La Divina Commedia -広場-
よーしよしよし、さて。次は一階の連中を突撃お前の部屋をするか。両手をすり合わせてスリスリスリ。
次は109、いや107に行くか……?
ニマニマと考えながら振り返った瞬間、ばちゃっと何かが足元に飛んできた。青色のペンキのように見えるそれは私の足元を汚しじわじわと広がっていく。
はて?
思った瞬間に部屋の電気が落ち、続けざまに私の方向に向かってペンキが撃ち込まれた。玄関にはシルエットが二つ。逆光が眩しい。手で光を遮りながら誰何の声を上げる。
「おのれなにやつ!!」
「このアクマゴコロを弄ぶ極悪非道の神様め、大人しく両手を上げて投降しろ!!プライバシー侵害罪と性癖捻じ曲げ罪だぞぅ!!」
「反省しろとは申しましたが暴れろとは申してません。苦情が凄まじいのと私が発狂しそうなのでそろそろ逮捕されて下さいね」
「むむ!!」
銃を構えながら現れたのは山羊角生やした幼いミニスカポリス悪魔とこっちはミニスカじゃなくて心底良かったポリス服の羊野郎だった。
「……ってどっちも男じゃんか!!」
アスタレルはともかくミニスカのもう一人も男かよ!!クソッ、私はまだまだ暴れたりないのだ。胡散臭いポリスメンになど捕まってたまるか。カツ丼だって出ないに違いない。
こうなっては徹底抗戦の構えである。レンジャー服に着替えて武器を取り出しソファを盾にして応戦する。バチャッ、バチャッとペンキを飛び散らせながら銃弾が行き交う。ここでは袋小路だ、ダララララとマシンガンを撃ち込みながら退路を確認する。
向こうも散逸的に撃って来ているように見えるが狙いは正確、私が飛び出そうとするのをしっかりと押さえている。ナカナカ隙が無い。しかし私は一人でも負けんぞ。
手榴弾のピンを抜きごろりと転がしてから全自動小銃に持ち替えて威嚇射撃を敢行する。爆裂した手榴弾によりバチャンと盛大に散らされたペンキを煙幕にソファの裏から窓の近くの大きな氷塊の裏へと移動した。
ちらりと見た窓の外にはファンファンファンとサイレンが鳴らされ既に警戒網が敷かれている。下にはミニスカポリスの天陽さんや何故かナース服のメロウダリアが見えており他にも複数人居るのは疑いない。おのれ。
再び再開された銃撃が先程私が盾にしていたソファをペンキだらけにしてひっくり返した。あの胡散臭いポリスメンと犯罪ミニスカポリスメンが踏み込んで来るのも時間の問題だ。ミニスカポリスメンとかいう矛盾ワードやめろ。短銃で応戦しつつも窓への距離を詰める。
外壁にあるパイプ、あれしかあるまい。あれを伝って別の部屋へ移動しそこから脱出を図るのだ。なんか階段あるし。
「未だ嘗て無いほどやる気に満ち満ちておりますね。誰ですかあんなテンション上げさせたのは。地獄とはいえ息をするように事象改編してくるのですが」
「なんとかテンション下げさせてよ、手に負えないんだけど」
「暗黒神様なのでヤンデレ気味にガチ口説きすると面白いようにテンション下がりますよ」
「よし行け、悪魔の誼で骨は拾ったげる」
「イヤです。肉も骨も暗黒神様に一つ残らず押し込む予定です。嫌がったところで魂まで暗黒神様に消化して頂きます」
「流石に666万食わせるのは食いすぎで暗黒神様が消化不良起こしちゃうから人数1000分の1くらいにしといた方がいいんじゃない?」
「ガチ目の殺し合いのお誘いですか?悪くはありません。人数が減るのは喜ばしい」
「いいよぉ、ボクは出し抜くのが何よりも好きでさぁ。ボク、一人でいいよねって常々思っててぇ……」
「ははは、面白いことをいいますね。私がそれを通すとでも?ブチ殺すぞ。暗黒神様には私一人でいいんですよ」
「…………………」
「クッソテンション下がっててめっちゃ笑うんだけど。しおしおのお顔も可愛いよね」
「この世の何よりも称えられるべき至高のご尊顔がシワッシワでございますよ、暗黒神様」
塩茹でにされきった菜っ葉のようにシナシナになっていたところに更にトドメがきて倍率ドンで死ぬほど萎えた。
あないみじ。げに萎えし。かやふなセリフ吐き散らすさま、いと激寒にて我サブイボ立ちらむ。暗黒ハートが縮み上がりてテンション下がりたること限りなし。
手錠を掛けられしおしおとしたまま連行される。最早反抗するほどの気力も無く、外から入り込むパトランプの光が眩い廊下をしわくちゃの顔をしたまま歩く事しか出来ない。
「カツ丼くれ……」
「反省しろと言った筈ですが。全然余裕ですね。もう少し踏み込んでも大丈夫そうです」
「暗黒神様ってほんと地雷原タップダンス好きだよねぇ~このこのぉ~」
ぐえー。山羊っぽい悪魔と羊くさい悪魔が死ぬほどへばりついてきて益々テンションが下がった。腕を組んでくるのもさわさわしてくるのもやめろ。頬をつつくなひっつくなすり寄るな。うざいことこの上なし。
これ以上なにか余計な事を言えば絡み方が益々めんどくさそうな事になる気がする。今の私はやる気ゲージがマイナスに振り切れているのでなんも出来る気がしなくなってしまっているのだ。哀れ、スターが切れてしまったと言えよう。
無敵時間は終わりを告げ、後に残ったのは何も出来ない暗黒幼女が一人居るだけである。なんてこった。
頭にスーツを被せられフラッシュが焚かれる中をとぼとぼとアパートの外に出る。突き付けられるマイクと共にアパート前に待機していた記者共が質問の雨を降らせてきた。
「なぜあのような事をしたんですか!?」
「他の姿に関してぜひ一言!!」
「写真集を出される予定は!?」
「性癖を曲げられ再起不能になった悪魔たちに何かコメントを!!」
「あのサイトのトップに掲示された一言はサイトへの許諾と見ていいんですか!?」
「クソソープとクソ犬っころにしていたサービスを定常化させるご予定は!?」
遠くではミニスカポリスから縦セーターにジーパンでエプロン姿におさげとなった天陽さんが涙ながらの謝罪会見をしている。涙をハンカチで吸い取りながら嗚咽と共にどうしてこんな事になったのかなどと言っているのが微かに聞こえた。
ファンファンと音が鳴り響く中で粗末な机に粗末な椅子に座らされる。机の上には沢山のマイクと、そして反省レポートと書かれた紙が置いてあった。どうやら読み上げろという事らしい。
しょぼしょぼしながらレポートを捲る。
「えー……。わたくし暗黒神アヴィスクーヤは、このたびの地獄で引き起こした一連の騒動に関して深く反省すると共に、脳を焼かれ心と性癖を破壊された悪魔達に心からの謝罪を申し上げます。
これらは偏にわたくしの幼さからくる振る舞いが全ての原因であり、これに対しわたくしは以下のように申し上げますと共に、之を以て反省の意を示し今騒動の責任を取りたく思います。
1、要望があった際には如何なる場合でも悪魔の欲望に応じ、……………ってなんでじゃい!!」
バリバリビリビリとレポートを破り捨てた。わからんが今のが危ないのはわかるからな、騙されんぞ!!
「チッ」
何人か舌打ちしやがった。油断も隙もねぇ!!
「弁護士を呼べ!!暗黒神ちゃんは国民の権利を主張する!!」
「暗黒神様に国民の権利って無くなぁい?」
山羊っぽいのが、えーと、ずるんと情報を抜く。メンディスとな。まあメンディスとやらが指を唇に当てるあざといポーズできゅるんとしながら私の人権を却下した。
情報を引っこ抜いた瞬間ブルルと震えてにんまりしたのが不気味である。
ぐっ、しかし地獄に住み着いている訳では無い私は国民じゃありませんと言われるとなんか確かに……みたいなとこはあるので強く反論が出来ない。
ここは一つ私は地獄の国民ですとするところから攻めるしかあるまい。
「私だって地獄の一国民として国家に保障されている権利を…………ッ!……………なんでもありません」
あぶねぇ!!口にした瞬間に脳内でカミナギリヤさんがフェードアウトしながらあんたちゃんとしなさいよ……さいよ……いよ……とエコーしていった。
今のは奇跡の一手だろ絶対やばかったぞ今の!!目の前の悪魔共がおもしろくなさそーにそっぽを向いている。見ろ、企みが失敗して面白くねぇって面構えだ!!ありがとうカミナギリヤさん!!
これはまさしく帰ったら暗黒神ちゃんたらカミナギリヤさんに五体投地すべき具合と言えるだろう。
「会話が成立するからこうして色々出来るのすっごい面白いよねぇ~」
「深く考えておられないのでうっかりでかるーく天理の鎖を外してくれそうで得も言われぬスリルと興奮があり面白いのはまぁ理解を示します」
クソッ、見るからにサディスト共め。なんでこいつらが私の相手をメインでしてるんだ。もっと面白おかしいやつがいいというのに。そうすればテンションが上がり再びスターを手に入れるのも夢ではない。
いやそれ対策か?抜け目のないポリ公共め!
「お前ら以外がいいんだけど」
「だぁめ、暗黒神様って攻められた方が弱いのがわかりきってるしねぇ~」
「暗黒神様を面白がらせるのは下策でしょう。というわけでこのまま攻められててくださいね」
「ぐぬぬ……」
「暗黒神様ぁ~。ボクらすっごい優しいからぁ~。
痛くもないし苦しくも無いよ?そんな酷いこと悪魔はしないモン!」
「心地よく堕落させてあげますのに。そのように嫌がられて悲しいものです」
確定サディストの山羊野郎と顔無し野郎が何を言うか。
あとモンっていうな。
「おや?信じていらっしゃらない?暗黒神様の忠実なる下僕として日夜励んでおりますのに。
暗黒神様、悪魔が人を堕落させる時にはこうするのですよ」
いいながら、テーブルの上にぽんと置かれたケーキにどこから取り出したか蜂蜜をぶっ掛けた。
次に出したのは砂糖。ざらざらと掛ける。
そして生クリーム。メープルシロップ、粉砂糖、果物、リョコレート、アイス、蜜、あんこ。
駄目だ、見ているだけで胸が悪くなってきた。ケーキなんてもう姿形も見えない。
「や、やめろぉ!!なんだか気持ち悪くなってきた……」
「暗黒神様は甘いのがお嫌いですか?」
「限度があるじゃん!ぶべっ!」
スプーンでアホみたいなケーキを口に突っ込まれた。
あめぇ!!くっそあめぇ!!吹き出した。口がひりひりする!
「うふふ、暗黒神様ぁ~。これが堕落のさせ方なんですよぅ?ね?ね?ね?痛くなさそぉでしょ?そうでしょ?」
「甘やかす。徹底的に。完膚なきまでに。四肢も必要ないくらいに丁寧に丹念に世話を焼いてさしあげる。
快楽付けにしてやり望むものは全てを与えて願いは何でも叶えてやってちやほやとして頭を撫でてやって世話を焼いてどこまでも甘やかし続ける。
愛玩動物としてどこまでも可愛がる。……そうしているとね、やがて堕ちるのですよ。
煩わしいもの、面倒なもの、それら全てのしがらみから解放された甘いだけの世界に。上位存在による愛玩生活に大抵の者は耐えられはしません。
まぁ時々痛みも加えますが。そんなものは唯のスパイスのようなもの、甘さを引き立てるもの程度です」
「そうだよ。
魂を堕とすのなら甘味だけを与えてあげればいいんだよ。
それが契約だったらもう最高だね。
危険極まりない事をしている、神に背を向けている、もう二度と戻れないしどうにもならない。
人体改造嗜好に近いかな?人体改造の果てに脳みそだけになった奴とか幸せ一杯だと思うんだ!
自分の大事な人生を文字通り棒に振る感覚!地獄へまっしぐら、そういう背徳感。これがいいんだよ。
そして堕ちきった魂を気まぐれに見捨てた時のあの絶望ったら!たまらないよねぇ~!!」
「癪ですが概ねそういうことです。
ま、私は魂を態々堕落させるなど面倒臭い事が嫌いなのでしませんが。手間暇を掛ける程の情が無い。
適当に肉片になるまで責め苛んで狂気に落とし込んでやった方が早いし楽しいですよ。ああ、勿論暗黒神様にそのような事はしませんのでご安心を」
「ボクもぉ~。まぁボクは黒貌みたいな悪趣味じゃないからさ。
肉体損壊とか好きじゃぁないんだよね。汚れるしさ。
暗黒神様はどう?今のところメインで使ってる実体はちゃんと性別が女の子みたいだし……何よりおっとりしてるよね。
美貌の悪魔を思うが侭に存分に責め苛んで壊したいとか逆にとことん責められて狂いたいとかそういう人間じみた趣味は持ってなさそうだよねぇ。
そういう趣味があると楽なんだけどなぁ~。持ってないかなぁ~。ねぇ~ねぇ~?この顔だめぇ~?ちゃんと可愛いお顔だよぉ~?山羊の尻尾もあるよぉ~?みんな大好きバフォメットだよぉ~?」
やめてくれ。
なんだかげんなりしてきた。
楽って何が楽なんだ。自分がなんでこんなところに居るのかすらわからなくなってきた。今はただ帰りたい。帰って寝たい。この際あの囮部屋でも一切構わない。
テンションが益々落ちてきて指一本動かす程の気力もない。なんでこんなクソみたいな詰問をされているのか。
心底から帰りたい。
ちらりと天陽さん達の方向を見る。なるほどああすればよかったのかといった内容でぼそぼそ相談しているのが見えた。変な学習をやめて欲しい。
こいつら面倒くせぇ!!
「ま、こんなものですかね。最初から反省などと求めてはおりませんよ。神の御心に従うが眷属というもの、これ以上は不遜でございますしね。
我々を心底から面倒な存在だと思っていただければ今は充分です。後がめんどくさそう程度のものでも一切構いません。枷になる為ならば何でもする。
ではどうぞ。口移しがよろしいですか?」
「むご」
再びアホみたいな元ケーキをスプーンいっぱいに口に突っ込まれた。いらん。カカカカッと威嚇とともに吐き出しておいた。