はじまりのまち
午前中はどぶさらい、そして午後は都市の周辺を固める畑と牧場のうちのひとつ、ジャガラ牧場のお手伝いである。これがここ最近の私のルーチンワークなのだ。
おやつも食べたのでバブロロブロロババババとぶっ壊れてんじゃないかという音を立てて走るタクシーに乗っていざやゆるゆる午後のお仕事である。
ちなみにおやつは何故だか悪魔共がせっせと渡してきたのでチョコレートだった。手作りっぽいのが若干の恐怖だったがまぁチョコレートに罪はない。血液とか入ってたら嫌だが。まぁ良識を信じておくこととした。
というわけで神託の最初の売上が入ったが今回はこれを元手にラムレトといつの間にやら植え付け完了されていた哀れなカミナギリヤさんから引っこ抜いて残りの1億は九龍の食料代として残しておかねばならないヤツなので寝かせておいたのだ。後は内職業者の次の仕事上がり待ちである。
2個は同時に出来ないだろうと思って1個は魔物共に与えるつもりだったのだがどちらもラムレトが持っていってしまった。どうやるんだろう。不思議である。
とりあえず次の売上が入ったら次を引っこ抜き、今後はそうやって少しずつ業務を神託分解の方を優先し増やしていくこととする。
ジャガラ牧場の手伝いは日雇いで、都市の数少ない子どものお小遣い稼ぎとして人気のお仕事らしいので独占は良くないしな。神託もまぁ無限に湧く資源というわけではないのであろうが仕事とは得てしてそういうものなのだ。
脂ぎったツチブタみたいな妙な生き物がボンとひと鳴き。
変な鳴き声であるがよく見たら鼻の辺りに袋がありそれを膨らませ、そこから一気に空気を抜くことで立てている音らしい。変な鳴き声どころか変な鳴き方である。
これが世にいうジャガラ共というわけだ。糞を燃料として大いに利用されている畜生である。わざわざ冒険者に森の中を歩き回らせて糞を求めて探させるよりこうして畜産業として生業にした方が効率がいいということでこうして都市外周の土地の一部を使ってギルドで育てているらしい。
しかもこいつらの食い物は木でありほぼ放置でも勝手に育つし当然ながら年中糞をする。排出された糞は一晩寝かせればカラッカラに乾いてそのまま出荷可能だ。
畜産としてはかなりやりやすい部類だろう。あまりにも脂ぎっているので嫌われているらしいが。ただ、ジャガラ本畜生共も脂に不快感を感じているのがなんとなくわかるので多分ではあるがこやつらは本来もっと違う環境で生きていたのではないかと睨んでいる。次元断裂により元々住んでいた場所から引き離された群れがこいつらの先祖なのであろう。
それにつけても最近とみに糞の良し悪しがわかってきた気がするな。最高品質の糞、高品質の糞、中品質の糞、低品質の糞、そしてジャンク糞で仕分ける。ひーふーみー。
固定燃料として扱われるジャガラの糞は品質には大差などないと思われていた。だが、今は違う。ギュッとしつつ最高品質の糞を手に取る。
カチカチでカラカラの糞は内容物を言えば良質な脂で覆われた木くずとしか言いようがない。そも木くずからどうやって栄養を取っているのかが全くの謎である。
続けてジャンク糞を手に取る。見た目はさして変わりはないが。
ジャガラの内臓で分泌される特殊な脂で固められた木くずは九龍であれば指パッチンで火が点いたが、あれはあのジジイが特殊なだけであると最近になってわかってきたので普通にマッチで点けてみる。
するとジャンク糞は火こそ点いたもののボッと音を立てて一気に燃え上がり、そのまま僅か数秒ほどで消えてしまった。残されたものに再び着火を試みるが火が灯る様子はない。燃料として一切使えないどころか一瞬だけ高火力で燃え上がるあたり危険極まりないまさにジャンク糞である。
ボンボンと鳴きたてるジャガラ共を枝で追い立てて小屋に誘導しつつも暫し熟考。
さらに糞の品質を高めるには如何なるものが必要か。ざっざと糞を集めて検分。差し当たり思いつくのはまず木であろう。こいつらの主食料である。
小屋に置かれている木を手にとって眺めてみる。ジャガラ共が纏わりついてきたのをどうどうといなしながらふむふむと検分。柔らかな木はジャガラ共に齧りつかれて歯型だらけだ。
とりま齧りついてみる。ガリガリガリ。とうもろこしのように表皮をはぎはぎ齧り取っていく。うーむ、感想としては木だなぁくらいしかない。ジャガラ共が変なハゲ動物がいる……みたいな顔をしているがお前らも充分に変である。
色々な種類の樹木を用意してみるか?いやそれよりも丸ごとそのまま木である必要はあるのか?
おがくずなどはどうであろう。竹は……うーん。あれはちょっと内蔵を傷つけそうだな。本でおがくずを作ってみる。あとついでに暗黒神ちゃんウッドの枝。餌箱に入れてみるとボンボンと鳴きながらおがくずをもさもさ食べだした。最初から置かれていた木には見向きもしていない。
そっちを食うのか。まぁ鰹節に似てるしな。暗黒神ちゃんウッドの方には近寄りはするもののその後でものすごい顔をして逃げていくのが大半だ。しかし2匹だけ食いつき始めた。ふむふむ。
この2匹にはそれぞれ目印を付けておこう。色違いの首輪を出して着用させておく。これでよし。赤の首輪を付けたのがブルーオーシャンサンダーサイデンスで紫の首輪を付けたのが伊勢守黒澤風の黄金玉三郎だ。
しかしこうやって食い物の差を付ける個体が出たならば放牧中はいいとしてあの2匹くらいは寝床を固定させて糞がどの個体のものかわかるようにしないといけないな。地獄の穴を設置し少し考える。えーと。
「犬っぽいの出てくるのだ!!」
「ワン!!」
べろを出してハッハッハッと鼻息も荒く飛び出してきた犬っぽい悪魔を摘み上げる。氷狼フェンリルだったか?
まぁ犬といえば犬であろう。私が与えた人形も大いに活用しているようだ。サイズは小さいが今回の目的を思えばそれで大丈夫だろう。別に戦闘というわけでもないし。
「お前は今日からこの牧場仕事に私が飽きるまで牧羊犬とする」
「えっ」
心外そうな顔である。なんだ、文句があるというのか。文句は受け付けていないし受け付ける予定もない。いいからきりきり牧羊犬になれというのだ。
「あのジャガラ共の……なんだっけ。サイダーサイクロンと黄金の風玉袋の寝床を固定させておくように。
えーと、んー……。こっちがサイレンスサンデーの寝床でこっちが黄色い玉袋風の寝床だぞ。私が今決めた」
「御主人様、個体名すら固定されてなくて分かりづらいです。時間を独立させて適当に繋ぎ合わせて会話を続けないでいただきたいです。なんですって?」
「この赤い首輪のがハイパートルネードで紫の首輪のが黄金色の玉袋?」
「赤い首輪のと紫の首輪のですね」
「………………じゃあそれで……」
「なんで御主人様が不服そうなんです!?初めてのお呼び出しで牧羊犬扱いされてるオレの方が可哀想ですよ!!やらせていただきますけど!!」
ええい、うるさーい!いいからさっさと働けというのだ。ぷりぷりしながら枝で追い払う。
あいつよりもジャガラだジャガラ。ついつい木にばかり気を取られていたが、ジャガラ共の生体管理も重要ではなかろうか。何故ならこやつらは生物であるからして。
良き糞は良き内蔵、良き内臓は良き生活環境から。即ち水などの身体に取り込むものは勿論のことストレス管理や体調管理であろう。
とりあえずは水か。ふむ……、思うにユグドラシルのあの泉はナカナカによろしいのでは。付近にトンネルを作っておこう。そこから魔物共に水を運ばせるのだ。
いい感じの場所を求めて小屋から外に出る。ふーむ、適当な場所に作って人様の土地でしただと微妙な係争案件になりかねない。しかしこのジャガラ牧場はギルドが管理しているのだし、即ち九龍の土地。イコールで私が好きにしていい。よしここにしよう。
小屋脇の水場にトンネルを制作し、藁を積み上げてパッと見てもわからないように偽装しておく。この都市は水道が整備されているが流石に周囲の耕作地までには伸ばせなかったらしく大陸を横断する大河から引き入れられた水があちこちに分離し流れていくのを利用している。
ジャガラ共も当然ながらその水を飲んでいるわけだがあまり美味そうな水ではないからな。ユグドラシルの水であれば激ウマに違いない。トンネルはこれでよし。次に魔物だ。カテゴリ魔物セット。
商品名 バブリーモンスター
魔物を一匹頼れる給水用のお腹の大きな魔物へ進化させます。
秘密のお腹は淑女の嗜み。淑女なのでエネルギー回収作業は不能になり戦闘も出来ません。
魔物を適当に指定をして購入。私の影より現れた一匹がキョロキョロと周囲を見回し、そのままトンネルへと潜った。
「あれ?」
不思議に思ったがよく考えたら進化には瘴気を使うのだった。勿論こんな場所にあるわけもないので多分瘴気がある場所へ行ったのだろう。ちょっと待ってみるか。
鼻歌を歌いながらトンネルを眺めているとのそのそと出てくる影があった。
「ぎぃー」
生首ちゃんなリレイディアだった。そういやトンネルの行き来ができるのだったか。通る際にイタズラされるのは変わらないらしく額には生肉と書かれていたが。
たかたかと蛇行しながら散策を始めた生首を見送ってからトンネルに視線を戻すとぷるんとした身体が出てきた。スライムまで来たらしい。お前ら暇そうだな。
最後にようやく進化を終えたらしい魔物が姿を現した。うーむ、早速水を汲んできたらしくデカい腹だな。尻尾がシャワーのようになっているのであそこから水を出すのだろう。
「この水場と小屋の中の水桶にユグドラシルで汲んできた水を補給して回るのだ!
後は適当に水を撒いておくように!」
言いつけておけばこれでよし。どでどでとその場で回転してから尻尾をラッパのように鳴らして水場に突っ込み、ぶるると身体を震わせながら水を放出し始めた。私の方を見上げながら馬鹿にしたように時折笑い声をあげるのが腹立たしいが。まあいい。
ついでにジャガラを洗っておこう。今まで洗われた事はない筈だが、時折壁や地面に身体を擦り付けて油を落とそうとしているので本来ならば油を落としたい生物なんだろうし。
ギトギトした毛皮に石鹸を擦り付けもこもこに泡だて、ゴシゴシと洗い上げてぶおぉぉーと悪魔ドライヤーで乾かし悪魔ブラッシングで整える。毛は短いがふわふわで手触りは悪くない。むしろベルベットのようでいい感じだ。
鼻をひくつかせながらボンボンと高らかに鳴いているので機嫌は良さそうだ。その調子で身体を整えていつしか黄金の糞をするのだぞ。
日も暮れてきたし今日は帰るか。トンネルで戻る様子もないのでリレイディアとパンプキンハートを引き連れたまま農場巡回タクシーのおっさんを捕まえる。
日々の労働とはかくあるべきであろう。何故か3度見された後に生首とスライムで0.5人分ずつの料金が取られた。これでは倍ではないか。クソッ!世の中世知辛すぎる。
「……ん……?」
いつものゴンドラ乗り場が少しばかり騒がしい。
「あー、めんどくさい連中来たなぁ。クソジジイが朝からだるそうだったのはアレか」
「おぉ……?」
人間だな。しかも勇者っぽいヤツ。勇者と聖女、あとはまぁ精霊術士と聖騎士とな。うーん、実に嫌そうな組み合わせ。
何やらめんどくさそうだ。よし、見なかったことにしてほっとこう。スライムのボディをたゆんたゆんと揺らしながら外壁を眺める。
───────────铃。
どこからともなく聞こえてくる鈴の音に釣られるようにして空を見上げた。珍しくも晴れた黄昏の空に再び鈴の音が高く、涼やかに響く。
ゴンドラ乗り場を眺める。件の人間達は都市へと入っていたようだ。顎に手を当てて、一つ重々しく頷いてから呟いた。
「勇気りんりんに溢れた人間だ」
「俺だったら鈴の音が聞こえた時点で逃げてる」
まぁお父さん兼お兄ちゃん兼お祖父ちゃんは朝から機嫌悪そうだったしな。ギルドが不気味なほど静まり返っているくらいには不機嫌であった。あの不機嫌さの原因があの勇者ぱーちーなのであろう。
さて、私はどうしたものか。もしもの時はアスタレルでもけしかけるか。あいつはやり方がエグいので後がグロそうだが背に腹は代えられない。
再び空を見上げる。とうに陽は落ちた。月も照らさぬ夜が来る。




