七輪焼きの会合
カラリン、涼やかなグラスの音が響く。ムーディな音楽が流れる薄暗い店内はそれなりに人が入っており大きくはないが静かというほどでもない程度の会話があちこちから聞こえてきている。
現在時刻は深夜1時。頼んでおいたソーセージと豆の煮込みが届けられた。ばちこーんと星が散るばっちりウィンク付きでヒゲのおねえさんが土鍋に入った料理の取り分けをしてからお茶を淹れてくれる。いつだか飲んだようなあったまるハーブ入りだ。
ウマウマ。南大陸は基本的に熱帯地域のようだが今夜のように一気に冷え込む日もあるらしい。季節風が大陸間の断裂にぶち当たってどうこうとか。こういう日はあったかいお鍋に限るのだ。
店が完成してから一週間、この自由都市2丁目の店は存外にいい感じに機能しているらしい。いや神託どうこうはそも効果のあるなしがわからないのでそっちは放置らしいが。それ以外の密かな情報交換の場として大いに活躍しているとか。会員制なので秘匿性が高いとかで。
ちなみに働いているおねにーさん達は全員冒険者ランクAオーバーだという。何をさせてるんだと思うものの本人たちが楽しそうなので特に言うことが無い。まあいいんじゃないかな。
しかしそれにしても化粧技術とドレスのクオリティが高すぎる。高すぎるのにムダ毛とヒゲは処理していなかったりで見た目の破壊力だけが高められているのだが。なんなんだ。いいけど。
あと店員に明らかに悪魔が数匹紛れ込んでいるのが若干気になる。バーテンダーがルイスなのは見ないふりをしておくべきか?女装じゃなくてよかった、本当に。ステージ上では小さなアニマル姿をした連中が一糸乱れぬ動きでダンスパフォーマンスをしている。
揃って尻をふりふりと振ってからくるりと回ってポーズを決めるのを眺めていると何処からか頭にリボンを付けたもこもこの羊がお盆に砂糖菓子を乗せて持ってきた。
「何してんのさ」
「私はしがない顔のない悪魔ですヨ」
イヤイヤ、絶対しがなくないだろコイツ。
「凶悪極まりない悪魔じゃんか。どこがしがないのさ」
「この愛くるしい彷徨える盲目の子羊捕まえて何言ってんデスカ」
半眼で見てから菓子を受け取って追い払っておいた。ヨシ。あいつ砂糖菓子しか持ってこないな。ぽりぽりぽり。甘すぎて頭がなんだかふわーとした。
さて、同テーブルに着く三人を眺める。
目の前で高級そうな革張りのソファに足を組んで背もたれに腕を掛けていつも通りのにんまり笑顔で茶をしばいているギルド総裁は貫禄有りすぎて中華マフィアか何かにしか見えない。まぁ現在地はオカマバーなのだが。
左のソファにはラムレトが長すぎる足を持て余したようにしながらも九龍と逆側に足を組み、異形頭でフレーバーティーを嗜んでいる。こちらも雰囲気有り過ぎで完全にゴシックホラーのそれだ。まぁ現在地はオカマバーなのだが。
ちなみに私の真横には無精髭のおっさんが店の中でもトップクラスのガチムチおねにーさんに挟まれてブツブツと何事かを呟きながら死にそうになっている。これはちゃんとオカマバーしているな。
先程から何度か通りすがりの女性やらがキャーキャー言っているのが聞こえてはいるが卓に近寄って来ようとはしていない。まぁここだけ何故か治安が悪そうだからな。そこに何故か私が同席させられているが。
「ヤンデレダーク系乙女ゲーの攻略対象みたいなイケメン共しか目の前に居ない上にオカマに挟まれてるのなんなの……?
なんで俺だけ挟まれてるの……?俺だって接客いらないよ……ドウシテ……ドウシテ……」
大変そうだな。ガチムチおねにーさんのガタイが良すぎてその影に隠れている小さい私の姿は視界に入っていないらしい。
もぐもぐと煮込みを吸い込んで暇潰しに隣の隣のおっさんを観察することにする。このおっさんが噂の生徒会長らしい。コートに詰め襟の服で全身黒尽くめに着込んでいてめちゃくちゃ無精髭である。
暇なので情報を抜いてみる。白樺奏斗、と言うらしい。可もなく不可もなく異界人である。称号が生涯魔法使いなのがちょっと笑える。女好きを拗らせているらしいがもう運命レベルで女性に縁は無いようだ。
「飯も良し、茶も良し。まぁまぁの店アルな。セイトカイチョーは細かくて助かるアル」
「生徒会長ってこういう仕事得意だよね。僕はこういう細かいの苦手だし助かるぅー」
「生徒会長って呼ばないでくれる!?」
「ヨッ、生徒会長!!」
「肩に黒歴史乗せてるんか!?」
おねにーさんが見事な合いの手を入れた。
「勘弁してください!!マジで!!」
「懐かしいアルな。なんだたか、内々にセイトカイチョーを打診されて平和に暮らしたいから蹴ったが周りが放っておいてくれなくて裏セイトカイチョーと呼ばれてたか」
「授業中に突然武装した世界的テロリストが部隊単位で突入してきたけど無傷で制圧したって?」
「カタナを手に入れたら無双する言うてたアルがまだアルか?」
「なんだっけ、異世界で奴隷ハーレム?」
「無詠唱の魔法はどうなったアルか」
「異世界で目立たず平凡にスローライフを送りたいって言ってたけどどう?」
おう……黒歴史すぎて目も当てられないヤツきたな……。思ったより黒歴史している。しかもこれ多分氷山の一角だな。
異世界転移したのを良いことに結構な言動をかましてしまったのだろう。このジジイどもを相手に。悲惨すぎる。一生言われるヤツだぞこれは。
「ほんとに許して!?ていうかお前らずるいぞ!!メルトお前最近はロリの美妖精と美女のメイドさんとパーティ組んで色々やってるって聞いたぞ!?
あと九龍も幼女とひとつ屋根の下で暮らしてて一緒に行動してるって聞いた!!なんで同時に女っ気出すんだよ!!そして俺はなんでオカマなんだよ!!ほんとなんで!?」
「研究所にちゃんとセイトカイメンバーもいるであろ」
「そうそう。ちゃんと女の子もいるっしょ」
「目が合うだけで舌打ちされるんですけお……。ゴミを見る目でぇ……」
「それはアナタ日頃の行い悪いだけネ」
「初対面に頭ぽんってヤツあれやめたほうがいいよ。そういうの理解出来ない僕でも悪手だってわかる。九龍くんくらいの顔面強度いるからアレ。
んぅ……で気持ちよさそーに赤面なんてイケメン相手か二次元だけだよ」
「もう致命傷だからやめて……」
頭を抱えて呻いている。頭ぽんてあれか。頭をぽんぽんしてくるヤツか。まぁ好意の無い男にやられたら殺意マシマシになるだろうな。私でもわかる。
足をぷらぷらさせていると頼んでいた次の料理が届いた。ひゃほーい。置かれた卓上かまどに火が点けられ、乗せられた釜飯が蒸し上げられていく。……これ待ってる間は何も無いな。
しかも目の前の中華マフィアが明らかに狙っている。おのれ、しくじったか。おねにーさんに追加で持ってくるように頼んでおいた。大怪獣対策はこれでよし。
ふと視線を感じて横を見やる。生徒会長と目があった。すっと目が逸らされた後、くわっと再びこちらを向いた。見事な二度見仕草。
「!?!?!?……っ!?よう、よじょ!?幼女いる!?俺の!?横の横に!?ようじょ!?しかも明らかな人外!?人外ロリ!?!?」
「クーヤ、もうちょい距離とっとくアル」
「あともう一人店員挟もうか。あ、ごめんもう一人呼んでくれる?そう、ガチムチランキング3位の人」
「まっ、まって!!待って待って!!せめて挨拶、挨拶させてお願いほんとお願いします!!幼女だよ!?ここに居る人外ロリとか絶対に合法ロリじゃん!!」
「む」
合法ロリとかなんか失礼だな。なんとなく私は違法ロリだと主張しておく。まぁ深夜一時にオカマバーに居るのだから違法で間違いあるまい。
しかしこれはモテないな。絶対にモテない。私でも理解出来るくらいにはモテないおっさんだ。よし、ちょっと攻撃しておくか。
「後で生徒会長総受アンソロジーあげる」
「………………っ!!」
大ダメージを食らったらしく沈んだ。あの手のものがギルドに出回っているのを把握はしているらしい。ナムサン。潔く散れい。しかし思ったよりも守備範囲が広いな。
仕方がない。ちょいちょいと配膳をしている羊を手招く。
「守備範囲の広い女好きのおっさんが横に居るからちょっと来て間に挟まれるのだ」
「おや、ミニマムボディのペシャンコ暗黒神様が守備範囲の人間デスか?
仕方がありませんネェ……」
ちょんと私と生徒会長の間に羊が納まった。実にもかもかしている。うーむ、釜飯もいい感じになってきたようだしそろそろ食べるか?
香しい匂いも私のイカ腹を大いに直撃している。火も消えてきたようだし食い頃に違いない。
「ん」
するり、と何かが肌の表面を撫でた。なんだ?思わず手で払ってしまったが。
横の方からしたな。生徒会長と再び目が合った。今何かしたのだろうか。しばし見つめ合う。生徒会長は赤くなって白くなってその後にぶわっと冷や汗を吹き出して一気に紫色になった。なんかわからんが凄いな。
「哎呀。セイトカイチョー、今クーヤに鑑定つかたアルか?死ぬアルよ?」
「うっわマジ?生徒会長大丈夫?いや多分クーヤくんには通らないとは思うけどもしかして羊くんも見た?SAN値残った?発狂しそうになったら言ってね?首くらいは落としとくから」
「かんてい……?」
なにやら見る系の能力でも私に使ったらしい。いや私を見ても面白いステータスではないのだが。まぁ隣のがえげつないのはわかる。
異界人だしそういう能力持ちも確かに居そうではあるが。鑑定、確かに生徒会長が好きそうだ。生産もできそう。しかし今まで会った異界人って大抵が元々そうでしたって感じだったのだが生徒会長を見る限り一般市民の匂いしかしない。どこで拾ってきた能力なんだろ。いやでも人間枠の九龍が異様に若いしそれにいつだったか麗しのマリーさんが言葉が通じるとかなんかそんな感じの異界人特有能力的なのがあるって言ってたな。それか。
次元を超える時になんやかんやあるのかもしれないな。
考えていると急に隣の羊が立ち上がる。そのままノイズと共に人型を取ると、ドスンと私とおねにーさんと生徒会長の間に挟まり直した。ボヨンと尻がちょっと浮いた。いいスプリングである。
背もたれに両腕を掛け、無駄に長い足を上げるとこれまたドカンと音を立ててテーブルの上に足を組んで乗せてくる。ん、治安の悪さが悪化したな。
まぁいいか。釜飯を開けてしゃもじをざくざくと割り入れる。これは絶対に美味い。間違いない。お椀によそってお箸を握った。
カカカカカカカと音を立ててかき込む。うまうま。味付けは醤油とみりん、塩に酒、砂糖に出汁と王道の取り合わせ。そしてごぼうとこんにゃく、油揚げに鶏肉に人参。優勝間違いなしのメンバーと共に炊き込まれたご飯はふっくら仕上がりのツヤ仕上がり。
美味くないわけがない。中華マフィアはおこげ部分を集めて茶を淹れなおしている上にいつの間にか用意したらしい七輪で鯛を焼いている。あれは間違いなく茶漬けにするつもりに違いない。負けてられないな。
あちらがそのつもりならばこちらは焼きおにぎりにしてくれるわ。お椀の上に乗せた炊き込みご飯をコロコロと転がして丸めていく。
「暗黒神様が守備範囲とは。全く恐れ入ります。神をも恐れぬ不遜を。悪魔が居るこの場で。その蛮勇を讃えてやる。
自殺がしてェなら止めねェから続きをどうぞ。この世の地獄を見せてやる」
「ヒョ……ヤンデレダーク系乙女ゲーの攻略対象みたいなイケメンが増えた……属性過多すぎる……すみません二度としません……」
七輪のスペースをガメておにぎりを置いた。よしよし。あと七輪があるなら餅も焼きたい。砂糖醤油とあんこ、海苔も捨てがたし。味噌もいいな。きなこにみたらし……うむ、全部出すか。本でぺろっと出しておく。
秒で目の前の中華マフィアと左のゴシックホラーにガメられた。速すぎる。異界人と異界神共自重せよ。
代金代わりなのかどうなのか魔石が置かれているのがなんとも言い難い。いやまぁプラス収支ではあるけども。追加で出して七輪で炙っておく。プクーッと膨らむのが目にも楽しく、やはり餅はこうでなくては。
砂糖醤油を付けて生姜のちょい乗せした所でちりりんと涼やかな音。
「お待たせしました!」
「来たアルか」
「はい。マスター、ラーメンタイマーも用意はされましたか?」
「まぁしたけど」
ぽいっと置いておく。なんでこんなド深夜にふん捕まえられてオカマバーくんだりまで連れてこられたかと言うとどうやら話し合いをするらしい。
ギルドの幹部クラスにユグドラシル拠点を交えた意見交換会とかなんとか。私は別にいらなくないか?なんでこういう集まりは私まで呼び出されるのか。不思議である。
ま、しかし内容そのものには私は関係ないのであるからして。ソファの隅っこに位置をずらして本を眺めておく。そろそろ魂の処理をなんとかせねばならないからな。
どうしたものか。やはり相性違いのものを解体するのは骨が折れる。その辺の一般人の魂ではプラマイゼロどころかマイナスになるのだ。うーむ……。魔石があってもなあ。
魔物を進化させるか、あるいはそういう道具を作るか……悩ましいな。どっちもバカ高いので。
「私は夜のお店ってあまり好きではないのですが……こんな感じなら大丈夫です。
平和でいいですね」
「おにゃのこ増えた……しかも眼鏡美少女……天国じゃん……」
「何コイツ?気持ち悪いわね」
「ツンデレメスガキ妖精……最高すぎる……生きててよかった……」
「生徒会長そろそろ身内でもギリギリ、既に外じゃネットでしか出しちゃだめなノリだよ。僕恥ずかしいから」
「アンタこんなのと仲間なの?パーティ考えるんだけど」
「うーん、何も否定出来ない!」
「セイトカイチョー、一生女に縁無さそうアルなぁ……。ま、天命アルよ」
まぁ生涯魔法使いが運命レベルで決定しているのでそれは間違いないな。運命をひっくり返すような、それこそ魔王になるぐらいの勢いじゃないと覆りそうもない。
ずずーとお茶を啜っておいた。なんか眠くなってきたし寝ていいだろうか。私は幼女なので。