午後14時
トレードとして丸鶏が半分奪い取られたのはご愛嬌としておいて、茶をしばきつつそう言えばと思いつく。
「ラーメンタイマーとトンネルの設置場所はまだ決まらないの?」
自室に付けてはいるがそれとは別で頼まれていた分があった筈だが。未だに場所の指定は来ていない。
「哦、物資の運搬があるからなぁ。長期的に考えて1階か地下アルが……。この建物地下ないネ。かといって1階は人通りが多すぎる。
別口で建物作るか思てるヨ。もう少し待つヨロシ。暫くクーヤの部屋使うネ。ラーメンタイマーは交信球と同じ扱いでいいであろ、後で教えるアル」
マイルームに作って置いているのが何故かバレとる。おのれ、油断も隙もない。
フラワーゼリーは作り終わったらしく、梱包されて受付のおねえさんが持っていった。その際にテーブルの上に依頼書の山が置かれたが暗黒神ちゃんたら読まずに食べた。間髪入れずにコピーが置かれた。どう足掻いても逃したくないらしい。
しかし私の今のトレンドはどぶさらいなのだ。こんな厄災級依頼にかかずらう暇はない。プーンとしたがおねえさんは頑として引かない。おのれ、権力の手先めが。権力者は目の前であるが。
ぴょんと椅子から飛び降りてダッシュで厨房脇の廊下から通じる倉庫へと移動して人が居ないことを確認し地獄のわっかを設置。手をわきわきと蠢かして召喚の呪文を唱える。
「ちょっと出てくるのだお前ら」
声を掛ければ最初にぴょこりと顔を出したのは省エネルイスである。よしよし。
来い来いと更に手招きすれば胡乱な顔をした省エネアスタレルと興味深そうにしている省エネメロウダリア、遅れてこちらは省エネではないクルシュナがのそりと這い出てくる。
「あれ?」
その後でなぜだか綾音さんとイースさんが顔を出した。なんでだ。
「…………?」
見つめ合うこと暫し。
げっと顔を顰めた綾音さんがメガネをすちゃっと直しながら穴からずぼっと出てきた。
「九龍さんですか。お久しぶりです」
「哎呀、綾音アルか。マジで悪魔だたかお前」
「む、言ったじゃないですか。信じてなかったんですか?」
「信じるヤツの方が希少ネ」
後ろから九龍が来ていた。いやそれよりもだ。
「綾音さん悪魔なんです?!」
突然にびっくり情報が来たのだが。というかそれだとまさか一緒に出てきたイースさんもか!?
「そちらがギルド総裁かね?小生が会うのは初めてになるな。綾音から聞いてはいたが。
まさか本当にただの人間とは。小生の名前は発音がしにくい。今はイースと名乗っている」
「原来如此。綾音から聞いてるなら必要もない気がするアルが。ギルドの総裁してるネ。皇九龍ヨ」
「異界語混じりの変わった言語だが。わざとかね?」
握手するのはいいが私の頭上でするなと言いたい。思っていたら九龍にひょいと足で掬い上げられてゆらゆらと軽く揺らされてから木箱に据えられた。
私をどかして興味深そうに私が設置した地獄の穴を観察している。それはいいが玉ねぎだのトマトだのを投げ込んでみるのを止めて欲しいのだが。
「マスターもお久しぶりです。お元気そうで何よりです!」
「えっ、おー……?うん……?」
びしっと敬礼してくる綾音さんはどんなに眺めてみても特に悪魔要素は特にない。どういうこった。いやでも確かに悪魔になっている。
クルシュナがくあと欠伸をしながら綾音さんとイースさんを指差す。
「クラガリ様が取り憑いていた連中だろう。何番目かは知らないが」
「多分私が最後じゃないかなと思います。悪魔さん達と情報のすり合わせをしまして、多分ですが」
「えっ、えっ、えっ……?…………?」
どゆこと?全然わからん。何がどうして何が起こった。
羊がウールを撫でつけながら不機嫌そうに宣う。
「暗黒神様、どうもこうもこいつらはヴォイドに居た暗黒神様が直接眷属にした存在でショ。暇つぶしに干渉し同調していた連中ですヨ。
七大罪という枠にあたる悪魔デス。嫉妬、強欲、暴食、色欲、怠惰、憤怒に傲慢。どれがどいつかは知りませんがネ」
「……………………」
うずまきした。はて……?
メガネを押し上げつつ綾音さんが不思議そうに首を傾げる。
「忘れちゃいましたか?でも確かにあの時のマスターは会話をしててもやまびこのような少し不思議な感じでしたし……。
神様らしかったですから。赤子の頃を大人が思い出せないのときっと同じなんでしょうね」
「……………………………………」
言われて考える。そしてはたと気付いた。私がこの世界に降り立った際に持っていた記憶。あれは、確かに。
「もしやアレは綾音さんだった……?」
「あ、思い出せましたか?」
「……………………だいぶ、健康そうで……?」
そうとしか言いようがない。認識するところの記憶と目の前の姿がだいぶ相違があるのだが。
使い潰されてスパゲッティ人間のボロ雑巾だった筈である。超能力で無理やり動かしている状態だったような。
「はい。私はあのまま逃亡中に車に轢かれて死んだのが最期でした。怒って、怒って怒って怒って、世界に怒って人に怒って全てに怒って。
けど、もういいんです。天使と戦う為の兵士は私が最後の生き残りで、きっとあの世界はあの後滅んだ。
法律上人として認めていない培養生命体に頼っていつも通りを繰り返す世界を私はもう守らない。
守りたかった友人達は一人も居なくなってしまった。家族も最初からいなかった。だからもういいんです。私は貴女に付いていく」
「おぉ……」
えーと、ヴォイドに居た頃に私が取り憑いて観察していた歴代の人間達、それが今の七大罪と呼ばれる悪魔とな?
彼ら彼女らを眷属にした覚えはないが言われてみれば確かに私は七度人間に取り憑いて同調していた。そこの認識は間違いない。そして綾音さんが一番最後に取り憑いていた人間。
となれば顕現初期の私が随分と影響を受けていた人物、となるのだろうが。世のため人のため、皆のために絶望の世界で一人戦い続けていた人間。
しかしなんだかすっきりとした顔をしている。まぁ、いいけども。好きに生きろ。なんで付いてきたのかは謎だが。悪魔も人間もわからん。というか七人に取り憑いて回ってそして七大罪って事は全員付いてきたのか?意味不明さだけが上がったな。
にしても微妙になんとも居心地が悪い。尻の座りが悪いとも言う。ババババと掻きむしっておく。
「お嬢様、それで今回我々を呼び出したのは如何なるご用事ですかな?
全員とは随分と思い切ったものですが」
「むほっ」
横合いからウサギ悪魔がうさ耳揺らしながら話しかけてきてビビってしまった。
そうだったそうだった。取り敢えず用事を済ませよう。シュバババとうさ耳を両手で交互に磨り上げて摩擦熱を起こしてからスリスリと温める。いい感じの毛皮だ。
「うむ、お前らちょっと行って冒険者登録してきて活動してくるのだ。私はどぶさらいに忙しいので」
言い付けておくと呆れたようにメロウダリアが合いの手を入れてきた。
「ほ、主様は相も変わらずなすって。悪魔をぼうけんしゃなるものとしてはたらかせるなど世は末法なれども主様こそまさしく世の末法でござんしょ」
「うるさーい!いいから働くのだ!」
しっしと追い立てておく。その身体は時間制限があるのだろうし働き詰めということは出来ないのであろうがそれでもぴしぴし働くべし。
クルシュナはその辺平気なのだろう。そんな感じの会話をしていたようなしていなかったような覚えがうっすらあるし。いつだったかメロウダリアが言っていた七大罪は特殊な出自というのは元はわたしが取り憑いていた人間ということなのだろう。
綾音さんもイースさんも普通に活動しているし、多分悪魔どもと違ってエネルギー切れによる時間制限が無い。定額働かせ放題というヤツだ。いや流石にしないけども。
「それなら私は既に登録してますから大丈夫ですね。イースさんは行ってきてください」
「仕方がない。主が言うのであれば小生としても断る理由はない」
「正気デスか暗黒神様。まあお望みとあらばやりますがネ」
「いつも通りお嬢様の悪魔使いは酷いの一言ですな。この老体をまさかの肉体労働とは」
地獄のわっかを回収しぶつくさ言いながら立ち去っていく悪魔共の後をついてせっせと枝で追い立てながら倉庫を出ていく。
追い立てられながらもビーカーに淹れた珈琲を飲んでいるイースさんがふと思い出したようにこちらを向いた。
「ああ、真実の石板はそのまま使うのかね?
先に言っておくが彼らは悪魔であることを誤魔化すという事から厭う。元は人間である小生らはそも君ほどに器用ではない。
真実の石板の情報はそのまま東大陸に流れる筈だが」
「む、そうなのか」
それならば確かに悪魔です!とそのまま表示されたら困るな。ていうか情報筒抜けなのかよ。
私の後ろを歩く九龍が何やらたのしそーにしながら後を継ぐ。
「まぁそりゃそうアルな。こちらの組合員の情報はまるごと流れるアルが、その代わりにあちら側が登録する際にも種族に勇者や聖女の誤魔化しきかないネ。
マリーベルのような出自がはっきりしていて隠す必要な連中は紙で済ませてるアル。
互いに痛み分けで使ってる代物ヨ。なんだたか、クーヤのアレは誤魔化してるアルか?」
「クラスと種族を誤魔化したような……?」
確かそうだった筈だ。しかし誤魔化せるは誤魔化せるが悪魔どもは誤魔化すのを嫌がるしイースさん達は出来ないのか。じゃあどうしようかな。
「ぶっ壊せばいいでショ。あのような代物に頼らずとも暗黒神様にはその立派なおめめがあるじゃないデスか。
暗黒神様の目を誤魔化すなどと可能な存在は全時空全次元探したところでんなもん居やしませんヨ」
「それじゃあ私が受付でいちいち見ることになるじゃん」
いやだぞそんなのは。まぁ見てるだけだからなんかするわけではないのだが。私はどぶさらいに忙しいのだ。仕方がない。
ぱらぱらと本を開く。ようするにあっちからのスパイやらを炙り出せる手段が別で確保出来るのならば使わないで済むということであろう。
しかしこれではタダ働きではないか?なんか権力者からガメるか。
「ところで誤魔化すのは不正登録にあたるアルが」
「タダでいいのを差し上げます」
秒で白旗あげた。そういえば権力者はここに居た。なんかそのままだとまずそうと言う理由で誤魔化したんだったのになんか知ってる前提で話が進むものだからついついゲロってしまった。
おのれ、これが誘導尋問というやつか。ぎごごご。
クソッ、ここは一ついい感じの賄賂で誤魔化すのだ。賄賂が通じるかは謎だがやらないよりはいいのである。
商品名 アカシャ年代記
ゆりかごから墓場まで余さず記帳済み。
憧れのあの人のお風呂で洗う順番からトイレの回数から寝言の一つまで。
全てを暴きたい、そんなあなたに。
「うーん」
ちょっと違うな。そこまで知られるのはちょっとアレだろ。ストーカー垂涎アイテムを用意しろとは言っていない。
一般ギルド受付嬢が使用しても問題ないくらいにもうちょい大味でいいのだ。あと高い。
もっと安物で頼む。
商品名 信用情報機関の履歴書
面接に来た応募者の犯罪歴からSNSでの炎上経歴まで。
なんとか賠償沙汰を知らぬ地雷アルバイターを避けたい、そんな経営者の方々を心から応援する暗黒公司提供。
これでいいか。いやいいのかどうかは知らないが。ぺっと出してみる。
出てきたのは枠線やらなんやら書いている白い板である。どうやって使うんだコレ。触ってみると画面が表示された。ログインから始まるらしい。えーと、暗黒神ちゃんマークがあるのでタップ。管理者ログインとな。
右上でデータベースの紐づけという文章がチカチカと光っているので次はこれをタップしてみる。
対象企業、まぁギルドかな。たぷたぷ。皇九龍認証中と出た。多分後ろから見てるからだろう。
支店の選択、これは全店。まとめて選択すると全支店の従業員の紐づけをしますかと表示された。いいんじゃね?
ぐるぐると小さなアイコンが回って紐づけ中の文字が一瞬表示されたが、それで作業が終わったらしく紐づけが無事に終了しました!と出てきた。ふむ。試しに自由都市のギルド本部をタップ。
従業員一覧と出てきた。適当にタップしてみる。出身地に名前と種族とクラスとステータスに犯罪履歴やらが掲載されていた。ブラックリスト登録済みの文字が気になる。タップしてみた。
「なんかスパイ居るけど」
産業スパイと表示されている。私の言葉に板を覗き込んでいた九龍がふむと頷いた。
「後で沈めに行く。夜食までには戻る」
哀れな産業スパイのご臨終が決定してしまった。まぁ世の中は厳しいのだ。ナムアミダブツ。対象企業画面に戻って選択肢を表示。どうやら暗黒神ちゃんによるログインは私が開拓した領域内に絞られるらしい。
暗黒街は無くなったので灰色だし、あとはユグドラシルとウルトの古巣に綾音さんの街くらいだ。自由都市全体はアップデート中とな。しかし九龍が認証中なせいか一応見れるらしい。先程ギルドの全支店が対象に出来たのもギルド総裁の九龍が認証中だからだろう。たぷたぷ。でもこれで見れるのは住人一覧くらいだな。
しかし住人の名前の横にあるハート付きの葉っぱマークが気になる。たぷたぷ。
「神託かぁ……」
そういやそんな話してたな。依頼書がふわぁと脳内を過った。このマークが付いてないのは植え付けられてないからか。新参者とかそういうのだろう。
でも植え付け中ではあるらしく植え込み中の文字が光っている。アイコンを触ってみるが特に反応はない。どうにもこの板では見れるだけで何も出来ないようだ。まぁ履歴書だしな。出来るわけがない。安物だし。抵抗頑張れ。それに植え付けられても発芽しなければ問題ない。強く生きろよ。
パンと板を叩いて終了。よし、まぁこんなもんか。操作する人の権限によって見れる範囲も変わるんだろうし不正使用も無さそうだ。
「ではこれを」
「……まあいいアルが」
なんかちょっと引いたって顔をしている。なんでだ。
「マスターってちょっと理不尽すぎる処理能力じゃないですか……?」
「この宇宙全体のスキャンと魂の詳細情報の取得とソートと紐づけに秒も掛からないとは実に頭おかしいデスね。
あれは確実に微生物だの植物だのの魂魄情報まで取得しそれを取捨選択処理までしてマス」
「首輪を付けたところで僅かばかりでも自由にさせると何をしでかすかわかりませんな。後で頭を鈍くする砂糖菓子を与えたほうがよろしいかと」
後ろで新入り混じりの悪魔どもがやいのやいのと何やら密談をしている。ええい散れ散れ!!しっしと今度こそ追い払っておいた。