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深夜2時

 よし戻るか。ぴょんと窓枠から飛び降りてえっほえっほと上体を右に曲げ左に曲げ運動をしてからぐるりと回ってシャキーンとポーズを決めた。

 しかしこの大広間何をする場所なんだろう。謎である。ギルドメンバーが暴れる場所にしても飾りが多すぎるであろうし何よりこの建物は木造だ。暴れるのに良い場所とも思えない。

 かといって椅子も机も何も無いのだから会議室というわけでもなし。展望台と言われたほうがスッキリくらいの様相だ。九龍が後手に糸目顔でここに立って街を見下ろしている図を想像してみる。展望台でいいかという気持ちになった。

 大広間をぐるりと見回ってから階下への蓋を再び開けてよいせと階段を降りる。少し段差が大きいので登りはともかく下りは苦労するな。一段一段尻を突きながら滑るように降りて再び五階。


「ん」


 先程と様子が違う。廊下の中程の扉が少し開かれ、ぼんやりとした光が漏れてきていた。はて?

 抜き足差し足忍び足。そろりそろりと歩いて床板がぎしりと軋みをあげる度にピタリと動きを止める。一番奥にはフィリア曰くの大怪獣がいるのであるからして。

 いや囮部屋の事を考えるとしょっちゅうその手の連中が来てそうであるしこれもう私が動き回る気配で実は既に起きてるんじゃないかという気もするが。

 しかしそれと同じくらい逆に爆睡しててもおかしくない感じもある。パンドラの猫ってヤツであろう。シュレディンガーの犬だっけ?

 まあいい。開いている扉をそーっと押し広げてみる。漏れ出る青い光は明らかに月光ではない。

 コン、コン。

 部屋の奥から小さな、硬質な物が当たる音だけが響く。うむむ……?


「……………………」


 やだ幽霊。幽霊の癖に姿形がはっきりしている自我の屈強そうな二人組だ。ひまそーにチェスをしている。幽霊の癖にナチュラルにチェスをするなといいたい。

 しかしご飯の時に地獄トイレをしておいたはずだが。吸い込めなかったのか?天国にも行けないようだし地獄にも行けないのか。まぁでもなんか屈強そうだしな……。凸凹コンビって感じの姿をしている。

 コワ……近寄らんとこ。

 九龍の部屋の近くに住み着いているのだから多分ろくでもない幽霊に違いがない。そーっと扉を閉めておいた。これでよし。さて、下の方に降りるか。多少小腹が空いたので悪魔の土産で貰ったお茶でも淹れるのだ。

 きしきしと軋む床板と共にとっとこである。囮部屋に立ち寄り本と枝に土産を回収。一階まで降りて勝手に食堂へ侵入。厨房を覗いてみれば湯を沸かすくらいは私でも出来そうな感じだ。

 背伸びをしてもどうにもならんので椅子を引きずってきてよじ登り、ヤカンに水を投入し火にかける。飛び降りて菓子は椅子に置いておいてと、急須はどこだ?がさがさと戸棚を漁って急須をゲット。うーむ、肝心な茶の淹れ方がよくわからんな。適当でいいか。とにかくお湯にお茶の味が付けばいいのである。最悪一緒に煮ればなんとかなるに違いない。

 床に置いた急須にざらざらと茶っぱを大量投入したところで視界が突然持ち上がった。


「ぶぎー」


「………………」


 服を摘み上げられぶらぶらと左右に揺らされつつ椅子の上に運搬されてしまった。そのまま急須と茶葉を奪い取られてしまう。ついでに椅子の上に置いておいた菓子が取られた。

 挙句の果てに急須の茶葉がちまりとした量を残して抜かれて哀れな姿にされた。そんなんで味がつくというのか。もっともっと沢山いれるべきだ。間違いない。

 そんな私の視線も無視して鼻歌歌いながらお湯を冷まし湯呑みにお湯を投入し温めとかちゃかちゃ残りの作業も手慣れた様子でしているのはまぁ当たり前だが九龍であった。口元が動いているので菓子は速攻がめられたらしい。一個減ってしまった。灯籠が一つ灯りを灯され薄暗い厨房内がぼんやりと照らされる。

 目がぱっちりしているので多分私がゴソゴソしていた時から起きてたなコレ。パブロフの龍は起きていた、覚えておこう。

 私が夜食を摂取しようとしたのを察知してわざわざ降りてきたに違いない。食い意地張りすぎだろ。服装が適当に引っ掛けただけのシャツ一枚にだるだるズボン一丁なのだから当初は部屋から出てくる気無かったのがまるわかりである。髪の毛も結んじゃいない。

 だがしかし来てしまったものは仕方がない、卑しい野郎め。本を開いてカテゴリ生活セット。こんなお土産の量では足りないに決まっている。

 夜食と言えばラーメンか?いや菓子があるのだから甘いものにしたほうがいいか。うーむ。中華菓子セットに和風菓子セット、洋風菓子セットにチョコレートセット……、茶のアテであるし中華菓子セットにしておくか。建物もそんな感じだし。

 あとはちょっと変わったお菓子セットも気になる。これも買っとこ。ふーむ、これぐらいでいいか。現れた小包をばりばりと開けてみる。クソでかい月餅が入っていた。これ中身全部あんこか?カロリーすごそうだな。

 月餅の他のものも焼き菓子に白い粉がまぶされた何かにふっくらとした蒸しパン。

 もう一個の方は茶色いふわふわとしたもの、パッケージにピシュマニエと書いている。それと缶詰。プルタブ摘んで開けてみる。これまた茶色い団子のようなものがシロップらしき液体にたっぷりと漬けられている。缶詰に書かれた名前は……グラブ・ジャムン……?

 それと白い粉に覆われたでかい塊。これはシュトーレンとな。開けただけで厨房には甘ったるい匂いが漂いえげつない事になっている。もしや死ぬほど甘いものしか無いのかこのセット。

 地獄でアホほど食わされたのだが。クソッ、ラーメンにすべきだったか。いざとなれば全部九龍に与えておこう。

 二つの湯呑みが置かれ、急須から如何にも芳醇そうで高級そうですな色合いと香りのお茶が交互に少しずつ注がれていった。おおー。


「で、何してるアルか。部屋から血の匂いがしてたアルが」


「囮を作ろうと思って肉体作ったらなんかわからんけどブチギレ散らした悪魔にぶっ壊されて殺人現場になった」


「初日から暴れすぎじゃねーアルか?」


「ド深夜にそんなクソでかい月餅を持ってパンみたいに齧りついてる癖に何を言ってるのさ」


「ド深夜に徘徊して回って厨房で夜食しようとしてた側が言えた義理じゃないネ」


 言い返してきながらも月餅を離す様子はない。ガチの丸ごとかよ。どうみてもカットして複数人で食べる前提の大きさだろそれは。血糖値スパイク待ったなしのカロリーの化け物みたいな姿をしているというのに。躊躇すらせず齧り取っていく様に慣れたものを感じるのだが。

 初日どころか日常で暴れ過ぎではなかろうか。茶を啜りながら私も焼き菓子を手に取る。ポリポリ。ん、ナカナカ美味いな。甘いのはもういいって感じであったがあのクソ馬鹿みたいな菓子軍団と違って普通に美味なのでありだ。茶だって砂糖の山じゃないし。

 月餅は丸ごと取られているので蒸しパンを奪取する。お茶もおかわり。うまうま。あっという間に月餅を平らげた九龍がふわふわのお菓子を摘んでひょいぱくひょいぱくと食べていく。私もまだ食べていないピシュマニエ!

 もしやコヤツ気に入ったもの気になったものを全部食べ尽くしていくタイプか?成る程これが監禁タイプ。これも覚えとこ。よし、負けてられない。ピシュマニエが犠牲になっている間に他の菓子に手を付けていく。

 最早お茶どころではない、静かなる闘争に火花が散る。シュトーレンに上からかぶりつきながら豆菓子をくすねる。その間にも缶詰は丸ごと九龍に取られた。流石にシロップに触るのは嫌だったのか竹串が出てきたが、器に出す事もせずに缶詰から直でいっている。お育ちが悪くってよ。むしゃむしゃ。

 茶でシュトーレンを流し込み机を見回すが、どれもこれもすっからかん、何も残っていない。クソッ!月餅を全て取られたのが痛かった。お土産だって一つも残っちゃいない。

 本を開く。追加だ追加。流石に甘いものはもういい。ぺらぺらとページを捲って吟味する。豚骨ラーメンにするか、味噌ラーメンにするか……。茶漬けもいいな。

 考えているとにゅっと伸びてきた指があんかけラーメンを指した。まだ食うのかよ。


「爺と聞いたぞ。食いすぎじゃね?」


「爺は早起きなものヨ。それはもう朝食ネ」


 乾布摩擦するような早起き爺でも起きてこない時間だが。食いたいだけだろ。全く、全く!

 自分の分だけ出せばがめられるのが目に見えているのでしぶしぶとあんかけラーメンも出しておく。私は醤油ラーメンがいい。


「便利アルな。冒険者辞めて厨房で働くのおすすめヨ」


「絶対に九龍が食いたいだけじゃんか」


 騙されんぞ。朝から晩まで馬車馬のように料理を出させられるに決まっている。ずぞぞと麺を啜りながらそういえばと思いつく。


「なんか五階に幽霊居たんだけど」


「幽霊ィ……?鬼魂アルか?残念ながら私あの手のもの見るないネ。この世界に実在してるのは知ってるアルが」


 見えないのか。意外である。いやでもなんか幽霊が見えてなくても物理で殴ってそうな感じはあるが。


「なんか二人組で暇そうにチェスしてたけど」


「二人組、アルか」


 ペロリと指を舐めながら考え込むように天井を見上げ、しばし沈黙。揺らめく灯りに九龍の目が綺羅綺羅しく青や緑の光を反射しているのが見えた。何度見ても変わった目玉だな。石でも入ってんのか。

 眺めているとちらりと視線がこちらを向いた。


「デカいのと小さいのアルか?」


「まあそうだったかな」


 地獄でデカいのと小さいのに挟まれ続けたのを思うとあの部屋の幽霊もデカいのと小さいのだったのがなんかイヤだが。おっさんの呪いの後はまさか凸凹の呪いに掛けられたのだろうか。やっぱりお祓い行こ。


「成る程、あいつらまだ居るアルか。まぁ殺しても死ななそうな奴らだたからネ」


 どうやら思い当たるところがある幽霊らしい。


「五階でその組み合わせならまぁ十中八九創立メンバーの二人ヨ。30年前に死んだ二人アルな。オズウェルとジョーカー。機械化人間に魔人いう種族だったアルが。この世界の空気が合わなかったらしいネ。

 鬼魂になってやることもないからボードゲームでもしてるんであろ。今度お祓いでもしとくヨロシ」


「お祓いするんだ……」


 創立メンバーって事は仲間ではないのか。幽霊とはいえ容赦なくお祓いルートかよ。

 マリーさんが薄っすらとこの世界では魂を結晶化すれば生き返れるとおっしゃっていた気がするのだが。

 あの屈強さであれば生き返る事も普通に出来そうだ。……なんか自覚すると私は思ったよりこう……だいぶ引き摺られていたというのか?

 取り憑いていた直近の人間は人の生と死、魂の行く先、人の領分、そのあたりをとみに大事にしていたのだろう。天陽さんは私の自我について不思議がっていたが。いやそれと同時に流されやすいとも言っていたけども。そうかな……そうかも……。

 ヒトの夢に微睡む永遠、七度繰り返した夢の果てが私の自我らしきものの形成元なのであろう。

 いやまぁよく考えたらそもそも魔王になるというのが魔王である間は不滅って存在になるらしいからな。ハナから死があるからこそ生は輝くなんて知りませーんな存在であった。全てを踏み越え世界を捻じ曲げてでも叶えたい願いが有る、そのような存在こそ私に逢えるのだから。

 それを思うと私の成長が著しいぞ。ふははは。この最果ての世界の中で肉体が死滅し、再び肉体と結合し、そしてまた死ぬ。魂が擦り切れ果てるまでただそれを続けるだけ。能動的にでもなく、それしか道はないが故に。

 その強制された永遠の在り方をなんとなく歪んでいると感じる程度に成長している。ましてやその間に取れる感情エネルギーを搾取されているだけなのだから尚更に。

 あと割合的にレガノアと悪魔共がちょっとこう……しているので……なんか……こう……あるわけである。しかし何で私が尻を拭っているのだろう……?若干不思議になってきたな。

 物質界の生き物がなんかちょっとやらかして10次元規模で世界を崩壊させちゃいましたくらいだったら私は多分気にならなかったしまぁそういうこともあるで流して終わった。

 あの時にようにきゅぴーんとして人間に取り憑こうなどと全く思わなかっただろう。レガノアの微笑み、悪魔の涙、人間の熱情、実体化した自分、そのようなものによって今の私はあるのだ。

 そうでなければ悪魔共が思っていた通り、植物のような物言わぬ状態で顕現したのであろうと思う。それがこうなっているのだから世の中は不思議である。

 うーむ。これが実体を持ち、物質界に存在するということ。おおバナナミルクよ。偉大なる飲み物よ。私は最早食う寝る遊ぶという素晴らしいサイクルから逃れられはしないのだ。


「お祓いしたところであいつらちょっと涼しい程度にしかならんであろ。気にするないネ」


 食い終わった器を片付けつつ九龍が軽く言ってきた。そんなに屈強なのかあの二人。


「生き返らせたりしないの?」


「生き返らせたところでなぁ。この世界の空気が合わなかったいうたであろ。短時間で何度も何度も生き返らせると魂が劣化するいうヨ。

 今のところ放置一択ネ」


「ほーん」


 なんか強そうだし魔力が貯まってそう望むのならそれなりの肉体でも作ってみるか?

 ラーメンの器を片付けて菓子ゴミもぽいぽいと捨てておく。歯磨きを始めた九龍に並んでしゃこしゃこしゃこ。ガラガラガラ。

 うがいも終わってぴょんと九龍によじ登る。私という重量を気にした様子もなく階段でさっさと上がっていくのでこりゃ楽ちん。四階に辿り着いた所で飛び降りた。人間エレベーターである。

 タダで菓子と茶と飯もあげたんだからこれぐらい許されて然るべきなのだ。

 くあと欠伸をして五階にいく後ろ姿にはこれから二度寝アルという気配が漂っている。何が朝食だ、完全に夜食じゃないか。適当な爺であった。

 私ももう一度寝るか。幼女は寝ても許されるのだ。


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