おおゆうしゃよ
おねーさんを引き連れてとっとこ帰投。
ガラリンガラリンと鈴を鳴らしながら扉を開けて、開けた瞬間に後悔した。すっかり忘れていた。勇者ぱーちーが居たのだった。
ギルドのロビーは痛いほどの沈黙が降りており、触らぬ神に祟りなしを体現するかのように誰もが息を殺して静かに行動している。
ロビーのど真ん中には先の勇者ぱーちーと対面する九龍が居た。ラムレトも居るがこちらは少し離れた場所に座っている。
九龍もラムレトもドドドド不機嫌って感じだ。そんなところに呑気に帰投した私を受付嬢と冒険者達がチラ見する。彼ら彼女らから言葉にせずとも伝わる熱い想いがある。
なんとかしてくれよ。
お前たちの想い、しかとこの胸に響いた。勿論お断りである。
野次馬しとこ。九龍は丸グラサンに帽子を深く被って黒マスクまで付けて何やら顔を隠している。ラムレトはいつもと変わらないが。
「九龍さん、意地を張るのはやめろ。あんた達の気持ちはわかる。
捨てられないものだってあるだろう。けど、いい加減に変わるべきだ。今なら間に合う」
「そろそろ私達と共に来てくださいませんか。今はまだ私達が教団を足止めできていますが……こうして説得に来るのにも限界があるんです。
西の魔王を倒し、教団に価値を示しましょう。それしかありません。
私達だって何も滅びを求めているわけではないのです。皆さんと共に歩きたいと思う。これ以上愚かな真似はやめてください。
全てを巻き添えにして滅亡することが本当に望みなのですか?」
「我々とて暇ではないのですよ。
こうしている間にもアル様とミナギ様は身を削っているんです。言っておきますが私は認めていない。全てね。そのままでいてくれるならそれで結構です」
「クルギ、俺達の事を思ってくれるのはわかるけどやめろ」
「……ん。とりあえず今回は納められた神の工芸品でみんなを止めておく。
でも本当に覚悟はしといたほうがいい。どうにもならなくなったら九龍にも来てもらう。メルトも。ボクだって困る。
このギルドも都市も有用。みんなそれはわかってる。教団の管理化に入ってきちんと運用したほうがいい」
「何度も断った話アルが?しつけーアルなぁ」
「………………私のせい、でしょうか」
ぎゅ、と胸の前で手を握って聖女っぽいのが俯く。
「ミナギ、それはもう終わった話だろ。九龍さんだってそこは納得してる筈だ」
「でも……私よりもフィリア様のほうがふさわしいのはわかってるんです……!」
「……だから、ミナギ!違うだろ!?
九龍さん!頼むから落ち着いてくれ!煽るような事は言わないでくれよ!!」
おお……。見事な被害者ぶり仕草だ。九龍が閉口している。というか詳細はしらんけど多分九龍は特に納得したとか言ってないと思う。
うーん、人間かと思ったがどうやら人語を解するゴブリンだったらしい。
九龍は顔を隠してはいるものの、こいつら今すぐ殺してーなぁと見える部分に書いている。逆にまだ勇者ぱーちーが生きてることが驚きだ。壁のシミになってそうなものだが。
少し考えて思い至った。ギルドにも冒険者として東大陸の人間が登録していると聞いた。多分あの勇者ぱーちーもそうなのだろう。一応ギルドメンバーなので手を出していない、というところか。
しかし九龍の口数少ないな。普段ならにんまり顔でホアチャチャチャーとクソミソに言いそうなものだが。ギルドメンバーだろうがその辺りは容赦ないし理不尽暴力は日常茶飯事である。いやでも人語を解するだけのゴブリンに真面目に話をしたくないのもわからんくはない。
つつつと九龍を避けて遠回りしてラムレトに近寄る。近くを通ったら間違いなくふん捕まるので。ちらりと私とおねーさんを見たラムレトがちょいちょいと手招きしたのでそのままついて行く。ロビーから食堂へ、壁一枚を挟んだ場所にどかり。
ふむ、どうやらこの壁は向こうからは見えない聞こえないだがこちらからは見える聞こえるの仕様になっているようだ。盗み聞き専用テーブルといったところか。
「おかえりー。見ての通り修羅場だよ修羅場。ウケるよね」
「なにさアレ」
「人語を解するゴブリンかなぁ。人語は通じるけど会話は通じなくて面白いよ」
全く同じ見立てをしていた。同じ感性なのが若干イヤだ。
「九龍くん必死こいて顔を隠してて草。顔面強度がありすぎるのも大変だねぇ」
「あれってなんで隠してるのさ」
「そりゃあ顔が良いからだね。ぶっちゃけ良すぎなんだよね。見られたらマズいのはわかりきってるから隠してるわけ。
見て見て、あそこで教団からの命令で東大陸でクソミソに言われまくってる九龍お爺ちゃんと結婚させられそうなのでああやってこの世の終わりのように嘆いて勇者くんと聖騎士くんによしよしされているのが天才美少女な聖女様との格差に苦しみ続けた挙げ句にその聖女様がいなくなった事で望まぬ婚姻を押し付けられた悲劇の聖女ミナギちゃんだよ。
旦那様カッコ笑いの顔面強度がバレたらエライコッチャになるの目に見えてるからね」
「ウケる」
それは笑うだろ。何がどうしてそうなってるのだ。肝心のお父兄爺ちゃんが心底いやっそーなのが尚更ウケる。全身から嫌アルが?というオーラが漂っている。なるほど朝から不機嫌だったわけである。
一切興味関心のない異性からの勘違いアプローチほど鬱陶しいものはないだろうからな。
だから顔を隠しているのか。トゥンクで惚れられたらバチクソ嫌だからなのだろう。口数が少ないのも納得だ。声は誤魔化しが効かないからな。ロックオンされたくない鋼の意志というところだろう。
とは言っても帽子にグラサンに黒マスクで誤魔化しきれるとは思えないがまぁお約束というヤツなのだろう。単にミナギとやらがお爺ちゃんの顔を見たくないのかもしれないが。服装もいつもと違って地味めであるし、絶対にモテになりたくないようだ。
「ちなみに元々のお嫁さんは天才美少女な聖女様のフィリアくんだったらしいよ」
「ングッフ」
飲みかけていたジュースが吹きこぼれた。流石に笑うのだが。あらゆる意味でどちらもギャグだろ。
ちなみに最初は大怪獣にフィリアが警戒していたが慣れた今や両名ともに馬が合わないのか関心がないのか、ラーメンタイマーでも互いに完全に無反応という感じだ。たまに魔法談義をしている程度である。
なんならプライベートな会話と言えば私を摘む九龍にフィリアが返してくださいまし返してくださいましとぶーぶーするくらいだ。暗黒神ちゃんをいい感じのクッションの如く取り合いするのやめて欲しい。私にも人権よこせ。
「でもなんでそんな話が出てるのさ」
「簡単に言っちゃえばギルドの統合からの乗っ取りが目的だね。クーヤくんも第二級人類族になる為の条件は聞いたことあるっしょ?
恭順、迎合、混血。僕らは異界の魂だからね。基本的に混血は出来ないらしいけど。
とりあえずあれを組織単位でしようとしてるわけだね。ちなみにあちらのボクっ娘な精霊術士が自称僕のお嫁さんです。なお東大陸の人類目録上だと創立メンバーとギルド幹部、世界の名だたる有名人は全員教団内での人類目録編纂会議にて結婚済みのもよう。まぁ各大陸の領土も定規で分けて各家に既に分配してるらしいし多少はね?
総司くんと生徒会長は相手の顔も知らないけどね。あ、生徒会長にはナイショだよ!
生徒会長以外はこういう囲い込みみたいなの死ぬほど嫌いだから良いんだけどね」
「ブフゥッ!!」
耐えられなかった。いや笑うだろ。自称嫁がいるのかよこいつら。いや、ギルド幹部というからもしや綾音さんも結婚済みか?自称嫁と自称夫がいっぱいいるのか。
マリーさん達は多分あの石板を使っていないらしいから認知されていないので未婚だろうけど。
笑うのだが。笑うしかない、このビッグウェーブ。突然の結婚ブームやめろ。誰か離婚調停してくれないだろうか。手を叩いて大笑いする自信があるのだが。
「ちなみにカミナギリヤくんとウルトディアスくんも既婚でーす。
まぁ真面目な話、今までのままだったらギルドの瓦解は約束されてたからねぇ。あと何十年も保たないと僕らですら思ってた。記録上だけでもその後釜に納まる権利があれば時間を掛ければやがてそれが事実になる。魔導研究所みたいにね。他にも結構色んな氏族でもやられてるよ。勝手に婚姻させられてて権利を主張されて拒否したら物心も付いてない子供以外は皆殺しておいて正当な後継者として乗っ取るって手法。
いつだったっけ、カグラくんを押し付けてきたレイディナくんって居たんだけど。その子も30年前に死んじゃったギルドマスターだった人の孫だったんだよね。ただし、記録上だけの。
だからオズウェルくんとジョーカーくんが死んじゃったことは向こうは知らないよ。自称お嫁さんに来られても迷惑だしねぇ」
「ほーん……」
笑ったが思ったより深刻な理由だった。なるほど。100年前の戸籍を持ち出してきて権利があると主張されると確かめる術が無いという話なのだろう。いやでもやっぱり笑うな。イッヒッヒッ。
「……私はこのまま紹介を待ったほうがいいのかしら。
思っていたよりも立て込んでいるよう。星の巡りが良くなかったと見るべきか、良かったと見るべきか。
今まで世界の事には関わっては来なかったけれど、変化を求める宿星の意志かしら」
「あ、そうだった。こちらはエウリュアルというおねーさんだぞ」
「ふんふん、クーヤくんの紹介なら安牌かな。よろしくね。
僕は大気の神メルトアルストラムレト。異界の神だった存在だよ。冥王神とかやってました、おっすおっす。
気軽にメルトでもラムレトでもアルストでも呼んでくれていいからね。後で計らせてくれると嬉しいよ」
「そう。私はエウリュアル、そしてそこの唐変木がカルラネイル。
魔女に……竜、らしいわ。私の顔を知っているとも思えないし、問いかけはやめておくわ」
「おねーさんは記憶がないらしいぞ。知り合いを探してるんだってさ。
多分マリーさんとウルトの知り合いだろうから連れてきた」
「そうなの?」
「確か魔王だったような……?」
「さらっと爆弾発言でウケるね」
「……クーヤ、それは初耳ね。対価を支払えない者に安易に与えて回るのは良くないとこの前も言ったはずだけど。
ま、いいわ。貴女は大きな星。その光で旅人の行く道を照らすとも旅人が返せるものは無いものね。ただ、夜の中に感謝をするのみよ」
ちょっと会話をしただけだが相も変わらぬ小難しい言い回しである。ありがと!で5文字では。いいけども。
「こう……闇討ちとかしないの?」
「そりゃあ鬱陶しいからしたいけど人数が多いし目立ちすぎだからねぇ。いきなり全員消えましたとなると知らん顔してもちょっと厳しいかな。ギルドメンバーだけどどちらかと言えば教団の顔だから。
あとあの子達は結構な加護持ちで……あらら?」
ラムレトが首を傾げた。まぁここは暗黒神ちゃんホームだからな。
それに今は意図的にふんづけているし。
「うはは、立てるものなら立ってみるがいいー!」
「こっわ……。めっちゃギャグ調なのにヤバさしかないことしてる……嘘でしょ……。
あ、そういえばクーヤくんギルドに登録する時にあの石板使ったでしょ?」
「ん?うん、使ったけど」
「うんうん。それで面白いことになってるよ。丁度その辺りの話もするみたいだね」
「む?」
言われてロビーの方に顔を向ける。
何やら紙を眺めていた精霊術士ことラムレトの自称嫁が詰問するかのような口調で声を上げた。
「九龍。今回の納品目録にあの本がない。どういうつもり?
あれが無いと困る」
「……カリスか。九龍さん、こっちだって馬鹿じゃない。
あれを持ってる異界人が居ることはもう知ってるんだ。下手な誤魔化しをされると誠意がないとみられかねない。
いい加減にお互い腹を割って話そう。あの本の持ち主が……こう言っちゃなんだけどスライムより酷い異界人なのもわかってる。ある程度見た目も。
ギルドの庇護下に置くつもりで登録させたんだろ。本を使わせるのが目的だったんだよな?
あの本は咎人の枷だって外せるって聞いてる。外せるなら付けることもできるだろ。あの本を探してたクロイツマイン様が行方不明だ。俺達はギルドがあの人をどうにかできるとは思ってないし、実際その通りだろ?
あんたはそう思ってないんだろうけど、あの人は強い。あんたよりも。あの人の事は俺達のほうがよく知ってる。その強さをいやってほどに。
管理番号5842の咎人の枷が無くなった。あの人をどこで使ってる?
これは冗談事じゃない、ちゃんと答えて欲しい」
「愚蠢透顶。知らんアルなぁ」
その人なら壁のシミですけど。思ったが口には出さない。いやしかし九龍めちゃくちゃ舐められてるな。よく我慢できるなアレ。そういう風に見せてるんだろうけども。いやナチュラルに罵倒っぽいのは入ったが。
「……その異界人ごとカリスを引き渡してくれ。クロイツマイン様が行方不明って時点であの本の危険度は跳ね上がってる。あれを擁するギルドに対する意見も厳しい。
今引き渡してくれるなら悪いようにはしない。ラ・シルドは名家だ。丁度いい年齢の子どもがいるんだ。当主の父もカリスが手に入るなら尽力するって確約してくれてる。
わかるだろ!?このままじゃ血が流れるだけだ!!」
ばっとラムレトを見る。
「婚約おめでとう!」
「うるさーーーい!!」
知ってやがったなこいつ!!婚約破棄だ婚約破棄!!地団駄を踏んで大暴れである。
「あっ」
「なにさ!!」
プンスコ。
「あの子達死んじゃったなぁ。ご愁傷さま。認知もしてないのに僕ら全員いきなり寡夫で草」
「む?」
指差す方向を眺める。メイド服の悪魔共が瞳孔の開ききった目でじーっと勇者ぱーちーを見つめていた。
オイオイオイあいつら死んだわ。学習したので私でもそれぐらいわかるぞ。あのツラはぶちギレのやつだ。慮外が過ぎる地雷の踏み抜きであった。十字を切っておいた。でもなるべく問題にならないように頼みたい。あと九龍にも1人分は残しといてやって欲しい。キレ気味であるし。
紅茶をすすっていたおねーさんがぼそりと呟く。
「凶星が見えるわ。太極へと還る魂達に穏やかな安息を祈りましょう」