街と瘴気と男と女
「カナリーにもそのグラタンを寄こすのよー!」
「いやだー!このグラタンは私のもんだー!!」
あれから二日ほど経った。
結局カナリーさんはこの街に居座ってしまった。
どうやら酒場とマリーさん達の部屋を気まぐれにはしごしているらしい。
何故だか頑なに私の部屋には入ろうとしない。
街はあちこちが破壊され、この酒場にも見事な風穴が開いている。
雨は降らないのでゆっくり直すらしい。
避難していた住人達も戻ってきて各々家屋の修理に勤しんでいるようだ。
あちこちからトンテンカントンテンカンと響いており、職人の街みたいな雰囲気になっている。
最初の依頼であったフィンバリット商会の捜索だけではなく、天使の討伐まで行ったと言う事でマリーさん達には街の偉い人から多額の褒賞があったようだ。
ほくほくとしたお顔である。
放置してきた天使の死体らしき泥は回収されたらしい。
偉い人から記念物として指定され、今は酒場の一角に瓶詰めで展示されている。
悪趣味である。
幻の生物扱いなのだろうか。
今回の件で天使も私を探してこんなところまで来るということがはっきりしたわけだがマリーさん達はなんと護衛を続けてくれるらしい。
そのうちまた来る事もあるだろうし、こうなってはさすがに断られるのを覚悟していたのだが。
私一人では全く太刀打ち出来ないわけであるしありがたいのだが、いくら封印の件があっても割に合わないだろうに。
何か考えがあるのだろうか?
聞いてみた。
「クーヤ、貴女は自己評価が低いのね。……確かに貴女本人は信じられない程弱いけれど。
その本は凄いものよ?世界に数えられる程しかない神の工芸品以上よ。
わたくしは勇者の能力によって封印されているの。長い事この封印を解こうとしてきたけれど……それでも初めてなのよ。
明確な標を提示されたのは。……それに全盛期の力も魅力的だもの」
……うーん。
マリーさんは本当にツンデレだな。
マリーさんの言葉は確かに本心だろうけれども。
同じぐらいの割合でただの良心からよわっちい私を助けようとしてくれているんじゃないだろうか。
これは聞いても多分答えてくれないだろうけれど。
「えへへ…………」
「クーヤ?何を笑っているの?」
「なんでもありませーん!」
この三人に逢えてよかった。
「うむむ…………」
これに気付いたのは昨日の夜の事だ。
部屋に帰ってみると少し様子が変わっていた。
部屋の暗黒神ちゃんマーク、その隣。
今までは無かった文字が床に書かれている。
神殿【ギルド宿舎新人部屋】
属性:邪
5/5
LV1作業用魔物 5/5 生産必要瘴気濃度 3
「おおー…………」
そしてなんと私の部屋に何匹か黒い生き物が湧いていたのだ。
その数は5匹。
ぱたぱたと部屋を走りまわり、実際の肉体を持っているというわけではないのか、三匹ほどドアをしゅるっとすり抜けて街へ繰り出していった。
残った奴らはうろうろしている。
これが魔物なのだろう。
なんだか感慨深いものだ。
本を開いてみる。
カテゴリは魔物セット。
気になることがあれば取り合えず本を開けば大体の疑問は解決するのだ。
商品名 魔物数+1
神殿内に設置する事で作成できる魔物の数を1匹増やします。
現在の最大数は5匹。
下のほうに付近の神殿一覧が書いてあり、神殿内に居住する魔物のレベルと種類と数が記載されている。
もちろん今表示されているのはこの場所の一個だけだが。
「ふむふむ」
今居る魔物の数も5匹。
最大数も5匹。
床に書かれた5/5という数字の意味がこれで解決した。
この魔物数+1を買う事で5/6になってもう1匹生まれる事が出来るのだろう。
属性は前に本にそんなのが載っていたな。
周囲の魔素とやらが邪属性ってことだろう。まあこの街だしな。
しかし神殿とかオシャレな言い方だな。
ギルド宿舎新人部屋という名前で台無しだけど。
暗黒神ちゃんマークを違う建物につけたらそこが新しい別の神殿になるのだろうか?
魔物数に上限があるので瘴気を溜めても魔物は産まれないのだろうけど。
付近の神殿一覧とかあるし、マーク設置数に上限は無いのだからそういうことだろう。別荘と言ったところか。
住人が魔物5匹と私だけなのに別荘なんか作ってもな。
ページを捲る。
商品名 魔物ツリー
魔物を初期職の作業用から色々な種類に進化させます。
1匹1匹進化先を指定できるので色々試してみましょう。
進化するのか。
魔物レベルとは違うのか?
まあ職と書いてあるし、強さとやれる事は別って事だろう。
作業用の魔物とか色々あるらしい。
戦闘用が欲しいなぁ。切実に。
もう一枚捲ってみた。
商品名 ラブアンドピース
溜めすぎた瘴気は生き物に害を及ぼしますよね?
でも暗黒神の瘴気は魔物のエサや悪魔の嗜好品になるので神殿を開けて拡散させて薄めてしまうのはNG。
そこでこの商品。
なんとなんと設置すれば瘴気濃度はそのままに圧力を0にする事で物質界の生き物へ与えるダメージを0にします。
大人気商品。
「…………何だこれ」
何故これだけどこぞのテレフォンショッピングなノリなのだ。
しかしノリはアレだが瘴気について重要な事が書いてある。
見てよかった……。
ここで暮らすならどう見ても必要な商品だが……高いなー。
暫くは部屋に鍵をかけて誰も入れないようにして様子を見よう。
今はまだ人体にダメージがあるほどの瘴気濃度とも思えないし。
そうしよう。
魔力に余裕が出来たら買お、…………!!!
「あいたーーーーーーっ!!」
考えていたらケツを何かに刺された。
飛び上がってケツを押さえる。
慌てて今までケツを置いていたベッドを眺めた。
そこに居たのはさっきこの部屋に残った二匹の魔物だった。
手足らしきものを振り回してキーキーと喚いている。
何か怒っているらしい。
1センチくらいのミニマムな身体だというのにめっちゃ痛かった。
「な、なに…………!?」
キーキーと喚いているがあいにく言葉は分からない。
ジタバタと地団駄を踏んで何かを訴えている。
なんだろうか?
何かを小さな腕で示している。
その先を辿ってみれば……私の腕、だろうか?
何かあるのだろうか?
いつもと何も変わり無い。
さわり心地のよさそーなむちむちした幼い腕だ。
もう一度魔物を眺める。
間違いなく私の腕を示している。
はて?
「ギャーーーーーーッ!!」
飛び掛ってきた。
びしっばしっと頭を叩いてくる。
中々の威力、やるなお前ら!
最早教えることは何も無い、だからやめて!
「いたたっ!いたいいたい!」
手下がいじめる!
悪魔も魔物も酷い!
本当に私の手下なのかこいつら!
ぐいぐいと腕輪を引っ張ってくる。
……ん?腕輪?
もしかしてこれをさっきから要求しているのだろうか?
必死に腕から抜いて魔物達に見せてみる。
キーキーと喚く魔物達は腕輪を差しながらピョンピョン飛び跳ねて見せた。
うーむ。
床においてみる。
じわじわと地獄の釜が開いた。
ちっこいけど。
そこに二匹の魔物は喜び勇んで飛び込んでしまった。
おお…………?
穴にぼんやりと文字が浮かんでくる。
エネルギー取り出し作業中
推定作業時間4時間
…………なにか地獄で作業を始めたようだ。
まあいいか。
アスタレルも魔物は勝手に働くと言っていたし。
ほっとこう。
しかしこうやって作業をされると地獄をしまえないな。
移動や持ち運びが出来なくなってしまった。
おまけに自動洗浄で魂が吸い込めないのでは。
荒野の魂も吸い込めるか試したかったのだが。
でも彼らの呪いはある意味私の最終防御圏と言える。
天使の件を考えるとこの荒野の死者を吸い込むのはまだ早いし、いいか?
うん、もう暫く神様を呪っておいて貰おう。
あとは地獄の入り口だが……多分、腕輪は本で複製出来るな。
取り合えずここは放っておいて酒場に行ってご飯でも食べるとしよう。
そろそろ昼時だしマリーさん達も動くだろう。
廊下に出る。
一番近いブラドさんの部屋を覗いてみよう。
ガチャ
着替えていたらしい全裸のブラドさんが居た。
嫌でも股間が視界に入った。
隠そうとすらしない。
「きったねぇなァ…………」
呟いてドアを閉めた。
よし、マリーさんかクロノア君のところに行こう。
閉めたドアの向こうから汚いとは何だこの美しい完璧な形状とサイズのほにゃららがどうとか聞こえてきたがもちろん無視である。
全く、ご飯時に不潔なものを見てしまった。
「マリーさーん」
やっぱり安定のマリーさんだろう。
ドアをノックすると中から涼やかな声。
「クーヤかしら。開いていてよ」
「はーい」
初めてのマリーさんの部屋だ。
ちょっぴり緊張する。
開けて中へと入る。
そして叫んだ。
「ギャーーーーーーッ!!」
呪われそうな部屋だった。
真ん中には棺。
吸血鬼としては当たり前なのかもしれないが雰囲気ありすぎである。
トカゲの黒焼きとか普通にぶら下がっている。
棚においてある髑髏は偽物…………ですよねマリーさん?
床一面に複雑怪奇な模様が書いてある。
古めかしい本が所狭しと置いてあり足の踏み場も無い。
「驚かせてしまったかしら?今、実験をしていたの」
実験……響きが似合いすぎて怖い。
内容は聞かないでおこう。
「それで?どうかしたのかしら?」
「あ、はい。お昼だしご飯でもどうかと思いまして」
「あら…………もうそんな時間なのね。わかったわ。下に降りておいて頂戴。直ぐに行くわ」
「わかりましたー」
次はクロノア君の部屋に行って声を掛けておこう。
部屋まで移動してトントンとドアを叩く。
「クロノアくーん。あそびましょー」
近所のお子ちゃまみたいな掛け声だがクロノア君だしまあいいか。
ドアを開けてのそのそと出てくる。
本日は清廉潔白シャツだった。
手には何故かツギハギの人形を持っている。
「……………………」
渡されてしまった。
まさかこれで遊べって事だろうか。
さっきのを言葉通り受け取ってしまったのか。
天然だなこの人。
しかしこの人形はどこで手にいれたのだろう。
「…………えーと、お昼に行きましょう。下で待ってればマリーさんも直ぐ来るそうです」
「…………………………」
動こうとしないのでこちらから階段へと向かって動いた。
のそのそと着いてくる。
どうやら先頭を切って歩くと言う事は好きではないようだ。
三人の中でもいつも一番後ろを歩いてるもんな。
「カナリーを置いていったらだめなのよーっ!!」
「うわぁっ!!」
どこから嗅ぎつけたのやらカナリーさんまで来た。
三人の部屋だけはしごしているのかと思っていたがそうでもないようだ。
全然知らない部屋から出てきたし。
この宿舎全体で飼ってるペットみたいなレベルだな。
クロノア君から渡された人形を抱えつつ一人と一匹を連れて下へと降りた。
大家のコールさんが居たので挨拶しといた。
「ギルドに行ってきますー!」
「行ってくるのよー!」
「……………………」
カウンターに座ったコールさんは何やら書類をバラバラと漁りながらおう、と元気な返事をくれた。
「クロノアはガキンチョ共のお守りか。大変だなお前も。その二人じゃ両手に花ってものでも無いしな!」
げらげら笑われてしまった。
おのれー!
「失礼なのよー!」
カナリーさんがバチャッと水を飛ばして失礼な大家の顔面にぶつけていた。
「もっとやれー!」
「任せるのよー!」
「うわっ!やめろ!わかったわかった!俺が悪かった!!」
「……………………」
マリーさんとついでにブラドさんが降りてくるまで大騒ぎしたので待合所は水浸しになった。
これでもうあんな失礼な事は二度と言うまい。
全く。