その名は
眠気に負けて一眠りしてからバチコーンと起きた。時間は大して経っていないのか、周囲に変化は特にない。強いて言えば生徒会長の頭にたんこぶが増え、店員が居なくなっているくらいか。あとテーブルの上に食べ物が増えている。
目が覚めたのでむっちりごろりと転がりなおして本を眺めながら勝手にツマミを摘みつつふんふんと鼻歌まで歌い、足先でリズムを取る。
向こうでは今後のトンネル運用やら人材配置やら取っておきたい首やら直近の各大陸の様子など小難しそう且つ物騒な話をしている。勿論私は聞いていない。幼女が聞いたってしょうがないのだ。多分アスタレルも聞いていない。
しかし綾音さんの顔が赤いのだが酒飲んでないか?明日話し合いの内容を覚えているのだろうか。
それにしてもちょうどいいので枕にしているが、ソファの肘置きはちょっと固いのが難点だな。かといってその辺の膝を枕にするわけにもいかない。近場には野郎しかいないのだ。しかもどの方向の膝を枕にしようが後がめんどくさそうなメンツである。
仕方がないのでストレッチがてら頭を横に向けた。ちょうどこちらを見ていたらしいラムレトと目が……目か?まぁとにかく視線があったのがわかった。
「なにさ」
「おはよう。いやぁ、僕って元の世界じゃ空想に堕ちた神だからさ。僕らはただの神切れだ。だからこういう神々が実在する世界に来たからには色々思うところがあるワケ。違う世界に来てからその存在が証明されてもね。
でも次元が違いすぎるのを見ると一周回って世界は広いなぁってなるっていうか。大分縮小版なのはわかるのにそれでもなお存在規模が違うんだし。雄大なる自然を眺める気分だよ。魔王の気持ちがわかるっていうか?
Que Sera, Sera。人間的な言い回しだけどね」
「ほーん……?」
よくわからん事を言われた。いやしかしそういえば一つ気になったのだった。
「ラムレトってめっちゃ世俗に塗れてね?どっからその知識はきたのさ」
異界神なる存在にしては頭ぽんはイケメンと二次元限定だのネットのノリがどうこうだのと随分と人間社会の偏ったマニアック層の知識を持っている。まぁ生徒会長由来と言われれば納得の知識階層ではあるが。
「あ、気になる?
大した話じゃないよ。生徒会長ってば異界に渡る時にトイレでスマホしてたのね。持ったままドボン。ちなみにトイレは脱ぐ派だったらしくて下半身丸出しだったらしいよ。
それでそのスマホが電波が通じてたからそっからだね。面白かったよ。生徒会長が立ててた異世界に来たので無双するってスレが37レスで沈む様とか」
「忘れてあげなよ」
流石に可哀想になってきたのだが。
「あとSNSで異世界の写真をあげても全くウケないでいいねも付かなくてめっちゃヘコんでたかな。
あ、創立メンバーの写真と動画をあげたらめっちゃバズってたよ。生徒会長の自撮りは全くウケなかったけど」
「忘れてあげなよ……」
普通に可哀想になった。
「便利に使ってたんだけどね。検索すれば色々わかったし。生活力ド底辺連中が寄り集まっても生活力ド底辺レベルは変わらないなりに小屋だって建てられたし?
ちょっと斜めだったけど。
特に食料とか料理とかすっごい頑張ったよ僕ら。生徒会長も総司くんも文明が発達してた世界に生きてたからそういうのがあるって事だけは知ってるけどよく考えなくてもやり方とか何で出来てるとかそんな細かいこと覚えてるわけないじゃない?
オズウェルくんも皇帝やってたくらいだけど当然作り方とか知らないし。ジョーカーくんに九龍くんはほぼ食べる専門だったし。僕は言わずもがな。
けど料理の仕方とかさぁ、全然知らない癖に味だけは占めてるわけよ。この世界ってほんと文明崩壊しちゃってるし色々詰んでる世界だし。料理レベルが悲惨で悲惨で……。
全員栄養失調で死ぬとこだったよね!」
「よし、崇め奉ってやろう」
実にいい仕事をしていた。汝らにバナナミルクの祝福あれ。しゃらんら。
「本人すっごい軽く言ってるし全く何も考えてないのはわかりきってるのに何処かで普通に影響ある感じあってちょっと怖いねぇ……。
えっ、こわ。なんか段々怖くなってきたから忘れるね。
まぁそれで生徒会長のスマホを使って色々調べながらやってた感じだね。生徒会長はそうでも無いけどほぼ全員戦いだったら勇者程度なら精算できるって感じだったけど生活力だけはいかんとも……。
ちなみに僕の初料理はただの炭で九龍くんの初料理はゴミの浮いたお湯で生徒会長の初料理は鍋に焦げ付いたヘドロで総司くんの初料理は半生の味のない死体でジョーカーくんの初料理はなにかの生煮え頭部でオズウェルくんの初料理は腐敗臭のする海産物の山だったよ!
そんな僕らの救世主だったスマホちゃんだったけど残念ながら充電方法が無くてねぇ……。それに、世界はもうここ一つだ。
生徒会長の世界の最後がどうだったのかを見なくて済んだのは良かったのかもしれないね」
「あー」
それはそうかもしれないな。何の祝福なのか持ち込んだスマホがSNSやらに繋げることが出来たというのならば、その世界の最後だって見れただろう。
綾音さんの世界と同じように直接的なものとなったのか、あるいは打ち切られて緩やかに先細るようにしてか。どちらにしても観測していいことは無かっただろう。そういう意味では確かに充電が切れて良かったのかもしれないな。
むくりと身を起こす。
「そのスマホってどんな感じのやつさ」
悪魔共が持っているような端末だろうか?
「なんか背中に林檎のマークが付いてたかな。合金と有機化合物を組みあわせた板って感じ。あとおしりに穴?頭はハゲてたよ」
「人外の感想だなぁ……」
根本的に機械というものを理解してなさそうな返事である。いやまぁいいけど。えーと。みょいんみょいんとアホ毛に電波を受信する。
よし設計した。ぱかりと本を開く。
商品名 悪魔式端末(キッズ向け)
悪魔ネットワークに繋げることの出来る夢のスマンホホ。
いんたーねっつは1日180分まで。22時以降から朝7時までは接続不可。通話はアドレス帳登録されている番号のみ。
不適切ワードブロック、不適切サイトブロック機能付きの安心安全設計。
これなら安心だわ!
結構なお値段であるが、なかなか良いのでは?よし購入。残金心もとないな。魔物頑張れ。
ぶもんと出てきたスマンホホは林檎のマークとか言われたせいか林檎のイメージに偏ってしまい、四角い板状に生育され形成された林檎に液晶埋め込みましたみたいな状態であり質感も完全に林檎である。四角スイカのような違和感。色合いもまた赤く艷やか、アンテナなのか葉っぱのついたヘタが上部から出ている。
ちょっと、いやかなり不気味だ。挙げ句甘酸っぱい林檎の匂いもしている。いや、まぁいいか。異界組が齧りつかないかだけが心配だが。
「これを授けよう」
ラムレトに渡しておいた。管理は別に生徒会長でもいいが。
「なにこれ?いい匂いがする。齧っていい?」
「ダメに決まってるわーい!!」
プンスコ。注意してなきゃ絶対に齧りついてるぞコレ。3日後ぐらいに見てみたら歯型ついてそうだ。
「生徒会長のスマホみたいなヤツなのだ。
接続先は地獄インターネットだけだしちょっと録でもないだろうけど色々調べられるに違いない。
アドレス帳で悪魔共とも連絡取れるだろうし、用法用量を守ってよくよく使うのだぞ」
具体的に言えばもっともっと美味しいものが欲しいのである。あの悪魔共が渡してきたようなお土産をここでも食べたいのだ。
「へぇ……なにこれおもしろ。あ、音楽データ入ってるの?
曲タイトルがお兄ちゃんだ~い好き♥恋のキュルルンで今すぐそいつ殺すね♥とか猫耳巫女巫女きゅ~とで恋する切なさがキュンキュンだも~ん!とかヤンデレな暗黒神様に愛されすぎて夜も眠れないCDとかちょっと聞かない方が良さそうなヤツだね。
アドレスは……30人?黒王子とか黒馬に黒鋼ってなんか明らかにニックネームだけど。誰に繋がるの?悪魔?
僕その辺の知識あんまり無いんだよね」
「そこで座ってる羊とかに繋がります。
アパートに居た27匹と……多分チーム大罪だな。まぁ適当に頑張れ」
「羊くんに……?羊くんみたいなのが30……?
やだ、ちょっと手に持ってるのも怖い代物じゃないコレ?一切笑いの無いヤバみしか感じないけど。
生徒会長に詳細は伏せて持たせとこ。きっといい感じに活用してくれるよ」
「まぁ誰が持つかは好きにしていいけど。
生徒会長は強さがそうでもないって言うならなんかヤバそうなヤツに襲われたらそれで助けを求めるように言うのだぞ」
技術部門総括だって言うし大事な人材だろうからな。普段は東に近い離島に居るらしいし。
これで護衛もばっちりというわけだ。よしよし。
「暗黒神様がそうお望みなれば。塵の如き生き物とて我々はそう致します。そうあれかし。
アパートの黒板に書いておきましょう」
本悪魔からも許諾が出たようだ。よっぽどのヤツが来ても問題無さそうだ。
「生徒会長の戦闘能力がいきなりカンストで草。まぁそれは助かるけどね。生徒会長って結構狙われるんだよねぇ。
今のところハニトラが無くて良かったよ」
それは確かにすぐ引っかかりそうだな。あの弱点は隠したほうがいいと思う。
本を閉じてテーブルの上を吟味する。居酒屋ちっくなラインナップらしく焼き鳥やホッケやら刺し身やらが並んでいる。どれも美味そうだな。
中央の鍋もぐつぐつしている。水炊きだろうか?
鶏出汁の匂いがしているのが魅力的だ。ふーむ。びしっと指を差す。
「アスタレル、ちょっとあの鍋からいい感じに取るのだ」
遠いので。
「御心のままに」
小皿にひょいひょいと豆腐や白菜や椎茸と投げ込まれていく。存外にバランスよくて普通にいい感じに取っている。出来おるわ。
そのまま小皿を中央に置くと、入れ替わるようにして大鍋がそのまま私の前に置かれた。何もバランス良くなかった。これでは私が食いしん坊ではないか。百貫デブがやる挙動だろ今のは。
いやまぁ食うけど。
白菜うめぇ。やはり鶏出汁だったようだ。コクのあるまろやかな味が染み込んだ具材は口に入れるとアッチッチなぐらいである。だがしかし鍋とは斯様なものなのだ。
食べ終えた後はこのまま雑炊にしてもよし、うどんを入れてもよしだな。さて、今から既に悩ましいな。
「そこの百貫クーヤ」
「誰がデブじゃい!!」
「鍋抱え込みながら何言うてるネ。起きたならセイトカイチョーが挨拶したいらしいアルよ」
「えー」
そういう九龍だっておでんの鍋を丸ごとガメているので人のことを言えなくないか?
「あのー、そのー、えーと……ちょっとまって心の準備が……」
右の手の平をめっちゃ服に擦り付けている。おまけにめっちゃガックガクだが。生徒会長は大きく深呼吸をしてからぎくしゃくと笑顔を作った。
「別に挨拶しなくても生徒会長でよくね?」
「待ってやめて勘弁して許して!!」
「別に生徒会長じゃなくても白樺奏斗って名前も割とチューニを感じるけど」
「!?……なま、名前を……っ!?」
「さっき暇だから引っこ抜いておいた」
再び転がりながら枝を振る。アスタレルの方向に頭を置いてしまったので肘置きもないし枕がない。失敗した。
まあいいや。じーっと生徒会長を眺めて更に深堀してみることにした。
「中学生とはいえ学ランの下に包帯を巻いてたのはどうかと思う。あと眼帯とナイフ」
「ぐえっふ!!!!!カッヒュ…………っ!!!」
胸を押さえて崩れ落ちてしまった。顔が青い。
暗黒神ちゃんは中二も変わらず楽しめる大人でありたいものだ。実際問題、私の方が暗黒神と悪魔と光明神と天使とか中二もいいところだしな。痛々しい……痛ましみ……。
しかし現実なのでどうしようもない。暗黒神やってます、おっすおっすとするしかないのだ。開き直ってけ。
「白樺奏斗ですぅ……うぐぅ……」
名乗られたのでごろごろとしながら名乗り返そうとして、なんと名乗るべきなのかを思う。
先代も居なかったしそも私だったし、記憶は依然として混濁としているが流石にもう私人間でちゅは出来ない。悪魔がめんどい。
それに普通に悪魔共は居るし綾音さん達は悪魔だったし。最早隠す事が不可能どころかいつの間にか知れ渡っているし、バレているのがわかりきっているのにここで更に異界人です!なんて待ち仕草は逆に痛々しいだろう。仕方がないな。
結論付けて口を開いたところで、はたと気付く。そういえばこうして本当の名前を名乗るのは存在始まってから初めてだな。
「私はアヴィス、アヴィス=クーヤ。
個の究極の救済、願いに応える機構であり、魂を再生し、生み出し、混沌を司るモノ。物質界という次元を見続けるだけのモノ。
多が求める救世、祈りに応える機構であり、魂を復元し、編み上げ、秩序を司るモノ、光明神レガノア=リヴァイヴァーと背中合わせだったモノ。
私は独り眠る静謐の夜と名付けられ、この次元に創造された。
世にいうぷりちーらぶりーぶらっきーライジング暗黒神ことアヴィスクーヤちゃんとは私のことだぞ」
「ごめんだけど前半後半の雰囲気の温度差でガチ目に普通に死にそうエリクサーください。人智の領域外のヤバいものがこっちを見たのがマジでわかった」
「生徒会長、今のアレ食らって軽口叩けるの僕真面目に尊敬する。実はSAN値0になってる?
僕今ちょっと止まりかけた。サブイボやっばいね!
宇宙外観測不可能領域の創生クラスの概念が目を合わせて挨拶してきたのヤバすぎない?」
「む、肌がブツブツなったアル。これが鳥肌ってヤツか。太歳頭上動土とはいうアルが太歳が自分から顔を出して来たら土を動かすもクソも無いアルなぁ」
「私はこれで二度目だけど永遠に慣れる気がしないわね……。魔王って実は発狂してるんじゃないの?」
人類側から非難轟々だった。なんでだ。
「………………」
何やら黙り込んだアスタレルが私の髪の毛をするすると指でさすってくる。薄暗い店内で見下される構図ではその表情は判然としない。
しかし、その口元が僅かに弧を描いているのだけはうっすらと見えた。そんなに喜ぶところあったか?
よく見ると店内の悪魔共が全員きゃっきゃとしているし。全く、こいつらのツボがわからんな。