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街と瘴気と男と女

「カナリーにもそのグラタンを寄こすのよー!」


「いやだー! このグラタンは私のもんだー!!」


 あれから二日ほど経った。

 結局カナリーさんはこの街に居座ってしまったようで故郷に帰る様子は全く無い。

 どうやら酒場とマリーさん達の部屋を気まぐれにはしごしているらしい。

 何故だか頑なに私の部屋には入ろうとしないが。

 街はあちこちが破壊されてしまい、この酒場にも見事な風穴が開いている。開放感が溢れすぎており防犯面が大真面目に心配である。店主曰くこの大地に雨は一切降らないのでゆっくり直すらしい。

 避難していた住人達も戻ってきて各々家屋の修理に勤しんでいるようだ。

 あちこちからトンテンカントンテンカンと響いてきており、一端の職人の街みたいな雰囲気になっている。チンピラの癖にとも思うが、反社が土木業やってるようなもんだろう。

 そして最初の依頼であったフィンバリット商会の捜索だけではなく、天使の討伐まで行ったと言う事でマリーさん達には街の偉い人から多額の褒賞があったようだ。

 お陰でここ最近はほくほくとしたお顔をしている。

 ちなみに放置してきた天使の死体らしき泥は回収されたらしい。

 偉い人から記念物として指定され、今は酒場の一角に瓶詰めで展示されている。悪趣味だな。

 幻の生物扱いなのだろうか。

 なお、今回の件で天使が私を探してこんなところまで捜索範囲を広げて活動しているということがはっきりしてしまったわけだがマリーさん達はなんと護衛を続けてくれるらしい。

 そのうちまた来る事もあるだろうし、こうなってはさすがに断られるのを覚悟していたのだが。

 私一人では全く太刀打ち出来ないわけであるし、ありがたさ天井知らずではあるものの。いくら封印の件があっても割に合わないだろうに。

 何か考えがあるのだろうか、お昼ご飯の時になんとなく聞いてみた。


「クーヤ、貴女は自己評価が低いのね。いえ、興味がないのかしら?

 ……確かに貴女本人は信じられない程弱いけれど。

 その本は凄いものよ? 世界に数えられる程しかない神話級に名を連ねる神の工芸品(アーティファクト)以上よ。

 わたくしは勇者の能力によって封印されているの。随分と長い事この封印を解こうとしてきたけれど……それでも初めてなのよ。明確な標を提示されたのは。

 ……それに全盛期の力も魅力的だもの」


 言い終えて指先を口元に。イタズラ顔で微笑まれてしまった。麗しさもまた天井知らずだ。

 ふむ、マリーさんの言葉は確かに本心だろうとは思うが。

 同じぐらいの割合でただの良心からよわっちい私を助けようとしてくれているんじゃないだろうか。

 これは聞いても多分答えてくれないだろう。聞くだけ野暮天である。


「ムフフ」


「クーヤ? 何を笑っているの?」


「なんでもありませーん!」


 この三人に逢えてよかった。今夜は私の奢りだ、生をもってこい親父!!

 ジョッキで牛乳を飲みながら枝を掲げた。財布は空にされた。高い酒ばっかり飲みおって、ブラドさんだけ許さん。

 そしてちょっとした飲み会も終わって宿舎に帰投。マイホームは相変わらず狭くてボロくて何も無いがある。ベッドに座って顎を摘む。


「うーむ…………」


 これに気付いたのは昨日の夜の事だ。

 部屋に設置している暗黒神ちゃんマークに変化があったのである。

 マークそのものには変化は無いが、黒っぽい粒がマークからぐるぐると螺旋を描くようにして吹き上がっている。

 そしてなんと私の部屋に黒い小さな生き物が湧いていたのだ。その数は5匹。昨夜は確かに何やら作業をしていたがどうやら自分達の家を建てたようである。部屋の隅にミニチュアサイズすぎる小さなお堂が完成していた。藁葺き屋根でめちゃめちゃ粗末ではあったが。

 ゴミのような生き物がぱたぱたと部屋を走りまわるのを何をするでもなくなんとなく眺めていると、物質的な肉体を持っているというわけではないのか。3匹ほどドアをしゅるっとすり抜けて外へ繰り出していった。残った奴らは手持ち無沙汰といった様子でうろうろしている。

 これがアスタレルが言っていた魔物なる連中なのだろう。私の下働きということだ。よしよし。

 なんだか感慨深い気分になった。ひとまず本を開いてみる。

 こういう時は取り合えず本を開けばマニュアル代わりになるのだ。カテゴリは魔物セット。



 商品名 魔物ツリー

 魔物を初期職の作業用から色々な種類に進化させます。

 1匹1匹進化先を指定できるので色々試してみましょう。



 こいつら進化できるのか。魔物レベルとは違うのか?

 まあ職と書いてあるし、強さとやれる事は別って事だろう。

 作業用の魔物とか色々あるらしい。戦闘用が欲しいなぁ。切実に。

 ページを捲る。



 商品名 魔物数上限+1

 生成できる魔物上限数を1匹増やします。

 現在の最大数は5匹まで。



 む、残念ながら下働きの数は上限があるらしい。無限ではないのか。思いながらページを戻すと魔物セットカテゴリの中扉へと飛んだ。章タイトルの下に神殿一覧と書いている。

 神殿、あの魔物がせっせと建てたお堂のことか。しかし神殿とかオシャレな言い方だな。そんな立派な建物には全く見えない。魔物小屋がいいとこだ。そしてもちろん今表示されているのはこの場所の一個だけ。ギルド宿舎新人部屋神殿、そして神殿内に居住する魔物のレベルと属性、種類に数が記載されている。どうやら魔物には誰が付けたのか名前もあるようだが。まぁそれはいいか。


「ふむふむ」


 今居る魔物の数は5匹、最大数も5匹。これでもう上限いっぱいらしい。この魔物数上限+1なる商品を買う事でもう1匹作る事が出来るのだろう。

 属性は前に本にそんなのが載っていたな。藁葺き屋根に火属性の魔物を住ませるととんでもないことになりそうだ。危険予知というやつだな。重大労働災害を防ぐにはヒヤリハット事例を潰す事から、そしてヒヤリハット事例を潰すには危険予知訓練が肝要だ。

 しかし、暗黒神ちゃんマークを別で違う場所に作ったらそこにまた魔物が生まれて神殿とやらを建築するのだろうか? この中扉を見る限りそんな感じに見えるが。

 付近の神殿一覧とかあるし、マーク設置数に上限は無いのだからそういうことだろう。別荘建築と言ったところか。

 でも魔物数に上限があるようなので別の場所にわざわざ瘴気を溜めても魔物は生まれないのか。つまり建築もしないのでただ瘴気を垂れ流すだけ。

 この暗黒神ちゃんマーク、多分だがアスタレルが魔物を作って見せた折に描いていた円と同じようなものだ。あいつの作った境界のようにはっきりしているわけでもないし空気中へ拡散自体はしているようなのでマークから放出している瘴気をその場にゆるーく停滞もさせている。私じゃ精々2畳半と言われたが実際には2畳半ですら魔物が生まれるのに必要な澱みが出来たか怪しいなこれ。人が呼吸だけで部屋全体の二酸化炭素濃引き上げるとか出来るかって話である。

 ……いや、そもそもここにある暗黒神ちゃんマークを潰すとこいつらどうなるんだ?

 製造数に上限があるのならばこれ以上瘴気を溜める必要もないし、引き篭もり生活の必要も無くなる。5匹作るのにそう時間が掛かったわけでもなし、多少上限を上げたとしてもすぐに作れるだろう。つまり暗黒神ちゃんマークはもう必要がない。私の場合はとてもそうは思えないが、アスタレルの事例を思い出すとこちらの陣営が持つ瘴気はなんか色的にもちょっと身体に悪そうだ。実験的に消してみるか?

 思いながらもう一枚捲ってみた。



 商品名 ラブアンドピース

 濃度の高すぎる瘴気は生き物に害を及ぼしますよね?

 でも物質界で暗黒神の瘴気は魔物のエサや悪魔の嗜好品となるので全て拡散させてしまうのはNG。

 そこでこの商品。

 なんとなんと設置すれば瘴気濃度はそのままに圧力を0にする事で物質界の生き物へ与えるダメージを0にします。

 大人気商品。



「…………何だこりゃ」


 何故これだけどこぞのテレフォンショッピングなノリなのだ。だがしかし、瘴気について重要な事が書いてある。やはり魔物が生まれるくらいの瘴気溜まりは人体に有害らしい。だが言われてみれば確かに魔物連中が時折暗黒神ちゃんマークから出てくる黒い粒を回収してお堂に持ち込んだり、摂取している様子を見せている。暗黒神ちゃんマークを潰して私も引っ越しとかするとこいつら消えそうだな。儚い命である。

 見ておいて良かった。というかこれ多分だが私が消してしまおうかなとか思いながら見てたから出てきた商品だな。ガイドアイテムとして立派に務めを果たしているらしい。でもちょっと行き当たりばったりじゃないか?

 でもよく考えたら暗黒神とかいうのはずっと居なかったっぽいしな。陣取りゲームにバカクソ負けてたくらいだし。今の私の状態だと物質界に直接行くしかないとか言っていた。多分だが、今までのアンコクシンサマとやらはそんなことなかったんじゃないだろうか。つまり私が物質界で活動する初のアンコクシンサマなのでは。なるほど手探り感。まさしく行き当たりばったりなんだろう。

 ふむ、人がたくさん居るここで暮らすならどう見ても必要な商品だが……高いな。

 暫くは部屋に鍵をかけて誰も入れないようにして様子を見よう。室内だって人体にダメージがあるほどの瘴気濃度とも思えないしな。実際、マークから吹き出る黒いものは空気に混ざるようにしてすぐに消えてしまっているし、特に室内に滞留するということもない。瘴気を留めているらしいマークが無ければあっという間に散ってしまうだろう。このマークに顔面突っ込むくらいじゃないと影響なさそうだ。鍵を掛けているだけで充分そうである。

 そうしよう。魔力に余裕が出来たら買お…………。


「あいたーーーーーーっ!!」


 考えていたらケツを何かに刺された。飛び上がってケツを押さえる。

 慌てて今までケツを置いていたベッドを眺めた。そこに居たのはこの部屋に残っていた2匹の魔物だった。

 手足らしきものを振り回してキーキーと喚いている。何か怒っているらしい。

 1センチくらいのミニマムな身体だというのにめっちゃ痛かった。


「な、なに…………!?」


 キーキーと喚いているがあいにく言葉は分からない。ジタバタと地団駄を踏んで何かを訴えている。

 なんだろうか?

 何かを小さな腕で示している。その先を辿ってみれば……私の腕、だろうか?

 何かあるのだろうか、思うがいつもと何も変わりはない。

 さわり心地のよさそーなむちむちした幼い腕だ。

 もう一度魔物を眺める。間違いなく私の腕を示している。

 はて?


「ギャーーーーーーッ!!」


 飛び掛かってきた。

 びしっばしっと頭を叩いてくる。中々の威力、やるなお前ら!

 最早教えることは何も無い、だからやめろ!


「いたたっ! いたいいたい!」


 手下がいじめる! 悪魔も魔物も酷い! 本当に私の手下なのかこいつら!

 猛烈な勢いでぐいぐいと腕輪を引っ張ってくる。

 ……ん、腕輪。

 もしかしてこれをさっきから要求しているのだろうか?

 致し方なく腕から抜いて魔物達に見せてみる。

 キーキーと喚く魔物達は腕輪を差しながらピョンピョン飛び跳ねて見せた。

 うーむ、地獄の穴を開けろということだろうか。床においてみる。

 じわじわと地獄の釜が開いた。相変わらずちっこいけど。

 そこに二匹の魔物は喜び勇んで飛び込んでしまった。

 おお…………?

 輪っかの上にぼんやりと文字が浮かんでくる。


 エネルギー取り出し作業中

 推定作業時間4時間


 …………なにか地獄で作業を始めたようだ。解体ってやつか?

 まあいいか。アスタレルも魔物は勝手に働くと言っていたし。

 ほっとこう。

 しかしこうやって作業をされると地獄をしまえないな。移動や持ち運びが出来なくなってしまった。

 おまけに自動洗浄で魂が吸い込めないのでは。

 いやでも、多分だが腕輪は本で複製出来るな。問題ないか。魔物も解体作業で出入りするようだし職場みたいなもんだろう。

 取り合えずここは放っておいて酒場に行ってご飯でも食べるとしよう。

 そろそろ昼時だしマリーさん達も活動し始める頃合いだろう。廊下に出る。

 よし、一番近いブラドさんの部屋を覗いてみよう。


 ガチャ


 着替えていたらしい全裸のブラドさんが居た。

 嫌でも股間が視界に入った。

 隠そうとすらしない。


「きったねぇなァ…………」


 呟いてドアを閉めた。

 よし、マリーさんかクロノア君のところに行こう。

 閉めたドアの向こうから汚いとは何だこの美しい完璧な形状とサイズのほにゃららがどうとか聞こえてきたがもちろん無視である。

 全く、ご飯時に不潔なものを見てしまった。


「マリーさーん」


 やっぱり安定のマリーさんだろう。

 ドアをノックすると中から涼やかな声。


「クーヤかしら。開いていてよ」


「はーい」


 初めてのマリーさんの部屋だ。ちょっぴり緊張する。エレガントでセレブリティな部屋かもしれない。

 開けて中へと入る。そして叫んだ。


「ギャーーーーーーッ!!」


 呪われそうな部屋だった。真ん中には棺。

 吸血鬼としては当たり前なのかもしれないが雰囲気ありすぎである。

 トカゲの黒焼きとか普通にぶら下がっている。

 棚においてある髑髏は偽物…………ですよねマリーさん?

 床一面に複雑怪奇な模様が書いてあるし、古めかしい本が所狭しと置いてあり足の踏み場も無い。ファビュラスでもアメージングでもエレガントでもなかった。


「驚かせてしまったかしら?今、実験をしていたの」


 実験……響きが似合いすぎて怖い。

 内容は聞かないでおこう。


「それで? どうかしたのかしら?」


「あ、はい。お昼だしご飯でもどうかと思いまして」


「あら…………もうそんな時間なのね。わかったわ。ギルドに行きましょう。

 下に降りておいて頂戴。直ぐに行くわ」


「わかりましたー」


 次はクロノア君の部屋に行って声を掛けておこう。

 部屋まで移動してトントンとドアを叩く。


「クロノアくーん。あそびましょー」


 近所のお子ちゃまみたいな掛け声だがクロノア君だしまあいいか。

 ドアを開けてのそのそと出てくる。本日は清廉潔白シャツだった。

 手には何故かツギハギの人形を持っている。


「……………………」


 渡されてしまった。

 まさかこれで遊べって事だろうか。さっきのを言葉通り受け取ってしまったのか。

 天然だなこの人。

 しかしこの人形はどこで手にいれたのだろう。


「…………えーと、お昼に行きましょう。下で待ってればマリーさんも直ぐ来るそうです」


「…………………………」


 動こうとしないのでこちらから階段へと向かって動いた。

 のそのそと着いてくる。

 どうやら先頭を切って歩くと言う事は好きではないようだ。

 三人の中でもいつも一番後ろを歩いてるもんな。


「カナリーを置いていったらだめなのよーっ!!」


「うわぁっ!!」


 どこから嗅ぎつけたのやらカナリーさんまで来た。

 三人の部屋だけはしごしているのかと思っていたがそうでもないようだ。

 全然知らない部屋から出てきたし。もうこの宿舎全体で飼ってるペットみたいな扱いだな。

 クロノア君から渡された人形を抱えつつ一人と一匹を連れて下へと降りた。

 大家のコールさんが居たので挨拶しといた。


「ギルドに行ってきますー!」


「行ってくるのよー!」


「……………………」


 カウンターに座ったコールさんは何やら書類をバラバラと漁りながらおう、と元気な返事をくれた。


「クロノアはガキンチョ共のお守りか。大変だなお前も。その二人じゃ両手に花ってものでも無いしな!」


 げらげら笑われてしまった。

 おのれー!


「失礼なのよー!」


 カナリーさんがバチャッと水を飛ばして失礼な大家の顔面にぶつけていた。


「もっとやれー!」


「任せるのよー!」


「うわっ! やめろ! わかったわかった! 俺が悪かった!!」


「……………………」


 マリーさんとついでにブラドさんが降りてくるまで大騒ぎしたので待合所は水浸しになった。

 これでもうあんな失礼な事は二度と言うまい。

 全く。



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