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自由都市のチピチピチャパチャパ

 

「ちょっとその邪悪な穴を一つくれる?

 植物解体業者的に分解に使う気がするから」


「いいけど」


 プリーズと突き出される両手に、仕方なしと唐揚げにレモンを絞る作業を止めて地獄のわっかを一つ制作して置いた。

 興味深そうにしげしげと眺めている。どうでもいいが邪悪な穴と呼称するのをやめて欲しい。コンプラ違反だぞ。そんな気がする。


「へぇ……これが……世界の最下層にして最上層に至る道。この世で最も昏く輝く場所。

 魂の還る先かぁ。見た目はなんだかしょっぱいような?

 でもすっごいぞわぞわする感じ。ホラーゲームに出てくる揺れる真っ黒な水面っていうか」


「しょっぱい言うな」


 実際しょっぱいのだから悲しくなるだろ。あとその例えはクリーチャーが居る前提ではないか。もっと楽しいるんららな例えにして欲しい。遊園地のピエロの口とか。

 テーブルにぽんと置かれればわっかの内部にはぽかりと暗闇が沈む。

 足をくるんと組み替えて無造作にその地獄の穴に手を突っ込む仕草に生徒会長の顔色が若干青い。


「それそんな雑に手を入れていいブツなの……?

 なんかヤバい穴じゃん?手を持ってかれないか?」


「まぁなんか握り返されてる感覚はあるけどね。むっちゃ冷たい幼児の手がきゅっと。

 でも感覚だけで実際握り返されてるわけじゃないんだろうなぁ、みたいな?

 抵抗は無いし動きの疎外感も無いしね」


「なにそれホラーじゃん……」


 無言で話を聞いていた九龍がふと私の手を握った。上下にふりふり。にぎにぎ。

 サイズ感を確かめるようにしてから一つ頷いて手を離された。何だいきなり。

 中学生メンタルのジジイ連中であるからして湿度の高いホラーが嫌なのだろうか。いや逆にワーワー喜んでそうだな。喜び勇んで不謹慎な事するタイプだろ。

 ハイテンションのラムレトが情報を持ち込みじーちゃんが手を叩いて囃し立てにんまり九龍が実行し顔色の悪い生徒会長だけが実害を受ける感じと見たね。間違いない。


「おっと」


「む?」


 ラムレトがぱっと手を引っこ抜いた。その手首には先程とは違い私が先程投げ込んだ神託の芽と何やら箱が入っているらしい小さな袋が下げられている。


「手渡されちゃった。握り返してた手とは違う、実体のある手だったけど。

 誰の手だろうね。あれが悪魔ってヤツかな?ついでに引っ掻かれちゃったや」


「おう……」


 軽い調子で引っ掻かれたとは言っているが割と結構な、こう……、ヒグマか何かが引っ掻いていきましたって感じだ。

 弱パンチで頭蓋が砕けそうなモノが引っ掻いたらこうなるだろうな感が溢れすぎている。大丈夫なのか?

 思いながら眺めていると何事も無かったかのように手を軽くブラブラと振ってから改めて神託の芽を摘み上げてみせる。そこに先程の傷は残っていない。

 わけのわからんナチュラルな人外ムーブやめろ。

 ついでのように箱が私に手渡された。暗黒神さまへ♡と書かれたそれはどうやら土産のようである。えげつない渡し方をしてこないで欲しいのだが。しかもまた砂糖菓子かよ。


「一瞬でメルトの手が持ってかれた事にぴえん超えてぱおんなんだけど……え?マジ?」


「すげーアルな。メルト、一応聞くがわざと受けたか?」


「いんやぁ、単に抵抗もできなかっただけだよ。持ってかれてから気付いた。前兆一切無し。器用にお土産まで引っ掛けて。いや流石に草」


 どの悪魔か知らんが後でなんとかしといて欲しい。連中の目がキラキラしている。興味津々て感じだ。手がホニャララしてモザイク必須の真っ赤なお花のような見た目になりそうな勢いで引っ掻かれて草を生やす余地が一体どこに。

 スマンホホのアドレス帳を眺めていたカミナギリヤさんと綾音さんが画面を指差しながらアニマルダンスステージや店員達を見比べてやがて得心に至ったのかふむふむと頷いた。


「今のは感覚的に多分メンディスさんな気がします」


「どれ?この黒山羊ってヤツ?」


「はい。皆さんが限界雑食特級呪物ことクソ雑食悪魔っておっしゃってたような……?」


「なにそれ?」


「さぁ……?」


 メンディス……あいつか。それこそあの全身砂糖菓子みたいな山羊悪魔だ。糖分ばっかり与えられたので嫌でも記憶に残ってしまった。

 いやしかしなぁ。先のラムレトの手を思い出す。


「そんなサイズだったっけ……?」


 結構な具合の巨体に持ってかれたような傷の状態だったが。あの山羊悪魔は私と大してサイズが変わらなかった覚えがあるのだが。いやでも悪魔だしな。サイズぐらい可変であろう。

 なんならあの姿が本性ではない可能性も大いにある。なんだっけ、なんか言ってたなそういえば。


「バフォメットだっけ、なんかそんなことを言って気がする」


 確かそんな感じのことを言っていた筈だ。


「私も里の口伝でしか悪魔の情報は持ってないけどぉ。でもかなりの大物じゃない。挨拶代わりってところかしらね」


「挨拶代わりでメルトの手を持ってくの……?えっぐ……」


「可愛い山羊の尻尾があって可愛い顔のみんな大好きバフォメットだよぉ~だめぇ~?とかなんとか砂糖みたいな声で言ってた。あとへばりついてきてうざかった」


「媚売られてて草。いやご挨拶をされた僕としてはそんな可愛らしいものとは思えないけどねぇ。

 だいぶイカつい感じだったし毛むくじゃらで……おっと」


 ヒュパァンと音を立てて地獄の穴から何かがラムレトに向かって射出された。音速を超えてそうな勢いのそれを避けたラムレトがひらひらと手を振ってから地獄の穴をテーブルから持ち上げる。

 ただのわっかに戻ったそれを立ち上がりつ鼻歌混じりに懐に仕舞いながら壁に刺さった物を引っこ抜いて再び着席。

 ぽいとテーブルに放られたものは齧りかけのキャンディーの棒だった。気の所為でなければこの建物は石造りで棒は紙を巻いた普通のものなのだが。今壁に刺さってたような。

 ちらりと壁を見る。罅も何もなく、小さな穴がぽこんと開いている。


「………………シンプルにこわい。え?紙?」


「余計なことを言うなだってさ。どうぞよろしくご同輩。いやぁ、なかなか刺激的でいいね。

 最近は同じようなことばっかりでちょっと飽き飽きしてたのはあるしちょうどいいんじゃない?」


「あきらか刺激的じゃ済まないんですけお……」


 足を組み直し膝上に肘をつけて、指を組んだ両手の上に顎を乗せ。絵に描いたような見事な中華悪役ポーズでにんまりと笑う顔がキャンディー棒を見下ろす。特に今夜は派手服が緑系列なのもよろしくない。

 これで糸目か丸グラサンだったらあまりのパーフェクトっぷりに震えたかもしれん。

 いや、横に居る赤系コーディネートのゴシックホラーラムレトのせいでなんか方向性は違えどパーフェクトになってるな?

 いつの間にか神託をルービックキューブみたいにしてガチャガチャしてるし。圧縮しているようだが桁数ヤバそうなルービックキューブである。

 なるほどこれが生徒会長が言うところのヤンデレダーク系乙女ゲーってやつであろう。今まさにスチル回収したとみたね。


「哈哈、有道理。王八蛋的世界终于变得有趣了!」


 なんだって?

 いや多分うひゃひゃそりゃ確かにようやくこのくそったれな世界が面白くなってきやがった的なことだとは思うが。うっすら思ってたが九龍はなんか育ち悪そうだな。絶対スラング混じりの罵倒系だろそれ。翻訳だるいのでやめて欲しい。耳をかっぽじっておいた。

 カラカラと氷を鳴らして烏龍茶を啜る。もう食後のお茶タイムなので。お土産の砂糖菓子はすーっと目の前の中華野郎に投げておく。砂糖の塊はもういい。グラブ・ジャムンを丸ごとイケるのだからこれだって大丈夫だろう。

 さて、時間を見るにもう既に明け方近い4時である。流石に店内は閑散としており蛍の光が流れて会計待ったなしといった塩梅だ。

 今日の様な日は運が悪いと季節風による積乱雲発生からのダウンバーストでとんでもない極限気温になるらしいが。最高記録ではマイナス三桁とかなんとか。ただ二、三時間もすれば元の熱帯低気圧というから人体の限界に挑みすぎでは感がある。究極のサウナか?

 まぁ確かにこの都市の住人はケモケモしてるのが大半なので公衆浴場としてあちこちに蒸し風呂が設置してあるが。うむ、思い出したら行ってみたくなったな。

 この後は蒸し風呂行って蒸気をふんだんに浴びてから帰って寝るか。よし、そうと決まれば話は早い。グラスをごとんとテーブルに叩きつけて吠えた。


「うむ、蒸し風呂に行く!!」


「マジで!?じゃあ俺も……ッ!!」


 どこからか飛来したお盆で生徒会長が沈んだ。ナムナム。


「いや草。あ、クーヤくんこの神託は分解したら持ってくからよろしくね」


「うむ。よきにはからえー!!」


「はいはーい。あれ?これ僕も派遣社員じゃない?」


「派遣すらされてねーであろ。どう見ても家内労働者ネ。紙の花作る魚にショーユ詰めるおもちゃ袋詰める、内職と変わらんアル」


「ウーン確かに。クーヤくん工賃よろしくね」


 む、報酬の支払先が増えてしまった。いやまぁ内職として神託分解を任せるのだから工賃は確かに必要なのか?

 工賃支払いの時に本人に聞き取り情報収集するか。金銭はいらなさそうだし。おねにーさんが持ってきたアホみたいに長い注文用紙の精算をする九龍に適当に金貨の山を押し付けてすっくと立ち上がる。

 ここから一番近い蒸し風呂といえばギルド前の一際でかいところか。あそこに行こう。場所も丁度よくひとっ風呂したらそのままギルドに帰って良さげだ。

 あそこならサウナ着もタオルも一通りの道具が常備しておりレンタルできるので準備も要らない。ん、完璧だな。よし突撃。


「蒸し風呂って翅が暫く使えなくなるのよねぇ。まぁたまにはいいか」


「サウナ上がりはすっごくさっぱりするので私は大好きです!

 前の世界だとホースで水と消毒エタノールの噴霧だったので!」


「砂漠じゃ沐浴にしろ人力にしろ水が基本だったからお湯とか蒸気を浴びるってのが僕には驚きだったよ。

 いやホースで水と消毒エタノール噴霧も驚きだけど。人間の扱いじゃなくて闇を感じる。聞かないでおくね。

 じゃあ行こうか。生徒会長はどうしよ?気絶しちゃったけど」


「引きずって行ってそこらに転がしとけばいいアル。起きたらうるさいネ。

 私も蒸し風呂行ったら今日は寝るヨ。ジジイに徹夜させるもんじゃないネ」


 支払いを終わらせた様子でくぁと大口開けて欠伸をしながらだるそうにしている。徹夜のジジイなら血圧上がって死にそうだから蒸し風呂になんか行くなよと思うが言うだけ無駄である。

 ていうかまた全員着いてくるのかよ。クソッ、私はカルガモの親ではないのだが。なんで着いてくるんだ。まぁいい。今はそんなことよりも蒸し風呂だ。

 ダッシュで店外脱出、今日の天気は運が悪いパターンだったらしくダウンバーストにより全てが凍てついていたが瑣末事である。レッツラゴー!!



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