わかるかしら?
「フィリア」
「あら?
マリーベル様お一人ですの?」
「他は温泉と食料集めよ。手が空いていたのはわたくしだけね」
「おー!マリーさーん!!」
マリーさんだマリーさんだ!!ぴょんぴょん跳ねて暗黒神ちゃん大ハッスルである。
うーむ、ティスコードではマリーさんの麗しさが伝わらないな。改良が必要では?
「クーヤは相変わらず元気だこと。それで?
わたくしも詳しいことを聞いていないのだけれど。勇者と婚約破棄と離婚だったかしら?」
「マリーベルくん、おひさー……でもないか。この前の会合でもお話したしね。
それにしてもこうやって簡単にいつでも大陸跨いだ人達の顔と声が聞けるってすっごいなぁ。一生の別れも珍しくない世界だし。想像もしてなかったよ。
あ、マリーベルくんは別件だね」
「マリーさんの知り合いっぽい人を拾ったのです」
「知り合い……?かしら。
クーヤがそのような語り口をする場合は覚悟が必要ね」
よくわからんことを言われた。覚悟なんかいるだろうか?
まぁいいや。後ろでスライムをタフり続けているエウリュアルさんとラムレトから回収した生首ちゃんを眺めているカルラネイルを手招きする。
「そ。お話は終わったのね。
それで、彼女が私の知り合いかしら。この2年、全く手掛かりは得られなかったというのに。
君はまるで止まっていた星海図に流れ落ちた星屑のよう。
ままならぬ停滞も押し流していく流星に出会えたことは、望むべくもない得難い幸運でしょう」
「………………………………」
のそり、とカルラネイルがエウリュアルさんの前に立つようにしながらもティスコードを覗き込む。
「ぎぃー」
生首ちゃんを離す様子はない。気に入ったのだろうか。
「…………………………本当に、いくら覚悟をしていても足りないものね」
マリーさんが目をまんまるにしている。珍しいお顔である。珍しくても麗しいのだが。
エウリュアルさんが魔女帽子をくいと持ち上げマリーさんと相対する。
「初めまして、でいいのかしら。
その様子であれば聞くまでも無いことかもしれないけど。
一つ尋ねましょう。この顔、知らない?」
「……そうね。よく知っていてよ。懐かしい顔だこと。会うことは二度とないと思っていたのだけれど。
貴女は星落とす魔女エウリュアル、初代魔王の一柱だった。
記憶が無いと見ていいのかしら」
「へぇ……、本当に魔王だったのね。
私は気が付いたらこの大陸で海を見下ろせる崖に居たの。そこの唐変木と一緒に。
記憶もなく名前もわからないし、唐変木も何も言わないし。私を知っている人を求めて2年ほど彷徨っていたんだけど、このおちびちゃんのお導きでここに立っているところよ」
「そう。そう、ね。
赤の竜、貴方相当の無茶をしたのではなくて?
この大陸の海を見下ろせる崖、最期のあの場所でしょう?
エウリュアル、貴女身体に異常は無いのかしら。それともその身体は貴女が嘗て作っていたという人形の一つ?
赤の竜に蘇生は出来なかった筈、各地に散っていた魂の欠片は集めきったのだとは思うけれど器はどうしたの?
記憶が無いのは魂に入っているであろう罅が原因だとは思うけれど」
「…………あぁ、なんだかそれだけで察してしまったわ。
私は死人。そういうことね?」
「ええ。貴女の死はわたくし達全員が見届けたわ。
あの頃、わたくし達魔王はそれぞれの居城で暮らしてはいたけどあのちんくちゃクロウディアや貴女は現界で人間達とほぼ共生に近い形で生きていた。
嘗てバベルの塔と呼ばれた虹の橋でのみ行き来できる二層に分かたれていたこの世界。
現界と幽界で構成されていたこの星で人も、魔も、神も、それぞれがそれぞれの場所で遠くも近き隣人達を唾棄し、敬い、畏れ、想い、憧れ、愛し、憎み、共に在った。
特に貴女は最も人間社会に溶け込んで生きていた魔王と言っていいでしょう。
星の魔女と呼ばれながら知恵や治療、占い、そういったものを与え、僅かばかりの報酬を得て赤の竜と共に生きていたわ。
四千年前、次元断裂が引き起こされバベルの塔は人が世界樹と呼ぶ光に飲まれ、天界が世界を覆い尽くし世界のルールが変わった。
幽界は崩落し、当時幽世にあった自然物、構造物や生命達は現界へと落ちるか幽界に取り残されてしまったわ。
貴女は一番最初に公開処刑された魔王よ。魔王が殺されるという、世界のルールが変わったことを何よりも知らしめたあの出来事。人から魔への宣戦布告。
あの時から生きていた者であれば貴女の事を忘れはしないでしょう。
現界と幽世、一つとなって尚残っていた当時の主要都市を巡る、フィリアの話でいうところの純正十二氏族が浄化の巡礼と称した旅の中で貴女は少しずつ各都市の処刑台で削られていった。貴女が目覚めた場所というのは貴女の最期の地。
魔女として貴女が暮らしていた海を見下ろす星灯しの街、崖にあった街のシンボルとして名高かった星霊樹に吊るされたのが貴女の最期。貴女は最期まで無抵抗だったわね。
街の人間達は手こそ出さなかったけれど、同時に出来ることもなかった。赤の竜が吊るされた貴女の目の前で大地に楔で縫い止められたまま、咆哮を上げて暴れ狂い、それでも動くことすら出来ないのだもの。
それを簡単に成してしまった人間達を前にしては仕方がなかったのかもしれないけれど……。
魔王として頑強であった貴女が吊るされてから死ぬまでには十数年が掛かったわ。その間に街は廃れていった。街は刑場の様な有り様になっていたもの。抵抗したもの、人ではないものが次々に処刑されていった。街の人々も耐え難かったのでしょう。皆離れていったわ。
でも、長く街に寄り添い生きてきた魔女エウリュアルがあのまま吊るされているのも忍びなかったのでしょうね。
貴女の死後、街が無くなった頃に街の人々は再び星霊樹の元に集い、貴女の遺体を降ろし、星霊樹も共にさせようと伐採し荼毘に付した。その頃には赤の竜も連れ去られたか逃げたのか、居なくなっていたそうよ。
何を想っていたのかをわたくしは知らない。とにかく貴女は殆ど死体同然のような有り様で吊るされながらも一つの魔法石を残していたわ。
絶対的な守護を込めた結界魔法の核。荼毘に付した後の灰から出てきたそれを街の人々は一人の魔族に託したの。
それが長い時を経て今やわたくし達のように行き場の無い者達が隠れ潜んでいたモンスターの街を覆っていた結界として使われていたというわけね。
それで?四千年ぶり、といえるのかしら。星落とす魔女エウリュアル」
「……思っていたより、いえ、必要とするほぼ全ての情報が得られたわ。対価は何れ。
マリーベル、と呼んでもいいのかしら」
「ええ、好きなようにお呼びなさいな。
対価は結構よ。貴女が遺した結界でわたくし達は生きてこれたと言っても過言ではないもの」
「そう。それならば良しとするわ。私が対価を支払ったという感覚が無いのは私情としましょう。
……困ったわね。話を聞く限り、私は随分とその唐変木に対価の踏み倒しをしていたよう。
カルラネイル、でいいのよね。随分と無茶をしたのでしょう。私に返せる対価があるかしら」
「…………………………」
「……赤の竜、貴方言葉も失ったのね。ウルトディアスと違って貴方は昔からそれなりに人の言葉を理解していたと思うけれど。
細かく砕かれあちこちに散っていたエウリュアルの魂を掻き集め続けたであろう四千年、貴方には長すぎたのかしら。
…………ああ、成る程。わたくしが身を削って街を作っていたのと同じようにエウリュアルのその器、貴方が作ったのね。
健気だこと。どこぞの犬にも見習って欲しいくらい」
「…………」
「……やっぱり言葉を返す事はないのね。
何を思ってそんなことをしていたのかしら。何を望んで?
あのおちびちゃんのように存在規模が根底から違うからというわけでもないのでしょうに」
「エウリュアル、貴女正気?
魂に罅が入った事で情緒を失ったの?
そういった事に対してわたくし達魔王の中でも貴女が一番進んでいたと思うのだけれど」
「む……、なんだか気に食わない言い方ね」
「それはそうでしょう。見てれば誰でもわかってよ。
赤の竜と共に生きていたと言ったでしょう?
貴女、赤の竜に惚れ込まれて押しかけられて言い寄られて嫌よ嫌よとフり続けていてよ。
赤の竜への対価は踏み倒していいでしょう。女の甲斐性というものだわ。対価など支払われた方が嫌でしょうに。惚れたほうが負け、というわけね。
今でもべったりとされているではないの。
竜だなんて好き勝手に振る舞う厄災生物がわざわざ人化して一人の女を甲斐甲斐しく守ってへばりついているだなんて求愛行動以外に何があるというの?」
「はっ!?」
「そ、そうなんですの!?
私、出逢いなどお聞きしたいですわ!!」
「ちょ、ちょっと!?待ちなさい!!」
ペロリと本を捲る。うーむ、どのオヤツにするか悩ましいな。摘んで食えるものが望ましいのだが。
ドーナツセットにおつまみセット、おせんべいセット。どれも捨てがたいが。いっそガッツリしたものを食べてもいいかもしれん。
「クーヤ、私それ食べるネ」
一億の食券が僅かに減った。
この調子では使い切るのに30年どころじゃないな。もっと夜食と間食を食わせるか。
「僕もご相伴に預かりたいなぁ。このフレーバーティーセット買ってくれる?
経費で」
「アンタ達って死ぬほど食うわよね……。胃袋どうなってるのよ。
あーあ、でもあたしもクルコの実をこの都市にも植えようかしらね。たまにはああいう味が食べたいしぃ」
「クルコ!!」
クルコだとう!!そいつは黙ってられない。ジャガラ牧場に併設してクルコ果樹園を勝手に作ろうそうしよう。カミナギリヤさんからクルコの苗を貰うのだ。
出したオヤツと飲み物を食い散らしながら全員で本を覗き込む。
皆さんヘンテコ道具に興味津々らしい。まぁわけのわからんものが並んでいるカタログだしな。
「そういえば出会いを聞いていないわね。
いつの間にか赤の竜に押しかけられていたようだし。魂の罅はわたくし達で治しましょう。
記憶が戻った暁にはその対価に赤の竜との出会いと進展具合を根掘り葉掘りと聞くことにするわ」
「私も手伝いますわよ!!魂の治療ならおまかせ下さいまし!!
エウリュアル様、記憶を無くされてから各地を放浪していたと聞いておりますけれどその間はどうでしたの!?」
「まっ、まっ……!!ま、待って、待ち、待って!!
ちょっと唐変木!!黙ってないでなんとかいいなさい!!」
「いきなさい赤の竜!今ならあののらくらエウリュアルも押せば倒れてよ!!その顔の赤さ、押せばいけるわ!!
わたくし、あの星落とす魔女が折れて求愛を受け入れるところが見たいわ!!
フィリア、クロウディアとブラドを今すぐに呼んで頂戴!!
あの見てるだけでじれったかった星落としと赤の竜が番う瞬間が観測出来ると言えばすっとんで来てよ!!
ついでに手の空いている連中も呼んでおやり!!」
「わかりましたわ!!!」
茶を啜りせんべいを齧り、そういえばと思いつく。
「さっきの話でちょっと気になった」
「邪神視点で何か気になることあったかい?」
邪神視点て。いやまぁそうなのだが。
あんな私的にマイクロサイズ時間の出来事を思い出せたのは奇跡に近いし今のうちに考えてもらおう。
「居なかった」
「ふむ?」
「私を討伐した中にその十二氏族とかいうのは居なかった。
そんな連中知らん」
そう、私をあの時殺してみせたのはレガノア、カーマイン、セレスティア。そしてクロノア君にあのアホだ。
それ以外は知らんのだが。なんなら話の中でその5人中2人の情報は完全に抜け落ちている。アスタレルも今の神話は実際あったことと大分違いますと言っていた。
どうなっているのやら。
「なるほど、邪神本人の言い分なら確実ね。
クーヤ、それ以外に何か情報はないの?」
「うーむ……」
頭をひねる。それ以外、それ以外……。
「光明神レガノアはもう居ないと思う。多分どこにも」
「………………なるほどね。
ま、そういう事もあるわよ。近しい身内でも不意に道を違える事は当たり前なんだから」
「そういや綾音が二代目いうてたアルな。
しかし、そんなら今の天族いう連中はどっから湧いてきたアルか?」
「当時の特権階級だって言ってたけどねぇ。……あ、こうじゃない?
生徒会長のスマホでもそういうアニメいっぱいあったし。よくぞ邪神を倒してくれた、お前たちはもう用済みだ的な」
「む……そういやフィリアの話でカーマインとかいうのが残った身体を腑分けして選ばれた神民達に与えたどうこうあったような」
それを考えるとこれはラムレトがビンゴじゃないか?
与えたという表現で終わる割に腑分けしたというのが違和感凄いのだが。勝手に死体を分解して配ってないか?
こうして頭がすっきりしている状態でよくよく思い出したらまさかのあの時のデンジャー人間だったクロノア君はどう考えても今は人間に敵対している。
つまり、今の世界の状態はクロノア君と、恐らくあのアホも本意ではないのだ。まぁ確かにそんな感じだったしな。
そうなると東大陸に居るらしい現人神カーマインとやらがだいぶ怪しくなるな。なにせそのカーマインとやらがレガノアの想い人だったし。レガノアが居ないのだ、共に生きたならもう生きちゃいないだろう。生きてるんだったらレガノアが居ないわけがない。
……レガノアはあの人間とちゃんと添い遂げられたのだろうか。ラムレトビンゴだとちょっと不安である。
まぁいい、フィリアの身体を借りた時の彼女の笑顔を思えば恐らく満足ゆく人生だったのだろう。それでいい。
「星落とし、生きとったんかワレ!?
まぁ良いわ、ほれ!!キスせい、キス!!赤の竜、なにをしておるかどう見ても星落としのその顔はキス待ちじゃろがい!!
抱き寄せんか!!そのままキッスじゃキッス!!舌までいけい!!ほれ!!」
「ほう!!これはこれは懐かしい顔が居たものだ!!どうやったのかは知らないがね、しかしそれも些末な問題だ!!
赤の竜、そのような顔をしたレディーを待たせるな!もう少し強引に腰を引き寄せて足を崩せ、その顔はそれで落ちる!!
キスだ!!キスで黙らせたまえ!!」
「キース!キース!!」
「ちょ、ま──────────」
衝立を出しておいた。これでよし。いい大人共が揃って私のようないたいけな幼女の前でなにをしているのか。
最早こっちはギルドのロビーに羊印のごろ寝用高反発ふかふかラグを作って転がり菓子と飲み物を摘んで本を眺めてはだらだら雑談するという修学旅行の趣である。トランプにクッションまで出している始末だ。
まぁ勇者ぱーちーの事は聞いたしエウリュアルさんの出自もわかったし、特に相談することももう無いしな。
考えすぎていた頭がふわーとしてきたしどうでもよくなってきた。ごーろごろ。
む、ババを引いてしまった。
「なんていうの?
初代魔王連中って意外と出歯亀気質なとこあるのね。
ガルーネシアはまだわかんないけど、同じ様なもんなのかしらね。ていうかこれで初代魔王ってほぼ揃い?
信じらんない。歴史の分岐点に居るって感じぃ」
「魔王いうかただのミーハーみえるアルが。
人はどこであってもいつの世も変わらんいうことアルなぁ」
「人は恋バナ好きだよねぇ……。こっちはゴブリンの自称お嫁さんお婿さんなのにね」
そういや地獄で悪魔共もわけのわからんことをしていたな。まぁ好きにしろって感じだ。
ぢゅぞぞーとソーダを吸い上げておいた。