつけている。
「アビスクーヤ、と。
これを下に引いて上からなぞらせれば大丈夫だろ。
さ、書いてくれ。この模様をなぞるだけだから君でも出来るさ。時間がないから急いでるんだ」
「イヤだけど」
「?
どうした?早くしてくれ。俺達は本当に急いでる」
「イヤに決まってるじゃんか……?」
「…………ん…………九龍に何か言い含められてるのかもしれない。
どうしよう?」
「面倒ですね。何故か枝も出しませんし、これごと持っていきますか?
あまり運搬したいものではありませんが、ギルド総裁に見咎められればそれこそ面倒です」
いや目の前にギルド総裁は居るが。全く気付いていないらしい。
「俺の家で上を通さずに人類目録登録するなら婚姻届は必要だしなぁ。
これがあればバレたとしてもある程度権利も認められるし……」
「アル、やはり私の方から申請を……」
「ミナギ、俺達の仲を認めてもらうにはラ・シルド家に大きな功績が必須だ。
大丈夫だ、なんとかしてみせるよ」
「うん……私、アルを信じてるから」
「異界人、我々はお前が指示を受けている九龍よりも上の立場にあります。
ですので、あちらの指示は無視していい。こちらから伝えておきますので問題は起こらない」
「ん。九龍よりもこっちが上。メルトからも何か言われてるかもしれないけど無視。
今回あの2人はカリスを出さなかったから大問題。
少しお仕置き必要。お灸をすえる」
「だな。ほら早く。まったく……これだから土民は……。急げって言ってるだろ?
何度も同じことを言わせないでくれ。
九龍さんが来たらまた無駄な会話をしなくちゃいけなくなる。いつまで意地を張ってるんだか……。
あの人だってあんな態度だが内心じゃミナギは惜しい筈だ。ミナギは美人だからな。こっちが引くフリでもすれば折れるだろ。
自由都市とギルドがあったとしてもどう考えてもやりすぎぐらいの婚姻だ。そりゃあミナギに触れられるようなものにはならないのはわかってるけど、だからってミナギが傷つかないわけじゃないのに。
あんな人間もどきの異界人を夫になんてミナギの負担が大きすぎる。本来ならミナギに回ってなんかこなかったんだ。
フィリア様さえ逃げなければな。いくら嫌な婚姻だからって今までずっとミナギから全てを奪い取って優遇されてきたんだ、それなのにこのうえ更にミナギに負担を押し付けて逃げるなんて救われない。
九龍さんがこっちが譲歩してるのを良いことにゴネ得を狙ってるのはわかってる。こっちの優しさにつけ込んで、俺達も覚悟を決めて少しは血を流させないとあの頑固爺さんは変わらないだろ。
クロイツマイン様のこともあるしな。緩めすぎてたのを少し締め上げよう。優しさばかりじゃ人のためにならない、ギルドを相手にしてるとそれを痛感するよ。そろそろ軽くわからせよう。
カリスさえ手に入ればクロイツマイン様に付けられてる咎人の枷は問題なくなるんだし、九龍さんとメルトに咎人の枷を付けてもいいかもな。
そうすれば婚姻自体が無くなる筈だ」
「アル……。ありがとう……。私、やっぱり辛いよ……。
だって、フィリア様の代わりにあんな……。
私は地味で、顔立ちだってきつめです。髪もこんな銀色で目立たないし目だって薄い碧。男好きのするフィリア様とは正反対。お祖父様もお父様も、お兄様も、フィリア様の方が可愛いのでしょう。でも、私だって愛されたい……!」
「ミナギ様、そんな事はありませんよ。ミナギ様の優しさも強さも、その魅力も。フィリア様のような偽物とは違う。彼らも自ずとわかるはずです。
どちらがアーガレストアの真の聖女として相応しいのか、ね。
そのほっそりした身体も月のような白銀の髪も、明け方の空のような瞳も、貴女の美しさですよ」
「クルギ……嬉しい……」
「ん。アル、もしそうなったらメルトとの婚姻から僕も解放される。
…………僕も、アルと一緒に居たいから」
「ああ、わかってる。2人共、俺の愛人になってくれ」
と、そこまで言ってから徐にこちらに顔が向いた。愛人て、と一瞬思ったが東大陸の婚姻の意味合いを考えると多分よその大陸の意味合いでの結婚的な感じなのかもしれないな。それでも2人共かよとはなるが。あとこっち見んな。
「早く急げって。ったく…………。一刻も早く間違いを正さないといけないんだ。
急げ!!」
「ヌワーッ!」
ぐいっと思いっきり引っ張られた。手の平にぎゅむとペンが握らされてそのまま私の手を勇者の手が握り込む。
このまま書かせるつもりらしい。間違ってもそれは契約書へのサインとして認められねぇよ!!ムギーッ!!
「嘿」
解放された。ヤッター!!立ち上がってどてどてと走って逃げる。ささっと九龍を盾にした。ついでにカーッと猛威嚇である。
私が特にガチな被害にあうでもなく遊んでいるので手を出さずに見ていたはいいものの、いい加減我慢できずに手を出したというところだろう。一つ訂正があるとすれば別に遊んでいたわけではなくこれでも大真面目だということだ。私は常に大真面目なのである。
本は……うーむ、どうしよう。
「…………は?」
変な方向に曲がった腕を呆然と勇者が見つめる。
そこでようやく私の前に座っていた九龍に意識を向けたらしい。まぁ我関せずで朝食食べながら目録読んでるだけの人だったからな。
ゆっくりと各々の視線がそちらを向く。
「あ、え?」
「あ…………。すご、い……きれい…………」
「……し……信じられません、一体何が、貴方、何者ですか……!?
ただの冒険者ではありませんね……!?」
「アル……!!腕が…………なんで…………!?
僕の目でも見えなかった……!?嘘……!!」
「下らん戯言にも茶番にも飽いた。二度と抜かすな。
私に感謝するネ。あと1秒でも遅ければその命、持ってかれてたであろ。伸びたのは僅かであろうが。
ぼちぼち不敬が過ぎてクーヤの下知に背いて死ぬともと決めたらしいアルからなぁ。
クーヤ、派遣打ち切り決めた取り消した方がいいアルよ?
ありゃあ死んでも殺すいう空気アルが」
「む?」
派遣打ち切り……?
そういやそんな話したな。もしかしてもしかしなくてもまさか勇者の後ろで今にも首をもぎ取ろうとしていたアスタレルがお前どうしたってくらいに血だらけなのって関係あるのだろうか。
いや絶対に関係あるやつだなコレ。考えるまでもないやつだ。派遣打ち切り令がイコールなにもするなに変換されてしまっているらしい。マジか。普段好き放題させているのがデフォなので全く認知してなかった。
というかお前それ死ぬぞ。いや死んでもぶち殺しますになっているのだとは思うが。というかアスタレルだけじゃないなコレ、私の影やらからも何やら血の匂いがする!!全員か!?いかーん!!
「アア、ア、アスタレル!お前ら、派遣再雇用するから!!ちょっと落ち着くのだ!!お前ら死ぬ!!」
「暗黒神様、我々は貴女の為ならば死とて歓びです。
………………殺す、殺す、殺す…………」
「ひょわ…………」
キレ散らしすぎてて怖い。待て落ち着け。それよりも私のブラブラな手とかをどうにかするのを手伝え!