街と瘴気と男と女2
「騒がしいな」
ブラドさんの言う通り、酒場に来てみれば……まあこの酒場はいつも騒がしいが、それにも増して出入り口にはまさに垣根というに相応しい人だかりが出来ていた。
「へぇ、アレが例の?」
「すげぇカッコだな」
「二人だけか…………?」
漏れ聞こえてくる声から察するに、どうやら有名人が来ているようだ。
「すごい人だかりなのよー」
「誰か居るんですかね?」
「そのようね」
マリーさんが軽やかな足取りで噂話に興じる集団へと近づいた。
「どうしたのかしら」
「…………あぁ!?うるせぇな…………って、マ、ママ、マリーさん!!お疲れ様です!!」
「いやいや、失礼しやした!!」
偉そうな態度で振り返ったガタイのいいチンピラ達はマリーさんの姿を認めた瞬間、こめつきバッタとなった。
…………マリーさん、すごいな。
「ええ。それで?誰か居るのかしら?」
「ああ、いや、今朝方からギルドに居座ってやがるんですが」
「東からでけぇ馬車が来ましてね、それに人間が何人か乗ってやして……」
どうやら人間が沢山来たらしい。
しかし人間くらいは珍しくもない気がするのだが。
まぁ碌でもない人間しかいないが。
「―――――勇者と聖女が来やがったんでさァ」
「…………そう」
ほほー、勇者と聖女。
ゆうしゃとせいじょ…………。
「ふむ、おチビ。口が顔面の半分程開いているぞ。少しは謹みを覚えて閉じたまえ」
「……………………」
手で顎を押さえた。
「ゆゆゆ、勇者と聖女…………!?何でそんなのがこの街に来るんですか!?」
「偶に来る。ここには希少なアイテムや装備品も出回っているからな。リスクは高いが法外な報酬が得られる依頼もある。娼館も世界最高峰だ」
「えー…………」
なんて奴らだ。
勇者とかならむしろこんな街嫌がるところだろう。
何故がっつり利用している。
カナリーさんがフライングして卑怯にも人ごみの上を飛んでドアにへばりついた。
ミーハーだな。
「ま、利用目的でここに来るからには当然ながら人間の屑だがね」
ブラドさんに言われるとは相当だ。
腐ってても勇者って出来るのか。
汚職勇者と呼ぼう。
「さぁ、行きましょうか」
マリーさん達は入る気マンマンのようだ。
行きたくないな…………。
しかし顔ぐらい見ておいた方がいいだろうか?
ギルドなりお店なりを利用しにここに来たなら下手な騒ぎは避けるだろうし。
折角のチャンス、情報収集に努めるべきな気がする。
それに私が暗黒神という事も彼らには分からないだろう。
マリーさん達が言うには道具が無ければステータスとか見れないというプライベート保護もばっちりしているらしいし。
…………うむ、いざゆかん!
今の私は天使を倒した事で気が大きくなっているのだ。
カランカラン
「おう、来たか」
「酒と食事。今日は何でも構わん」
「カナリーは果実が欲しいのよー」
「ぎゅうにゅう」
「わかったわかった。持ってってやるからどっか座ってろ」
しっしと追い払われてしまったのでいつもの壁際のテーブルを全員で囲んだ。
しかしこのテーブルいつ来ても開いてるな。
マリーさん達専用なのだろうか。
「…………クロウディア王国の勇者とアーガレストア家の聖女ね」
「確か五年前に勇者の称号と神託を得たばかりの奴らだな」
勇者と聖女をじーっと眺める。
酒場の連中全員注目してるし別に隠さなくたっていいだろう。
「クーヤ、あまり見ないほうがいいわ。彼らは勇者の中でも一際有名よ。あまりにも下衆な性格でね」
さっと目を反らした。
下衆な性格…………。
女癖が悪いとかそんなのだろうか。
「ハハ、下衆とはひでぇな?その辺の噂なんてアテになんねぇもんだゼ?」
「……………………」
いつの間に。
テーブルに付かれた手。
騒がしかった酒場が水を打ったように静まり返った。
「なぁアンタ。いい声だな。吸血鬼だろ?俺とどっか行かねぇ?なァ?優しくしてやるよ?」
「おあいにく様ね。わたくしは忙しいの。…………それにわたくしはれっきとしたこの街の住人。ギルド登録もしていてよ?」
む、ロリコンだろうか。…………の、割には妙な態度だ。
マリーさんの返事もちぐはぐだ。
何だろう。違和感がある。
なんか気持ち悪い奴だな。
「ハハハ!残念だなァおい?教団の特定討伐対象でもねぇみたいだし…………本当に残念だなァ…………。あー…………クソがァッ!」
テーブル蹴りやがった。なんて態度だ。
本当に勇者だろうか?
その辺のチンピラにしか見えない。
「…………じゃあそこの三つ目のチビ。お前はどうだ?俺とイイ所に行こうぜ?」
「やだ」
返事は短く一刀両断。
こいつは気持ち悪い奴だ。
あまり話さないほうがいい気がする。
「どちらも私の連れなのだがね。聖女様が待っているぞ?ギルドからの依頼も受けるのだろう。もう行きたまえ」
「あー?うるせぇな。ぶっ殺すぞ」
「ほう?」
空気がピリピリしだした。
周りの客も固唾を飲んでこちらを見ている。
いつも飄々としたブラドさんがキレ気味だ。
これはヤバイのでは。
「店主ー!早く持ってくるのよー!ハーリーハーリーハーリーで来るのよー!」
「へーへー。おらよ。パスタでいいだろ。酒は適当に入れやがれ」
テーブルにゴトトンと皿が並べられた。
珍しくカナリーさんと店主が空気を読んだようだ。
正直有り難い。
もう少しで恐怖のあまりおしっこ漏らすとこだった。
「おい、新米勇者。このギルドを利用するつもりならてめぇの性癖で問題は起こすな。叩き出すぞ」
「…………ちっ」
勇者は荒々しい足音を立てて漸く元の席へと戻っていった。
ついでに居座る気も無くなったらしく聖女を連れてそのまま出て行ってしまった。
本当にあれって勇者なのか?
完全に無銭飲食だったが。
店主が気にした様子もないのでまあいいけど。
「噂通りの男ね」
「噂の方が幾分かマシだな。確かに噂などアテにならんようだ」
「なんか気持ち悪い奴ですな」
「牛乳娘の勘は中々いいな。くれぐれも近寄るんじゃねぇぞ。マリーもだ。目を付けられてるぞ」
「そのようね。腹立たしいこと…………」
店主もマリーさんもブラドさんも苦虫を100匹は噛み潰したような渋面だ。
よっぽどイヤだったらしい。
「そんなにヤバイ奴なんですか?」
「真性のサイコパスだな。合法的に女子供を殺せるのが楽しくて堪らんようだ。
どんな形であれ人を食料にする闇族は教団認定の危険生物として駆除が奨励されているからどれだけ殺そうが問題にならんからな。
逆に報酬が出されるほどだ。
奴はそれが理由で勇者になったと聞く。特に好むのは吸血鬼やセイレーンなどだ。声がいいのを選ぶ。
マリーは吸血鬼であるがこの街の有力者でありギルドから身元保証を出されている例外だ。
…………ふん、随分とご立腹だったな」
「教団やギルドに討伐証明で持ち込まれる死体は例外なく生きたまま拷問を加えられてるのがはっきりと見て取れる姿なの。だから勇者としてよりも人間としての下衆さで有名なのよ」
すげぇヤバイ奴だった。
近寄らないでおこう。
先はマリーさんにわたくしに手を触れないでと暗に釘を刺されて怒っていたわけか。
しかし顔を見ておいて良かった。
今度近寄ってきたら速攻逃げよう。
しかし少し気になったのだが。
「でもそこまで強くなかったような」
この三人の方がよほど上に見えたのだが。
勇者というにはあんまり。
「本人はな」
「クーヤの目はあくまで本人が有する素の能力が見えるというものなのかしら……?
勇者とはいっても剣技や魔術という戦闘技術においてほんの一握り以外は対した力は持っていない場合が殆どよ。
厄介なのは勇者の称号によるステータス補正と特殊スキルや特殊技能なのよ。レガノア神だけではなく多くの神の加護を持っている事も多いわ。
勇者の称号はレガノア神直下の加護を持つ人間ということ、この神々が不在の大地であっても問題なく神々の恩寵を受け発動させることができるしカルマ値が上がったところで加護強度も変わりはしないわ。この大地の上であれば単純な身体性能だもの、大体の人間であればわたくし達が勝つ。でも勇者に勝つのはほぼ不可能なのよ」
「おお……?強くなる条件が……?」
「神々の加護には強度があるし、恩寵には発動できない場所があるわ。
そうね……人間は教団内における罪科を犯せば犯すほどにカルマ値が高まるのだけれど。これが高いほど加護に対してマイナス補正を受けるらしいわ。罪人に与えられる加護はなしということね。
そして恩寵の発動条件はレガノア、あるいは彼の神に恭順した神々の神性領域内であること。この大地は神々の加護も無ければ管理者もいない空白の大地、神の救いは此処では得られない。
勇者というものはそれすら無視してしまう存在。神々の盤上遊戯において神にとっての強力な駒よ。
反して今のわたくし達にはわたくし達を駒にしようという神すらいないのだもの。文字通りに世界が違うわ。勝てる道理がないとすら言えるわね。忌々しいこと」
「……えーと、つまり基本的には戦車に乗ってるモヤシ……?」
恐ろしい。
勇者って恐ろしいな。
「ガッハハハ!いい例えだな牛乳娘!!ポスターにして壁にでも貼るか!!」
どんなポスターだ。
「それにしても勇者はともかく酷い聖女だったな」
…………確かに。
「わたくし、直視できなくてよ」
「カナリーもあんな人間見たのは初めてなのよー」
勇者よりもある意味強烈だった。
どことは言わないが。
ここの住人がそっと目を反らす様な有様だったもんな……。
あんな痛々しい聖女って有りなんだろうか。
あの勇者もよく一緒に行動できるものだ。
私なら恥ずかしくて隣はとても歩けないな。
まあ変態勇者だしあの聖女で意外にバランスが取れているのかもしれない。
…………思い出すだに本当にものすごい格好だったな。
そんな事を思いながらボーっとしたままのクロノア君と全く同じタイミングでアイス牛乳を啜ったのだった。