午後17時
こそこそと談合する悪魔どもを枝で散らして受付に追い払う。はよいけ。私は楽をしたいのだ。やんやしながら省エネ姿から人型になって受付に向かったのを確認してよいせと椅子に座って押し付けられた3部目の依頼書の束を眺める。
九龍も渡した履歴書板を持って奥の方へ引っ込んでしまったしな。暇になったので。
ただしやる気はない。見ているだけである。Backroomsの解決とあるがBackroomsってなんだろ。妙なものを押し付けて来ないで欲しい。北大陸のギルドのようにわけのわからん依頼は全部私に流れてくるという不文律が無いだけマシなのかもしれないが。
近場のおっさんを捕まえて聞いてみるか。というわけで通りすがりのおっさん達を捕まえた。
「隠し子じゃねぇか。で、なんだ。Backroomsか?」
「隠し孫じゃなかったか?」
「オレは隠し妹って聞いたが」
「情報が古いな。今は隠し創立メンバーだ」
隠し子じゃねぇよ。隠し孫でも隠し妹でもないし隠し創立メンバーに至っては論外だ。時系列くらい無視するな。
思ったが訂正したところでキリはないので放って置く。
「この都市で有名な怪現象の一つだよ。なんか妙な場所に落ちる、らしい。世界の裏側みてぇな場所っていうが。戻ってきたヤツは居ねぇとかよ。
記録映像があるって言われてるだけで実際に行って戻ってきたってヤツはほぼホラ話だったし都市伝説のオカルト話に片足突っ込んでらあな。
生徒会長がクリーピーパスタだかクリーミーパスタだか空飛ぶスパゲッティモンスターだか言ってたか?
Jeff the KillerとThis ManにSmile Dogは総裁がぶっ殺したって聞いたけどこれはそもそもあるかどうかわからん話だしなぁ」
「総裁がバカクソのヤケクソみてぇに呪われてるからこの都市は呪いの温床でもあってよ。まぁ本人ピンピンしてんだが。
結構怪現象が起こるし怪人物怪物の類にゃ事欠かん。ここじゃそっち系の能力持ちは儲かるぜ。
でもスレンダーマンとサイレンヘッドの話の顛末は今でも語り草だよな」
「あんだけ大事になってどっちも大書庫管理人だったとか笑うしかねぇよ」
「実在する系と出現条件が確定してるヤツは大体総裁がぶっ殺したらしいがランダムでなんか起こる系はあのクソ爺マジで遭遇しねぇからな」
「夢に出てくる系も遭遇しねぇらしいぞあのジジイ。聞いたり見たりしたら夢に出る系でも出てこねぇらしい」
「マジかよふざけんな。なんなんだよあのジジイ。今度のランキング投票でマイナス入れるわ」
おっさん達はそのまま雑談モードに入ってしまった。ほほー。オカルト話が色々あるらしい。検索してはいけない系とみたね。しかしこうして実際に私に依頼書となって回ってきたあたり多分ガチ案件のヤツだな。やっぱ無視しとこ。
というかいつの間にか受付がえらい騒ぎになっている。失神者が出たようだ。悪魔どもときたらまさか暴れたか?
いかーん!ちょっとは監督すべきだったか?慌てて椅子から飛び降りておっさん達を掻き分けてえんやこら。辿り着いた受付内はてんやわんやしている。
おねえさん達が複数名赤い顔で死んでいた。
「おや暗黒神様。如何致しまシタカ?」
「なんか凄い騒ぎになってんだけど。何をしたのだ!」
「別に何もしてやいませんヨ。暗黒神様のご要望どおりの事をしておりマス」
「お嬢様、我々としてはお嬢様からのご用命を果たすべく大真面目にしておりますよ」
「主様、人の子がちょぅっと失神しただけでござんしょ。天に召されたわけでもなし、あちきらはたぁんと働いておりますえ」
どこがだ。猛烈な騒ぎなのだが。失神していない全員も血走った、かつ涎を垂らさんばかりの惚け顔を晒している。ダブルピースのおっさんとか誰得だ。なんでこんな事に。
いや、ん……?これはもしやこう……メロメロなのか!?あの熱量のある眼差し、もしやこれが伝説に聞く恋ってヤツか!?あなたの下僕になりたいって状態なのか……!?
世の中不思議である。いや、もしかしたら魔法かもしらん。こいつら悪魔らしくそれ系のパッシブスキル持ちなんじゃないだろうか。ありえる。というか地獄でそういう話をしていた。おのれ、この事態を想定しておけば良かったか。しかし現実は特になにも考えてなかったので大騒ぎである。変な魔法やめろ。
悪魔ども全員がちらっとこっちを見た。流れるようにため息をついてみせる。
刹那で理解した。馬鹿にされた。何故だ!?
「暗黒神様はそのミニマムペシャンコボディに相応しくとっても精神が幼くあらせられますネ。
あんこくしんちゃん、みっちゅでちゅは伊達ではないといったところデス。……ああ、失礼。一年も経ってないデスネ」
「何だとー!」
いくらなんでも馬鹿にしすぎである。両腕を振り回して猛抗議をキメた。
何だその幼児言葉。不気味なのでやめて欲しい。
「悪魔の美貌に全く反応しないなんて暗黒神様くらいのもんデス」
「びぼう……」
え、そうなの?
さっぱりわからん。いや、でも言われてみればそうかもしれない?
全員の顔を見回す。羊に兎に蛇にクルシュナに綾音さんにイースさんである。
うーん、確かにモテる要素は備わっているような、気がする。眉毛が2本で目が2つ、鼻があって口がある。
まじまじと見やる。整っているといわれればそんな気がしなくもなくなくもないという感じが無いではないしあるようなないようなないアルよ。
確かにまぁ、そんな気がしないでもない感じを覚えなくもないそこはかとなくオシャレ共に見えてきた。男女揃っていて年齢層も程々だ。
要するにわからん。考える。
ややあって答えた。
「一緒じゃね?」
「お嬢様は相変わらず人の顔を全て面白いカボチャと面白くないカボチャで認知しておられるようですな」
「マスター、もしかして人の見分けってついてないんですか……?」
「ついてはいるだろう。ついているだけのようだが」
言いながら綾音さんとイースさんがさらさらと受付のおねえさんたちを無視して勝手に進めている。まぁ綾音さんはギルドの偉い人だし良いのかもしれないが。
「マスター、これで良いですか?」
ぺらりと紙が掲げられる。どうやら悪魔どもでパーティを組んだらしい。どれどれ。
[チーム名 人材派遣会社じごく]
メンバー
派遣社員A
派遣社員R
派遣社員M
派遣社員I
派遣社員GU
派遣社員AV
「逆になんで良いと思ったんですか?」
思ったままが口に出た。そして何故不思議そうな顔をする。私の疑問は真っ当なものである筈だ。なんだその字面のヤバすぎる情報群は。冒険者という夢浪漫な響きを真っ向から裏切る社会の闇を感じるのだが。
綾音さんは少し斜め上を眺めてから再び用紙に何事かを書きつけてこちらに紙を掲げてみせた。ふんすと見事なドヤ顔である。
[チーム名 人材派遣会社じごく]
メンバー
派遣社員A
派遣社員R
派遣社員M
派遣社員I
派遣社員GU
派遣社員AV
【社是 感謝とノルマと生産性】
【社訓 過労死は甘え、体調管理も仕事の内。タイムカードは定時で切るように】
「逆になんで良いと思ったんですか!?」
ドヤ顔で提示しておいてダメダメだった。毟ろ社会の闇っぷりが爆上げしている。私はホワイト企業だって言ってるだろ!まったく!まったく!!奪い取ろうとしたところで奥から戻ってきた九龍にさっさと紙を回収されてしまった。ぐわーっ!
せめて安心のホワイト企業じごくに書き換えたかった。あんなんでは私ブラックですと自己紹介しているようなものではないか。いやでも私の名前出てないしな。辿られはしない筈だ。ならいいか。
「別にいいアルが、派遣会社を名乗るなら大元も書いとくよろし」
「あ、カルガモ部隊で」
「どうせ後で暗黒神様に報酬は横流すのデスからめんどくせぇので報酬類の振込先を暗黒神様にしておきマス」
「んなら社内規定で報酬なしの道具類自費持ち出しと書いとくアル」
「ギャーーーーーッ!!」
容赦なく紐づけられた。紐づけられた上に最悪なブラック加減を露呈している。ぴょんぴょんと飛び跳ねて申請用紙の回収を試みるがこのミニマムアームとショートレッグではジャンプしたところで届きゃしなかった。脚長族どもめ!!
「やめやめやめ!!お前らやっぱり地獄に帰れ!!」
叫ぶ。私はホワイトであるからして違うんです!
「既に受理はされてしまったようだが。付け加えるのならば今更だと思うがね。
君が活動していれば自ずとその人心の無さは知れ渡る。暫定ローズベリー支部の噂は北大陸のブルードラゴン支部まで届いていたが。
曰く、この世の終わりのような幼女がいる。曰く、幼女の姿をした邪悪の権化が棲んでいる。曰く、歴戦の猛者でも裸足で逃げ出すホイッスル。
上げれば枚挙に暇はない」
「なんですと!?」
誰だそんな噂をバラ撒いたヤツは!ノルマ3倍にしてやるからな!!地団駄を踏んで暴れたが問題の職場は遥か彼方の地下である。おのれ。
ここは一つ、目が焼けんばかりのまっしろけなホワイト企業っぷりをアピールし、けしかつらん噂を払拭するしかあるまい。名誉返上汚名挽回だ。
労働時間超過と休憩無し、社会保障無し最低賃金割のブラック労働はギルド戒律で禁止されているのであるからしてクリーンかつホワイトなパーティ環境にするのだ!
「えーとえーと、所定労働時間は7時間の休憩1時間、社会保障有り法定休暇厳守、賃金は出来高制で報酬当日払いも有りとする!!」
飛び跳ねながら九龍に主張する。だからそのブラック露呈をやめろ!!
「そういう建前にしておくんですね?」
「違うやーい!!」
綾音さんが頑なに受け入れない。誰がなんと言おうと私はホワイトなのである。ホワイトったらホワイト。
「それはいいが。君が悪魔に報酬を払うのかね?」
「うむ!!なんかこう……いい感じのを……こう……」
両腕それぞれで空中に大きく円を描きつつ夢想する。何か波動を出すような感じで。
しかし何だかんだとコイツらは手助けしてくれている気がするし。うん、思えば随分と世話になっている。うむうむ。
段々と普通になにかあげたっていいかもしらんという気持ちになってきたな。これがホワイトたる所以であろう。
「んー、よし。じゃあ何かあげる」
何か無いのか?こう……食べ物とか宝石とかさ。
いや、思えばコイツらはユグドラシルの拠点をぶらついていた際にいつも美味くも不味くもなさそうに食べ物を摂取していた。あまり食に興味は無さそうである。
……なんで食ってたんだろう?必要ないだろう。まあいい。宝石はどうだろう。でも宝石なんて悪魔どもは自分で作れてしまいそうだな。
となるとあとは珍しいアイテムとか?考えているとイースさんがもう一度繰り返した。
「君が悪魔に報酬を払うのかね?君が。悪魔に。報酬を」
「え、うむ?
まぁ……そうかなぁ……」
何故そんな念入りに聞くのだろう。そこまでケチではないつもりなのだが。ケチだと思われているのだろうか。それは由々しき問題である。
「主様、あちきは主様の愛くるしーいおなかの上でようしよしと撫で擦って欲しいでありんす。おのこの姿がよろしおす」
「えっ」
「お嬢様、私めは膝の上に乗せて頂き毛繕いをしていただきたいですな。姿は何れでもよろしいですが」
「えっ」
「暗黒神様、ご褒美に足とは言いませんので添い寝してください。今のお姿でお願いしますね」
「えっ」
宇宙になった。
イースさんが眼鏡を押し上げながら疲れたように声を漏らした。
「…………小生は以前にも忠告をした筈だが。主よ、余り聞き流してくれるな」
「マスターってうっかりですよね…………。まぁでも言質を取られた割に平和で良かったですね!」
九龍が手にしたままの申請書類をひらひらとさせながら興味深げに呟く。
「報酬が人身売買とはこりゃあギルドの歴史に残るブラック加減アルなぁ……。
表の記念館に貼っとくアル」
「キョエーーーッ!!」
鶏を絞めたような声を上げた。やめろ貼るんじゃない!!
ずっと黙っていたクルシュナが無表情に言った。
「肉」
……ブレないな。まさかのデンジャラス野郎が割と安牌になりつつある事に若干戦慄した。