七輪焼きの会合2
ペラリ、ページを捲る。
「合法ロリが……合法ロリが……」
羊の隣でブツブツと呟く人間は先程から頭を抱えて呻いている。
足元で小さな悪魔達が甲高い声をあげながら喝采を叫ぶのも丸ごと無視し、視線を流したのみで言葉は発する事もなく無言のままに口内の飴を転がした。
どの方面とて相手をするのは頗る面倒だからである。
「ヤンデレダーク系乙女ゲーの攻略対象みたいなのになってもうた……合法ロリからダウナー系のイケメンとかこんなのってないよ……」
「あんなんブチかまされた上で更に合法ロリって息を荒げられる事に僕は心底感心したよ。
いやでもいつもより理性融解してるよね生徒会長。これやっぱりSAN値0になってない?」
「セイトカイチョーがただ単に毛虫扱いされない女に相手して貰えて黒歴史積み上げてるだけの可能性と半々アルなぁ」
「マスターよっぽど鬱陶しかったんですね……。ところでごうほうろりってなんですか?」
「碌でもないのはわかるし聞かない方がいいんじゃないの?ちょっと会話しただけで女に嫌われるのがわかるわよコイツ。
ていうかクーヤってなんでもありね……。なんかこの前からちょっと振り切ってない?
元々瞬きしてないし呼吸もしてなかったけど」
「悪魔の総意で全て暴露したところ自覚が出来たせいか人外挙動に歯止めが効かなくなってしまいマシタ。
ま、姿形が変わる程度ならまだ配慮はされてるでショ」
「…………………………」
会話を聞き流しながら飴を噛み砕く。
この姿は肉体スペックに首輪分全てのコストを割り振っているが故に、本も使えなければ悪魔への干渉、呼び出しも出来はしない。
意識集合体の神、天使程度であれば肉体性能のみであっても殴り殺せる程度のスペックではあるが、引き換えに魂の生成も魔力の変換も暗黒神としての能力に於いてその行使の一切が不可能である。
こうして本を開いて眺めたところでそのページの全ては白紙でしかない。己がこれを使うのであれば精々が鈍器としてであろう。
あまりバランスの良い実体とは言えず、そういう意味合いで言えば普段の弱々しい実体の方が有用ではあるだろう。
然しながら意思疎通可能な人型であるというのは最低限の条件ではあろう事を思えば許容範囲とは言えた。コストを質量に全て割り振っているような都市を一つ潰し兼ねぬ巨体、生体情報量に振り切っているモザイク体などは論外である。
そもそもが白樺奏斗が面倒だという理由での入れ替わりであれば女姿は軒並み使えぬのであるからこの姿しか無いのであるが。実際、表層を入れ替えるなどとするのはやる意味があるが故であり、そうでなくば態々する必要もない。
各所に設置している地獄のトンネルも今は不通となっているのであろう。こうして悪魔達が顕現したままに活動しているのは本人達の意図不明の異様なやる気によるものだ。気合と努力でどうにかなるようなものでは無い筈だが、今や光魔法をも手に入れた生命達だ。最早制御しようなどと面倒事にリソースを割く意味はない。
「出来ましたヨ。こんなもんでショ」
「へぇー。悪魔の芸術品って凄いね。交信球みたいなものがこんなちゃっちゃと作れるなんてビックラポンじゃない?」
「ラーメンタイマーは3分で一度切れる上に声のみであるからなぁ。映像も付くとは破格アルな」
「暗黒神様による御道具への改造行為ですからネ。我々として出来る事はオプションを付ける程度デス。
普段であればこのような事はしませんが。暗黒神様がお望みなれば仕方がなし」
「むぅ……。芸術品って難しいです……」
「スイッチってどれ?これ?
でもラーメンタイマーってクーヤが3分以外は認められないって言ってなかった?
名前変えたら?」
「お、繋がった?ヤッホー総司くん。久しぶりー、元気してるぅ?」
「メルトか。そのけったいな頭もあんま変わんねぇな。儂は折角温泉でゆっくりしてたのに引きずり出されて元気なんか無くなったわ。
隠居した老人をもう少し労わろうって気はねぇのか」
「総司が隠居老人なら異界組全員隠居老人アルが」
「そういやクーヤくん情報でギルド本部の5階にジョーカーくんとオズウェルくん居るらしいよ。
お祓いしたけど元気いっぱいだってさ」
「あいつらか?そりゃお祓いくらいじゃ祓えんだろ。サイキッカー生徒会長に破ァッ!!して貰っとけ」
「ちょっとまってちょっとまって息を吐くようにエピソード公開しないでお願い」
「白樺さんってサイキッカーなんですか?私と仲間ですね!」
「違いますすいませんすいませんすいません」
「………………………………クーヤ?」
その声に、本から顔をあげた。
「……いつだったか、見た顔だな。吸血鬼の娘だったか」
映像に映る顔は時系列は定かではないものの、見覚えのあるものだった。
いや、意識はしておらずとも以前より記憶はしていた筈である。思い返す、現在と過去とを紐付けるという行動は己にとりて当たり前ではない。それだけの話ではある。
こうして以前会った折の実像を以て相対すればああ、会った事があるなと思うだけだ。
「確か、マリーベルだったか。マリーベル、ブラッドベリー。覚えている……いや、思い出した。あの時は声を掛けなかったが。
そう名乗っていたな。子供のような顔をして俺を見上げていたが。今も変わらないのか」
さほど大きくもないこの映像機では正面に立てば映るものは精々が顔のみだ。それでも随分と縮んでいるのはわかる。しかしその表情はあの時とさして変わらぬのは見て取れた。
相も変わらぬ、矢鱈と必死に背伸びをする子供の様子だ。
「ああ、その御姿を再び拝見できるだなんて……転生なりなんなりで姿が変じてしまわれたものと思ったのだけれど……」
「魔王候補が端末へアクセスを試みてきた際はその度に実体を結び直している。
外見はある程度の指向性をもたせた範囲の中からランダムに組み立てられる。お前の時はたまさかこの姿だっただけに過ぎない。
そして今はあの姿がこの自我が持つ形に近いが故に、あれがデフォルトと言える。意識せずに肉体を構成すればあの姿となる。
あれ以外であれば取ろうとせねばなることはない。そして姿を入れ替えるのはそれなりの気力が必要だ。今は生徒会長が面倒だという理由と、生徒会長が男に囲まれ嫌がる様が愉快であるという点から気力は引き出された。
アヴィスでも、クーヤでも好きに呼べ」
言いおいて再び白紙のページへ目を落とした。
「はい……!」
「まさか私の最大のライバルはおチビなのか……?」
「うーん、七色恋模様。生徒会長ご覧よ、これがめくるめく男女関係ってヤツだよ」
「それより俺はクーヤたんがさっきから空鍋行動っていうか白紙のページをガチ目に読んでるのが普通に怖いんだけど。なんか書いてるのそれ……?」
「…………………………」
というわけで行われた話し合いにより地獄のトンネルはこのオカマバーの倉庫となったらしい。マジかと思うものの、確かに言われてみれば条件としては悪くない場所なのが若干悔しい。
飲食店であるが故に物資を運び込むのに違和感はなく、会員制であるが故に人の立ち入りは制限されており店員は全員ランクAオーバー、ギルド総裁直下の系列でオカマバーなので横槍も難しい。
出入り口はカウンター横の扉と裏の搬入口のみ。そしてカウンターはルイスがバーテンダーしている。裏の搬入口はもっと酷く悪魔共の異世界ハウス化しているらしい。地獄の二丁目か?
突破が勇者でも無理そうである。
言われるがままとっとこ歩いて倉庫の隅に地獄のわっかを設置しトンネル化。えーと、これでル・ミエルの樹の窪地、ユミルの街の祠、ユグドラシルの神泉、暗黒神の大空洞に自由都市の私のマイルーム、自由都市二丁目オカマバーがトンネル開通しているのか。
結構あるな。
サイズの拡張、物質保護機能、生体保護機能、オートマチック、色々と追加機能があるようだが今のところ必要そうなのはサイズ拡張と生体保護だろうか。物質保護に関しては今のところさして重要なものは運んでいない。
生体保護が買えれば生物の行き来が可能となるらしい。そうなればトンネルの使用用途が一気に広がる。これは値段が高いがなんとかしたいところだ。それにつけても高い買い物が複数個確定している状況あまりにもつらたんである。いっぱい悲しい。
どうでもいいが向こうでバニーガール姿で死んだ目をしながら働いているのは樽子だろうか。あんなところで働かされているらしい。がんばれよ。
「で、クーヤちょっと頼みあるよろし」
「なにさ」
テーブル席に戻って座り直して一服。生徒会長も落ち着いてきてしまい私の気力は尽きたので元に戻って足をぶーらぶら。鍋のしめは雑炊となった。残っていた小さな具材、くずきりに白菜などが混ざり込んだ雑炊はまさに幾らでも食べられそうである。
レンゲを使ってふーふーとしつつあぐあぐぺろりんちょ。なんという美味。今夜だけで爆カロリーを摂取している自覚はあるがやめられないとまらない。我が暗黒のイカ腹は今宵も食物に飢えているのである。
どすんとテーブルに魔石の山が置かれる。大小様々、目も綾なプリズムに輝く宝石類は見るからにそんな雑に置いていい輝きをしていない。明らかに石そのものの輝き以外のもので光っている。薄暗い店内であっても尚その輝きは一切失われる事無く乱反射する光が周囲を照らした。内職してた癖にバチクソ金持ちであった。
おのれ中華マフィア。
「気になるアルからちょいと私の神託取って欲しいネ。落ち着かねーアル」
「ん」
なるほど。皆揃って億が一愛に目覚めても間違いなく即監禁タイプと称されるヤンデレ九龍なので発芽可能性がなく、別段問題も無い筈だが本人的にはそんなもんが植えられているのがそも気になるのかもしれないな。
ゴロゴロと魔石を転がし転がし地獄に流し込む。これで魔力は足りるだろうか。魔石は変換がすぐに終わって助かる。えーと。
商品名 畑に二毛作
指定した対象の神託の芽を掘り返して更に耕します。
耕した後はクローバーを植えておきましょう。
「クローバー植えていい?」
「んなもん植えるんじゃねーアル」
ちえっ。まぁ勝手に植えるが。二毛作したら植えるしかないので仕方がない。まぁ買えないこともないし、これでいいだろう。
しかし単位が当たり前のように億の数字になってきており段々と金銭感覚が狂ってきたな。今思うと魔水晶の山とあの荒野の呪いを吸い上げた折の兆が近い数字はとんでもないヤツであった。魔物共もひーこらと必死こいてよく短時間で変換したものである。
まぁマリーさんの魔王化で吹き飛んだのだが。しかもその後に道具をばかすか買ったし。
ちまちまと庶民的に暮らしたいものである。よし購入。
「哎」
買った途端に九龍がむぐりと妙な顔をした。なんか影響あったのだろうか。頭を傾けてとんとんと手の平で叩いている。暫くそうしていたがやがてぽろりと何かが落ちた。干からびた植物のようなものである。
もしかしなくてもこれが神託の芽なのだろうか。思ったより物理だな。摘んで眺めてみる。なんか分解できそう。ポイとそのまま地獄にホールインワンしてやった。
魔物達がキーキーと喚きながらも作業を始める。うむうむ、よくよく働いているようだ。なんとはなしに地獄の穴を見て、ふとそれに気付く。
エネルギー取り出し作業中
推定作業時間240時間
「……………………ほほう………………?」
これは……これは!!今の魔物の数でこの時間、間違いなくデカい。
百均の胡椒と砂糖が異世界では金の塊になる、よくある話だ。ほぼ確で黒字の商売。
大きなシノギの匂いがするな……!!