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その魂はやがて鳥となって

「むぐ」


 起きた。どうやらベッドにひっくり返って寝ていたらしい。目の前にはナイフが据え付けられた天板がある。

 むにむにと目を擦り伸びを一つ。

 蹴っ飛ばしていたオフトンを回収しベッドから這い出す。床に足を付けたところでべちゃりと水音。床を見る。血のヘドロと引き千切れた肉塊のコラボレーションをしていた。

 時間が経ったせいか赤茶けた血が染み込んだ床板は引っ剥がして廃棄するしか無いのでは?という勢いである。

 最早構うまいと血みどろの床を素足でべちゃべちゃと歩いて机の上に置かれた暗黒神様へお土産とハート付きで書かれた紙袋を回収する。中には茶葉やお菓子やらが詰まっていた。

 部屋の惨状にもう一度オフトンに潜り込みたい気持ちは大いにあるがそういうわけにもいかないのであろう。放置すればするほど大惨事は目に見えている。おのれ。地獄トイレを眺めてみるが回収は不可っぽい。私のあの腕のような物で還元は不可能と見ていいだろう。

 本を開く。壊してしまったせいで返品も無理っぽいな。仕方がない。腕と同じく下取りで何かに加工するしかない。掃除?諦めた。

 ぱらぱらとページを捲って、はたと思い出す。そういや物質的な肉体が欲しいとかなんとか言っていたな。カテゴリは新規らしい。眷属と次元。



 商品名 3分間クッキング

 暗黒神の復元体を第二質料へ変換し素材とし眷属の素体を作成します。



 ふむふむ。このしっちゃかめっちゃかとしか形容しようのない肉体を今のアパート住みの悪魔共で分け合うとして更に27分割にすることになるのか。使えることは使えそうだが大分ミニマムの予感。出力があんまり無さそうだ。

 まぁいいか。これに入ってればいつかのメロウダリアのように消滅しかけるという事は無くなりそうだしな。力いっぱい活動したい時には今まで通り悪魔共に頑張ってもらおう。切り替えていけ。だるいので。

 ただの変換だからかほぼタダだな。さくっと購入。しかしこの作業を悪魔がやると数百年ってほんとか?ワンプッシュなのだが。怪しいな。最近騙されまくりだから疑心暗鬼なのである。

 部屋の中に飛び散っているあれやそれがずもももと真っ黒い霧となって27個の塊になってぎゅむっと圧縮された。これで掃除しなくて済んだからヨシ。一つ手にとって眺めてみる。

 手のひらサイズの小さなフィギュアみたいなものが出来ている。しかも省エネ姿のようだ。まぁ基本動物姿であるし愛嬌があると言えなくもない。しかしこれで一応全員呼び出せるのか?

 天陽さんの言い分的に戦いの時には聞いておいたメンツが良さそうではあるがまぁ話を聞く程度であればこっちでもいいのかもしれん。出力不足だろうが会話くらいは出来るだろうし。

 作ったものをざらざらと地獄に流し込んでおけばこれでよし。部屋の証拠隠滅もばっちり完了で言う事なしである。しかし作業をしてしまったので寝るのもなんだな。外はまだ深夜と言える時間のようであるが。

 椅子を引きずって窓の前へ移動、よじ登って外を見てみる。多少の明かりは見えるがどこも当然ながらすやすやタイムのようだ。ふーむ。仕方がない、ギルドの探検でもするか。椅子から飛び降りて部屋を出る。

 しんと静まり返った建物内は僅かに灯籠が付けられ灯りが揺れているものの、それ以外に動くものはない。廊下の天井からもでかい中華提灯がぶら下がっているが流石にこちらの方は灯っていない。くんくんと匂いを嗅いでみる。御香とお茶の匂いが漂うのみで変わったものはなさそうだ。取り敢えず上に行ってみるか。

 そろりそろりと階段を登って上階へ向かう。階段を登りきり、廊下を覗いてみた。先程の四階と特に変わったところは無く、灯籠の灯りがぼんやりと浮いているだけである。

 そういえば五階は九龍の部屋があるんだったか。うーむ。

 私の囮部屋を思うに恐らく私の部屋の真上が九龍の部屋であろう。というわけで私の部屋の上階部屋を避けて探索と行くべき。ミニ冒険である。そーっと抜き足差し足忍び足。手前からがちゃりとオープン。


「………………」


 何もないな。当たり前だ。鍵も掛かっていないのだから当然空き部屋であろう。変な仕掛けとかないか?

 ホールに像があって各部屋にある鍵を集めて別の部屋からその鍵がフィットする場所を見つけてアイテムを回収し、像にはめ込む事でどこかで機械が作動しそこで拾ってきたアイテムは捨ててよくなり外に一旦でて倉庫のオイルと書斎の鍵を回収し直して再びホールに向かえばホールの部屋が書斎なのでそこに書斎の鍵を使ってモーターが回収出来るのでそれとオイルを持って再び外に出て倉庫の切断機が動かせるようになるのでそれを使って書斎にある鉄格子の部屋を開けられるとか。

 ごそごそと漁ってみるが流石に無さそうであった。つまらん。一旦最上階に行ってみるか。

 再び階段に戻ってそろりそろり。灯籠の灯りも無い階段は真っ暗だが私のブラックゴッドアイをもってしてみれば普通に見えるので問題はない。最上段は屋根裏部屋に続くような蓋型の扉が設置されている。その最上階に続くのであろう扉を押し開けてみれば、少しばかり強めの風が吹き込んできた。窓を開けているのであろうか。

 となればこのギルドは他の建物と比べて随分と高いようであるし、風をもろに受けているのであろう。とっとこ出てみる。


「おお」


 大広間である。部屋の類は一切なし、端から端まで一間であった。

 こちらは煌々と全ての提灯が付けられておりそれぞれ風に揺れている。食堂と同じく回転灯籠がぐるぐるぐる。目が回ってきたな。しかし内装のド派手なことだ。じっと見てたら目が痛そうだ。周囲全面が全て窓となっておりその内の幾つかが開けられている。

 ふむふむ。何に使う間なのかは謎であるが面白いな。ただの観光場所と言われても納得のおもしろ内装をしている。端に近寄ってみれば360度全角度何処に立っても自由都市を一望できる絶景スポットだ。

 夜闇の中を金の雨が灯りに照らされながら舞い落ちていく。夜景、といえる程の灯りがあるわけではないがぽつぽつとある灯りはそれはそれで趣がある。

 なんというかこう……ラスボスの間だな。うん。このギルドを下から登ってこの広間の中央に九龍が立っているのに遭遇したら間違いなくそれっぽい問答をしてそのままズームアップしてバトル画面に移行であろう。そんな感じがある。

 広々と開けられている窓によじ登って腰掛けてみる。風に煽られて髪の毛が後ろにいったが巨大扇風機を受けているようでいい感じだ。南大陸は暑いと聞いていたが確かに暑いし湿気があるしこうやって風で涼んでいるのは具合がよろしい。

 静かな都市を見下ろしながらふむと考える。今、東大陸でレガノアと名乗っている二代目とやらだ。人間か。記憶をホリホリとしてみる。

 しかし先代の記憶かなんかだろと思っていたこれが私の記憶でーすと言われるとそうだったっけ……という感じがバリバリあるのだが。いやまぁ、かといって私の記憶です!と断言出来るようなものも無いのだが。最初から私は何も持っていない存在だ。

 今にして思えば私があの洞窟で目覚めた折に持っていた記憶は直近の、取り憑いていた先の人間の記憶であろう。既に薄っすらとしてきておりわざわざ思い起こそうとしなければ出てきやしない。

 思い出す。この身が実体化した時の事を。

 確か、そう。あの時にまみえた四人の内二人。カーマインとセレスティア、だったか。なんとはなしに頬杖をついた。


「………………」


 そしてもう一人、分かたれた反面を思う。自分が彼女だった頃、彼女が自分だった頃。そして最早別個の存在となった今。別の道を歩み、交わることのない未来。

 彼女は今の私と同じようにこの世界の何処かにいるのだろうか。あの人間と共に。

 暫く考えてみるが、何度考え直したところでやはり結論は同じだった。


「レガノア」


 名を呼ばわってみるが、応える声も無く答えようという気も起きない。もう私の名前では無いからだ。二度と自分の名前という気にはならないのだろうなと思う。

 私はアヴィス、独り眠る静謐の夜。

 悪魔達があれほど強くそう望むのならばまぁ今後もそれでいい。望み続けるのならばそれでいいし望まぬようになるのならばそれはそれで還ればいいだけだ。何でそんなわけわからんことを望んでるのかわからんし普通に不気味だなとは思うが。

 彼女はレガノア、真昼の空の白い鳥。

 ごく最近の記憶を思い起こす。フィリアを東大陸から連れ戻した折だ。ほんの僅かな時間、フィリアを器としあの場に現れた時を。

 あの時の声、あの時の表情、あの時の空気、あの時の仕草。もう少しちゃんと見ておけば良かったか。あともう一言くらいなんか言えば良かった気もするし。

 嘗て彼女は私にその究極の祈りを届けた。そして今のレガノアは二代目だ。

 彼女はあの人間に憧れ焦がれ、そしてその果てにあの人間と共に歩み、生きる事を祈った。であるのならば、やはり何度考えたところでそうだろうなとなるしかない。

 フィリアを助けた彼女はきっと、私に最後の挨拶に来たのだろう、と。

 光明神レガノア、彼女と会うことは二度と無いのだろう。最期の別れがあれとは些か思うところがないではないが。

 次元断裂を引き起こしたあの後、人間として生きたであろう彼女がどうやって生き、どのような事を思い、どのように死んだのか。

 知ろうと思えば出来るのであろうが、最後に光明神としての力と姿を僅かなりとも私に残したのが彼女の意思であったのであろうと思えばまぁ知らずにいるのがいいのだろう。

 悪魔共にプライバシーは無いがレガノアには認めてやらなくもない。どこを切り取ってもあの人間とイッチャイッチャしてたら気まずいしな。

 空を見上げる。星があるばかりの夜空は雲一つもなくただ風の音だけが聞こえている。その夜闇の中を、薄く魂のように光る白い鳥が何処かへと飛んでいった。



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