さくやはおたのしみ
コトンとテーブルの上にビスケットを崩したものを乗せたお皿を置く。
「ぎぃ、ぎぃー」
顔、いや顔しか無いが生首ちゃんがご機嫌に歌を歌いながらもさもさとビスケットに口を付けるのを眺めながらスライムにも鳥の骨を与えておいた。
勇者ぱーちーが宿屋へ向かったので緊張感から解放されたギルドは先程の静けさとは一転してなかなかに騒がしい。主に騒がせているのは生首ちゃんだが。
牧場から戻って来る時に都市を囲う外壁を前に絶望顔をして悲しそうにスライムと共にトンネルへ入っていたが、そのままトンネル移動で私の部屋のトンネルから出てきたらしい。
勇者ぱーちーと入れ替わりになるように階段をぎっぎっと鳴きながら降りてきたが割と阿鼻叫喚であった。まぁそれはそう。美人であろうが首は首である。今も周囲の冒険者達は生首ちゃんをガン見状態だ。
「ナニコレ……」
いやまぁビスケットを頬張る生首ちゃんを一番ガン見しているのはラムレトだが。あまりにも衝撃的だったらしい。でも頭部がおかしいラムレトと頭部だけのリレイディアはコンビを組んだらちょうどいいと思う。
メイド悪魔共も何やら無言で互いに目配せしあった後に姿を消してしまっているので今このギルドで一番の注目株は間違いなくリレイディアである。
食堂を蛇行しながら散策すればモーセの海となり歌を歌えばアイドルライブ会場となる。足を器用に動かしながら顔を掻けば歓声があがる始末である。
ごろりごろりと左右に転がして蜘蛛のような足が空を掻くのを眺めながら九龍が奇妙なものを見たような顔で首を傾げた。
「ユグドラシルでも遠目に見かけてちょいと気になってはいたアルがなぁ。
すげーアルな。こりゃあ神族アルか……?」
勇者ぱーちーと自称嫁により不機嫌だった九龍もこの生首ちゃんが齎す衝撃の前には流石にそんな場合ではないようだ。
「不憫な目にあってしまってこうなった美の女神リレイディアちゃんです」
「ぎぃー!」
うむ、元気いっぱいでよろしい。カサカサとラムレトへの登頂チャレンジを試み始めたのでとりあえずほっとこう。
「ア────ッ!!なんだかゾワゾワするんじゃあぁあぁぁ!!!なんか登ってくりゅぅううううぅ!!!デッカイ虫みたいぃいぃぃ!!!」
あまりの事に口調が変わっとるがな。いやまぁいいか。スライムはエウリュアルさんの膝の上で餌を与えられている。たふたふとした感触が気に入ったらしくゲルボディが遠慮なく揉み込まれていた。飼い主としてセクハラで訴えるべきだろうか?
「クーヤ、ラーメンタイマー持ってるアルか?
あいつら居ないうちちょいとユグドラシルと連絡とるヨ。カグラかフィリアに話聞くネ。
メルト、カミナギリヤ呼ぶね。アンジェラは……話を聞いてもアルなぁ。それよりはあいつらの動向見る頼むね。こっちに来そうなら知らせるよろし。
セイトカイチョーには後でこっちで話まとめたもの流すヨ。
嫁云々を聞かれるとめんどいアル。綾音は今向こうアルな。ならいいネ」
「ん」
確かにそうだな。エウリュアルさんとカルラネイルもいるし、それにあの勇者ぱーちーについてフィリアかカグラに聞いといたほうがいいだろう。
ラーメンタイマーは悪魔共の魔改造品を、いや時間もないしちょっと変えるか。あれは画面が小さいし仕様として1人対1人が前提だ。
今回は話があちこちに脱線しそうだし大型ラーメンタイマーにそろそろアップグレードすべきだ。魔力は住人の数だけアテがあるしな。
欲望のままに無駄遣いする前に今後のために設備投資しておかねば。
生首ちゃんによじ登られてぴょんぴょんしながらラムレトが飛び出していくのを見送ってから本を捲った。
商品名 ティスコードアプリ
悪魔経済界を牽引する新進気鋭のホープ、暗黒公司が提供するアプリ。
社員全体の脳を媒介に不思議ダークマターを発することで宇宙空間を跨ぐ距離であっても映像、音声共に遅延数0.05以下を維持する高度なグループ通話を可能とするこのアプリは、時間効率という点に於いて革命を引き起こした。
試供品版では同時に死傷率という点でも革命を引き起こしたが製品版ではこれを見事に改善し、常に上を目指し続ける企業戦士にとって必須のものとして仕上がっている。
よしよし、製品版なら問題なさそうだ。多分。
ぽちっとな。買った瞬間にずももとテーブルに脳の形をした奇妙な肉塊が現れた。……見た目でも革命を起こしているな。周囲にドン引きの気配が漂ったがまぁ使えればいいだろう。
セットで現れた鉄串のようなものが操作盤みたいなものらしい。初期設定はどうやるんだコレ。取扱説明書が同梱されているようなのでそれを見ながら脳の形をした肉塊に鉄串をぶすぶすと刺していく。
見た目とセット方法が最悪すぎる。私が引かれているのだが。私は悪くないぞ。
ここに革命は必要無かっただろ。クソッ、さっさと終わらせよう。左脳に刺した鉄串をぐりぐりと弄ってダイヤルを回し周波数を合わせる。
そのまま右脳に刺した鉄串を何本か調整し、会社をギルドに設定。これでよし。
「出来た。九龍にあげる」
「いらんアルが……?」
普通に嫌がられた。気持ちはわかるが我慢して欲しい。しかし嫌なのもわからんでもない。なんかねっちゃりしてるし。仕方がないので美しい螺鈿細工が派手派手な化粧箱を出してその中に仕舞った。
「ほれ、これでいいじゃん」
開けなきゃ問題ない。アホが開けたら知らん。
死ぬほど嫌そうにしながらも渋々と受け取った。よしよし。指一本でつつーと動かしているあたりよっぽど嫌なのだろうが。まぁ見た目最悪だからな。
相変わらず動力は魔力のようだ。セット売りのバッテリー箱にせっせとラーメンタイマー用だった魔石を詰め込む。私であれば本でワンプッシュに魔力をそのまま動力に変換できるが基本的にはギルドで使うだろうしな。
えーと。リモコンで電源ボタンを押す。バチンと電撃のようなものが化粧箱から放たれた。ピギャアと人間の限界悲鳴みたいな音を立てて起動するのやめないか?
ぶいんと音を立てて空中ディスプレイ的なものが起動した。ほほー。
[ギルド本部]と表示された下にはずらずらと名前が並んでいる。
[ローズベリー支部][ブルードラゴン支部][メイデン支部][トリック支部]……
なるほどなるほど。支部ごとにグループ通話ができるようだ。逆に個人とは出来ないようだがそこはラーメンタイマーとの使い分けであろう。
「ちょっと、呼んだぁ?なんかすごい騒ぎだったけどぉ。変なのが来たって?
ていうかリレイディアも来たの?こいつより変なのって居るの?
あとこいつあんまり出歩かせないほうがいいんじゃないの?」
「おー」
ちょうどカミナギリヤさんも来たようだ。戻ってきたラムレトはまだ生首ちゃんによじ登られて悲鳴をあげている。
よし。総務部な暗黒神ちゃんとしてはもう仕事はない。ンン、いつでも始めてくれていいぞ。ごろりとソファーに転がる。ポテチをだした。
勇者ぱーちーが来てしまったのであれほどあった依頼もあいつらにやられたくないと取り下げられてすっからかんになってしまい、ほぼ営業終了状態という事で本日はもうギルド本部は店じまいにつき解散という事になったようだ。
このままここでユグドラシルと連絡を取るらしい。ロビーと食堂に屯していた冒険者を仕事上がりとなった受付のおねーさん達がはよ帰れと追い出していく。解放感でいっぱいの顔をしている。
「総裁、ちょっと君を愛することは無いって言ってみてくださいよ」
「ジジイ、ちょっとこれは白い結婚だって言ってみてくれ」
「クソジジイ、ちょっとこの場で婚約を破棄するって言ってくれ」
何人か勇気ある大冒険野郎が面白さに辛抱たまらず本能のままに命すてがまりの大冒険をして半ギレになった九龍の拳を食らって床に沈んだがまあいつものことである。ちょっと嬉しそうなのなんなんだ。まあでも夜市でも思ったが冒険者のおっさん達はこの頃クソジジイ連中が活動的になったと喜んでたし多分こう見えて創立メンバーはめっきり静かになってたんだろう。元気になってなによりであろう。
ぽいと放り出されていく大冒険野郎共を見ながらポテチを齧りつつローズベリーと通話を開始。ブーンと高い音を立てて通話が開始されたようだが。どこだコレ。木が見えるしユグドラシルのあたりか?
水っぽい音がしているが。
「…………?」
んー……。
「ここ温泉じゃないの?
しかも形的に女湯のほうじゃない?」
カミナギリヤさんが気付いた。目を剥いて戻ってこようとしたおっさん達が締め作業をしていたおねーさん達によって袋にされて叩き出された。
ナムサン。助平野郎に慈悲はないのである。寝転がる私の横にのっしと陣取った九龍がぼりぼりとポテチを齧り取っていく。上下揃いのカーキ色の人民な服に目深に被った帽子、据わった目と全体的にやさぐれた感が溢れている。ストレスが溜まっているらしい。
まぁ人語を解するゴブリンの自称嫁に60歳を越えた評判の悪いお爺さんになんて本当は嫁ぎたくなかったけど嫁ぐしか無い可哀想な私節でだけど皆の為にがんばりますを目の前でされつつ両脇に男を侍らせてでもここでもフィリア様と比べられるのねそんなことないよよしよしされるとか普通に可哀想なので大袋ポテチを追加で出してやってからリモコンをぽちぽちといじってカメラを移動させる。うーん?
ボタン連打で大移動。これくらいか?
「そこは男湯でしょ」
「む」
次の瞬間、誰かが通りがかったのかぶらぶらしたものが大写しになった。誰のだ。いや誰何はやめとくか。名誉の為に。
エウリュアルさんがそっと両手で顔を隠していた。珍しい反応だな。いや多分これが普通なんだろうなとはうっすら思うけども。
リモコンを再びぽちぽち。
「……な、なんですの?」
「おー」
なんか女児チョコみてぇなのを必死こいて作っているフィリアを発見。顔も手もチョコレートだらけだ。料理なんてしたこともないだろうに何をしてるんだ。まあいいか。