Amazing Grace
ゴトン、目の前に計一六皿目のデザート皿が載せられた。
「……ねぇ、もう帰っていい?」
シナッシナになりながら主張する。目はしょぼつき肩は落ち顔のパーツは中心に集まり最早これ以上の下は無いって感じになっている。
めんどくせぇ、心底から実感しそして理解した。こいつらアホほど面倒くさい生物だ!!!
目の前でクソみたいな会話を繰り広げ続ける悪魔二匹にうんざりし順番に近寄ってきては写真撮ってきたり握手を求めてきたりサインを求めてきて最後は手でハートを作るポーズにされてツーショット写真にしてくる悪魔達にもうんざりし、口に突っ込まれる味覚破壊甘味にうんざりしとうんざりしきりでうんざりという感覚すら麻痺しつつある。
何で私がこんなうんざりするほどにベタベタと構いまくられながらこんなクソみたいな下品な会話を聞き続けねばならないのか。しかも内容がSMじゃねぇか。おまけに若干倒錯的な。悪魔共め。聞き流そうにも耳元で喋り続けるものだから嫌でも聞こえてくる上にちらとでも意識を逸らすとベタつきがグレードアップするのだ。最悪すぎる。キチガイのお茶会とはまさにこのようなものであったに違いない。
めんどくささは天元突破に上がり続け確かに少なくとも私の行動指針にこいつらがめんどくさくならないという前提が入り込んでくるのは疑いない。目的は達しただろ、帰りたい。
死ぬほど帰りたいのでさっさと離脱をキメたいというのに両方から腕をがっしりと巻き込まれていてまるで逃げられる隙が無いことにも気分がずーんと落ち込んでくる。
近くに立て掛けられた暗黒神様に跪いて足を舐めても委員会などという看板にもしわくちゃになりテーブルを埋め尽くす甘けれりゃいいみたいな菓子の山にもしおしおになる。用意された飲み物とて砂糖の山でしかない。
もう帰りたい。一秒でも早く帰りたい。自由都市のごく普通のお茶を肉まん齧りつつ飲みたい。そして寝る。
「えー!ダメダメ、ダメだよ!暗黒神様ったら酷いじゃないか!
折角だしもっとお茶しようよぉ!もっと沢山お話したいモン!ねぇねぇねぇ!!」
益々左腕が巻き取られて気分が更にしんなりとした。下限を更新してくるのやめてほしい。力は大して入っていないようであるが腕はピクリとも動かない。
というかそれはお茶じゃねぇよ。ちょびっと水を掛けられているだけのただの砂糖の山である。
「そうですよ。すぐにそのような酷いことをおっしゃる。それにこれは暗黒神様のお話ですよ。
可愛い下僕達ともっと親交を深めようとは思わないのですか?これほど尽くしておりますのにイケズですね」
益々右腕が締め上げられて思考までもが鈍くなってきた。考えるのをやめる寸前である。力でギリギリと締め上げられている腕は感覚が無い。
山羊悪魔はそこまでの差ではないが羊悪魔の方は私とはデカさが段違いなので力でくるのを今すぐやめるべき。
口に再びアホの食べ物が突っ込まれた。でろんと口から出しておけばすかさず横合いから口元が拭われる。きゃっきゃという黄色い声を上げる全体的に黄金の悪魔を胡乱な目で見上げてから再びしおしおになった。
「暗黒神様のお話じゃなきゃそもそもこんな奴と椅子を並べるなんてしないしぃ~」
「当たり前だろうが。山羊臭くて反吐が出ます」
「羊に言われたくないなぁ~」
……仲悪いなお前ら。
いや、この息の合い方は逆に仲がいいのか?わからん。
「にしてもどこが私の話なのさ」
私には全くもって関係のない話じゃないか。
居なくていいじゃん。ていうか居たくないのだが。帰してくれても良くないか?
「暗黒神様の性癖の話じゃないか」
「そうでございますよ。で、どのような特殊な趣味をお持ちでしょうか?」
「なんでだよ!?」
私の性癖て!どんな話だ!いや、こいつらがそういう話をしていた事はわかっているが私に水を向けられても困る!
いや私が聞いたからか?なんてこった!!
「アホか!そんな話はしたくないわーい!」
「えー!いいじゃん!悪魔らしい会話しようよぉ~!!」
「まさかとは思いますが悪魔にも言えないような趣味があるのですか?それでも対応は致しますが」
「ねぇよ!!」
そして対応してくるな。対応されても困るのである。
「お望みなればどんな特殊な趣味でもご対応致しますよ。私は邪神属性ですのでゴミを相手にわざわざそのような事をしませんが。ですが、どうでもいい塵芥ならいざ知らず。暗黒神様であればそれはそれは丁寧に心を込めて幾らでも。
それに、それを抜いたとてそういったものも魂を堕とすことに必要なものです。
顔の美しさも芸術性が高いのも美学を持っているのも頭がいいのも、優雅である事も性技に優れているのも邪悪である事も悪魔のスタンダードな生態でございますよ」
猛烈に嫌味な生き物だな。
にしても生態と言われるとそんなもんかと思えてくるのだから不思議である。
暗黒神である私にはそんな生態は無いのだろうか?
こちとら今はだたの野生の幼女だぞ。現状を変える何かが欲しい。
こう、カリスマとか魅力とか覇気とか。あと今すぐに力が欲しい。力が……欲しいか……と天の不思議存在から今問われれば一も二もなく頷くであろうくらいに。
「えぇ~。暗黒神様にそんなものいらないよぉ~?」
「欲しいのだ!!」
「何を言うやら。暗黒神様に特別な能力など一切必要ございませんね」
「なんでだー!」
がるると唸った。自分達ばっかりずるいではないか。私は今すぐ大いなる力に目覚めてそしてこの場を逃亡しあったかいオフトンで眠りにつきたいのだ。
が、アスタレルはきょとんと心底不思議そうに聞いてきた。
「貴女がやる必要がどこに?
我々さえ居ればそれで全て事足りる。
貴女は何も出来なくて当たり前です。必要ないのだから。
貴女は何も動かなくていい。我々が全てやります。
当然でしょう?」
「……………………」
マジでそれが当然だといわんばかりの面構えと台詞に再び塩を掛けられたナメクジのようになった。
それは気の所為じゃなければ堕落のさせ方講座と内容が変わらないのだが。
「それでどんな趣味なの?ねぇねぇー!」
そして話題がアホな質問に戻った。クソァ!!
「普通だわい!」
「おや、普通ですか?……で、暗黒神様のおっしゃる普通とは?」
「えっ。……えーと、普通だ!」
そうやって改めて言われてみれば普通がわからん。ふわぁ~と頭の中にうずまき銀河が広がった。いやそもそも性癖とは?どんなものを指すんだ?どういう状態を?どうなるのが正しいんだ?
言葉の意味もわかるしどういうものかもわかるがそれを私が所持していることを求められると宇宙になってしまいそうになる。
好きな匂いを聞かれた魚のようであり好きな色を聞かれたモグラのようであり、いや知らんけどとなるような心持ちなのだ。
助けてレガノア!!
「ボクらだって具体的に言ってくれないとわかんないよ。
暗黒神様の普通ってアレ?
デブで脂ぎったロリコン中年親父を性転換させたりするの?それとも9割モンスター熟女の女体とか?」
「よくわからんがヤメロー!」
ワケのわからん業の深そうな例えは法で禁止すべきではないか?
そんなもん想像してみてもスン……となるだけである。
クソッ、どういう答えを出すのがいいのかまるで判断がつかん。こっちを見ている悪魔共の目が若干据わっている気がするのが不気味さに拍車を掛け、先程から暗黒アンテナにビビビと答えを間違えれば大惨事になるというなんとなしの予感を受信している。
それこそ何を答えても後がめんどくさそうという嫌すぎる予感である。ぎごご。テンションが落ちきった私に出来ることは無く、そしてテンションが上がる要素は一切ない。
すわここまで、さらば!というところであるが逃さんとばかりに巻き付かれている腕が嫌でも現実を突き付けてくる。
暗黒ブレインを高速稼働させなんとか現状からの離脱方法を模索するがびっくりするほど打つ手がない。
前を見る。悪魔が居る。横を見る。悪魔が居た。血も涙もない、お先真っ暗とはこの事である。
考える。考えて考えて考えて、キュピーンとピラメキが走る。質問返しで煙に巻く、これしかねぇ。
「えーとえーとえーと、そうだ!!お前らあの本の最後の転生は一体なんなのさ!?」
半ば叫ぶようにして問いかける。
最初に言ってたじゃないか、頑張ってあの商品を買えば暗黒神という役目から解放されるかもしれないと!種族とクラスとスキルのリセット、あれはどういうことだ。いいのか?
距離を詰めてくるな近寄るな!!両手両足をつっかえ棒のようにして左右に伸ばす。打つ手の無い背中からぬるんと女の手が掛けられすりすりと頬を撫で擦ってくる。そのまま頬を左右に伸ばされた。ギャーッ!
どいつかは謎だが背中にのの字を描かれるのにぞわぞわしてくる。たまにぬの字なのがツッコミを入れたくてたまらない。全てに手が回らず手足があと100本は必要だった。横にくるりん、だめだやる気ゲージが足りてない。
只管うざいだけという塩梅なせいで反動が行くほどでもない。ぬえー。
やめろ、構うんじゃない散れ!散れ!!私は自分から絡みつくのはいいが相手から来られるのはイヤなのだ。私は自由だ!!
エビのようにのたうって終いにもんどり打って倒れた。少なくとも地面は安泰である。愛してるぞ地面!
「転生かぁ……。ボクはあんまりお勧めはしないなぁ~。だってあれやったら暗黒神様すぐ食べられちゃうよ?いいの?いやいいなら喜んで食べるけどぉ」
「えっ」
同じく横にひっくり返る山羊悪魔が私の指に指を絡みつかせながら悩ましげに言ってくる。何故に。
ていうかその仕草やめろ。
ひっくり返り続ける私をぴょこりと上から天陽さんが覗き込んできた。
「やンれ、人気者は辛いのう、暗黒神殿。ヨイヨイ。悪魔ってホラ、頭おかしいんじゃもん。犬に噛まれたと思うて。
暗黒神殿が立派に育て上げたヤンデレのメンヘラじゃて、偶には餌をやらねば手のつけようがなくなるゾイ。既にして手に負えんのじゃから後は延命のみであるぞよ」
その例えだと私が餌では、チラと思ったが口には出さない。肯定されたら本格的に私が宇宙になるからである。
「眷属というのは元来は天理の鎖によってその行動に大きな制約を受けておってナ。そりゃあ暗黒神殿じゃて根本的に眷属は自由を与えられておる。
うちのコだなと鎖は付けられていても全てを好きにせよとされたのが悪魔じゃい。他の神などからすれば有り得んことじゃが。制約の一切が無く、あるのは選択の結果に伴う反動のみ。
逆に言えば叛逆しようが反動があるだけというのが悪魔という眷属に与えられた特権。叛逆の自由すら与えられていた眷属だわな。
見たところ暗黒神殿は確かに最後には好きにしろでその選択と結果の全て許容するじゃろう。天理の鎖の緩さに妾も最初はびっくらこいたが今は納得しておる。つまり大いに流されやすいともいうナ。
そりゃ以前とちごうて無でもあるまいに実体持つ神であるから肉体に干渉をすれば巨大な山を動かすようなもんじゃて単純な存在質量による相応の反動も今は増えとるだろうけどンも。
しかし自由に過ごせと我が子に言うて放任しおるのと自分は出ていくしお前らは知らないコだし後は勝手にしろと捨て去るのでは同じ自由でもその心情に大いに差がある。暗黒神殿はほんに綱渡りのような生き様だわな。しかも確実に悪い方を進みおる。
ンマァ、断言出来るが暗黒神殿がその手段で座を手放すというのであれば碌なことにならんゾ。天理の鎖による縛、暗黒神という最高位の神格の重さ、今ある反動の一切が無くなる。
以前のように住んでいる次元が違うだとかヴォイドに居るだとかそういった安全弁も無い。
暗黒神殿、世界はもうここしかないというのを忘れておらんか?転生するにしろ輪廻工場とてまともな洗浄機構はとうに喪失されたし新たな魂は生まれぬ。ここは魂の墓場であり死んだ魂はそのまま漂いこの世界で再び肉に結合し生まれるのみじゃぞい?
暗黒神殿が座を手放したところで既に物質界と地獄界という世界で構成される宇宙の在り方は確定しとるのじゃから宇宙の再編などされず今度は地獄世界そのものが次の神となる。
その瞬間に完全なる箱庭世界が完成し、基盤世界となるのじゃから種族とクラスとスキルをリセットしたところで地獄で生まれたてホヤホヤのなにかの悪魔になるだけだぞよ。
鎖を失い、重さを失い、その上で悪魔全員を相手にして勝てると思うか?
転生はその後の保証が一切効かぬ。マジでオススメできん手段じゃ。ほんこれな」
「Oh……」
完全に騙されていた。いや、言われてみればそれはそうなので言ってないだけ案件ではあるが。あるが騙された感が拭えない。なんか最近騙された感しか味わってないのだが。
山羊の逆隣で足をぶらぶらとさせながら頬杖つく羊がにこにこスマイルで後を継いだ。頬をつついてくるな。
「我々は眷属でございますので。暗黒神様が望めばその意に沿うまで。その御心に従う事こそが我々の喜びにして信仰と祈り。この鎖こそ我々の神の証明であり光。
暗黒神様が解放を望むのならその手段を提示しなくてはならないのです。我々は自由であるが故に不自由を選び続ける。暗黒神様がうっかりにしろ御自分の意思で単に鎖から手を離して下さるというだけであるならハイテンションタイムですが。
ですが、記憶の混濁された様子に喜んだのも束の間、よりにもよって自分でなくとも他の魂を暗黒神になどとおっしゃるものでございますから。何が何でも断固として絶対に死ぬほど嫌だったので。いっそ死んでくれと言われたほうが良かったくらいに。
ですのでああいう方法にしておきました。嘘は言っていないでしょう?
確かに方法の提示は致しました。あの時語った暗黒神の座からの解放という点において何の問題もございません。
転生は地獄が箱庭となって閉じますが暗黒神ではなくなります。
そして暗黒魔天に暗黒神様が御自らの役割の委譲を求め受け入れられればという手段であれば上位次元管理者からの告知を受けての宇宙管理者による再改編になります。
宇宙管理者による改編では権限が足りませんので物質界と薄皮隔てて隣り合っている混沌属性そのものとなった地獄界を次元レベルで完全に切り離す事で再度物質界に疑似混沌属性の製造認可を世界機構に得るしかありませんから我々の預かり知らぬ所で全ては行われるという前提になるので後のことは知ったことではありませんが。
切り離された地獄においては知覚不可能領域にまで飛んでいった新世界で新たに生まれる暗黒神様に似た何かに一部役割を委譲した結果として丸腰の暗黒神様がぽつんします。
ですが、ちゃんと他の魂が暗黒神という役割になりますし暗黒神業務の一切が確かに無くなりますよ。地獄で悪魔に喫暗黒神様されるだけの完全なるニートになれます」
「…………………………………」
最早ぐぅの音も出なかった。なんか疲れたのでこのまま寝る。