La Divina Commedia - 2階-
よし、腹ごなしも終わり漫画も読んだのでアパート脱出再開である。アパートの外に売店のような物がありそこでお茶と茶菓子の取り扱いがあるとの事なので差し当たり目的地はそこであろう。
まぁ売店というか無人販売所らしいが。住人が制作したものを持ち寄って値札を付けて置いてあるらしい。悪魔なのに性善説が前提の売店形式やってる事に猛烈な違和感はあるもののそれで回っているのだから文句もない。
はーるーこおーろぉーのーと調子っぱずれに歌いつつ天陽さんの部屋からせしめたいい感じの棒を振り回し時折壁やドアをカンカンッと叩いてリズムを取り練り歩く。
「すンごいの。普段であればイカにも罵倒に罵声に血の雨が降りそうな行いじゃが……。物音一つせん。
コレほど静かなアパートというのは二度と無いンではないか?」
「ほーん。普段はもっとうるさいの?」
「ン、そりゃァのう。妾は地獄が崩壊した後に悪魔と成った末の妹ゆえ、以前を知らンし長くもないが。
妾が此処に来てから今までずーっと乱痴気騒ぎのお祭り騒ぎが基本でナ。こんな静かなのは始めてじゃゾイ!」
「へぇ……つまらモガガ」
「ン、ままま。暗黒神殿、それ以上はいけない。
此処でそれはまことに廃人が出る」
「もがー」
なんだ、よくわからんが言ってはいけないワードがあるらしい。仕方がない。
口から手を外されたので再び歌を歌いながらとっとこ歩く。ふと顔を上げれば206号室と目があった。いや別にドアに目があるわけではないが。
しめしめ。
「オープンササミ!!突撃暗黒神ちゃんだぞーっ!!」
「おっわ」
「……………ッキイィヤァァァァアアアァアアアア!!!!!アアァァァァァァア……………」
絹を割いたようなえげつない悲鳴を上げて窓からまろびでるようにして何やら逃げていった。
ん、面白いな?
そう思った瞬間、空気が張り詰めるようななんとも言えない圧倒的な静寂がアパートを圧し包んだ。
「………………」
天陽さんを見上げる。口元に手を当てて明後日の方向を見つめていた。
取り敢えず住人が不在となった部屋にとっとこ侵入。部屋の作りは当然ながら天陽さんの部屋と代わり映えはない。狭い部屋は内装に拘る余裕もないのか、だがしかしそれでこそ住人の濃縮された趣味嗜好が伺えるというもの。
この部屋の住人は片付けが苦手なのか程々に散らかっている。料理はするタイプらしく台所にはそれなりの調理器具と調味料の類。ふむふむ。
壁にはポスターが貼ってある。隅から隅まで真っ黒なポスターに価値があるのかどうかは謎であるが。
手元には枝も本も無いが、なんとなく今の暗黒神ちゃんは大いなる万能感に覆われているので気にしない。ポスターに手を当ててサクッと改造。イッヒッヒ!
ゲーミングカラー暗黒神ちゃんマークにしてやった。よしよし。テーブルの上には悪魔一匹につき一端末なのだろうか。羽柄の端末が置いてある。
ポチッとな。ん、生意気にもパスワードが設定してあった。端末に指先を当ててしゅっとスライド。セキュリティを容赦なく突破ししげしげと眺める。メールに音楽アプリに写真アプリとまぁそうだろうなというラインナップ。
音楽アプリを起動。どうやら持ち主は洋楽系が好きなようだ。うーん、この内容でわざわざパスワードがいるか?いやいらない。
設定からストレージを確認。どうやら一番容量を食っているのはWord系のアプリのようである。ほうれほれ。
「えーと、夢系純愛系BL系ほのぼの系エッチッチ系……フォルダ多くね?
まあいいや」
夢系をたぷたぷと押してフォルダを開く。どうやら小説を書いているらしい。Wordアプリなのだし書いている側であろう。早速誤字発見。赤ラインしておいた。もろちん、まぁ引っかかりやすい単語ではある。
しかし夢系と純愛系ってどう違うんだ?
よくわからんな。ま、そこはいい。
「タイトル、時の狭間で希う。相手、暗黒神様♂。夢主は女。ジャンルは現代伝奇もので学園がメイン舞台。ふむふむ」
「妾は悪くない……妾は悪くない……暗黒神殿、勘弁してたも……勘弁してたも……」
何故だか震えながらか細い声で呟く天陽さんは置いておいて端末を操作してカメラを起動。えーと、これが自撮りモードか。よしよし。
Wordに設定してあるイラストを観察。絵は別の悪魔作らしく頼んだ時のイメージが羅列している。それを眺めつ顎に手を当てる。さて、どのへんだっけ。昔にマリーさんに会った時が確かそんな感じだったか?
思い出しつつフンと気合を入れて横にくるりんちょ。あー、こんな感じだった。服装もくるりんちょしてイラストに合わせる。
立ち上がる。一気に高くなった視界が少しばかり違和感となって視界を揺らしたがまぁそこはどうでもいい。どうせ一瞬だ。慣れる程の必要性がない。髪の毛を括ってイラスト通りのポーズを取りシャッターを押した。
手にした端末が撮影音を立てたのを確認し髪の毛と服装を元に戻す。こんなものだろう。ざっと確認しただけだが問題はない。
顎に手を当て、ぐるりと返した。
「ん、よしよし」
視界の高さも戻ったのでよいしょと座る。改めて自撮りした写真を確認。
イラスト通りの格好とポージングで男の顔した私が写っている。髪の毛も適当に括ってるわ服装も適当に着てるわで全体的にだらしないしなんかだるそうな顔だな。まぁしょうがない。
「妾は今とんでもないものを見たンでは?」
「そうですかね?」
そんな事もないと思うが。私の昔なんぞどうでもいいことであるが姿形はもっとどうでもいいことである。なんならいちいち固定してた記憶もない。
そんな事もあるさ。だって暗黒神ちゃんだもの。
テーブルの上に並んでいる紅茶を啜りおばあちゃんが孫にあげるのが好きそうなカラフルな寒天ゼリーのお菓子をもっちゃもっちゃと食い尽くしていく。紅茶と寒天ゼリーって食い合わせが若干悪くないか?
よし、次の部屋に突撃しに行くか。
面白くなってきやがったぜぇと脳内でスキンヘッドの店主が言っている感じなのだ。
「ヒョ……いかん……やる気に満ち満ちておる……許せオニイチャンズ……。妾は全力を尽くしたンじゃ……」
震えながら着いてくる天陽さんを背にとっとこと次なる部屋を求めて206号室を後にした。
後ろの天陽さんが小さくなりながらたぷたぷと端末を弄っている。ははぁん、あの掲示板みたいなのを見ているな?
いいだろういいだろう。恐れ慄くが良い。テンションあがってきたな!!
次は……そうだな、203号室、お前だ!ドアを開け放つと共にすぐさまに閉じる。同時にフェイントで202号室を開け放った。
「……つぁ……ッ!?!?アッ、エッ!?!」
「ギニャァァアアァァァアァア!!バカアアァァァァァア!!覚えてろクソ猿ーーーーーーーッ!!羊ィイイィ!!シンプルにお前が嫌いーーーーーーッ!!!!」
206号室と同じように悲鳴を上げながら誰かが窓から逃げ出していった。フェイントで出遅れたらしく先とは違い後ろ姿もばっちり見えた。おひょひょ!
めっちゃ面白くなってきた。どーれどれ。上がり込んだ部屋は、うーむ。少女ちっくというかなんというか。ふわふわのぬいぐるみが並べられ壁紙も可愛らしい柄のものが丁寧に貼り直されている。
インテリアは黒と紫とピンクで統一されデザインは基本的に蝶や花がモチーフのようだ。
どうやら私が突撃お前の部屋し始めたのを住人共が察知したようで部屋は若干荒れている。大慌てで恥ずかしいものを隠していたのであろう。
真ん中の小さな机にはせめてもの賄賂かおもてなしか、出したばかりと言わんばかりにジャンル雑多なお菓子がどでんと積んでいた。余程慌てていたのか大包装がそのまま放置されお菓子も幾らか机から零れ落ちている。
珈琲が湯気を立てており砂糖とミルクが並べられているあたり必死過ぎる。そんなに部屋を漁られたくないのか。
まぁ出された物は食わねば。あぐあぐと口に放り込みぽにぽにと咀嚼。ん、これもナカナカに美味いな。砂糖菓子やら花の砂糖漬けやら甘いものばかりだが。珈琲の苦みが甘すぎる菓子をいい感じに引き締めている。悪くない食い合わせだ。
ていうか地獄に美味しいもの何も無さそうと思っていたが結構あるな。悪魔共が自前で作っているのだろうか。お菓子を食べつつうろうろと歩き回り、なんとはなしにベッド横のサイドテーブルの引き出しを開けてみた。
うーむ、如何にもいかがわしそうなグッズをこんなわかりやすいところに仕舞うのはどうかと思う。まぁ趣味はそれぞれか。そのまま閉じた。
先程の206号室の反省を活かしたのか部屋の中を捜索しても端末は見当たらない。そこまで必死に隠されると逆に気になる。気になる気になる気になる木。
「よっこらせ」
気になり過ぎたので遠慮なく引き寄せた。再び引き出しをオープン。いかがわしそうなグッズの上に端末が乗っている。
遠くでウニャァァァアァと微かに聞こえたが気の所為。セキュリティも206号室の住人の端末と同じくさっさと無かった事にしてご開帳。
「ヒエェ……暗黒神殿……ひらに……ひらに……もう少し手心を……あぁぁ……」
「ふんふーん」
ぷりっとしたポージングの少年の写真が壁紙になっている。本人だろうか?
頭に角も生えているし悪魔っぽいな。入っているアプリは美容に拘るタイプなのかヘルスケアが多めだ。万歩計に通販アプリ、目覚ましタイマーが上位使用アプリとして並んでいる。
通販アプリを起動。購入履歴は当然ながら美容グッズに偏っている。あといかがわしそうなグッズ。
ふむ……これぐらいであんなに必死になるか?怪しい。
ストレージを確認しても特に気になるところはない。よし。
「ポチっとな」
「ワ……」
であればネットであろう。ふははは。天陽さんはついに怯えたようにして縮まっているだけになってしまったが。たまに妾悪くないもンと聞こえる。
起動したブラウザのブックマーク機能を開く。いかがわしいサイトがブックマークに並んでいる。いや、それよりもこっちか。
履歴を閲覧。端末を適当に弄ってアクセス履歴の多いものをピックアップ。ん、特定サイトによくよくアクセスしている様子だ。ふむ。
「18禁web小説投稿サイト、独り眠る情熱の夜」
招待制サイトらしくトップページすら検索避けがガチガチだ。しかもジャンル分けが死ぬほど細かい。小説傾向やら時代設定やら見た目やらなんやらとごちゃごちゃ書いてある。
ユーザーページにアクセス。投稿はしていないらしい。ロム専というヤツであろう。
ブックマークを参照。カテゴリ機能があるようだがこの端末の持ち主はカテゴリ名を変更したのみでカテゴリを増やすなどしていないようだ。
「えーと。僕×暗黒神様」
悪魔の頭がおかしい疑惑再び来たな……。どうやってそんなもん書いてたんだ?
10割妄想にしかならないと思うのだがそれにしては量がえげつない。いや、というかこのサイトがそもそもそういうサイトか!?
やっぱ悪魔の頭はおかしいな。確信した。悪魔があれほどに情熱を燃やすに相応しい先代が居るという前提で動いていたのに私でーすとかやられた上でこういうのを見るとマジで頭おかしいなしか言うこと無い。
もっとこう……あるだろ!
いや、もしかしたらやっぱり私じゃないのかもしれん。なんか勘違いしてるとか思い違いしてるとかそういう。なにせ昔の私は冗談抜きに名前だけの存在だったのだ。中身も無ければガワも無い。ただの機構でありそこに個は一切無い。今で言えば好きにしろくらいの振動は持ってたかもしれないが。物質界からのアクセスがあった際にはその場その場で実体を結んでいたものの、それにも自我や自意識のようなものを反映させていたわけではない。
しかしそれだけだし別の核に変わったからとて変化はマジでない。私にレガノアのような奇跡は起こらなかった。
今の状態を見るに新しい核を持つ暗黒神ではなく絶対神レガノアの眷属である天使として再編されただろうがその場合にしても以前の私よりも余程個性豊かであろうし状況的にも何の問題も……ん?
はたと気付く。新世界に於いて寧ろ嘗ての私のような暗黒神は生まれない、よく考えてみればそれはそうである。というか当たり前だ。神々が実体化しているのが前提の新世界。嘗ての私のような情報体だけの在り方はお呼びではないし生まれない。
しかし悪魔共は以前の暗黒神が良いと暴れてこうなったという。天陽さんも悪魔共は擬似的な魂を備えただけの霊質体であり自我無く物言わぬ植物のようなものとして復活する前提だったというし。
つまり悪魔共が求めるのは以前の情報体としての暗黒神……んん……。
「必要なのはつまり実体の蒸発と大極への返還」
「待て暗黒神殿、妾でもそれは全力で止めねばならンのは流石にわかるゾ」
「えぇー」
がっしと肩をふんづかまれて目をがんと合わせて訴えられた。
天啓を得たと思ったのに。そんなにこの核がいいならくれてやろうかなと一瞬思ったのだが違うらしい。
ワケわからんな。ランキングを開いて第一位の小説にアクセス。
「………………………」
「ム、ちょうど良いのを開いたではないか。ナ?ナ?」
「えぇー……」
以前の私どころかガッチガチに今の私を対象に書かれた小説じゃねーか。全くワケがわからん。
しかもこの端末の主もばっちりブックマークしている。意味のわからなさだけが積み上がりうっすらとこれは怖いのでは?という気がしてきている。
まぁいい、好きにしろ。サイトのトップにほどほどにしておくようにと掲示だけして終了しておいた。珈琲をぐびっとキメて次の部屋に突撃だな。